開け放った窓から、暖かい風が舞い込んでくる。

天気は晴れ。

薄い青色に染まった空を見上げながら、私は窓際に椅子を寄せて窓枠に頬杖をつきながらぼんやりと街を眺めた。

活気に溢れた人の声が、当たり前に聞こえてくるのがとても嬉しい。

ある、春の日の事。

 

巡り来る

 

葵叉丹ことサタンとの戦いは、花組の決死の特攻によって幕を閉じた。

甦った聖魔城はその機能を完全に停止させ、今はその姿を消している。

聖魔城で何があったのかは、一郎が米田司令に出した報告書を見せてもらい大体の事は知っている。―――花組の隊員たちがどれほど頑張ったのか、そして彼女たちが無事に帰ってきた事がまるで奇跡のようにさえ思えるほどの激戦だったと。

今こうして平和な時を過ごせているのは、すべて彼女たちのお陰なのだ。

米田司令がミカサごと聖魔城に突っ込み、大帝国劇場は一時その姿を消していたけれど、早急な復興作業のお陰か、今は元の姿を取り戻している。

サタンと降魔によって破壊し尽くされた街も、今ではその面影を微かに残すだけ。

人はなんて強いのだろうと、実感させられた。

「・・・?」

不意に声を掛けられ振り返ると、休憩室の入り口に加山さんがいた。

こちらを見て穏やかな笑顔を浮かべている。―――私は座っていた椅子から立ち上がって、歩いてこちらに向かってくる加山さんを出迎えた。

「何をしてたんだ?」

優しい声色でそう問い、窓からヒョイと身を乗り出して、さっきまで私が眺めていた街の風景を目に映す。

「街の風景を見ていたんです」

そう簡単に返事を返せば、加山さんはからかうように笑みを浮かべた。

「そういやぁ、前もそんな事言ってたなぁ・・・」

呟いて、さっきまで私が座っていた椅子に腰を下ろすと、同じように窓枠に頬杖をついて窓の外の景色を眺める。

私もそれに習って、窓の外に視線を戻した。

見慣れた景色だというのに、それが酷く温かなものに見える。

さっきよりも鮮明に・・・―――それは隣にこの人がいてくれるからだろうか?

「今日はお前、仕事休みなのか?」

唐突に話し掛けられて、私は無言で肯定を示す。

戦いが終わって、まだそれほど経ってはいないけれど・・・―――まだまだしなくてはならない事は山ほどあるけれど。

以前の・・・黒之巣会が暗躍していた頃と比べれば、幾分仕事内容に負担はなくなった。

こうして、交代で休みを取れるほどに。

や他の隊員たちに休みの順番をまわして、今日私にその日が回ってきた。

休みなんて要らないと言ったけれど、米田司令に半ば強引に休みを取らされて・・・―――あの人も不器用ではあるけれど、心配性なのだと思わず笑みが零れた。

「加山さんは、お仕事じゃなかったんですか?」

ふと、そういえばどうして加山さんがここにいるのだろうと不思議に思い、そう問い掛けてみた。―――加山さんの休みは、確かもう少し後だった筈。

「ああ。実はさっき米田司令に報告書を提出してきてな。そのまま他の仕事に回ろうと思ってたんだが・・・」

「・・・・・・?」

「この後の仕事は良いから、お前もたまには休め!・・・とか言われちまった」

少しばかり苦い表情で呟く加山さんに、失礼だとは思ったけれど思わず笑みが零れた。

きっと加山さんにしてみれば、出来る事は今すぐにでもしておきたいのだろうけれど。

働きすぎですよと言えば、彼はどんな顔をするだろうか?

米田司令も、きっと加山さんの身体を心配しているんですよと言えば、どんな反応が返って来るだろう?

見てみたい気もするけれど・・・だけど敢えてそれを言わなかった米田司令の気持ちを汲んで、私も言わないでおこうと思う。

「・・・なんだぁ?」

「いいえ、何も」

未だクスクスと笑う私に怪訝そうな表情を浮かべながら、加山さんは困ったように頭をポリポリと掻いた。

私は何とか笑みを抑えて、誤魔化すように再び窓の外を眺める。

なんて良い天気なんだろう。

こんな日は、あの日のことを思い出す。

懐かしいような、それでいて苦いような思い出。―――それでも私にとっては、何よりも大切な・・・。

「・・・加山さん」

「ん〜?」

「今日はもう、お休みなんですよね?」

「そうだなぁ・・・。米田司令にああ言われちゃあ、休まないわけにもいかんしなぁ」

ボヤく加山さんに視線を移して、私はにっこりと微笑む。

「それじゃあ、少しだけ私に付き合ってくれませんか?」

そう言った私に、加山さんは呆気に取られたように口をぽっかりと開けて。

けれど促すように手を差し出せば、微かに笑みを浮かべてその手を取ってくれる。

「何処に行くつもりなんだ?」

「それは行ってからのお楽しみです」

私は窓際から離れて、加山さんと2人で月組本部を出た。

 

 

上野公園には、大勢の花見客でごった返していた。

既に桜は見頃を過ぎ、花びらは盛大に散り始めている。

これは私個人的な意見なのだけれど。

満開の桜よりも、散り始めの桜の方がより綺麗だと思う。

降るように舞う桜は、まるで雪のように見えた。

当たり前だけれど1年ぶりに見る桜は、今までよりもずっと懐かしく思える。

毎年目にしていても、こんな感情を抱いた事はないというのに。

無言のまま、加山さんと2人で桜並木を歩く。

そうしてひたすら歩き続け、比較的人気の少ない場所でピタリと立ち止まった。

懐かしい・・・とても大切な場所。

そう、私はここで・・・。

「どうした?」

不思議そうに私の顔を覗き込んでくる加山さんを見上げて、微かに微笑む。

「一年前の今日。私はここで・・・貴方に出逢いました」

そう、一年前の・・・ちょうど今日。

私はこの場所で、とても大切な出逢いをした。

米田司令に命じられ、新しく月組の隊長となる人を迎えにこの場所に来た。

その時の私は、とても気分が重くて。

責任ある隊長という責をまっとう出来る自信のなかった私には、新しい隊長と言う存在はとてもありがたかったのだけれど。

それが男性だと言う事実が、やっぱり私の心に重く圧し掛かっていた。

軍人に女性はとても少ないのだから、新しく来る人が男の人なのだと言う事は覚悟していたけれど、まさか士官学校を卒業したての新人が来るなんて思わなかったから。

私の言葉に、加山さんは小さく苦笑して。

「ああ、そういえば今日だったな。あの時はいきなりナイフを突きつけられて吃驚したよ」

「・・・あの時の事は、忘れてください」

「いやぁ、なかなか劇的な出逢いだと思うがなぁ・・・」

冗談交じりに言う加山さんを、私は小さく睨みつけた。

確かに、あんな出逢いは滅多にないだろうとは思う。―――それをしたいと思う人がいるとは思えないけれど。

我ながら、あの時の私は敵意剥き出しだったと思う。

いきなりナイフを突きつけられれば、誰だって驚くだろう。―――今更反省しても、遅いだろうが。

「まぁ、あれも貴重な体験といえば貴重だな。滅多に出来ない経験をさせてもらったし」

「それ・・・嫌味ですか?」

「何を言ってる。誉めてるんだぞ?」

「・・・・・・ありがとうございます」

素直にお礼を言う気にもなれない言葉だったけれど、批難されても当然の事を私はしたのだし、これ以上追及するとこちらの分が悪い事は容易に想像できたから、素直に受け入れる事にした。

2人で顔を見合わせて、同時に噴出す。

あの時は、こんな事想像もしてなかった。

加山さんと、こんなにも親しく会話をするようになるなんて。

こんなにもこの人を、信頼するようになるなんて。

今感じる穏やかな時が、こんなにも居心地良いなんて・・・―――故郷を飛び出した頃は、こんな自分想像もしていなかった。

今ここにいられることに、深く感謝をする。

一番その気持ちを伝えたい人は、もうこの世にはいないけれど。

こうなる前に、あやめさんに伝えておけばよかった。

それともあの人は、言わなくてもお見通しだったのだろうか。

名前を呼ばれて振り返る瞬間、強い突風に思わず開きかけた口を閉じた。

顔に当たる花びらを避けるように目も閉じて、ただ風が過ぎ去るのを待つ。

すぐに風は止んで、弄ばれぐちゃぐちゃになってしまった髪を手櫛で整えながら、改めて加山さんへと視線を向けた。

「・・・・・・どうしたんですか?」

振り返った私の目に飛び込んで来たのは、呆然と立ちつくす加山さんの姿。

何処か遠いところを見るような目で、ぼんやりと私を見つめている。

「・・・加山さん?」

もう一度問い掛けると、加山さんはハッと我に返って慌てて笑顔を浮かべた。

「い、いや!何でも!!」

「・・・何でもと言う顔ではなかったですけど?」

「いや、本当に何でもないんだ!ただ・・・」

なんでもないと言いつつ、加山さんは言葉を濁して私から視線を逸らした。

一体どうしたっていうんだろう?―――明らかにさっきとは違う様子に、私はただ首を傾げて次の言葉を待った。

「ただ・・・前にも同じような事があったなぁ・・・と思って」

「同じようなこと・・・ですか?」

それは一体、どういう・・・?

口には出さずに目だけで問い掛けると、加山さんは苦笑いを浮かべて。

けれど目に真剣な光を宿しているのに気付く。

「初めて逢った時。その時も今と同じように強い風が吹いて・・・長い髪が桜の花びらと一緒に風に舞い上がって・・・」

「そんな事ありましたか?」

覚えがない。

そもそも、そんな事は日常茶飯事でもあって、いちいち覚えてなんていられない。

やっぱり髪を切ろうかな・・・なんて思う。

任務中にも邪魔になることがあるし・・・―――けれど私の長い髪を気に入ってくれているが、決して切らしてはくれないのだけれど。

私だって別に長い髪が嫌いなわけでもないし。

そんなどうでも良いことをつらつらと考えていた私の耳に、加山さんの衝撃的な言葉が飛び込んできた。

「それを見て、俺は綺麗だと思ったんだ」

サラリと告げられた言葉。

咄嗟に反応する事が出来なくて、私はただ加山さんの顔を見返した。

「綺麗だと思ったんだよ」

真剣な目で、向けられた言葉。

思わず絶句する。―――だってそんな事、今まで言われた事なかったし。

「だから印象的でなぁ〜!!」

打って変わって、いつもの茶化すような口調で加山さんは私に背を向ける。

ああ、困った。

きっと今、私絶対に顔が赤い。

こんな顔を見られたくなくて両手で頬を抑えるけれど、火照りはなかなか消えてはくれない。

加山さんが背を向けてくれていて良かったと、心の底から思った。

とりあえず、髪を切るのは見合わせようと思う私は、実はかなり現金なのかもしれない。

「・・・加山さん」

まだまだ加山さんには見せられない顔だったけれど、やっぱりこれだけは言っておかないといけないと思ったから、私は加山さんの背中に声をかけた。

そう、これだけは言っておかないと。

今日この日、この場所で。

その言葉を言いたいと、そう思っていた。

まさか加山さんが休みになるとは思ってなかったから、きっと無理だろうと思ってたんだけど。

もしかしたら米田司令はすべてを知っていて、それで加山さんにお休みをくれたのかもしれない―――・・・考えすぎかな?

「なんだ?」

首だけで振り返った加山さんに、私は精一杯の笑顔を向けた。

「これからも、よろしくお願いします」

一年前には言えなかった言葉。

これからも一緒にいて欲しいと思うから。

だからこの言葉を、貴方に。

「ああ、勿論!これからもよろしくな、!!」

返された言葉と笑顔が、何よりも嬉しいと思う。

いつだって私を受け入れてくれる。―――そんな加山さんが、とても大切だから。

感じる幸せに身を委ねて、私は加山さんと2人で散り行く桜を見上げる。

 

 

新しい春が、始まった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

サクラ大戦、終了です。

と言っても、これから2時代(?)が始まるのですが(笑)

ヒロイン、漸く加山への恋心を自覚した模様。

恋心はもっと前にあったのですが、本人が自覚したのは今ごろという・・・(鈍っ!)

まぁ、このまますんなりと行くわけはないんですけどね(鬼)

作成日 2004.8.6

更新日 2007.11.11

 

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