俺が帝国華撃団・月組に配属されてから、早1ヶ月。

黒之巣会との戦いも少しづつ数を増してくるその中で、俺が学んだ事といえば全くといっていいほど関係のないこと。

それすなわち。

が冷たいのは、俺に対してだけ』

ただ、それだけだ。

 

心のり方

 

隠密部隊である月組には、例外を除いて休みはない。

月組全員で24時間体制で帝都の動向を探る―――それは隊長である俺も、副隊長であるも例外ではない。

今日の俺は昼勤だったから、これから休憩だ。

俺と入れ違いに出て行くの後ろ姿を見送って、俺は深い深いため息を吐いた。

ここ、月組本部に着いてから初めて見たの表情の動き。

それは多種多様で、怒る時もあれば困ったように表情を曇らせる時もあり、そして中でも楽しそうに笑う笑顔は文句ナシに可愛い。

無邪気・・・というのとは少し違うが、その柔らかい雰囲気は見るものの心を和ませる作用があるんじゃないかと思うほど。

だけどその笑顔は、決して俺には向けられないという事もこの一ヶ月の間に知った。

「なんでだ〜?」

その事実にどうすることも出来ず、俺は休憩室に置いてあるソファーに飛び込むように座り込んだ。

『私のことが知りたいならば、ご自分で調べたらどうです?』

そうだ、その通り。

が俺のことを避ける(嫌いだとは言いたくない)のには、必ず何か理由がある(と思いたい)。

だからのことを知れば、おのずとその理由も見えてくる!

そう思ったんだがな・・・。

思わず頭を抱えてため息を零す―――最近の俺はため息が多い。

のことを調べれば調べるほど、彼女が何者なのか分からなくなっていく。

最初は普通の女の子だと思っていた。

まぁ、普通の女の子が隠密部隊の副隊長を務められるはずもないから、その点では普通じゃないのかもしれないけど・・・。

月組の情報データには、彼女のデータはない。

他の隊員のデータはちゃんとあるのに、彼女のだけない。

まぁ・・・多分彼女が自分で抜き取ったんだろうな・・・、副隊長であるならそれくらい朝飯前だろうし。

問題は、何でがそこまでして自分の事を隠すのか、だ。

躍起になって調べてみても、彼女に関して分かった事柄は涙を誘うほど少ない。

俺調べで分かったことといえば、俺が来る前まではが隊長だったということ。

月組設立当初からの隊員で、いろんなところに顔が利くということ。

あとは、日本刀を武器としていて、その腕前は半端じゃなく強いということ。

・・・・・・これだけじゃあ、何でが俺のことを嫌ってるのか分からない。

最初は俺が来た事で隊長から降格したからなのかと思ったんだが、は常日頃から『自分は隊長職には向いていない』と愚痴を零していたというし・・・。

しかもこの情報も、ある月組の隊員から教えてもらったものだし・・・。

俺ってもしかして隊長としての才能ないのか・・・?

いや、いや。そんなことでどうする、加山雄一!

何事も、前向きに!それが俺の信条だ!!

「なぁ〜にやってるんですか、隊長!」

俺が1人でガッツポーズをしていたその時、俺の背後から明るい声が響いて思わず振り返った。

そこにいたのは同様、月組には珍しい女性隊員の1人である

人懐っこい性格をしていて、すぐに俺にも馴染んでくれた。

同様月組の古株で、とも仲がいい―――何を隠そう、俺にの情報を提供してくれたのは彼女だ。

「いや・・・まぁ、ちょっと・・・な」

「またさんのことで悩んでるんですか?隊長も懲りないですよね〜」

口を濁した俺に構わず、呆れた口調でそう言いながらは俺の隣に座ってクスクスと笑みを零した。

「そうは言ってもな・・・。やっぱり隊長と副隊長がこんなぎこちない関係じゃあダメだろう?」

「う〜ん・・・まぁ、そうなのかな?」

「だから、だ!」

思わず声を大にして叫ぶと、はびっくりしたように身を引いて目を丸くする。

そんなに無言のまま目で訴えかけると、彼女は小さくため息を零す。

「あのね、隊長。あたしだって隊長とさんには仲良しになってもらいたいな〜とは思うけど・・・」

「思うけど?」

「あんまり本人のいないところで、その人のことをべらべら喋るのはどうかと思うの」

「・・・・・・」

あんまりにもの言う事が正しくて、俺は思わず言葉に詰まった。

だけどなぁ・・・調べても分かんないんだよ、本当。

俺のそんな思いを察してか、も困ったように苦笑する。

「うん、分かるよ。さんて自分の事話さないし、隠してる・・・って言ってもいいくらいだし・・・」

何で隠してるのかが、俺には分からないんだけど。

そんなに人に知られたくないような、そんな過去を持ってるんだろうか?

「まぁ、隊長になら話してもいいかもね。でも・・・あたしが喋ったって事は絶対に内緒だから、ね?」

念入りに確認してくるに、俺は力強く頷いた。

 

 

「昔にね、一緒にお酒を飲んでて・・・少しだけ話してくれたことがあるの」

はそう前置きをして、長話になるだろうからと入れたコーヒーを一口飲む。

「え〜っとね・・・なんて言えばいいかなぁ?・・・うん、そう。さんはね、男の人が嫌いなの」

「男が嫌い・・・?」

「そう!あ、でも違うかな?だって他の月組隊員とは仲良いもんね」

自分で言った言葉をあっさりと撤回し、は1人納得したようになんども頷く。

だけどそれじゃあ、俺にはさっぱり分からん。

それに気付いたのか、は少し申し訳なさそうに笑って、手の中にあるカップを弄びながら言葉を続けた。

「うんとね・・・、実はさんの実家は古い剣術道場をしてて、結構有名らしいんだよね。今はお父さんが師範代をしてるらしいんだけど・・・」

その言葉を聞いて、前に彼女から聞いた『の剣術の腕前はすごい』という話を思い出した―――多分小さい頃から剣術を叩き込まれたんだろう。

「なんか、お父さんもお爺さんもとても厳しい人だったらしくて、剣術はもちろん学問やスポーツも他の子供には負けるな!・・・っていつも言われてたって言ってた。だけどね、やっぱり今の時代じゃない?男女差別っていうか・・・帝撃ではあんまりそういうのはないけど・・・」

寧ろ女性の方が強かったりするしな。

さん、悔しそうに言ってた。『私には決して道場を継がせようとか、期待なんてしていないのに、そう言う要求ばっかり多い』って」

「・・・だから男が嫌いなのか?」

「別に男の人が嫌いなわけじゃありません」

合点が言ったと思わず呟いたその時、俺との背後で聞き覚えのある声が響いた。

嫌〜な予感が・・・ひしひしとするんだけど?

窺うようにの顔を覗き込んだら、は固まったように一切の動きを止めてただ前だけを見つけている。

俺は仕方なく、ゆっくりと振り返った。

そこにはいつも通りの無表情で、俺を睨んでるの姿が・・・。

「や・・・やぁ、。どうしたんだ?任務に行ったんじゃ・・・」

「加山さんに渡しておかなければならない書類を忘れていましたので・・・」

動揺しまくる俺を一切気にせず、淡々とそう言葉を並べて手に持っていた書類を俺の方へと差し出す。

受け取った書類を見るともなしに眺めていると、今度は依然固まったままのへ視線を向けて小さくため息を吐いた。

?明日も朝早いんでしょう?もうそろそろ休んだら・・・?」

「あ、そうだった!それじゃあ隊長、さん、おやすみなさーい!!」

ぎこちない動きで、その場を逃げるように去っていく

つーか、ズルイ!

俺だけをこの場に残して逃げるなんて!!

「加山さん。貴方ももうお休みになった方がよろしいんじゃないですか?」

かけられたその言葉に・・・俺はゆっくりとを見上げて。

ここまで話を聞かれたからには仕方がない!と半ばヤケクソで、脳裏に浮かんだ疑問を投げかけてみる。

「どうして男が嫌いなんだ?」

「ですから・・・別に男の人が嫌いなわけではありません」

「じゃあ、なんで・・・」

思わず喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込む。

じゃあ、なんで俺にはそんなに冷たいんだ?―――そう聞こうとした。

しかしすべてを言わなくてもそれは伝わったらしい。

はもう一度ため息を吐くと、俺の正面に回りこんでゆっくりとソファーに腰を下ろした。

「私の家は古い剣術道場で、私は祖父や父にとても厳しく育てられました」

突然話し出したに、驚いた。

するとは、『私のことが知りたいのでしょう?』といった風に視線を向ける。

「・・・けれど祖父や父にとって、私はいてもいなくても・・・どちらでも構わない人間だったんです。祖父や父は、女に道場を継がせるつもりはありませんでしたから・・・」

「・・・・・・」

「それでも彼らは他人の目をとても気にしました。自分たちに必要のない人間だとしても、家の人間は常にトップであるように、と。反発はもちろんありましたが、それでも私はその期待に応えようと思いました。いつか・・・彼らも私を必要としてくれるかもしれない・・・と淡い期待を抱きながら・・・」

そこで言葉を切ると、は俯いた。

少しだけ見える瞳には、悲しげな光がゆらゆらと揺れているようで。

「けれど、彼らが私を必要とする事などありませんでした。そう確信したのは、私がまだ10歳の頃です」

「・・・10歳?」

「はい。10歳の頃、祖父が私に縁談を持ってきました・・・」

10歳で縁談!?

っていうか、メチャクチャ早くないか、それ?

俺のそんな気持ちが伝わったのか、が小さく笑う気配を感じた。

「相手は隣町で剣術道場を営んでいる師範代の息子で・・・残念ながら、その人には剣術の才能はなかったみたいですけれど・・・。それでも彼らにとっては、私よりもその相手の方が重要なんです。なんだか・・・・・・バカみたい」

そう言ってはもう一度苦笑した。

ずっと見たいと思っていたの笑顔―――俺に向けられる事を望んでいたその微笑み。

今それが叶ったというのに、俺はちっとも嬉しくなかった。

俺が見たかったのは、そんな笑顔じゃない。

向けて欲しかったのは、もっと幸せそうな・・・そんな笑顔。

俺の視線に気付いたのか、はハッと我に返ると最初の時と同じような無表情を顔に張り付かせて。

「ですから、私が嫌いなのは『男である事をかさにきている人』であって、それ以外の男の人に関しては、特に何の感情も抱いていません」

きっぱりと言い切ると、この話はこれで終わりだとでも言うように立ち上がった。

「では、私は仕事がありますので・・・失礼します」

律儀に礼をして、急ぎ足でその場を去っていく

俺はその後ろ姿に、思わず声をかけていた。

「・・・!」

「・・・何か?」

訝しげに表情を歪めて振り返るに向かって、今まで思っていた言葉が口をついて飛び出した。

「お前・・・俺のことが嫌いか?」

問い掛けられたのほうはといえば、驚いたように目を見開き―――しかしすぐに目を伏せると何も言わずにその場を去った。

ズルイ・・・と思う。

その態度が、まるで俺のことを嫌ってなんていないといっているようで。

なんにも言葉にはしないのに、そんな態度を取られると期待してしまう。

俺はさっきが言った言葉を思い出し、もうその場にはいないに向けて呟いた。

「そうじゃ・・・ないだろう?」

そうじゃないだろう?―――お前が嫌いなのは、『男である事をかさにきている人』なんかじゃなくて。

が嫌っているのは、自分自身。

女である、自身なんだ。

多分は、道場を継ぎたかったわけじゃない。

ただ、自分自身を見てもらいたかっただけ。

男だとか、女だとかじゃなく―――ただという1人の人間を、認めて欲しかったんだ。

「それにしてもなぁ・・・」

まいったよ、ホント。

私が嫌いなのは『男である事をかさにきている人』なんて正面きって言われちまった。

それってつまり、俺のことをそんな男だと思ってるって事だろう?

まぁ、いきなり月組の隊長に大抜擢された訳だし―――これといって特別手柄を立てたわけでもないし?

にしてみれば、何の苦労もなく・・・また『男』が自分の前に立ちふさがったって所なんだろう。

「う〜む・・・さて、どうするか?」

そんなことを呟いてみても、いい考えなんて浮かぶはずもなくて。

俺はやりきれなさを振り切るように、深いため息を吐いた。

 

 

翌日。

「さぁ、隊長!今日も張り切って頑張りましょう!!」

元気が有り余っている様子のが、声を大にしてそう叫んだ。

「元気だな・・・お前は」

「そう言う隊長は、元気なさそうですね〜?」

まあな。

俺はあれからいろいろと考え込んじまって・・・おかげでかなり寝不足だ。

一晩中考えたって言うのに、と仲良くなるいい案なんて浮かばないし。

「・・・さんと仲良くなる方法、教えてあげましょうか?」

そんな俺の耳に飛び込んできた、思いがけない言葉。

勢い良く顔を上げると、がにっこりと笑顔を浮かべて俺を見ていた。

「・・・そんな方法、本当にあるのか?」

「ありますよ。とっても簡単で・・・でも難しい方法です」

簡単で難しい方法?

っていうか、簡単なのか難しいのかどっちなんだ?

「教えて欲しいですか?」

小さく首を傾げつつ、そう問い掛けてくる

俺は隊長だというプライドもかなぐり捨てて、1つ大きく頷いた。

「いつまでも隊長と副隊長の仲がよくないのも、問題だからな・・・」

そう呟くと、が訝しげに口を開いた。

「本当にそれだけですか?」

「・・・・・・は?」

「隊長がさんと打ち解けたいのは、本当にそれが理由なんですか?」

意味ありげに笑うに、思わず言葉を詰まらせた。

別にやましい事なんてない。

ないはずなのに・・・すんなりと言葉が出てこないのは何でだ?

まるで悪魔のような笑みを浮かべるが、何を言いたいのかを察して、段々と顔が赤く染まっていくのを感じた。

「・・・もう、いいっ!」

かなり分が悪いことを自覚して、早々に話を切り上げると任務を全うするために外へと足を向けた。

「隊長!」

数歩歩いたところで声をかけられ、渋々ながらも振り返ると、はさっきとは違う柔らかな笑顔を浮かべて、きっぱりと言った。

さんと打ち解けたいなら、隊長の実力をさんに認めさせればいいんですよ」

「・・・実力を認めさせる?」

「そう、とっても簡単でしょ?」

悪戯っぽく笑って、もまた任務を全うするためにその場を去っていく。

確かに簡単だ・・・・・・方法は。

ただ、どうやったらに俺の実力を認めてもらえるのか、さっぱり分からない。

ああ、だからか―――とぼんやりと思う。

だから簡単で難しい方法なんだ。

「・・・・・・よし!見てろよ、!」

気合を入れて、今はカーテンが閉じられているの部屋の窓へ視線を向けた。

絶対に、認めさせてやる。

それでに、『隊長』と呼ばさせてやる。

妙なやる気を胸に、俺は今日も元気に本部を出た。

の笑顔が拝める日も、近い!!

 

 

本部を出た後、閉められたカーテンの隙間からが俺の様子を窺っていたなんてことに、俺は全然気付かなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか意味が分からない・・・そして加山さん、限りなく偽物で。

ヒロインがどこかマリアと似ているな〜なんてことは、気にしない方向で。

これからも被ってくるところがあるかもしれませんが、それもお気になさらずに。

ああ、本当にこれでいいのか?

作成日 2004.2.14

更新日 2007.9.13

 

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