ある日、久しぶりに一緒に休憩を取れることになったと2人で、他愛もない会話を楽しんでいた時。

彼女が漏らした一言に、私は思わず間の抜けた声を上げた。

「・・・・・・は?」

「は?じゃないですよ。だから〜・・・」

は何が楽しいのか、ニコニコと笑顔を浮かべながらもう一度同じ言葉を繰り返した。

さんって、いつも加山さんの事見てますよね」

言われた言葉に二の句が告げない私を気にも止めず、さらに続ける。

「それに・・・最近加山さん、頑張ってると思いません?」

・・・確かに、最近の加山さんはとても頑張っていると思うけれど。

どうしてそれを私に言うんだろう?―――彼女も彼女なりに、私と加山さんの仲を心配しているんだろうか?

そんなことをぼんやりと考えていた私の耳に、さらに信じられない言葉が飛び込んできた。

「それってもしかして・・・さんの為だったり?」

「どうして加山さんが私のために仕事を頑張るの?彼が頑張っているのは、この帝都のためでしょう?」

そう言い返すと、は小さく肩を竦めて苦笑する。

もう、何がなんだか分からない。

 

線の行方

 

訳のわからないことを口走るに、私は早々に休む事を勧めた。

多分彼女も疲れているんだろう―――このところ、黒之巣会の動きも活発になってきているから。

そういう私も疲れていないわけじゃなかったけど、休む前にやらなくてはならない事が山ほどあって、とりあえずはそれを片付けるために分厚い紙の束をテーブルに広げた。

ここにあるのは、すべて月組隊員が提出した報告書。

これに目を通して、怪しいもの(黒之巣会が関わってそうなもの)とそうでないものに分けていく。

怪しいものと判断されたら、すぐに再調査に向かってもらわなければならないから、提出されたらすぐにチェックをしてしまわないといけない。

数があるから時間もかかる―――早く終わらせて休まないと任務に支障をきたしてしまうと分かっていても、なかなか報告書の数は減ってくれない。

それでも根気強くチェックを進めていって・・・・・・ふと気になる報告書があって、思わず私の手も止まった。

帝都郊外の人気のない洞窟で、魔操機兵らしき影の目撃証言があったというもの。

思わず報告書を片手に立ち上がる―――ここには少ないとはいえ民家もあるのだから、もちろん放置しておくわけにはいかない。

本当に魔装機兵がいたのなら、花組に出撃してもらうのが一番なのだけど・・・。

報告書にもある通り、魔操機兵らしき影を見つけた・・・というなんとも曖昧なものではわざわざ花組に出撃させるわけにもいかない―――こちらが囮だという可能性もあるのだ。

ともかくそれが真実なのか、はっきりとさせるためにも再調査をしてもらおうと思ったその時―――今この本部には人がほとんどいないことを思い出した。

は一度寝たらめったな事では起きてこないし(月組としてそれはどうかとも思うけど)他の休憩組もさっき食事に行くと出て行った。

私は自分の手の中にある報告書を眺めて、小さくため息を零した。

すぐに再調査をしなければ・・・もし本当に魔操機兵がいたのなら、大惨事になってしまう前に片をつけたい。

私はとりあえず書置きを残して、1人それを確かめるために本部を出た。

 

 

「確か・・・ここだと思うんだけど・・・」

ポケットに入れておいた報告書を取り出し、場所が間違いないことを確認すると、私は無意識で腰に差した二本の刀に触れた。

二天一流―――それが私の実家の道場が伝える剣術であり、私が幼い頃から学んできたものだ。

実家にいた頃は、剣術など学んでも仕方がないと思っていたが、今こうして戦地に立つ上ではこの上なく頼もしい―――まぁ、私も好きで剣術を学んでいたのだけれど。

報告書にあった洞窟は、思ったよりも深くはなかった。

どちらかといえば小規模なもので・・・ごく自然に出来たもののようだ。

人の手が加えられていないごつごつとした岩がそこらにあり、上には水脈が通っているのか垂れ下がった岩を通ってかすかに水滴が滴り落ちる。

その岩の陰に隠れてあたりの様子を窺うけれど、何の気配も感じられない―――もちろん魔操機兵らしき影も見当たらなかった。

やっぱりガセネタだったのか?それとも月組が調査をしたときに、たまたま魔操機兵がその場にいたか、だ。

ともかく、魔操機兵がいないならいないに越した事はない。

早とちりせずに再調査に来て見てよかった―――花組を無駄に出撃させて、彼女たちに負担はかけたくない。

少しホッとして、私は安堵のため息を吐いた・・・その時。

『なぁ〜んだ。花組が来たんじゃないのか。つまんないの・・・』

洞窟の中に、幼い子供の声が響いた。

少し油断していたのだと思う―――疲れが溜まっていたなんて言い訳にならない。

その気配に気付けなかった自分に、苛立ちすら感じる。

聞こえてきた声は洞窟中を反響し、その居場所が知れない。

「・・・どこ!?」

おそらくこちらの居場所はばれているのだろうから、私は岩に隠れながら移動しつつその気配を追った。

「ここだよ、お姉ちゃん」

不意に耳元で声が響き、振り向きざまに剣を抜いた。

けれどそれに手ごたえはない―――それはまるで羽のようにヒラリと私の放った攻撃を避けると、天井高くにまで舞い上がった。

「酷いなぁ・・・、ちょっとお話しようと思っただけなのに・・・」

その子供はクスクスと笑みを零し、私を見下ろしている。

「初めまして。僕の名前は刹那。黒之巣四天王の1人だよ」

告げられた言葉に、刀を握る手に力がこもる。

黒之巣会の幹部―――この子供が?

「やだなぁ、怖い顔。そんなんじゃあ、幸せが逃げちゃうよ?」

「・・・・・・」

「つまんないの・・・挑発に乗ってはくれないか・・・」

ポツリと呟く刹那という子供を睨みつけ、私はもう一本の剣を抜いた。

二天一流は二刀流を扱う―――剣一本でも問題はないが、やはり二本揃った方がより強力な攻撃を繰り出せるからだ。

刹那はそれを見て再びクスクスと笑みを零すと、先ほどまでとは比べ物にならないほどの冷たい視線を私に向けた。

「悪いけど・・・君の相手をしていられるほど暇じゃないんだよね、僕。花組が来ないんならここに用はないんだ。それとも君・・・花組を呼んでくれる?」

「・・・呼ぶわけないでしょう?」

「う〜ん・・・君を痛めつけて花組をおびき出す・・・って手もあるけど・・・」

「残念だけど、花組は私のことを知らないわ。やるだけ・・・無駄よ」

きっぱりとそう言い放つと、刹那はより冷たい視線をこちらに寄越して。

「なら、君に用はないよ。でもまぁ・・・コソコソかぎまわられるのもうっとおしいし、ここで死んでもらうけど・・・」

言葉と同時に、洞窟内に3体の魔操機兵が現れた。

「じゃあね、お姉ちゃん」

刹那はそう言うと、子供のような愛らしい笑顔を浮かべてその場から消えた。

魔操機兵は私の姿を確認すると、お世辞にも素早いとはいえない動きで私の向かい走り出した。

辺りを窺って、もうこの場に刹那の気配がないことを確認し息をつく。

いくらなんでも、生身で黒之巣会の幹部と戦う気にはなれない。

それに『花組が私のことを知らない』ということに関しては事実だけど、もし私を人質にすれば、彼女たちは来るかもしれない。

月組だとか関係なく、1人の人を助けるために。

良くも悪くも、まっすぐな心をもった人たちだから・・・。

私は再び手にある剣の柄を強く握り締めて、向かってくる魔操機兵に向き直った。

3体・・・この数ならばなんとかなるかもしれない。

捕まって花組をおびき出す材料には、使われたくない。

ともかく最初に襲い掛かってきた魔操機兵の懐に入り込んで、腹を一閃―――流石に硬いその身体に思うほど傷をつけることは出来なかったが、開いた左手の剣を最初の一撃と同じ場所に食い込ませた。

二度目の攻撃に確かな手ごたえを感じ、そのまま体重をかけて魔操機兵の腹に刃をつきたてる。

魔操機兵は小さなうめき声のようなものを発すると、とたん身体から力が抜けていった。

押しつぶされないように魔操機兵の腹から素早く剣を引き抜いて、その身体を足場にして宙に飛び上がり、勢いをつけて次に襲い掛かってきた魔操機兵の脳天に振り下ろす。

今度はかなり勢いがあったのか、一撃で仕留める事ができた。

バランスを崩しながらも何とか転ばずに着地し、3体目の魔操機兵に視線を向ける。

3体目は一瞬の内に倒されてしまった仲間に驚いているのか、まだ少し離れた場所に立っていた。

勢いに乗って片付けてしまおうと、そちらに向かって駆け出すその瞬間。

「うわぁ!!」

幼い子供の声が、再び洞窟内に響いた。

けれどそれは刹那の声ではなくて・・・。

弾かれたように視線を向けると、そこには10歳くらいの少年の姿が。

何でこんなところに子供が!?

一瞬思考を奪われ、頭の中が真っ白になる。

・・・と、魔操機兵が子供を視界に入れた―――次の瞬間には、魔操機兵が子供に向かって駆け出していく姿が目に映る。

マズイ!

考えるよりも早く、身体が動いていた。

私よりも魔操機兵の方が子供に近い―――あっという間に子供の前に立ちふさがり、手に持っていた大きな剣を振り上げる。

子供は逃げない。

呆然とただ魔操機兵を見上げ、硬直していた。

「・・・駄目!!」

私は強く地面を蹴って、子供に向かい飛んだ。

「うわあぁぁぁぁああぁぁ!!」

子供の叫び声と、大きな何かが岩を粉砕する音。

強く閉じていた目を開く前に、右足に激しい痛みを感じた。

目を開けると、私の腕の中で震える子供―――ぎりぎりのところで避わすことのできた大きな剣が地面に食い込んでいる光景と、そして右足から流れる赤い血。

だけど見た感じ、それほど深い傷には見えなかったので少しホッとする。

「・・・いっ!」

そう思って動かした右足に、鋭い痛みが走った―――どうやら見ため以上に酷い傷らしい。

魔操機兵はユルユルと私たちに視線を向け、地面に突き刺さった自分の剣を抜こうと力を込めた。

ゆっくりしていられない―――このままじゃあ、やられてしまう。

「早く立って!外に出なさい!!」

「ひっ!た・・・立てない・・・」

子供に向かってそう叫ぶと、子供は怯えた様子で・・・しかし首を横に振った。

どうやら腰が抜けて立てないらしい。

仕方なく子供を抱えて逃げようとするが、怪我をした右足に力が入らず子供を抱き上げる事さえできない。

何とか気力を振り絞って力をこめるが、やっぱり右足に力が入らなくて・・・。

そうこうしているうちに、魔操機兵が地面から抜いた剣を再び構えた。

駄目だ・・・このままじゃ・・・。

頭上高くに上げられた剣が振り下ろされる―――まるでスローモーションのようにゆっくりとそれは私たちに向かってくる。

反射的に身体が動いていた。

二本の剣を交差させ、大きなその剣を受け止める。

ミシリ・・・と、腕の骨が軋んだのが分かった。

「くっ・・・・・・ああっ!!」

力が入らない―――どんどんと押されているのが分かっても、どうしようもない。

私の背後で子供が震えていた。

右足からはとめどなく血が溢れ出しているのが分かる。

・・・・・・これまで、か。

私はこのとき初めて、強く死を感じた―――せめてこの子供だけでも助かるようにと心の中で祈って、ゆっくりと腕の力を抜いていく。

!!」

不意に私を呼ぶ声が聞こえた―――それを認識する前に、目の前にいた魔操機兵が横倒しになる。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。

私を呼んだのが、誰なのかも。

誰かがこちらに向かって駆けて来る―――それは素早く私と子供の前に立ちふさがると、剣を構えて魔操機兵と対峙した。

「・・・・・・加山さん?」

「大丈夫か、!?」

いつもからは考えられないほど真剣味を帯びた声に、私は返事を返す事ができなかった。

再び魔操機兵が剣を振り下ろす。

背後に私たちがいるせいで避ける事のできない加山さんは、私と同じようにそれを自らの刀で受け止めた。

男の人とはいっても、やはり魔操機兵に力では敵わないのか・・・じりじりと押されているのが分かる。

私は震える手で足元に手をやった―――先ほど魔操機兵の一撃を受け止めた時に痛めたのか、力が入らないその手でズボンの裾をめくり、そこにある物を握り締める。

最後の力を振り絞ってそれを引き抜き、魔操機兵に向かって引き金を引いた。

パァン!―――乾いた音が鼓膜に響き、しかし構う事無く何度も何度も引き金を引いた。

すべての弾を打ち終えたその頃には、既に魔操機兵も動きを止めていて、鼻につく火薬の匂いと耳鳴りのように響く銃声の音だけがいつまでも私の中に残っていた。

1人の剣士として。

出来る事なら銃だけは使いたくなかったな・・・とぼんやりと思い、そこで私の意識は途切れた。

 

 

ゆらゆら揺れる身体と、そして鈍い痛みに思わず目を開けた。

「お、気付いたか?」

声をかけられ、ぼんやりと辺りを見回す。

そこは洞窟ではなかった。

どこか川縁を歩いているのか、短く揃った草とゆるりと流れる川が目に映る。

―――と、一拍置いて戻ってきた意識に思わず身体を強張らせた。

今私は、加山さんにおんぶをされていたからだ。

「おっ、下ろしてくださいっ!!」

「何言ってんだ。その足じゃあ1人で歩けないだろ?」

「大丈夫ですからっ!!」

「大丈夫なわけあるか。さっきは動けなかったくせに・・・」

そう言われ、思わず言葉に詰まる―――なにしろ、加山さんの言う事は正しいのだから。

自分を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をして。

やっとはっきりしてきた頭で考えて、私は加山さんの言葉に甘える事にした。

どう頑張っても、今の状態で歩けるとは思えなかったからだ。

「・・・

「なんでしょう?」

身体の力を抜いたのが分かったのか、加山さんは前を向いたまま私を呼んだ。

「・・・無茶をするな」

「・・・・・・」

「もう少し遅かったら、お前今ごろ死んでたぞ?」

あの時と同じ―――魔操機兵と対峙していた時と同じ、真剣なその声色に私は思わず声を詰まらせる。

「・・・・・・申し訳ありません」

「別に謝って欲しいわけじゃないんだがな・・・」

ため息混じりにそう呟いた加山さんは、小さく苦笑した。

「本部に戻って書置きを見つけたときはびっくりしたぞ?いくら早急に再調査が必要だっつっても、無茶しすぎだ」

「・・・加山さんは」

「・・・ん?」

「加山さんは・・・どうしてあそこに?」

書置きを見つけて来てくれたのなら、他の月組隊員がいたっておかしくない―――見たところ1人のようだし。

「優秀な副隊長を失うわけにはいかんからな・・・」

加山さんは、当たり前だというように笑った。

ごめんなさい、加山さん。

本当は・・・そう言ってくれるのを、少し期待していました。

私の代わりは誰もいないと―――そう言ってくれるのを、期待していたんです。

小さく息を吐いて、加山さんの背中に視線を向ける。

真っ白なスーツ―――今は少し薄汚れてしまっていた。

隠密部隊として、その格好はどうかと今でも思っているけれど。

でも・・・もう見慣れてしまったそれは、妙に私を安心させる。

『最近加山さん、頑張ってると思いません?』

不意にの言葉が脳裏を過ぎる。

分かっていた―――加山さんがどれほど頑張っているか。

月組隊長として、寝る間も惜しんで駆け回っていた事くらい。

いつもはおちゃらけていても、本当は真面目なところとか。

細かいところにも気付く、隊員思いの優しい人だとか。

さんって、いつも加山さんの事見てますよね』

その言葉も、今ならば良く理解できる。

そうよ・・・それが分かるほど、私は加山さんを見ていた。

・・・」

「・・・なんでしょう?」

突然話し掛けられて思わず首を傾げると、加山さんがからかうように言った。

「当分はデスクワーク中心だからな」

その言葉に思わず笑みが零れる。

確かに・・・この足では、偵察は無理だろうから。

「はい・・・了解しました」

それでも『無茶をした罰だ』というような口調に、気を使ってもらってるなと思って。

別に、ね。貴方の事が嫌いなわけではないんです。

ただ・・・私の中に譲れないものがあっただけで。

それでも全く関係のない貴方に、私の考えを押し付けてしまったとは思っています。

ただ、きっかけが欲しかっただけ。

私はきっとみんなが思うほど大人ではなくて・・・寧ろ子供で。

意地っ張りだから、一度口にしたことを簡単に収める事ができなくて。

だから、今日貴方があの場所に来てくれた事に感謝します。

「ありがとうございました・・・・・・隊長」

照れくさくて・・・本当に小さく呟いたその言葉。

加山さんは何も言ってはくれなかったけど・・・だけど聞こえていたでしょう?

一瞬止まった身体と、少しづつ赤くなってくる加山さんの耳を見て。

私は堪えきれずに、クスクスと笑いを零した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

やはりヒロイン、限りなくマリア属性です(笑)

そして加山さんが妙に可愛らしい?

今回は加山とヒロインの和解?編。これから恋愛に突入していければ・・・と。

どうでもいいですが私は大神×マリア派です(本当にどうでもいい)

作成日 2004.2.16

更新日 2007.9.13

 

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