「お〜い!誰かいないかぁ!?」

休憩時間―――1人休憩室で本を読んでいた私の耳に、少し慌てたような加山さんの声が聞こえてきて、思わず顔を上げた。

それと同時に加山さんが部屋に飛び込んでくる。

とても慌てた様子で・・・・・・けれど今彼は任務中だということに気づき、何かあったのかと読んでいた本を閉じた。

「・・・・・・どうかしましたか?」

「ああ・・・っと、他の連中は?」

「みんな外出しました」

「・・・何で1人残ってるんだ?」

「いくら休憩時間とはいえ、ここをカラッポにするわけにもいかないでしょう?」

不思議そうに尋ねてくる加山さんに、ひとつひとつ丁寧に返事を返す。

いつ何時どんな情報が入ってくるか分からない―――だから常に本部には待機する隊員が必要だが、大抵それは私だった。

休憩時間くらいみんなには羽を伸ばして欲しいし、私は特に行きたい所なんてなかったから・・・。

「それよりも・・・何かあったんですか?」

未だに息を切らしている加山さんにそう問い掛けると、彼はようやくその事を思い出したのか慌てて持っていた紙を私に差し出した。

「・・・緊急の任務だ」

 

月組はていた

 

緊急の任務として米田司令に命じられたのは、深川にある廃屋の捜索だった。

なんでも、その辺りで多数の魔操機兵の姿が確認されたそうだ。

既に花組の隊員の一部がそこに偵察として出されているが、月組でも独自に調査をして欲しいとのこと。

今任務に当たっている隊員たちにはそれぞれ仕事があるので、休憩中の隊員の何人かに頼もうと加山さんは思っていたらしいが、あいにく他の隊員たちはすべて出払っていて。

おそらく夕方までは帰ってこないだろう―――いろいろ遊ぶ計画を立てていたを思い出して加山さんにそう告げた。

かくして、唯一本部に残っていた私と2人だけの偵察となった。

少し不安も感じたが、隠密に・・・という事だから数は少ない方がいいのかもしれない。

本部を空ける事にも少し不安があったが、米田司令直々の命令なのだから仕方がない。

そんな私に、加山さんは隊員を1人本部に戻すと言った。

それならばその隊員と偵察に行けばいいんじゃないか・・・とも思ったが、まだ月組に入って日も浅い隊員だったので、その判断は妥当かと納得する。

深川の廃屋に向かう道すがら、報告書に書かれている少ない目撃証言を確認し。

ふと疑問が浮かんで、隣の加山さんに視線を向けた。

「あの・・・深川の廃屋に派遣された花組隊員って誰なんですか?」

「えっ!それは・・・だな・・・」

途端に言葉を濁す加山さん―――何か変な事でも聞いたのだろうか?

不思議に思っていると、加山さんは困ったような笑みを浮かべる。

「実はな。廃屋に派遣されたのは大神と神崎スミレと桐島カンナの3名なんだ・・・」

どうして加山さんが言葉を濁していたのか・・・すぐに理解できて、それはそれで少し悲しくなった。

「・・・・・・どうしてその3人を?」

「さあなぁ・・・。まぁ、米田司令にも思うところがあるんだろ・・・」

それはそうだろうけど・・・。

ただ面白そうだからという理由でその3人を選んだわけではないことは、私にも理解できるけれど・・・。

別に彼女たちの実力を疑っているわけじゃない。

花組の隊員として、彼女たちはとても優秀だ―――花組の隊員としては。

ただ隠密として優秀かどうかは、必ずしも一致しない。

ともかく目立つのだ・・・・・・神崎スミレと桐島カンナは。

外見がどうこうではなく、行動そのものが。

もしかして今回私たちが派遣されたのは、黒之巣会の目的うんぬんよりも以前に、彼女たちの動向を見守る・・・という理由なのではないかと、思わずにはいられない。

深い深いため息が零れたその頃、ようやく深川の廃屋に到着した。

 

 

「こんな奴と一緒になんていられるか!!」

「それはこちらのセリフですわっ!!」

「2人とも、とりあえず落ち着いて・・・」

廃屋の中に、にぎやかな声が響く。

今、私と隊長は天井裏に潜んで3人の様子を窺っていた。

いつの時にも、一郎は苦労するんだな・・・と呑気にもそんな事を思っていた時、とうとう神崎スミレと桐島カンナが別行動を取った。

それを困ったように見て・・・そして一郎は桐島カンナの後に続いて左の部屋へと入っていく。

思わずため息が零れた。

別に神崎スミレと桐島カンナの仲が悪いとは言わない―――ケンカするほど仲がいい、という格言もあることだし。

ただそれはとっさに場合においてのみで、普段はその片鱗さえ見えないというのが本当のところだ。

普段の彼女たちは、まるで水と油のように反発してばかりだ。

「ありゃ〜、こりゃどうするかねぇ・・・」

同じく先ほどの光景を見ていた隊長が、困ったように呟く。

確かに彼女たちが偵察を成し遂げるかの問題よりも先に、あれだけ派手に騒がれては偵察どころではない―――先ほどの騒ぎを、ここにいるという黒之巣会が聞きつけるという可能性もあるのだ。

それでも今は、私たちの存在を彼らに知られるわけにはいかず。

結果どうする事もできないと判断を下して、こちらはこちらで偵察を続けることを決めた。

屋根裏を伝って部屋を行き来し、魔操機兵の姿を捜すが一向に見つからない。

「いないなぁ・・・」

「そうですね・・・」

魔操機兵の気を探ろうとしても、この廃屋には変な気が充満しているためにそれも満足にできない。

「まぁ、いないに越した事はないんだが・・・と、あれは何だ?」

不意に声を低くして天井の隙間から部屋の中を覗きこむ隊長につられて、私もその隙間に目を凝らす。

部屋の中は薄暗く、尚且つ隙間が狭いためによくは見えなかったけれど・・・。

「なんでしょうか?・・・・・・・・・・紙・・・いえ、お札ですか?」

部屋中いたるところに貼り付けられてあるお札のようなもの。

昔ここの屋敷にいた住人の手によって貼り付けられたものなのか?

辺りに何の気配もないことを確認してから、すばやく部屋の中に降り立ちそのお札に近づいた。

「ずいぶんと・・・・・・新しい物のようですけど・・・」

紙の状態から言って、それほど昔に貼り付けられたとは思えない。

指示を仰ぐために天井に顔を向けると、隊長がなにやら考え込んでいる様子。

ともかく、関係ないかもしれないが資料として一枚だけでも持って帰るかと思い、そのお札に手を伸ばした時。

「ぎゃあぁああぁぁぁぁ!!」

屋敷中に尋常ではない悲鳴が響き渡った。

「なんだっ!?」

「あれは・・・・・・桐島カンナの悲鳴?」

声の質からして間違いないだろう―――もしかして何かあったのか?

隊長と顔を見合して小さく頷くと、再び屋根裏に戻って悲鳴が聞こえた方へと急いだ。

 

 

「大丈夫だから・・・カンナ」

「隊長・・・」

目の前で繰り広げられる恋愛ドラマのような光景に、思わずため息が零れた。

桐島カンナの悲鳴の原因は、廃屋に住み着いた蛇によるものだった。

聞こえてきた彼女の生い立ちから、どうもかなり蛇が苦手らしい。

そんな私のため息を聞きつけて、隊長は呆れたように私に視線を向けた。

「おいおい、蛇に噛まれた彼女を見てため息をつくことないだろう?彼女の言う通り、毒蛇だったら・・・」

「その心配はありません。この蛇は毒をもっていませんから・・・」

言いつつ、先ほど霧島カンナの指を噛んだ蛇を隊長の前に突きつけた。

「うっ・・・むぐぅ!!」

「大きな声を出さないで下さい、気付かれます」

悲鳴を上げそうな隊長の口を押さえ込んで、手に掴んでいた蛇を離れたところに投げ捨てる―――と、隊長はあからさまにホッとした表情を浮かべた。

・・・・・・お前蛇が怖くないのか?」

「はい、特に」

「・・・・・・そうか」

がっくりと肩を落としてポツリと呟く隊長を不思議に思いながらも、私は再び一郎と桐島カンナに視線を戻した。

恋愛ドラマはそろそろ佳境に入ったようで、とてもじゃないが見ていられない。

そういえばさっき、彼女の悲鳴に驚いて逃げていく魔操機兵の姿もあった事だし、それを追いかけなければ・・・。

それにドサクサにまぎれて、まだお札を手に入れていない。

「隊長、行きま・・・」

そう声をかけようとして、しかし隊長が一郎と桐島カンナの2人を凝視している事に気付いて首を傾げた。

それほど他人のラブシーンが珍しいだろうか?―――まぁ、確かに珍しいと言えば珍しいけれど・・・。

ふと隊長の目に宿る切なげな光に気付いて、思わず言葉が口をついて出た。

「羨ましいですか?」

「・・・・・・は?」

私の突然の言葉に、隊長は一瞬遅れて視線を私に向ける。

「羨ましいって・・・・・・何がだ?」

「一郎が、です。少し違えば・・・あそこにいたのは隊長だったのかもしれませんし・・・」

そもそも隊長は、一郎と共に花組隊長候補だったのだ。

様々な要因を経て、結局は一郎が花組の隊長に任命されたのだけれど。

隊長は月組ではなく花組にいてもおかしくなかったのだ。

もし隊長が花組に入っていれば・・・一郎のように花組の面々に思いを寄せられていたのは隊長だったのかもしれないと。

とっさにだけど、そう思ってしまった。

そんな考えはお見通しなのか、隊長は困ったように笑って。

「何を言ってるんだ。俺は月組に配属された事を誇りに思っているぞ?それに・・・」

「それに・・・?」

「もし花組に入っていたら、とは会えなかっただろう?」

真剣な表情でそんな事を言われ、思わず顔が赤くなったのが自分でもわかる。

ここが暗い天井裏でよかったと、心から感謝した。

「それじゃあ・・・どうしてそんなに羨ましそうな目で?」

そう聞き返すと、隊長は慌てたように手をバタバタと振りながら言った。

「べ、別に羨ましいなんてことは思ってないぞ?ただ・・・あんなふうにいい雰囲気になれたらなぁ・・・と思ってるだけだ」

それを『羨ましい』というのではないのか?

ついでに誰とあんな雰囲気になりたいと思っているのか気になったけど、とりあえず聞かない事にした―――どうしてか・・・ただ、なんとなく。

「さぁ、そろそろ魔操機兵を追いかけるぞ!!」

早々に会話を打ち切って、隊長は慌てて移動を開始した。

どうして慌てているか分からなかったけど、それはともかくとして。

私も隊長の後に続いて、移動を始めた。

 

 

本当に大変だったのは、それからだ。

いつの間にか合流していた一郎たち。

今度は神崎スミレが、蜘蛛に怯えて悲鳴を上げた。

その度に逃げる魔操機兵と、繰り広げられる恋愛模様。

はっきり言って、何をやってるんだと思う。

一度逃げた魔操機兵を追いかけても、どこに行ったのか姿を見つける事ができず、結果的にウロウロと廃屋内をうろつく事となった。

何度かそれを繰り返しているうちに、私はようやく廃屋の壁と言う壁にお札が貼り付けられてあることに気付いた。

これは一体どういうことなのだろうか?

このお札には・・・何か特別な意味でも?

不思議に思いながらもお札に手を伸ばしたその瞬間、辺りが一瞬眩く光った気がして思わず目を閉じた。

ゆっくりと引いていく、廃屋の中に充満していた変な気。

「・・・何があったんでしょう?」

「さあな・・・って、おいっ!!」

ぼんやりと呟く隊長が上げた焦りを含んだ声に、思わずそちらに視線を向けると、そこにあった光景に思わず言葉が引っ込んだ。

いつの間に取り囲まれていたんだろう―――何十体と言う魔操機兵が、私と隊長に敵意を向けつつ近づいてくる。

腰に差した剣を抜いて、構える。

同じように構えた隊長と背中を合わせ、背後を取られないようにしてから魔操機兵を強く睨みつけた。

「とんでもない事になったなぁ・・・」

全然そうは聞こえない声色で、隊長は言う。

廃屋の外では、花組が光武に乗って戦う音が聞こえる。

今回の偵察は失敗だろうか?―――そんな事をぼんやりと思いながら、向かってくる魔操機兵に剣を振り下ろした。

 

 

結果を言うならば。

今回の偵察でわかった事と言えば、あのお札は黒之巣会が魔操機兵を使って貼らせていたということと、その目的が廃屋から発せられる霊気を封じる事だということ。

そして一郎はもてもてであり、神崎スミレと桐島カンナ両名には多少の辛い過去があると言う事と、やはり2人はそれほど仲が悪いわけではないと言う事。

―――――――――これが一体、何の役に立つのだろうか?

戦いも終わり、光武も引き上げた後の深川廃屋でそんな事を思う。

・・・俺たちもそろそろ帰るぞ?」

「はい・・・」

なんとなく・・・なんとなくとても無駄な事をした気がして、思わず大きなため息を吐いた。

前を歩く隊長の背中を眺めながら、ふと違和感を感じて振り返る。

そこには夕日に赤く照らされている深川廃屋のみ。

黒之巣会の手によって霊気が封じられた今、それは本当にただの廃屋に過ぎない。

けれど・・・何か変な気を感じるのは気のせいなのか?

思わず首を傾げる。

黒之巣会は、この廃屋の霊気を封じて・・・何がしたいのだろう?

「・・・?」

「いえ、何でもありません」

不思議そうに振り返った隊長に微笑みかけて、そう言葉を濁す。

ともかく、明日にでも詳しく調査しようと思い直して、私は先を歩く隊長の下へと走り出した。

 

 

何故、深川廃屋の霊気を封じたのか―――それを私が知るのは、もうしばらく先のこと。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゲーム本編ネタ。

少しだけスミレとカンナが登場。(そして大神も)

加山が大神たちを見ていたのは、俺もとあんな風に〜というようなことを考えていたからです。

相変わらず恋愛要素がかなり薄い・・・。

作成日 2004.2.20

更新日 2007.9.13

 

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