様々な事後処理や街の復興が残るものの、漸く手に入れた平和な日々。

ちょっとした疑惑とか違和感もあったが、目に映る平和に不満があるはずもない。

黒之巣会が滅んだ事で、以前のような忙しさがなくなった俺たちにも、多少の心の余裕というか・・・まぁ、のんびりする時間が持てるようになったわけで。

そんな感じで、新しい年が明けた。

 

上の休日

 

「「「「あけましておめでとうございます」」」」

休憩室に月組メンバー全員が集まって、新年の挨拶を交わす。

いやぁ、こうして平和な新年が迎えられるとは・・・ここに配属されたばかりの頃は想像もしてなかったよ。

テーブルの上には、豪華なおせち料理。

「これ全部、さんが作ったんですよ!」

さっきが興奮気味に俺にそう言っていた。

料理も上手なのか・・・と感心してみたり。

良いお嫁さんになるなぁ、とか言ったらきっと冷たい視線を返されそうだったから、敢えて口にはしなかったが。

一応ちゃんとした挨拶を終えた後は、各々が好きに過ごしている。

俺もおせち料理をつつきつつ、こっそりとの姿を探した。―――あ、この黒豆美味い。

「加山さん、あけましておめでとうございます」

ついつい夢中で黒豆を食ってると、背後から涼しげな声が掛けられた。

振り向かなくても、それが誰だかすぐに解る。

「ああ、おめでとう

緩む頬を何とか抑えながら、俺はゆっくりと振り返った。

向けられる笑顔に、ほんの少し気恥ずかしくなる。

あれほど俺のことを嫌っていたが、こうしてにこやかに新年の挨拶をしてくれるようになるなんて事も、ここに配属されたばかりの頃は想像もしてなかった。

そう思うと、今までいろんな事を頑張ってきて良かったと思える。

の信頼を得られたことが、どうしようもなく嬉しく感じる。

普段はこんな事を考えたりなんてしないのにな。―――正月というものは無性に人を感傷的にさせるものなのかもしれない。

「お味の方はどうですか?薄くないですか?」

「ああ・・・いや、美味いよ」

唐突に問い掛けられ、俺は慌てて返事を返した。

箸で黒豆をもう1つ口に運ぶと、ほんのりとした甘さが口の中に広がる。

良かった、と微笑むを見て、俺の心音が一際大きく鳴った気がした。

それを気付かれないように、俺は不自然なほど明るい声色で口を開く。

「いやぁ、こんな美味い料理が作れるなんて、は良いお嫁さんになるなぁ・・・」

咄嗟に口をついて出た言葉に、俺は内心しまったと自分を恨めしく思った。

さっきあれほど言わないでおこうと思ってたのに、いともあっさりと言ってしまった。

なんて返事が返って来るだろうと、内心ビクビクしながらの顔を窺う。

そこにあった表情に、俺は思わず絶句した。

驚いたように目を見開いて、俺を凝視している。

「・・・?」

恐る恐る声を掛けると、はハッと我に返って照れたようにはにかむ。

「ありがとうございます、加山さん」

返ってきた言葉に、これ以上ないほど驚いた。

そんな俺に気付かず、は会釈をすると遠くで自分を呼ぶの方へ向かう。

の後ろ姿をぼんやりと見送って、そして思った。

それは反則だろう、

 

 

目に焼きついた、照れたように笑うの笑顔。

今まで見たことがないその表情に、嬉しさと・・・そしてほんの少しの不安を抱いた。

嬉しいのに不安なんて、どういう意味だとかぼやいてみても、その答えが返って来ることはない。

その答えを持っているのは、俺じゃない。

その答えを持っているのは、きっと。

「・・・何してるんだ、?」

賑やかな場所から少し離れたところに座り、ぼんやりと窓の外を眺めているに声を掛ける。―――するとは、俺が側にいることなんてお見通しだとでも言うような態度でゆっくりと振り返った。

「外を眺めていたんです」

「外を?」

言われて同じように窓の外を見る。

そこから見える景色は、別段取り立てて珍しい物でもない。

いつも通りの景色だ。―――道の脇に植えられている木が、少し寒そうだが。

「別に変わったモノなんて見えないけど?」

「だから、です」

小さく笑みを含んで呟いたに、無言で視線を送った。

意味が解らないと表情に出てたんだろうか?―――は再び窓の外に視線を戻すと、ポツリポツリと話し出す。

「変わらないから、良いんです」

「・・・変わらないから?」

「そうです。変わらないって凄いことだと思いませんか?」

逆に問い掛けられて、俺はやっぱり無言のまま窓の外を見た。

以前と変わらない街並み。

天海が発動させた六破星降魔陣の影響で壊れた建物も、そのほとんどが綺麗に立て直されている。

平和を取り戻した、帝都の街並みだ。

「帝都に来て数年。それほど長くいる訳ではないのに、ここがとても懐かしい気がします。とても・・・この街が好きだと、そう思います」

ああ、そうだな。

俺はここで、かけがえのない仲間を得た。

今まで生きて来た中で、一番劇的な日々を送ってる気がする。

「きっとこの街並みも、何年も経てばどんどんと姿を変えていくんでしょうね。どういう街になるのかは想像もつきませんが・・・きっと活気に満ち溢れた場所になるんでしょう」

「・・・そうだな」

今はまだ、賑やかなのはこの辺り一帯くらいで。

端の方へ行けば、そこはまだ空き地が目立つ場所が多い。

だけど進化していく。―――この街も、俺たちも。

「それでも私は、今のこの街並みがとても好きです。きっと今しか見れないものだからこそ。そして・・・加山さんやみんなと見れる時も、きっと今だけだろうから。だからどれだけ見ていても飽きないんです」

穏やかな口調で呟いたに、俺は視線を移す。

今だけ?

その言葉に心が粟立つ。

不意に、目の前にいるが何処か遠い存在に見えた。

まるで・・・何処かに行ってしまうような・・・。

「・・・加山さん?」

ハッと我に返ると、が俺の顔を不思議そうに覗き込んでいた。

「どうかしましたか?」

問い掛けるその口調が、いつもとあまりにも変わりがなくて・・・だから俺は少しだけ安心する。

そうだ、が何処かに行ってしまうなんてことはただの思い過ごしだ。

もしそうなのだとしても、この俺がしっかり捕まえて逃しはしない。

そう決意を固めて、訝しげな表情を浮かべるに向かってにっこりと笑顔を浮かべた。

。たまには一緒に初詣に行かないか?」

「・・・は?」

突然といえば突然の俺の言葉に、は間の抜けた声を上げた。

というか、かなり吃驚したような顔をしてる。―――のこんな顔は珍しいな。

「あの・・・加山さん?」

「ん〜、どうした?」

「どうしたというか・・・『たまには』って、私と加山さんが新年を迎えるのは、今回が初めてだと思うんですが・・・」

「そうだな」

「そうだなって・・・」

困惑したようなに、俺はあっさりと返した。

おいおい、そんな呆れた目で俺を見るなよ。

「な?折角なんだし、行かないか?」

黙り込んだに、更に声を掛ける。

ですが・・・と困ったように呟くは、チラリと休憩室を見回す。

多分は、隊長と副隊長が揃って席を外す事に抵抗があるんだろう。

何かあった時の事を考えて。

平和になったとはいえ、何もないとは言い切れないからな。

やっぱり無理かと俺が諦めかけたその時、見計らったかのようなタイミングで俺とに明るい声が掛けられた。

いや、きっとの事だから、俺たちの様子を窺ってたんだろうな。

「いいじゃないですか、行ってくれば!」

がニコニコと笑顔を浮かべながら、にそう言う。

「でも・・・」

「私たちがいるんですから、大丈夫ですって!どぉ〜んと任せてください!」

そう言ってドンと胸を叩くを、は不安そうな目で見返す。

を信用していないわけでは決してないが・・・―――お気楽そうに見えても、実は頼りになる奴だとわかってはいるが。

だけどの気持ちが少し解る。

しっかりと酒の入ったこいつらに、全部任せて行って本当に大丈夫か?

けれどはそんな俺たちの心境もすべて読み取っていて。

「ね、楽しんできてください」

そう言って笑うから・・・だから結局も納得して笑みを浮かべた。

「それじゃあ、少しだけお願いしようかしら?」

「うんうん。任せてくださいって!じゃあ、加山さん。さんの事よろしくお願いしますよ?」

「あ、ああ・・・それは勿論」

「じゃあ、行ってらっしゃ〜い!」

半ば強引に追い出されるように休憩室を出た俺たちは、ふと顔を見合わせて小さく笑う。

「行きましょうか、加山さん」

「そうだな。さっそく行くか!」

にっこりと微笑むの笑顔を見て、俺は心の中でに感謝した。

前に『協力する』と言った言葉は嘘じゃなかったんだな・・・なんて思ったり。

休憩室を出る間際、『積極的に手を握るんですよ!』とか『報告期待してますからね』とか言われた事は、この際脳内で抹消する事にした。

 

 

いざ、明治神宮へ。

予想通りの人の多さに苦労しつつも、何とかお参りをするべく人を掻き分ける。

漸く賽銭箱の前に辿り着いて、俺は鈴を鳴らしてパンパンと景気良く手を打ち鳴らした。

さて、一体何をお願いするべきか?

ここは帝都の平和を願うべきだろうか?―――いやいや、帝都の平和は俺たち自身の手で守るべきものだろう。

じゃあ・・・と隣に立つをチラリと盗み見た。

うん、情けない気も多分にするが、ここは1つ。

いつまでもこんな風に側にいられますように。

そうお祈りして、やっぱり情けなく思えた。―――さっき固めた決意はどこ行った!?

「行きましょうか?」

1人で葛藤していると、が遠慮がちにそう声を掛けてきた。

それに1つ頷いて、人ごみから抜け出す。

「何をお祈りしてたんですか?ずいぶんと熱心にお願いしてたみたいですけど・・・?」

「い、いや!大した事じゃないんだ、ほんと!!」

慌てて手を振った俺を訝しげに見返しつつも、そうですかとそれ以上追及はしてこなかった。

ホッと胸を撫で下ろす。

とこうしていつまでも一緒にいられますようにって祈ってたんだ〜なんて言えるわけがない。―――言えたらこんな苦労はしないさ!

「さ、さぁ!次は何処に行こうか?」

気を取り直してそう切り出した俺に、はやんわりと微笑んだ。

「そうですね。それじゃあ・・・」

辺りを見回して呟いたの顔が、不意に微かに翳る。

「どうかしたのか?」

不思議に思って問い掛けてみても、は無言のままでゆっくりと辺りを見回しているだけで何も答えようとしない。

?」

再度そう声を掛けると、は深く息を吐き出して少し不安そうな表情で俺を見た。

「さっき・・・人ごみに紛れて、知った顔が見えた気がして・・・」

「知った顔?」

知り合いでもいたのかと聞き返すと、の表情が更に曇った。

言いづらそうに口を噤んで、けれど思い切ったように声を潜めて呟く。

「葵・・・叉丹」

「葵叉丹!?」

「か、加山さん!声が大きいです!!」

慌てて俺の口を塞いだに、目だけで真意を問い返す。

けれどは困ったように俺を見上げるだけで、何も答えようとはしなかった。

いや、きっとにだって解らないのだろう。

言われてみれば、四天王の中で葵叉丹の生死だけがはっきりと解っていなかった。

もし奴が生きていて、何かを企んでいるのだとしたら?

そしてここにいることに、何か意味があるのだとしたら?

「チラリと見えただけですし・・・もしかしたら見間違いかも」

そう言うの顔色は悪い。

は確信のないことは口にしない。―――見間違いかもしれないと言いつつもそれを告げたって事は、自分でも見間違いじゃないと思っているからだろう。

「それに・・・何か嫌な予感がするんです。気配・・・というか、そんな・・・」

そう言ってまたゆっくりと辺りを見回す。

目を閉じて、静かに息を吐き出した。

には霊力がある。―――それこそ当初は花組の一員としてスカウトされたほどの強い霊力が。

だからこそ、の言葉には説得力があった。

「ともかく、すぐに米田司令に報告しよう。何かが起こる前に・・・」

「・・・っ!」

俺の中で最善の策を告げた瞬間、が息を呑んだ。

それと同時にその場に座り込む。―――顔色が、今まで以上に悪かった。

「大丈夫か、!!」

「・・・来る」

「来る?来るって何が・・・」

力の抜けたの身体を支えるために屈みこんだ俺の頭上を、何か大きなものが飛び去っていった。―――咄嗟にそれに視線を向けると、空を飛ぶ巨大な生き物。

醜悪なその姿は、今まで見たことがないほどの恐怖を抱かせる。

「・・・あれは」

「加山さん、早く・・・早く米田司令に連絡を・・・」

搾り出すようなの声に、俺は頷くとすぐさま懐に入れておいた小さな花火のようなものを空へと打ち上げた。

緊急事態を知らせる合図。

きっと見張りをしている誰かがこの合図に気付いてくれるだろう。―――すぐさま米田司令に報告して、光武を発進させるように手はずを整えてくれる筈だ。

翔鯨丸を使えば、ここに到着するのに掛かる時間は僅か数分。

何とか間に合うだろう。

逃げ惑う人々の波を掻き分けて、ふらふらとよろけるを何とか人の流れから外れたところに移動させる。

は感知能力に優れていると、藤枝司令が言っていたのを思い出す。

波があるという話だったが、今日はそれが格段に優れていたんだろう。―――敏感に感じ取って、その力に当てられているようだ。

抱えて安全な場所に避難させてやりたかったが、この人ごみじゃあそれも簡単にはいかないだろう。

とりあえず安全そうな場所に避難して、具合の悪そうなをその場に座らせてやった。

空を見上げれば、遠くに翔鯨丸の姿が現れる。

ちゃんと事が運んだ事に安堵しつつ、重いため息を吐く。

空を飛ぶ醜悪な生き物は、少しづつその数を増していた。

「加山さん・・・」

「どうした?」

俺を呼んだを見ると、青い顔をして同じように空を見上げている。

返事を返しても、は何も答えなかった。

それでも彼女が言いたいことは、きっと今俺が考えていた事と同じ事なんだろうと思う。

終わったと思っていたのに・・・けれど戦いは、終わってなかったのだと知る。

今になって葵叉丹が何をしようとしているのかは解らない。

天海の敵討ちなんて馬鹿な理由なのか、それとも他に目的があるのか。

黒之巣会本拠の跡地でめぼしい資料がなくなっていたのは、奴の仕業なのか。

様々な疑問は、今のところ解決する見通しはない。

すべてはこれから。

戦いは、再び幕を開けたのだから。

漸く手に入れたと思っていた平和が、音を立てて崩れた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ギャグっぽくしようと思っていたのに、出来上がってみればシリアスっぽくなってしまった。(ミステリー)

加山さんのヒロインに対してのラブラブっぷりが更に上昇?

前の話との間に一体何があったんだ、加山さん!(笑)

作成日 2004.8.3

更新日 2007.10.1

 

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