「・・・う〜む」

一日のお勤めを終えた後のお風呂は気持ちがいい。

任務の疲れを汚れと一緒に洗い流してさっぱりした後、咽が渇いた私は休憩室に足を向けた。

「・・・う〜ん」

そこで何かを見つめてため息を吐いてる隊長を発見。

なにやってるんだろ、あの人。

大抵の行動の何処かに怪しいところがある隊長だけど、今日は更に怪しい。

その証拠に、ほら。―――いつもは賑やかな休憩室に、今は誰もいないし。

私もちょっと関わりたくないなぁとは思ったんだけど、でも咽が乾いてたし・・・―――それに隊長が何を見てるのか正直好奇心をそそられて、私はそっと足音を忍ばせて隊長の背後へと忍び寄る。

いつもならすぐに気付いて振り返る隊長は、今日は私の存在にも気付かないまま。

それほどまでに何を見てるのかとそっと背後から隊長の手元を覗き込めば・・・そこにあるのは、タバコの箱?

「あれ?隊長ってタバコ吸う人だったんですか?」

「おわっ!!」

想像してたものよりも普通な代物に拍子抜けして思わず声が出る。

それに予想以上に驚いて飛び退った隊長は、目を見開いて心臓を抑えながらものすごい目つきで私を睨みつけた。

「な!なんだ、!黙って人の背後に立つなんてどういう了見だ!!」

「どういう了見もなにも、背後に立たれて気付かない隊長も隊長だと思いますけど。っていうか、さんにバレたらお説教でもされるんじゃないですか?」

よほど見られたくなかったのか、いつもとは違って声を荒げる隊長にそう切り返してやると、隊長はバツが悪そうに表情を顰めて視線を逸らす。―――ちょっとは自覚があるらしい。

「それにしてもどうしたんですか、隊長。私が休憩室に入ってきた事にも気付かないほどタバコの箱なんて見つめちゃって。それに何かあるんですか?」

備え付けのお茶セットから勝手にお茶を淹れて、それを隊長に差し出してから自分もコクリと一口飲む。―――お風呂上りのお茶はやっぱり美味しい、じゃなくて。

じっとタバコの箱を見つめてそう言えば、隊長は更に表情を強張らせてあらぬ方向を見る。

こういっちゃなんだけど、そんな態度じゃ何かありますって言ってるようなものだと思うんだけど。

さんじゃないけど、月組の隊長がこれでほんとに大丈夫なのかな?

まぁ、隊長がすごい人だって事は十分に解ってるんだけど。

ズズズとお茶を飲みながら隊長を見つめていると、隊長は逃げられないと判断したのか・・・―――はたまた誰かに相談したいと思ってたのか、握っていたタバコの箱をテーブルに戻して、じっと私を見据えて口を開いた。

「実はこのタバコ、の部屋から見つけたんだ」

真剣な眼差しでそう切り出した隊長を見返して、私は小さく首を傾げる。

「隊長、さんの部屋に入ったんですか?」

「いや!別に疚しい理由とかそんなんじゃなくてただに渡した書類の1つに不備がある事に気付いて書き直そうと思ったんだが生憎とは任務に出てて仕方なく自分で取りに行っただけで!!」

「隊長、そんな言い訳じゃそこらへんの子供にだって怪しまれますよ」

ほんとにこれが月組の隊長で大丈夫なのかな?―――いや、重ねて言うけど、隊長はすごい人なんだけどね。

私の返答にがっくりと肩を落とす隊長を見返して、私はテーブルの上に放置されたタバコの箱に手を伸ばす。

私もさんとの付き合いはかなり長い方だけど、さんがタバコを吸ってるなんて聞いた事ない。

隠れて吸ってた可能性もあるけど、さんからタバコの臭いがした事なんて一度もなかったし・・・―――それにもし本当に隠す気なら、たとえ自室でも人に見つかるような場所に放置しておかないと思うし。

「これ、ほんとにさんの部屋から見つけたんですか?」

「間違いない!」

「・・・じゃあ、誰かから没収したものとか」

言っておきながらそれは違うなと自分でも思った。―――だって別に、月組に禁煙なんて決まり事ないし。

「だが、中身がな・・・。まだ1つも減ってない新品なんだ。それに何故か一本だけ裏返ってるし・・・」

言われて箱を開けてみれば、確かに全然減ってない。―――買ったそのままだ。

隊長の言う通り、一本だけフィルターが下向きになってる。

「箱詰めする時に失敗したのかな?」

そう言いつつ、私はふとある事に気付いて目を丸くした。

いや、ちょっと待てよ?

確かこんな話をしたような気がする。

新品のタバコの1つをひっくり返して、お守りにするっていうおまじない。―――最後までそれを残して全部吸えば、お願い事が叶うっていうアレ。

まさか・・・いや、まさかねぇ。

でもさんがタバコ吸う人じゃないって事は、もしかして・・・。

思い至った真実に、私が思わずニヤリと口角を上げたその時。

「・・・隊長、、何してるの?」

私たちの背後から掛かった冷ややかな声に、私たちは揃って硬直する。

隊長の事をどうのこうの言えない。―――私だって、背後のこの気配に気付けなかったんだから。

ゆっくりと振り返ると、そこには怖い顔をしたさんが立っている。

いつもの余裕は残念ながらないみたいだ。―――まぁ、このタバコが私たちの手元にある時点で、それも仕方のない事なのかもしれないけど。

「いや!これは違うんだ、!別に忍び込んだとかそんなんじゃなくてただに渡した書類の1つに不備がある事に気付いて書き直そうと思ったんだが生憎とは任務に出てて仕方なく自分で取りに行っただけで!!」

だから隊長、そんな慌ててたら言い訳にすらなりませんて。

ほら、さんが更に怖い顔してる。―――隊長が絡むと流石のさんにも多少の余裕がなくなっちゃうんだよね。

それって見てる分には面白いけど、巻き込まれる分にはカンベンして欲しい。

さん、これお返ししますね。私お茶飲みに来ただけなんでこれで」

「・・・、ちょっと待ちなさい」

やっぱり流石にこのまま見逃してはくれそうにない。

さんに部屋に無断で入ったのは、隊長であって私じゃないのに・・・。

それでも今の私は結構余裕を持つ事が出来ている。―――なにせ、私には最後の強力な切り札があるんだから。

さ〜ん。私知ってますよ、これ。だって私がさんに教えたんですもんね」

「・・・・・・」

「恋のおまじない。―――叶うといいですよね〜」

!!」

顔を真っ赤にして声を上げるさんから逃げるように、私は肩に掛けてあったタオルを手に駆け出した。

こんなさんを見る機会なんて滅多にないからもったいないけど、今は自分の身の安全を確保する方が先だからね。

これは恋のおまじないじゃなくて、願い事が叶うおまじないって言ってたじゃない!と背後から聞こえる押し殺した声に笑みを零して、私は騒がしくなった休憩室から逃げるように廊下を爆走する。

そんなの、別にどっちだって構わないでしょ?

私にとっては、さんがおまじないをする意外と可愛らしい人だって解っただけで満足なんだから。

!ちょっと待って!!」

「おやすみなさ〜い、隊長、さん!」

休憩室から顔を出したさんに軽くウィンクをして、私は自分の部屋に飛び込んだ。

 

 

(恋のおまじないの相手が誰か・・・なんて、いまさら聞く必要ないよね?)

 

 


 

サクラ大戦。意外な出来事。