「あ、〜!こっち、こっち!!」

部屋に入った途端にアイリスに声を掛けられ、は苦笑しながらも応えるようにそちらに向かう。

図らずも置いていかれた俺はその後姿を見送って・・・―――そうして改めて楽屋の中を見回して、1人感慨に耽るように小さく息を吐いた。

大神に誘われ、俺は初めて客席で花組の公演を見た。

それはも同じだっただろう。―――隣に座って食い入るように舞台を見ていたの姿を思い出して、俺は気付かれないよう口角を上げた。

その後は花組直々に打ち上げに招待されてここに来たわけなんだが・・・本当に参加しても良かったんだろうか?

まぁ、米田司令や藤枝副司令が何も言わなかったから問題ないんだろうけど。

折角の打ち上げだ、俺たちも楽しませてもらおう。

そんな事を考えていた俺の耳に、アイリスの楽しそうな声が届いてくる。

「ねぇねぇ、。今日のアイリスどうだった?可愛かったでしょ〜?」

「ええ、とても可愛らしかったわ。ドレスもよく似合ってたし」

「えへへ」

「レニも、すごくかっこよかった」

「・・・ありがとう」

アイリスとは違って控えめだが、レニさんも嬉しそうに笑ってる。

いつもいつも思うが、は花組の隊員たちとも仲がいい。―――アイリスとレニには特に懐かれてるみたいだ。

それでもまぁ、花組の中で一番仲がいい隊員といえば、やっぱりそれはマリアさんだろう。

ほら、そう言ってる間にも・・・。

、打ち上げにまで参加させちゃって悪かったわね」

「そんな事ないわ。こういう場に参加できる事なんて滅多にないし、楽しませてもらってる」

「そう。そう言ってもらえると嬉しいわ。―――ああ、そういえば・・・」

そうして穏やかな表情で話し込む2人を眺めながら、俺はぼんやりと思う。

マリアさんは当然の事として、月組という裏の仕事を担当する者にしては、も随分と華がある。

まぁ、元々は花組隊員候補としてスカウトされたらしいから、それも不思議じゃないが・・・―――こうしてマリアさんと並んでると、絵になるというかなんと言うか・・・。

どことなく居場所がなくて、部屋の隅でそんな事を考えていた俺に、漸く花組隊員たちの輪から抜け出してきた大神が、笑顔で俺に近づいてきた。

そうして口を開きかけて・・・―――だが次の瞬間、訝しげな表情を浮かべた大神を見て、俺はどうしたのかと首を傾げる。

「・・・おい、加山」

「どうした、大神。変な顔して・・・」

「変な顔は余計だ。―――っていうか、変な顔してるのはお前の方だろ?」

「俺が!?」

指摘されて顔に手を当てるも、触っただけで解るはずもなく。

楽屋という事もあり手近な鏡を覗いてみると、確かに大神の言った通り眉間に皺の寄った自分の顔が映し出されていた。―――まぁ、変な顔って言うほどでもないとは思うが。

「なんだよ。をみんなに取られて拗ねてるのか?」

「ばっ、バカ言え。そんな事あるわけ・・・」

「どもってるぞ、加山」

あっさりと切り返され、それ以上言うと余計に墓穴を掘りそうな気がして俺は諦めて口を噤んだ。

拗ねているつもりはまったくないが・・・―――まぁ、ちょっと寂しい気持ちになった事は否定できない事もないかもしれないが・・・。

心の中で葛藤する俺を見て何を思ったのか、大神はふいと視線をマリアと談笑しているへと向けて口を開いた。

「帝都で再会して思ったけど、って随分明るくなったよな」

「・・・なんだ、急に?」

「いや、本当にそう思ったんだよ。よく笑うようになったし・・・」

そういえば、大神とは幼馴染だったと言ってたな。

という事は、大神は俺の知らない子供の頃のを知ってるって事か。

聞いてみたい気もするけど・・・―――いや、でも本人が話さない事を人から聞くってのは・・・。

そうは思ったが、どうしても好奇心に勝てなくて、俺はが会話に夢中になっているのを確認してから大神へヒソリと声を掛けた。

って、昔はあんまり笑わない子供だったのか?」

「え?う〜ん・・・まぁ、どちらかと言えばそうかな」

まぁ、は元々無邪気に笑うタイプじゃないし、それほど不思議じゃないかもしれない。―――これがだったりしたら、結構意外だったりするが。

は家の事情も色々あったりしたから、あんまり子供らしくない子供だったんだよな。いつも何かに追い立てられてるっていうか、自分にものすごく厳しかったりしたから、適度に息を抜く方法も知らなかったんだと思うよ」

「・・・・・・」

「まぁ、俺は割と仲が良かった方だから笑った顔とかも見た事はあったけど・・・―――でもやっぱり、再会したときはびっくりしたな」

「・・・そうなのか?」

「ああ。だって雰囲気が全然違うから」

雰囲気が全然違う・・・?

あまりピンと来なかったが、それでも初対面の時を思えばそれも解る気がした。

「適度な息抜きの方法を覚えたのかな。それとも・・・月組が居心地良くて、自分らしく在れるのか・・・」

そうであってくれればいいと思う。

俺やや月組と一緒にいる事が、にとって幸せであればいいと・・・。

「でも本当にびっくりした。ってあんな顔も出来たんだな」

大神の視線の先を辿れば、たくさんの料理の乗った皿をカンナさんから受け取って、困ったように笑うの姿がある。

それは大神にとっては見慣れないものであっても、俺にとってはそうじゃない。

割と自由奔放なに翻弄されて、困った顔をしていたりだとか。

あまりにも自由奔放すぎるを叱りつけたりする顔だとか。

ああ見えて意外と酒を飲む事も、たまに月組の連中と一緒に飲んでるって事も。

前の日がどれほど遅くなっても、朝早く起きて剣の稽古をしていたりだとか。

その後寄ってくる野良猫に、内緒だからといってえさをやってたり。

意外に甘いものが好きで、どちらかといえば辛いものが得意でなかったり。

こっそりとおまじないを試してみたりする、可愛らしいところもあったり。

いつも手際よく書類を片付けてるけど、実は書類整理があまり好きじゃない事も。

俺は知ってる。

大神が・・・花組が知らない事も、ずっと一緒にいる俺は知ってる。

子供の頃の事はもう知りようもないが、それに負けないくらいの今を知ってる。

「・・・どうした、加山?」

「どうしたって、何が?」

「・・・いや、いきなりニヤニヤ笑い出すから。―――不気味だぞ?」

「酷いなぁ〜、大神は。俺たちは無二の親友じゃなかったのか?」

「そりゃまぁ、そうだけど・・・」

すっかり調子を取り戻した俺にたじたじになりながらも応える大神を見返して、俺は満足げに笑みを浮かべる。

 

アイツの弱いところも可愛いところも、

知っているのはだけでいい

(馬鹿な独占欲だって事くらい、ちゃんと解ってるさ)

 


サクラ大戦。

クリスマス公演の裏側。