顔を上げれば、いつだってそこには彼女がいた。

 

 

学校の中で、唯一自由になる時間といえば昼休みだ。

その短い時間の中で、俺は猛スピードで昼飯をかっ込むとクラスメイトと一緒に校庭に出る。―――退屈な授業中溜まったストレスを、せめて身体を動かす事で発散しないとな。

晴れ渡った空の下、身体を動かすのは単純に気持ちがいい。

今日もいつもと同じように、最近俺たちの間でブームのサッカーをしていたその最中、俺はふと賑わう雰囲気からは取り残されたような校舎へと視線を向けた。

そうして、今日もまたそこにある光景に僅かに口角を上げる。

は物静かだ。

それだけじゃなくて結構活発的だって事も知ってるけど、全体的な雰囲気においては物静かだって形容が似合う。

たとえば今みたいに、窓辺で静かに本を読んでいるような。

まぁ子供の頃を知っている俺としては周りのそんな評価に笑い出しそうな時もあるが、昔っからは他の子供たちとは違って大人っぽかったっけ。

そのせいで同年代の子供たちからは浮いていて、いつの間にか人見知りの激しかった静信と3人でいる事が当たり前になっていた。

そして、それは今も変わらずにいる。

こうしてお互い多くの友人が出来たが、それでも俺たちの関係は変わらない。―――そう、表面上は。

それぞれ、決して口には出せない想いを抱えてはいたけれど。

「おい、敏夫!!」

不意に俺を呼ぶ声に気付いて校舎に向けていた視線を戻すと、クラスメイトが慌てた顔をして俺を見ていた。

どうしたんだと思ったその時、ボールが俺の横をすごい勢いで飛んでいく。

「何やってんだよ、敏夫!」

いつの間にかぼんやりしていてパスに気付かなかった俺に、呆れたような文句が飛んできて、俺はを見ていた事を気付かれないようにと慌ててボールを追いかけた。―――勿論、反論も忘れなかったけど。

「ウルセェなぁ、ちょっとミスっただけだろうが!」

呆れた表情でこちらを見るクラスメイトに背を向けて、俺は急いで飛んでいったボールを拾い上げた。

ったく、間が悪いったらねぇ。

思わずそうぼやきそうにながら、俺はボールを待ってるクラスメイトに向けて思いっきりボールを蹴った。―――それは高く高く飛んで、勢い良く校庭の真ん中を転がっていく。

「尾崎くん!!」

それを爽快な思いで眺めていた俺は、すぐにクラスメイトのところに戻ろうとして・・・―――しかし直後掛けられた声に振り返る。

そこには隣のクラスの女子がいた。

最近ちょこちょこ話をするようになった女子だ。

明るい笑顔と可愛らしい仕草。

とはまったく真逆の、女の子っぽいタイプだ。―――いや、別にが女らしくないわけじゃないけど。

それにだって、女らしいところはいくつもある。

いや、それはこの際関係ないけど。

「おー、どうした?」

「ううん、尾崎くんの姿見かけたから声かけただけ」

その子はそう言って小さく首を傾げる。

きっと男ってのは、こういう可愛らしい仕草が好きなんだろうな。

いや、俺だって嫌いじゃないけど・・・―――どっちかっていうと、俺はみたいにさばさばしてる方が・・・。

「おーい、敏夫!!」

そんな失礼な事を考えていた俺に、再びクラスメイトから声が掛けられる。

それに便乗して、俺は尚も何かを言いたげだったその子に短く謝罪を告げると、勢い良くクラスメイトの方へと駆け出す。

正直、どう対応していいか困ってたってのが本音だ。

直接言われたわけじゃないが、あの子の好意らしきものは感じ取れてたし、けど悪いが俺にその気はなかったし。

だからって、冷たくあしらうわけにもいかないしな。

そんな事がバレれば、が怒るに決まってる。―――もう少し、相手の気持ちを思いやれって。

俺の気も知らないで・・・とは、流石に口に出しては言えないが。

「何やってんだよ、敏夫」

「おー、悪い悪い」

今日は注意力散漫な俺に不機嫌そうな表情を浮かべるクラスメイトを軽くあしらって、俺は息抜きのためのサッカーに戻ろうとする。

だけど・・・―――ふと無意識にチラリと校舎に向けた視線に目ざとく気付いたクラスメイトの1人が、訝しげな面持ちで俺へと視線を向けた。

「お前、さっきから何見てんだよ」

そんなクラスメイトの言葉に、他の奴らも何事かと俺の傍に集まってくる。

ちっ、余計な事を・・・。

そんな悪態をつく暇もなく、クラスメイトたちは窓辺で読書するに気付いて小さく声を上げた。

「あ、じゃん」

「おー、相変わらず美人だよなぁ」

次々に上がる声に、俺は思わず眉間に皺を寄せる。

は確かに同学年の奴らからは浮いてるが、その人気は絶大だ。

俺が言うのもなんだが、は綺麗な顔をしてるし、一見近寄りがたい雰囲気だけど人当たりもいい。

その上面倒見もいいから、わりと慕われてたりする。

これは女子には内緒だけど、男子の間でこっそり行われた彼女にしたい女子投票でも常に上位だ。

それでもの周りに男の影がないのは、ひとえに俺や静信のガードのおかげだ。―――まぁ、自身の近寄りがたい雰囲気ってのも相当なパワーだけど。

だからこそ、余計に人気があるのかもしれない。

よくある、アレだ。―――ダメって言われる事は余計にしたくなる、みたいな。

「相変わらずキレーだよなぁ、

「同じ歳には見えないよなぁ」

俺への追求も忘れて、クラスメイトたちは窓辺で読書するに釘付けだ。

それが面白いはずもなく、俺は逆に文句を言ってやろうと口を開いた。―――勿論、本音なんて言わないが。

しかしそれを口にする前に、クラスメイトの1人が発した言葉に、俺は思わずノド元まで出てきていた言葉を飲み込んだ。

「お、室井だ」

その声に引かれるように顔を上げると、確かにの傍には静信の姿がある。

いつもの柔らかい笑みを浮かべてへ向けて何事かを話しかけると、もまた柔らかい笑みを浮かべて言葉を返す。

それは、まるで別の世界のように見えた。

まるで手が届かないような・・・―――容易に踏み入ってはいけないような、そんな静に満ちた空間。

「悔しいけど、室井とさんってお似合いだよなぁ」

「確かに、雰囲気ピッタリだもんな。室井、綺麗な顔してるし」

「室井って女子に人気あるもんな。本人は困った顔してるけど・・・」

次々に聞こえてくる言葉に、俺はと静信の姿をジッと見つめながら唇を噛み締めた。

今更言われなくたって、そんな事は2人の傍にいた俺が一番よく解ってる。

静信がを好きだって事も。

それから・・・―――きっと、も同じだろうって事も。

静信といるは、すごく穏やかに笑う。

肩の力が抜けたみたいっていうか、自然体でそこにいる。

最近俺と一緒にいる時は、たまにぎこちない笑顔を浮かべるってのに・・・。

「・・・・・・」

ずっと一緒に居たのに。

どうしての視線の先にいるのが、俺じゃないんだろう。

確かに静信はいい奴だ。

一見そうは見えないかもしれないけど、いざって時には頼りにもなる。

そんなのは、ずっと一緒に居たも知っているだろうけど。

そんな事を考えていた俺は、窓辺に立ちに視線を向けていた静信が校庭へと視線を移した事に気付いた。

ふと、静信と視線が合う。

それは普段の静信とは違って、どこか鋭い光のようなものが宿っているように見えた。

は気付いてないだろうけど、静信はずっと・・・子供の頃からだけを見ていた。

その想いの強さは、誰よりも俺が一番よく知ってる。

だけどそれは、俺だって負けない自信はあるってのに・・・。

なのにどうして、は俺じゃなく静信を選んだんだろう。

不意に胸の奥に湧き上がってきた暗い感情に、俺はきつく蓋をする。

これは、気付かれちゃいけない。

いや、気付かれたくない。

も静信も、どちらも俺にとっては大切な幼馴染に違いない。

どちらかを選ぶなんて、そんな事出来るわけがないんだ。

!静信!!」

そんな想いを胸に、俺はすべてを振り切るようにそう声を上げる。

隣にいたクラスメイトがぎょっとした顔をするのなんて軽く無視して。

「・・・どう、したの?」

驚いたように俺を見つめるを見返して、俺はニヤリと口角を上げた。

「数学の課題やってくるの忘れたから、後で写させてくれ」

俺がそう言えば、驚いた顔をしていたは途端に呆れたそれへと表情を変える。

何を言うのかと、そうの目が語っている。―――それさえもさらりと流して更に口角を上げると、諦めたようにため息を吐き出した。

「・・・構わないけど、もうすぐ昼休み終わるわよ」

「今から写しゃ間に合うって!」

ぶっきらぼうだけど明らかな了承の言葉に、俺はサッカーさえも投げ出して校舎に向かい駆け出す。

背中からクラスメイトの文句の声が聞こえてきたけど、そんなの知った事か。

そうして一段飛ばしで階段を駆け上がって、静けさに満ちた教室に飛び込めば、あまりの素早さにかは更に目を丸くしていて。

「待たせたな、!じゃ、早速・・・」

そんなに悪戯っぽく笑いかけて、俺は無遠慮に手を差し出す。

が俺を拒絶するなんて事はないと、知っているから。

たとえそれが、幼馴染の枠から抜け出す事がないと解っていても。

「・・・仕方ないわね」

そうしては俺の想像通り、呆れた表情を浮かべながらも数学のノートを取り出す。

だったら俺は、甘んじてそれを受け入れようじゃないか。

それが俺の望むものではなくても。

この想いが、誰に知られなくたって構わない。

少なくとも、大切なものを失う事はないから。

「いつも悪いな、

「そう思うなら、たまには自分でやってきなさいよ」

「こう見えても、俺だって色々忙しいんだよ。それに静信は絶対に写させてくれないからな」

「当たり前だ。課題は自分でしなきゃ意味がないだろう?」

「はいはい、解ってますよ」

文句を言いながらもどこまでも甘いと、説教しつつも結局は折れてくれる静信に向かって笑いかければ、2人は困ったように眉を寄せて。

そうして一拍を置いた後、俺たちは顔を見合わせて笑い声を上げた。

 

 

      手に入らないなら、

          恋人以外の最高の位置に就こうじゃないか

                                               (それくらい、赦されたっていいだろう?)

 


すれ違う想い。

主人公の想い人が、静信だと勘違いして確信する敏夫。

そしてきっと、敏夫は気の強そうな子が好きなんじゃないかと思ったり。

だって恭子さんって、きっと可愛らしいタイプの女の子じゃなさそうですしね。(失礼)

                                                         作成日 2009.3.15

                                                         更新日 2009.4.24

 

戻る