君はいつも、静けさの中にいる。

 

昼休みは、学校の中で唯一自由になる時間だ。

その時間を、みんなは思い思い過ごす。

うちのクラスはわりと活発な子たちが多いようで、昼休みともなると教室の中は途端にガランとした空気へと変わる。

男子は外に出て存分に身体を動かし、女子はそれを眺めるのが定番だ。

それは外に出る男子の中に敏夫が混じっているからかもしれない。―――良い意味でも悪い意味でも、敏夫は人の視線を集めた。

そんな中で、俺はその集団に混じる事無く教室や図書室で本を読んでいる事が多かった。

特別運動が好きだったわけではないし、やっぱりクラスメイトとはいえすべての人と親しくする事を苦手としていたからかもしれない。

昔から、僕は人見知りが激しい性質だった。

そんな中で出来た友人が、敏夫とだった。

小さな村では近所に同じ歳の子供は少なく、年上の子供に指図されるのを嫌って1人でいた敏夫と。

人見知りが激しく、なかなか子供たちの輪に入れなかった僕と。

そして子供の頃から妙に大人びた雰囲気を纏っていたが為に、周囲から浮いていたと。

それぞれ1人ずつだった僕たちが一緒に過ごすようになったきっかけがなんであったのか、もう今となっては忘れてしまったけれど。

だけど短いようで長かった子供時代、僕たちはいつも一緒にいた。

そして、それは今も変わらずにいる。

少し調べたい事があって図書室に行っていた僕は、教室の入り口で立ち止まってそこにいる彼女の姿を見つめていた。

彼女の他には誰もいない教室。

いつもは少ないながらもクラスメイトの数人が残っているというのに、今日に限っては彼女以外誰もいない。

そんな静けさに満ちた教室の中で、は窓辺に椅子を寄せて黙々と本を読んでいた。

本を読むなら、なにも教室じゃなくてもいい。

図書室の方が色々と便利だし、窓辺に寄ると陽の光が眩しくて却って集中できないだろうにとも思う。

けれど、は必ずそこにいる。

どんなに読書に不便だろうと、必ず教室の窓辺に椅子を寄せて、そこで読書をしている。

その理由を、僕は知っていた。

ふと、読書に夢中になっていたと思っていたが顔を上げ、その視線を窓の外へと向ける。

窓の外からは、賑やかな声が聞こえていた。―――きっとクラスメイトたちが、校庭でサッカーでもしているんだろう。

そんな事をぼんやりと考えていた僕の目に映ったが、僅かに微笑んで見えたような気がしたのは、きっと気のせいなんかじゃない。

「何やってんだよ、敏夫!」

「ウルセェなぁ、ちょっとミスっただけだろうが!」

窓の外から聞こえてくる、聞き慣れた声。

確かめなくても解る。―――今彼女の視線の先に誰がいるのか、なんて。

何時からだっただろうか?

気付いたのは高校に入学してからだけれど、もしかするとそれは幼い頃からだったのかもしれない。

だけど、ずっとと一緒に居て、彼女を見てきた僕がそれに気付かない筈もなかった。

の視線の先には、いつも敏夫がいた。

彼女自身は、まだそれを自覚していないようだったけれど・・・。

いや、自覚していないわけじゃないのかもしれない。―――ただ、自覚するのを恐れているように見えた。

いつも一緒にいて。

一緒にいる事が、当たり前のようで。

それは、こうして成長してからも変わることはなくて。

だけど、確かに変わったものもある。―――きっとその核心に気付いていなかったとしても、3人が3人ともそれを感じ取っているはずだ。

だけど、僕たちはそれを口には出さない。

何よりも、このアンバランスで・・・けれど心地良い関係を守るために。

でも、本当にそれでいいんだろうかと思う時があるのも確かだった。

「・・・

不意に窓の外を見つめていたの表情が僅かに歪んだような気がして、僕は咄嗟に彼女の名前を呼んでいた。

そうして僕の呼びかけに応えるように、はゆっくりと振り返る。

その表情は、心なしかホッとしたように見えた。

「どうしたんだ、変な顔して」

「・・・変な顔は余計よ」

からかうようにそう言えば、は拗ねたように僕をチラリと睨みつけ、そうして何事もなかったかのように再び手元の本へと視線を落とす。

それを見届けた後、僕はそっと窓の外に視線を向けた。

そこには、敏夫がいる。―――その傍らには、女の子も。

彼女は確か隣のクラスの子だ。

最近、敏夫の周りで見かける事が多い。―――僕も1度、敏夫の好みについて聞かれた事がある。

きっとはあの2人を見てしまったんだろう。

僕としては、敏夫が彼女に特別な感情を抱くとはとても思えなかったけれど。

だけどそんなの気持ちは解るような気がした。―――僕だって、が他の男子と話しているのを見ると・・・。

不意に浮かんだ思いを振り払うように、僕は小さくため息を吐き出した。

「・・・敏夫がいるな」

ポツリと呟けば、視界の端に映ったがピクリと肩を震わせる。

それに気付かない振りをして視線をへと戻して、極力なんでもない素振りを心がけながら再び口を開いた。

「ここから見ているくらいなら、行ってくればいいのに」

「・・・サッカーに、興味ないもの」

そう、君がサッカーに興味がない事くらい知っている。

だって、君が見ていたのはサッカーではなく敏夫なんだから。

だけどその言葉を飲み込んで、僕は再び窓の外へと視線向けた。

肯定なんてされたら、どう反応していいのか解らない。―――まぁ、の事だから絶対に肯定なんてしないだろうけど。

「・・・賑やか、だね」

「そうね」

「すごく楽しそうだ」

「・・・そうね」

僕の特別意味のない言葉にも、は律儀に相槌を打つ。

その視線は本に釘付けだったけれど、意識は校庭に向いている事は解っていた。

だって、彼女の手元の本は、さっきから1ページも捲られていないんだから。

「敏夫はいつも人に囲まれてる気がする」

「・・・そうね。子供の頃はずっと私たちだけだったけど、敏夫は本来そういう人だもの」

返ってきたの言葉に、僕は彼女が見ていないと解っていながらもコクリと頷いた。

そう、敏夫は本来そういう奴だ。

ぶっきらぼうで、口も悪くて、態度もいいとは言えないけど。

でも頼もしくて、自信満々で、堂々としていて。

いつも人の輪の中心にいた。―――そしてそれに気負う事無く、彼はいつも見ている方がホッとするくらいの清々しい笑顔を浮かべてるんだ。

そんな事を考えていた僕は、不意に校庭にいた敏夫が視線をこちらに向けたのが解った。

敏夫と視線が交わる。

その強い眼差しに思わず視線を逸らしてしまいそうになるのをなんとか耐えて、僕もまたジッと敏夫を見返した。

彼を、大切だと思っている。

僕にとって、唯一無二の親友だ。

と敏夫、どちらかを選ぶなんて出来るわけがない。

なのに、この胸に湧き上がる感情はなんなのだろう。

僕には決してないもの。

僕には到底、手に入れられないもの。

だから、僕は・・・。

「僕は、そんな敏夫が羨ましかった」

決して誰にも言うつもりなんてなかった本音を口にしてしまったと同時に、本を見つめていたが弾かれたように顔を上げた。

そうして目を丸くして、ジッと僕を見つめる。

誰にも言うつもりのない思いだったけれど、になら構わない気がした。―――今更取り繕ったって、にはすべてお見通しなんじゃないかと思ったから。

そんな僕を見つめて、瞳に浮かべていた戸惑いの色を咎めるようなそれへと変えて、は彼女にしては珍しく強い口調で口を開いた。

「静信には、静信の良いところがあるわ」

「・・・そう、かな」

「勿論。私はよく知ってる。静信の良い所も、敏夫の良い所も」

「・・・・・・」

「2人の悪いところもね。静信はもう少し、自分に自信を持った方がいい」

キッパリと告げられた言葉を嬉しく思うと同時に、心の中で声がする。―――そんな簡単な問題ではないのだと。

もしそうで在れたなら、僕はもっと違う僕になっていただろうにと。

けれどその言葉を飲み込んで、僕は小さく笑った。

が僕を思って言ってくれている事が解っていたから。―――そして、それを嬉しく思う気持ちは確かだったから。

「そう簡単にはいかないよ」

「それも知ってる。―――私もそうだもの」

窓の外からへと視線を戻して茶化すようにそう言えば、も同じように肩を竦めて笑ってみせる。

もしかしたら、僕たちは似たもの同士なのかもしれない。

だって僕たちは、こんなにも自分の気持ちに不器用だ。

!静信!!」

僕がやんわりと微笑めば、も柔らかな笑みを返してくれる。

それにホッと安堵の息を吐き出したその時、窓の外から聞き慣れた声が僕たちの名前を呼んだ。

視界を巡らせれば、校庭から僕たちを射抜くように見つめる敏夫の姿。

「・・・どう、したの?」

「数学の課題やってくるの忘れたから、後で写させてくれ」

思わず言葉に詰まりながらもそう問いかけたに対し、敏夫はなんでもないかのように口角を上げて笑うと、おもむろにそんな言葉を放つ。

それに呆れた表情を浮かべるを横目に、僕は小さく苦笑を零した。―――やっぱり、敏夫には敵わないと思い知らされたみたいで。

それを寂しく思うのと同時に、どこかホッとするなんて自分でも可笑しいと思うけれど。

「・・・構わないけど、もうすぐ昼休み終わるわよ」

「今から写しゃ間に合うって!」

の遠まわしの肯定に気を良くした敏夫は、途中だったサッカーも放り出して校舎の影へと姿を消す。―――きっと、ものすごいスピードで教室へ向かってるんだろう。

、あんまり敏夫を甘やかさない方がいい」

「・・・うん、解ってる」

無駄だと解っていながらもそう忠告すれば、は困ったように頷いた。

その優しさと面倒見の良さは、彼女の良いところでもあり悪いところでもある。

すぐに慌しく廊下を走る音が聞こえ、直後教室に顔を出した敏夫は悪びれた様子もなくに向かい手を差し出した。

「待たせたな、!じゃ、早速・・・」

子供の頃から変わらない悪戯っ子の笑みを浮かべて、から数学のノートを受け取る敏夫。

変わらない光景。

それが、こんなにも愛おしい。

この光景がこの先もずっと変わらないなんて事はないと知っていたけれど。

だけど、今だけは・・・。

「いつも悪いな、

「そう思うなら、たまには自分でやってきなさいよ」

「こう見えても、俺だって色々忙しいんだよ。それに静信は絶対に写させてくれないからな」

「当たり前だ。課題は自分でしなきゃ意味がないだろう?」

「はいはい、解ってますよ」

僕の言葉に、敏夫は不貞腐れたように唇を突き出す。

そんな敏夫を前に、僕とはお互い顔を見合わせて。

そうして一拍後、静けさに満ちていた教室内は賑やかな笑い声に掻き消された。

 

 

                 ずっとこのまま、三人だって、いいと思っていた

                                        (本当は、僕は今でもずっとそう願い続けているんだ)

 


お互い自覚しないまでも想い合っている、敏夫と主人公を見つめる静信。

彼が一番切ない立場にいるのかもしれない。

                                                            作成日 2009.3.16

                                                            更新日 2009.6.21

 

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