「これを、やるよ」

そう言って差し出された小さな『なにか』を見て、は小さく首を傾げた。

 

かが始まる日

 

勇と歳三が、2人揃ってどこかへ出かけていた。

どこに行くのかとは不思議に思ったけれど、どこか楽しそうな・・・そして嬉しそうな2人の顔を見ているだけで十分だったは、具体的にどこへ行くのかは聞いていない。

ただいつも通り、剣術の稽古に没頭していただけだ。

隣で同じように稽古をしていた惚次郎は、『何で俺も連れてってくれないかな〜?』と愚痴を零してはいたけれど。

手の中に転がる筒状の小さな物体を、はただ見つめる。

これは一体なんだろうか?

見たことの無い物―――材質もにはなんだか解らない。

ただ筒状の先端に金属の蓋のようなものがついており、そこには細かな絵が描いてある。

「珍しい物だろう?」

何の反応も示さずただそれを見つめるに、勇は笑みを浮かべて声を掛けた。

その声に引かれて顔を上げたは、今度は勇の顔をジッと見上げる。

黒く澄んだ目が、笑みを浮かべる勇の姿を映し出す。

『これは何?』と声に出さずに問い掛けるの言葉を読み取って、勇は困ったように苦笑を漏らした。

「実は・・・それがなんなのかは、俺も知らないんだ」

「・・・・・・?」

勇の言葉に、は更に首を傾げる。

コロコロと手の中を転がる軽い物体は、一見しただけでは何の役にも立ちそうにない。

「今日、俺たちは『黒船』を見に行って来たんだ」

「・・・くろふね?」

「そう、黒船。メリケンの大きな船だよ」

黒船のことはも知っていた―――何せ惚次郎の姉であるみつが、えらく騒いでいたのを自身も見ていたから。

「そこの海で拾ったんだ。多分メリケンのものだと思うんだけど・・・」

「・・・・・・」

「これはお土産。を連れてってやれなかったから・・・せめてもと思ってさ」

再び、はそのお土産に視線を戻した。

メリケンの物―――滅多に見る機会の無いそれは、にとってはとても奇妙なもので。

やはり何に使うものなのか想像もつかなくて、はただ首を傾げるばかり。

一方そんなに、勇はフッと穏やかな笑みを浮かべた。

勇との付き合いは、それほど浅くは無い。

勇が試衛館に養子に入りしばらく経った頃、彼自身がどこからか拾ってきた娘だ。

彼がどういう経緯でを拾ってきたのか、勇自身多くを語ろうとはしないので周りの者もの生い立ちなどは知らないが、唯一身寄りの無い天涯孤独な身の上である事だけははっきりとしていた。

それ以来、は試衛館の門下生として近藤家の居候となり、3代目当主である周助は娘のように、勇自身も妹のように可愛がっている。

周助も勇も、を女の子らしく育てたいと思ってはいるようだが、当のがそれに全く頓着を見せず、また近藤家ではあまり見かけない女性の内の1人・沖田みつがどうにもか弱いといった風情でないのが拍車を掛けているのか、も少女というよりは少年といった雰囲気を漂わせている―――剣術の稽古に邪魔だからと、男物の袴を履いているのがそれを更に増長させているようだ。

見た目は至極可愛らしいのにと、勇は少しばかり残念に思うが、悪い虫が付かないという点では喜ばしい事だとも思っている―――当分はの格好が正される様子はない。

「・・・気にいったか?」

黙り込んだまま『お土産』を見つめるに、勇は恐る恐る問い掛けた。

はかなり無口だ―――それが生い立ちによるものなのか、それとも元来の性格のものなのかは解りかねるが、必要最低限の事しか言葉にしない。

場合によっては一日声を出さない事もあり、同じ門下生でありながらもの声を聞いたことのある人間は多くない。

それに加えて常に無表情。

大抵は共にいる惚次郎とは全くと言って良いほど対照的で、妙な取り合わせだと注目を集める事も日常的だ。

勇の言葉に顔を上げたが、何かを言おうと口を開いた―――その時。

「この俺様直々の土産なんだ。気に入らねぇなんて事はねぇよな?」

勇と向かい合うの背後から、突然声が掛けられた―――と同時に、強い力での頭がぐしゃぐしゃと掻き乱される。

聞こえた声と気配とその行動に、は何の驚きも見せない―――それが誰なのかを既に察しているからだ。

「よぉ。元気だったか、

向けられる歳三の笑みに、は無言で1つ頷いた。

そんなを満足そうに見やって、歳三は懐に手を入れるとそこにあった小さな物体をの手の上にポトリと落とす。

「これは俺からだ」

の手の上を転がるのは、先ほど勇から貰ったのと同じ物。

じっくりと観察してみると、描かれている絵柄は少し違った。

「滅多に手に入らねぇ物だからな。大事にしろよ?」

「うん」

はコクリと頷いて、2つのお土産を手の中でコロコロと転がした。

「2つもあったって、仕方ないだろう?」

「良いじゃねぇか。折角持ってきたんだからよ」

呆れたように呟く勇に、歳三が憮然とした表情で言い返す。

そんな2人を無言で見上げていたは、お土産を手に握ったまま左右の手で勇と歳三の着物の裾を引っ張った。

「・・・ん?」

「どうした、?」

その控えめな行動に、しかししっかりと気付いた2人は、無表情のまま自分たちを見上げてくると視線を合わせるように少しだけ屈みこむ。

ごく自然に合った視線に、はフワリと笑みを浮かべた。

「・・・お土産、ありがとう」

言葉少なに伝えられた感謝の言葉に、勇と歳三は揃って顔を綻ばせた。

滅多に表情を変えることのないのこんな笑顔を見ることが出来るのは、今のところ近藤家の人間と沖田兄弟と歳三だけだ。

その中でも勇と歳三の2人は、自分が一番の笑顔が見れると自負している。

それで喧嘩になることも少なくないが、それでもが困ったように見上げてくればすぐに治まるのだから2人の過保護ぶりは相当なものだ。

「今度は一緒に見に行こうな」

「へっ。相変わらずには甘いな、あんたは」

勇がそう言っての頭を撫でれば、歳三が間髪入れずに毒づく。

けれどそれも歳三の手にある白い包みの前では、何の効力も発揮されない。

「そういうお前こそ、メリケンの物とは別に土産を用意してたくせに・・・」

「う、うるせぇよ!」

歳三の手にあるのは、帰る道すがら購入した出来立ての饅頭。

まだ微かに温かさを残すそれを、歳三は乱暴にの手に押し付ける。

軽口を叩き合う勇と歳三を無言のまま見上げるの手の中には、2人から貰った奇妙なメリケンの品と温かい饅頭。

「・・・お茶、入れる」

2人の間に挟まれたが、ポツリとそれだけを呟いた。

それだけでが何を言いたいのか察する事のできる2人は、お互い顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

「ああ、いいな」

「温かい内に食べよう」

同時に賛成の意を示し、微かに笑みを浮かべてを見下ろす。

それに嬉しそうに綺麗な笑みを返して、はお茶の用意をするべく玄関に向かい駆け出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

大河・新撰組!連載です。

一応お相手は斎藤一・・・時々山南さん?(どっちだ)

どちらも好きなので迷いますが、基本は斎藤さんで―――そして逆ハーベースで。

ヒロインまたまたとんでもない設定。無口は辛いなぁ・・・(笑)

作成日 2004.6.6

更新日 2007.9.13

 

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