が坂本竜馬と、偶然再会したその日。

講武所に勤める話を白紙に戻された筈の勇が、嬉々として試衛館を飛び出して行くのを目撃した翌日。

試衛館の食客たちを筆頭に、全門人たちが勇の声掛けによって道場に集められた。

勿論その中には、試衛館門人の筆頭である総司との姿もある。

「私は浪士組に入り、京に行こうと思っています」

勇の口から告げられた言葉に、総司とは揃って顔を見合わせた。

 

選んだ

 

「というわけで、皆さんの意見を聞かせてください」

一通り浪士組についての説明を終えた勇は、笑顔で門人たちにそう告げた。

「ぜひ浪士組に入って、共に京へ参りましょう!」

山南の力強い声が道場に響く。

それに一番に反応を示したのは、総司だった。

「行くに決まってるじゃないですか!こんな嬉しい話はないですよ!皆で京に上って、徳川様に尽くしましょうよ!な、!?」

立ち上がり、大きな声で賛同を示す。―――同意を求められたも、無言だがしっかりと頷いて意を表した。

「宜しいでしょうか?」

そんな総司の言葉が終わるや否や、永倉が真剣な面持ちで上座に座る勇を見据え口を開いた。

「永倉君」

「私が今ここにいるのは、近藤勇という人物と出会えたから。近藤さんが京に行くというのなら、私もそれに従いたい」

そんな永倉を見て、左之助や平助も至極当然とばかりに笑った。

「っていうか、行くだろ普通。50両貰えんだぜ?」

「私は近藤先生が行かれるところ、何処へでもお供します」

「ありがとう、みんな」

3人の揺るぎない言葉に、勇は嬉しそうに笑みを漏らして礼を言う。

すると待っていたと言わんばかりに歳三が立ち上がり、食客たちの後ろに並んでいる門人たちの前に歩み出ると、畳み掛けるような口調で結論を促した。

「さぁ、先生方皆行くことに決めたぞ。君たちはどうする?」

歳三の言葉に、門人たちは一様に顔を見合わせて困惑を表す。

「・・・そういう言い方、されるとなぁ」

総司の兄である林太郎は、その弱々しい口調で困ったようにぼやく。

「いかがですか?」

「着いてくるだろ?当たり前だよね?」

渋い表情を浮かべる門人たちに、山南と総司は更に声を掛ける。

しかし、やはり門人たちは困ったような表情を浮かべるだけで・・・。

「おいおい・・・なんだよ、その面はよぉ・・・」

呆れたように呟き居住いを崩す左之助。

それにチラリと目をやり、歳三が心持ち声を低くして促した。

「言いたいことがあるなら、言ってみな」

咎めるようなその口調に怯むも、1人の門人が声に誘われるように手を上げた。

勇に促されて、その男は重い口を開く。

「私は所帯持ちですから・・・長く家を空けるわけには・・・」

申し訳なさそうに告げられた言葉に、勇は少しだけ沈んだ表情を見せた。

けれどこれは予想出来た事だ。

試衛館の門人たちが、自分から望んで剣術を学んでいないとは言わない。

言わないが、それでも前向きな姿勢で稽古に臨んでいるのは、実際を言えば総司とぐらいだ。―――同じように、実戦で使えるだろう程の腕を持っているのもこの2人だけ。

男の言葉に小声ではあるが同意を示した門人たちを目にして、勇は微かにため息を漏らす。

「まぁ、こういうものは無理やり押し付けるものではないでしょう。皆さんの気持ちはわかりました。試衛館は残しますので、皆さんはこちらで武芸に励んでください」

居心地の悪そうな門人たちにそう告げ、勇は気に病む必要はないとばかりに、にっこりと微笑みかけた。

 

 

「結局、試衛館の参加者は俺たちだけか」

場所を移して、結局は浪士組参加の意を示した歳三・山南・源三郎・永倉・左之助・平助・総司・、そして勇の9人が顔を並べていた。

ため息混じりに呟いた歳三の言葉に、しかし勇は笑みを崩さず。

「私は却って良かったと思ってる」

そう、ポツリと呟く。

そして一同を見渡して、晴れ晴れとした表情で口を開いた。

「皆さん、思えば私たちは不思議な縁でここに集まった。今から京で何が待ち受けているかわからないが、尊皇攘夷の元、皆で共に手を取り合って頑張りましょう!」

「「「はい!!」」」

部屋の中に、男たちの威勢の良い声が響いた。

そんな中、立ち上がり笑顔で浪士組参加を喜ぶ総司を目に映した勇は、重々しい表情を浮かべて総司に視線を向ける。

「総司、それから。お前たちは残れ」

「・・・え?」

「・・・勝っちゃん?」

言われた言葉の意味を図りかねて、総司とは揃って呆然と顔を見合す。

いや、言葉の意味は解っていたのだ。―――ただ、それを理解したくなかっただけで。

しかしそんな2人に、追い討ちを掛けるように勇は言葉を続けた。

「お前たちを、連れて行くわけにはいかん」

「ちょっと待ってくださいよ」

「お前たちには道場を任せる」

抗議の声を上げるも、勇はそれに耳を貸そうとはしない。

キッパリとそう告げる勇に、総司は立ち上がると鋭い目を向けた。

「何言ってるんですか?」

「遊びに行くわけじゃないんだ」

「解ってますよ、そんな事!」

声を荒げる総司を一瞥して、勇は重いため息を零した。

息巻く総司とは裏腹に、は無言で勇を見返す。―――否、無言なのではなく、言葉が出てこないのだ。

「お前たちは最初から連れて行くつもりはなかった」

無情にも向けられる言葉と声色に、は更に身体を強張らせた。

そんなとは対照的に、総司は今にも零れ落ちそうな涙を堪えて、精一杯の薄い笑みを浮かべる。

「・・・はっきり言いますけど、この中で一番腕が立つのは私たちじゃないですか?」

「塾頭は道場を守るのが仕事だ」

「道場なんて閉めちゃえばいいじゃないですか!門人も数える程しかいないんだし!!」

「そうはいかん!!」

どちらも譲らない言い合いに、食客たちは無言を貫き通す。

焦れた総司が、勇に詰め寄った。

「平助は行けて、何で私たちが駄目なんですか!?」

悲鳴のようなその声に、は眉間に皺を寄せた。

それはも思っていたことだ。―――総司よりも年下の・・・そしてとは同じ歳の平助が共に行く事を認められ、どうして自分たちは駄目なのか。

「とにかく、駄目だ!」

抗議など一切取り合ってもらえず、頭からそう押さえつけられて、総司はこれ以上どう言えば解ってもらえるのか解らず唇を噛む。

「なんなんだよ、それは・・・。何でいつも俺たちばっか・・・子供扱いなんだよ」

吐き捨てるように叫び踵を返すと、呆然と立ち竦んでいるの腕を引いて、総司は逃げるようにその場を後にした。

「総司!!!」

勇の制止の声も届かず、足を踏み鳴らして2人は外へと飛び出していく。

それを見送った勇に、平助は恐る恐る口を開いた。

「あの・・・沖田さんとさんも連れて行ってあげられませんか?」

平助の言葉に、勇は固い表情を緩める事無く平助の顔を見返す。

「総司もも剣が立つ。あいつらは剣が立つだけに、危険な目にも合いやすい。あいつらをあの歳で死なせるわけにはいかない」

「・・・近藤先生」

「それに・・・は女だ。男物の服を着て、どれほど剣の腕が立っても、は女なんだ。―――俺はあいつを、戦いに関わらせたくない」

搾り出すようなその声に、誰もが言葉を発する事が出来なかった。

なぜならば、それは全員が思っていることだったからだ。

側にいて欲しいと思う。―――側にいて欲しいとは思うけれど、それを望むにはあまりにも代償が大きすぎる気がした。

「みんな・・・近藤さんの思いを解ってやってくれ」

だからこそ、あえてその言葉に意を唱える者はいなかった。

心の中に引っかかる物はあるにせよ、2人の幸せを望む気持ちに変わりはなかったから。

「よし、山南さん。試衛館からは全部で7名の参加になります」

「清川さんにお伝えしておきます」

気を取り直して笑顔を浮かべた勇に、山南はしっかりと頷く。

こうして、試衛館浪士組参加の顔ぶれは決まった。

 

 

「・・・総司」

試衛館を飛び出した2人は、人気のない場所で歩みを止めた。

総司に掴まれている腕は痛いほどだが、はそれを振り払おうとはしない。―――掴まれていないもう片方の手を総司の手に重ねると、強い力で握り返された。

「なんで・・・」

「・・・・・・」

「・・・なんで」

言葉にならない総司の呟きに、は口を挟まず黙って視線を向ける。

彼は何に対して嘆いているのか。

共に連れて行ってもらえないことにだろうか。

それとも、いつまで経っても一人前に扱ってもらえない事にだろうか。

どちらも実は同じ意味を持つのだけれど、それを理解できるほども冷静ではなかった。

昨日、竜馬と再会し思ったこと。

『このままで良いのだろうか?』

『このまま、ただ勇たちに守られているだけで良いのだろうか?』

その答えが、漸く見つかった気がしたというのに。

いつまで経っても、子ども扱いされる自分たち。

4代目襲名の宴会に参加できなくても良かった。

子供だと扱われるのは本位ではないけれど、それでも肝心な時に必要とされればそれで良かった。―――けれど現実は違う。

勇には自分たちが必要ではないのだと言われたようで。

言い様のない不安や悲しみ・悔しさに襲われて、は強く総司の手を握った。

「・・・

名前を呼ばれても、それに答える事など出来ない。

ただ行き場のない感情を持て余し、それを総司の手を握る事で紛らわせる。

同じように握り返してくれる総司の手の温かさが嬉しかった。

1人ではない事が、最後の最後で2人の心を繋ぎとめていた。

 

 

翌日、勇たちは浪士組の心得についての説明を聞くために、試衛館を出て行った。

それを目に映しながら、2人は離れる事無く寄り添う。

「ねぇ、。俺たちやっぱり置いていかれるのかな?」

「・・・・・・」

「もう・・・どうにもならないのかな?」

総司の悲しげな声に、は微かに表情を歪める。

どうにもならない。―――そう思いたくはなかったけれど、勇が心を変えない限りはどうにもならないとも解っていた。

そして、勇が一度言い出したことを簡単に翻さない事も。

「・・・俺、決めた!」

沈黙が落ちた空間に、総司の意を決した声が響く。

不意に顔を上げたに、総司はやはり泣き出しそうな顔で、表情を歪めるように笑った。

「俺、髪を剃る」

「・・・・・・?」

「見た目だけでも、子供じゃないって証明するんだ。それで、俺の決意がどんなに固いか、若先生に知らしめてやる!」

表情とは裏腹に、その強い言葉には目を丸くした。

総司のこんな前向きさが、は羨ましかった。―――自分には決して持ち得ない、この太陽を思わせる雰囲気が。

そして・・・そんな総司の言葉に引かれるように、もある決意を固める。

「・・・髪、剃るのか?」

「うん。・・・手伝ってくれる?」

窺うように顔を覗き込む総司に、は笑顔を浮かべてしっかりと頷いた。

「そっか。ありがとう、。―――それで、はどうするの?このまま大人しく残るなんて言わないよな?」

心配げな表情の総司に、はもう一度しっかりと頷く。

「どれだけ反対されても、京に行く」

「そっか」

「うん。勝っちゃんが認めてくれなくても・・・例え1人でも」

今、が試衛館にいられるのは、勇がいたから。

捨てられたも同然の自分を、勇が拾ってくれたから。

例え勇が京に行ったとしても、誰もを追い出したりはしないだろうけど。

けれどが試衛館にいる理由は、勇以外にないから。

勇がいなければ、試衛館にいても意味がない。

目に強い輝きを秘めるを、総司はまるで眩しいものを見るかのように目を細めて見詰めた。

自分には、ここまで思い切った決断をすることは出来ない。

甘やかされて育った自覚のある総司は、そんなが眩しかった。

のような強さを、自分も身に付けたいと思った。

「・・・へへ」

顔を見合わせて、照れたように笑う。

事態は何の進展も見せてはいないけれど、とりあえずやることが決まれば心も幾分かは落ち着く。

「頑張ろうね、!」

「うん」

2人の本当の戦いは、今始まった。

 

 

清川の説明を聞き終えて帰ってきた勇たちは、門前に佇む総司を見つけた。

頭に頭巾を被り、こちらを睨みつけるように立っている。

勇たちの姿を認めると、総司は淀みない足取りで一同に歩み寄り、そしてぎこちない手つきで頭巾を取り払った。

「・・・あ」

「あらら・・・やっちゃったの?」

平助の驚きの声と、左之助の呆れの混じった声を受けながら、総司はただ無言のままの勇みを正面から見据えた。

「私はもう、子供じゃない」

震えそうになる声を押し殺して、自分の想いを吐き出すように総司は言った。

それを目に映して、永倉が微かに笑みを湛えて口を開く。

「近藤さん。沖田の剣が京の町でどれほど通用するのか・・・見てみたいと思うのは私だけじゃない筈です」

「私も同じ意見です。いつかきっと、沖田くんの剣が役に立つときが来るように思います」

永倉に続いて、山南も後押しする。

何だかんだと理由をつけても、やっぱり共に居たいと願うのだ。

「総司、お前ここで泣いたら台無しだからな」

泣き出しそうな表情の総司にからかうような笑みを向けて、歳三は勇に向き直る。

「近藤さん、総司は俺が責任を持って預かる」

「土方さん・・・」

思わぬ人物の後押しに、総司は驚きに声を上げた。

他の誰が後押ししてくれても、歳三は絶対に味方にはなってくれないだろうと思ったからだ。

「近藤さん、私からもお願いします」

「お願いします」

「連れてってやろうぜ?」

平助や源三郎も願いを込めて。

左之助はいつもと変わらない軽い口調でそう促す。

全員からの想いを受けた勇は、無言のまま総司を見据えていたけれど。

次の瞬間、笑みを浮かべてしっかりと頷いた。

「ありがとうございます!!」

得られた了承に、総司は漸く笑顔を見せた。―――そのまま同じように喜んでくれている平助と抱き合う。

見事剃られた頭をからかわれるが、そんな事気にならないほど嬉しくて。

「総司」

ただ湧き上がる喜びを噛み締めていると、不意に勇に声を掛けられ振り返る。

「なんですか?」

はどうした?」

勇の問いかけに、総司はにんまりと笑みを浮かべる。

嫌な予感を感じ取った勇は、思わず痛んだ頭を抑えた。―――がそう簡単に諦めたなど、勇とて思っていない。

元来、総司よりも頑固なのだ。

その総司が諦めていないのに、が諦めているとは思えなかった。

なら、荷造りしてますよ」

「・・・荷造り?」

「はい!京に行く為の」

あっさりと総司の口から飛び出してきた言葉に、一同は揃って目を丸くする。

「そんな事は認めてないぞ!?あいつは連れて行かないと言った筈だ!!」

「ええ。だから自分で勝手に行くんだそうです」

「行ってどうするって言うんですか!?」

「さあ?行ってから考えるって言ってましたけど・・・」

取り乱した山南の様子にも動じず、総司はサラリと言う。

言葉もないとはこのことだと、全員が同じ事を思った。

連れて行ってもらえないなら、自分で勝手に行く。

行って何をするのかは決めてない。―――当てがあるわけでもない。

それなのに、既に荷造りまで始めていると。

勇は今度こそ頭を抱えた。

は本気ですよ?悪い事は言わないから、素直に連れて行った方が良いと思いますけど・・・」

「お前な・・・」

まるで脅されているような心境に、揃ってため息を吐く。

そんな事を聞かされて、「はい、そうですか」と簡単に流せるわけがないのだ。

がそれを自覚しているかはともかくとして、相手の方が一枚も二枚も上手なのだと痛感する。

ね、言ってたんです」

脱力する勇たちを目に映して、総司は先ほどまで浮かべていた意地の悪い笑みを引っ込めて、優しい笑顔を向けた。

「自分が試衛館にいる理由は、みんながいるからだって。みんながいないなら、ここにいる理由はないって」

「・・・・・・」

「自分は、若先生の為にあるんだって」

柔らかい総司の声色に、全員が顔を見合わせた。

その表情は穏やかで・・・もう誰も反対するものなどいないことを示している。

総司同様、やはり側にいて欲しいと願ってしまうのだから。

勇は諦めたようにため息を吐き出して、にっこりと笑みを浮かべる総司に向かい、キッパリと一言告げた。

の荷造りを止めて来い」

「それって・・・」

少ない勇のその言葉に、総司は期待に満ちた目を向ける。

そんな総司の視線を振り切って、勇は苦笑を浮かべている山南に声を掛けた。

「・・・山南さん」

「はい、なんでしょう?」

「浪士組参加人数、今からでも変更出来ますか?」

「問題ありません」

「じゃあ・・・」

一旦言葉を止めて、再度ため息を吐く。

しかしそんな態度とは裏腹に、勇が笑っている事に全員が気付いていた。

「参加人数が9人に増えたと、伝えてもらえますか?」

「承知しました」

勇の言葉に、総司と平助が揃って歓喜の声を上げた。

2人連れ立って試衛館の中に飛び込んでいく。―――今だ荷造りをしているだろうに、このことを伝えなくては。

そんな総司と平助を見送って、一同は苦笑を漏らした。

「困ったものだな」

「ええ、全く」

「お前ら、言葉と顔が合ってねぇよ」

歳三の呟きなど綺麗に流されて。

こうして、正式に総司との浪士組参加が決定した。

 

 

これから向かう京で何が待っているのか、彼らはまだ知らない。

選んだ道がどれほど過酷なものなのか。

その道に、どれほどの悲しみが渦巻いているのか。

それでも現在の彼らの表情に、一点の曇りもない。

既に歯車は、ゆっくりと音を立てながら廻り始めていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どうやってヒロインを同行させようか迷った結果、脅しまがいの方法を取っちゃいました。

何気に総司と良い感じ?(←これは誰夢だ!?)

ともかくも京に行く下準備は出来ましたね。良かった良かった。

山南さんと絡ませたくて仕方ないんですけど、何分機会が少なくて困っています。

政治論をつらつらと語らせるのも辛いですしねぇ・・・。(笑)

作成日 2004.7.11

更新日 2008.7.13

 

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