浪士組に加わり、京に行く事に決めた試衛館一同。

一同は暫しの別れを告げる為、各自知り合いの元へと足を伸ばす。

 

しい気持ち

 

「どこ行くの?」

いつもの通り食客部屋で横になり、身支度を整える他の面々を見て、左之助は気のない様子で声を掛けた。

「知り合いの所へ。しばらく会えなくなるので・・・」

問い掛けられた永倉は、身支度をする手を止めずにそう返す。

そんな永倉を眺めながら、左之助はニヤニヤと笑みを浮かべて。

「・・・これ?」

小指を立ててからかうように笑う。―――その意味が解らない訳もなく、しかし永倉は一笑しただけで反論しようとはしなかった。

「隅に置けねぇなぁ・・・。山南さんは?」

心底楽しそうに呟き、カラカラと笑う左之助。

次の標的を山南に決めて、視線を同じく身支度を整える山南に向けた。

「山岡先生の所へ顔を出しに行きます」

「そう。よろしく言っといてね」

やはり気のない様子でそう声を掛ける。

それに山南が苦笑を浮かべた時、部屋に総司が飛び込んできた。

「平助、お待たせ!行こう!!」

「あ、はい」

息を切らせて飛び込んできた総司に、部屋の中に大人しく座り左之助たちの会話を静観していた平助が立ち上がった。

「お前は何?」

まさか平助までもが出かけるとは思ってなかったのか、左之助は玄関口に立つ平助の方へ寝返りを打ちながら声を掛ける。

「前の道場に、今回の事を報告に」

簡潔に返された言葉に、左之助は面白くなさそうに相槌を打った。

「ほら、早く行こう!」

急かす総司に笑みを浮かべて、平助がその後を追おうとする。―――が、何か思う所があるのか、振り返ると口を開く。

さんは、本当に行かないんですか?」

同じように部屋の中で大人しく左之助たちの会話を聞いていたに、そう声を掛ける。

するとはしっかりと1つ頷き、「行ってらっしゃい」と2人を送り出した。

「なんだ、お前は行かないのか?てっきり一緒に行くのだと思っていたんだが・・・」

身支度を終えた永倉が、座り込んだままのに声をかける。―――は永倉を見上げると、困ったように眉を顰めた。

とて、総司や平助と一緒に出かけたいとは思う。

きっと楽しいだろうとも思うのだけれど・・・―――はどうしても、伊東道場の師範である伊東大蔵が苦手だった。

以前平助を譲り受ける際に赴いた伊東道場で会った時、自分に向けられる射るような視線がとても気になった。

冷たいようで、そうでないような不可解な視線。

その意味を知りたいとは思ったけれど、彼の発する冷たい威圧感にどうしても意欲が殺がれてしまう。―――なので、今回は遠慮したのだ。

言葉には出さないけれど、共に伊東道場に行った永倉には何となくの感情が読めた。

「まぁ、無理に行く必要はないのだが・・・」

少し言葉を濁し、そのまま玄関で草履を履く。

そんな永倉をぼんやりと眺めているに、次は山南が声を掛けた。

「それで・・・さんは誰かにお別れの挨拶に行ったりはしないのですか?」

何気なく掛けられた問いに、しかしは弱く首を横に振る。

「どうしてですか?」

「・・・いないから」

「いない?」

山南の訝しげな声に、はしっかりと頷く。

「お別れを言うような人、いないから」

ポツリと落ちたその言葉に、山南は今更ながらに先ほどの言葉を後悔した。

の生い立ちは、簡単なことなら聞いている。

8歳くらいの時に勇に拾われた、天涯孤独な身の上だと。

親はどうしたのかとか、どうして1人だったのかとか、いろいろと疑問は浮かんだけれど、黙り込んでしまったから無理に聞き出せる程、山南は無神経ではない。

結果、真相は闇の中だが、今はそれだけ解っていれば十分だった。

「なんだ。それなら俺と一緒だな!!」

寝転がり話を聞いているのかいないのか解らなかった左之助が、の背中をバシバシと叩きながら陽気に笑う。

左之助もまたここの出身ではない為、わざわざ別れを告げに行くような知り合いはいなかった。

「一緒?」

「おう!一緒だ!!」

豪快に笑う左之助に、も少しだけ表情を緩める。―――それに安堵して、山南は左之助の存在をありがたく思った。

「なら、一緒に行きますか?」

気を取り直して、左之助と向き合うに声を掛ける。

「・・・・・・?」

さんは政に少しばかり関心がおありのようですし・・・、もしかしたら面白い話を聞けるかもしれません。どうですか?」

窺うように顔を覗き込まれ、は少しばかり考える仕草を見せて。

「・・・行く」

「そうですか。それでは早速参りましょう。支度は宜しいですか?」

の返答に嬉しそうに顔を綻ばせた山南が、座り込んだままのを促す。

「じゃあ、行ってくる」

草履を履いて、山南と共に玄関口に立ったが、食客部屋に1人寝転がる左之助に声を掛けた。

「おお、行って来い」

ヒラヒラと手を振って送り出す左之助。

しばらく経って、部屋の中に1人だけ残された左之助は脱力したように床に寝そべり一言呟いた。

「結局、残ってんのは俺だけかよ・・・」

寂しい独り言は、誰の耳にも届く事はなかった。

 

 

「いいですか、さん?浪士組に参加する条件を覚えていますね?」

賑やかな町並みを山岡家に向けて歩く道すがら、山南が念を押すように言った。

それにはコクリと頷く。

が浪士組に参加するに当たり、勇と歳三、そして山南からある条件が出された。

1つ、基本的に浪士組では女子の参加は認められていない為、参加している間は男と偽ること。

2つ、勇、歳三、山南の言う事は絶対に聞くこと。

そのたった2つだけを守ると約束するならばと、は参加を認められた。

「いいですか?決して清川さんや山岡さんに、貴女が女だとバレないよう気をつけてくださいね?バレれば参加は出来ませんから」

しっかりと言い含められて、は再度頷く。

けれど疑問も確かにあって。

「山南さん」

「なんでしょう?」

「『男らしく』は、どうしたら良い?」

小さく首を傾げて、山南を見上げる。

には、『男らしく』がどんなことなのか解らない。

たとえば左之助や永倉のように振舞えば良いのだろうかと考えるが、考えた時点で無理だと言う事は自身もよく解っていた。

そして同じ男でありながらも、勇や左之助や永倉たちと総司・平助、そして山南や歳三ではみんな違う。―――誰に重点を置いて真似れば良いのか、検討もつかない。

は今まで、『女らしく』振舞った覚えがなかった。

生まれつき女なのだから、そんな風に振舞わなくとも『女らしい』のだろうとは思っているが、よく歳三に『もっと自分が女だと言う自覚を持て』と言われているのだから、その認識は間違っているのかもしれない。

同じように少々お転婆な雰囲気のみつは、しかしちゃんと『女らしく』見える。

それは着ている物の違いだろうか?

以前永倉に男だと間違われたことを思い出して、それならば今のままでも大丈夫ではないのかとも思う。

けれど大丈夫じゃなかった場合は問題だ。―――今更浪士組の参加を却下されれば、漸くこぎつけたというのにたまったものではない。

だから良い機会だと思い聞いてみたのだが、山南は困ったように笑みを浮かべ、と同じように考えこんでしまった。

が出した結論としては、『女らしく』振舞っている訳ではなく、そしてだからこそ男と間違われる事もあるなら、わざわざ『男らしく』振舞わなくても大丈夫なのではないかという事。

こんなことを言えば総司は怒るだろうが、男である総司も見た目だけで言えば勇たちのように『男らしく』はない。

女物の着物を着て大人しくしていれば、十分に少女に見えるのではないかとは思う。

髪の毛を剃ってしまった今は無理だろうが、以前なら絶対に大丈夫だった筈だ。

「山南さん?」

「・・・・・・今のままでも大丈夫かもしれません」

「・・・そうか」

あまり口数が多い方ではない。―――声からバレるという事もないだろう。

肩の荷が下りたようにホッとするを目に映して、山南は微かに笑みを浮かべた。

男物の着物を着た、凛々しい佇まいの少女。

知ればが女だと言う事は疑い様もないけれど、知らなければどうとでも見える。

浪士組には男しかいないという先入観も手伝って、きっとバレる事はないだろう。

「それでも・・・一応は気をつけてくださいね?」

最後に付け加えられた言葉に、は頷く。

何に対して気をつけるのか解らなくとも、は素直にそれを承諾した。

 

 

着いた山岡の家で、何事かを山岡と話す山南から離れて、はそこらに積まれた本を眺めていた。

これほど多くの本を見たのは、生まれて初めてのことだった。

その中の一冊を手にとって、パラパラと捲る。―――流麗な字を辿っていき、そこにどういう意味が書かれてあるのかは解らなくとも、それが物珍しいことに変わりはない。

できれば何か物語が書いてあるような物の方が良かったが、目の前の清川がそう言ったものを好んで読みそうではないため早々に諦めた。

「これは・・・」

不意に何かの冊子をパラパラと捲っていた山南が呟きを漏らした。―――それに山岡が気付いて、山南に近づく。

「それは浪士組の編成です」

座った山南の側に屈みこんで丁寧に説明をする山岡を目の端に映しながら、は広げていた本をパタリと閉じた。

やはり政関係の事は、山南から噛み砕いて解りやすく説明してもらった方が良い。

そちら方面には疎いには、書かれてある本の内容など全く頭には入ってこなかった。

「山岡さん、少し良いですか?」

今まで静かに何事かを話し合っていた山南は、静かな口調で山岡にそう促した。

視線で外を差し、2人してそちらに移動する。

それをどうしたのだろうかと見送ったは、ふと清川の方を窺った。

「・・・・・・?」

鋭い視線で、外の2人を睨むように見詰める清川。

どうしてそんなに怖い顔をしているのだろうと、は僅かに首を傾げる。―――するとそれに気付いた清川が、と視線を合わした。

「・・・何か?」

問い掛けられて、は慌てて首を横に振る。

簡単に声を出すなと山南に言われていた。―――そうでなくても、はお世辞にもおしゃべりだとは言えなかったけれど。

山南と山岡を睨みつけるように見詰めていた清川は、今度はに射るような視線を向けてきた。

それにどう反応してよいのか戸惑うに、天の助けとばかりに2人が部屋の中に戻ってくる。―――再び2人に向けられた清川の目に、はホッと息をついた。

「山南さん、近藤さんによろしくお伝えください。・・・では、出発の日に」

有無を言わさぬ声色で、清川が山南に向かいそう声を掛ける。

それ即ち、暗に『帰れ』と言われているようなものだ。

山南もそれ以上粘る理由もなく、山岡に「では、よろしくお願いします」と念を押して土間に座っているに声を掛けた。

素早く草履を履き山南の元へ駆け寄ると、再度清川と山岡の2人に礼をしてから山岡家を出た。

「・・・なに、話してた?」

帰る道すがらそう聞くと、山南は困ったように口を濁す。

何か話しづらいわけでもあるのだろうかとが思った時、山南はの手に握られている一冊の本に気付いた。

さん、それは?」

「・・・?」

言われて自分の手を見る。―――それは山岡家でが暇つぶしにと眺めていた、一冊の本だった。

慌てて出て来た為、置いて来るのを忘れたらしい。

「返してくる」

「一緒に行きましょう」

「大丈夫」

同行を申し出てくれた山南をその場に置いて、は全力で山岡家へと戻った。

少しだけ乱れた息を整えて、先ほどまでいた部屋を覗き込む。―――と、なにやら深刻そうな話をしている事に気付いて、は咄嗟に身を隠した。

聞こえてくる会話。

清川の含みのある言葉と笑い声。

そして、清川の言葉に驚きの声を上げる山岡。

「・・・・・・」

はそのまま名乗り出る事が出来ず、渋々本をその場に置いて山岡家を出た。

急いで山南の待つ場所まで戻ると、笑顔で迎えてくれた山南の着物の裾を小さく握る。

「・・・どうかしましたか?」

問い掛けられて口を開きかけるけれど、はただ首を横に振った。

清川と山岡の話の内容は、にはすべて聞こえていた。

その内容が浪士組に関わる事で、それが良くない事だという事も理解した。

けれど、それがどういう意味なのか解らない。

どう良くないのかが、解らないのだ。―――強いて言えば、そんな感じがした。

それを山南に伝えるとして、どう言えば良いのだろうか?

自分でも口が上手いとは、も思っていない。

その上話の内容が理解できていないとなれば、説明のしようがない。

「大丈夫ですか?疲れてしまいましたか?」

心配そうな山南の声色に、はフルフルと首を横に振る。

そんなを見て、山南は困ったようにため息をついた。―――が何もないというのであれば、これ以上聞いても仕方がないと思い直す。

そのまま無言で試衛館への道を歩いていた山南は、不意にある事を思い出して懐に手を入れた。

そこにある、確かな感触。

「・・・さん」

立ち止まって、数歩先に進んだを呼び止める。

不思議そうに振り返ったを目に映して、山南は意を決して懐の中の物をに手渡した。

半ば押し付けられるように山南から手渡された白い包みを見下ろして、は小さく首を傾げる。―――顔を上げると、山南はバツの悪そうな表情で自分を見ていた。

「・・・・・・?」

「浪士組参加の、お祝いです」

言葉少なに告げられて、はその包みを丁寧に開けた。

白い包みの中にあったのは、細長い木で出来た精巧な作りの・・・それは扇子だった。

パッと広げてみると、薄い青を基調とした色合いで・・・それは水を表しているのだろう、端の方に赤い金魚が描かれている。

季節はずれといえば、季節はずれだ。

扇子自体に季節が関係あるのかはには解らないけれど、そこに描かれてある絵は確かに夏を思わせるもので。

更に不思議に思い見上げると、山南は少しだけ頬を赤く染めていて。

「別に深い意味はないのです」

そう言って顔を背ける。

実際を言えば、山南がこれを購入したのは昨年の夏。

町を歩いている途中で見つけたもので、目に止まったそれはとてもに似合う気がして思わず購入してしまったのだ。

先ほどの言葉通り、深い意味はない。

だから何気なくサッと渡せば良かったものの、これを渡した時のの反応を考えるとどうしても簡単に渡せなくて、気がつけば夏はとっくに過ぎ去っていた。

今回浪士組参加にあたり、今ならばそれを理由に渡せるのではないかと思ったのだけれど。

山南はチラリとの様子を窺う。

今まで女性に興味のなかった山南。―――勿論贈り物などした事がなく、ましてや相手の気持ちを考えてする事などなくて。

だから女性がどういった物を貰えば喜ぶのかが、山南には解らない。

それも一般の常識から外れたように見える相手ならば、なおさら。

「お気に・・・召しませんか?」

不安が渦巻く心を何とか押さえ込んで問い掛けると、再び扇子に視線を戻したが俯いていても解るほどしっかりと微笑んだのが見えた。

「すごく、綺麗」

「・・・そうですか?」

どうやら気に入ったようだ。

は広げた扇子で、パタパタと扇ぐ。―――冬の冷たい風が、山南の頬をくすぐった。

「ありがとう、山南さん」

にっこりと微笑んだに、山南も漸く笑顔を返した。

「どう・・・いたしまして」

 

山南から貰った扇子は、夏に限らず春も秋も冬もの懐に収められることになる。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だからどうしたって話ですよね。(←オイ)

すいません。どうしても山南さんと関わらせたくて!!

話的に凄く無理のある展開に発展してしまいました。

予定では山南さんではなく、左之助と留守番させて居酒屋で総司たちとばったり〜な展開にしようかとも思ったんですけどね。(笑)

まぁ、こんなのもアリかな〜なんて寛大な心で見てやってください。(懇願)

作成日 2004.7.12

更新日 2008.9.14

 

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