「これから出稽古に行くんだけど、ちゃんも行かない?」

ある早朝―――1人朝稽古をしていたは、目を輝かせたみつにそう問われ、その感情の見えない表情でただみつを見つめ返した。

「ね、行こうよ!」

どうしてみつが出稽古に行く気満々なのか、とか。

どうして自分を誘うのだろうか、とかいろいろ疑問もあったのだけれど。

どこか期待に満ちた・・・そして強い押しに、はコクリと1つ頷いた。

 

ココロのカタチ

 

「何でおみつさんが出稽古について来るんですか!?」

「良いじゃない。だって暇なんだもん」

勇の苦情にも、みつは気にした様子なくあっさりと流す。

それを2人の後ろを歩いていたは気にした様子もなく、何気なく辺りを見回した。

広がる田園風景は、にとって珍しい物で―――あまり試衛館敷地内から外へ出る機会のないにしてみれば、ごく当然にある景色も珍しい物なのだ。

それを目にしたは、薄く目を細める。

眩しいほどの緑―――命の雄大さを感じさせるそれらは、見ているだけで心が洗われるようだとは思う。

「それで・・・どうしてまた、まで無理やり連れて来たんですか!?」

勇の声に、話題が自分に移ったのを知ったは、視線を前方に戻す。

「別に無理やり連れて来たわけじゃないわよ。ねぇ、ちゃん?」

振り返り同意を求めるみつに、はコクリと頷く。

「だけど、がどうしても来たいって言ったわけじゃないでしょ!?そうだよな、

今度は勇に同意を求められて・・・言われた事に間違いはないので、は再び頷く。

「だって、いつもあそこにいたんじゃあ、ちゃんだって気が滅入っちゃうじゃない!」

「人聞き悪いこと言わないで下さいよ!それじゃあ、まるで私がを試衛館に閉じ込めてるみたいじゃないですか!!」

「その通りでしょ!?勝手に出歩くと怒るくせに!!」

「1人で町に出したら危ないからですよ!!」

歩く速度を変える事なく、延々と言い争いを繰り広げる勇とみつを、は何を言うでもなくただ眺める。

もとよりあまり話さないではあるが、よほどのおしゃべりでもなければ今の2人の会話に割って入るのは無理だろう。

いつまでこの話は続くのだろうかと思われた頃、段々と話の矛先が自分に向いている事をは察した。

ちゃんだって、たまには外に出たいわよね!?」

「別に無理やり閉じ込めてるわけじゃないよな、!?」

同時に問い掛けられ、はどう答えて良いものかと小さく首を傾げる。

確かに無理やり閉じ込められているわけではない。

は試衛館が好きだったし、現状に不満を抱いた事など一度もなかった。

けれどみつの言う通り、たまにはこうして出かけることもは嫌いではない。

散歩というにはいささか距離があるけれど、普段は見る事のあまりない田んぼを眺めたり、山道を歩いたりするのもは好きだった。

どちらにも肯定の返事を返したいが、どちらも正反対の意味を持っていることにそれをすることも躊躇われて・・・。

困ったように自分たちを見上げるに、勇とみつは互いに顔を見合わせた。

「・・・悪かった、

「ごめんね、ちゃん」

同時に罪悪感を感じて、先ほどの行動の反省をする2人を目に映して。

どうして謝罪されたのかは解らなかったけれど、どうやら喧嘩の治まった様子の2人に、は安心したように僅かに笑みを浮かべた。

 

 

勇の実家に顔を出した後、当初の目的である出稽古の仕事を果たすべく、勇は小さな道場に向かった。

お世辞にも立派とは言えない建物からは、剣を習う為に集まった男たちの威勢の良い声が聞こえてくる―――そのすぐ側では、まだ幼い子供たちが真似をするように棒切れを剣に見立てて、懸命に素振りを繰り返していた。

男たちを指導する勇と、剣の心得などないが子供たちに見様見真似の剣術を教えるみつを少し離れたところから眺め、はこっそりとため息を吐いた。

することがないのだ。

の剣の腕前は惚次郎と並ぶ程―――人に教えるには申し分ない腕前を持ってはいるが、生来の無口さと無愛想さから、人に教えるのは何よりも苦手とするところであり、また本来の出稽古は勇がいるだけで事が足りるのだ。

ならば共に稽古に励めば良いのだが、当の勇に『折角多摩に来たんだから、その辺でも散歩して来い』と言われそれも叶わない。

言われた通り散歩に行こうかとも思ったが、いざ行こうとすると勇が心配気な視線をこっそりと寄越してくる―――なるべく勇に心配を掛けさせたくないは、結果何をするでもなくぼんやりとする以外、出来る事はなかった。

別にぼんやりする事が苦手なわけではないのだが、時々向けられる地元の人たちの視線が気になって、どうにも落ち着かない。

早く稽古が終わらないかと、が再びため息を零しそうになったその時、突然背後から声を掛けられ、は思わず勢い良く振り返った。

「よお、!」

「・・・・・・歳」

明るい声でに声をかけてきたのは、彼女自身良く知る人物だった。

久しぶりに見るその青年―――以前黒船を見に行った時、お土産を持ってきてくれた時以来だと、は懐かしさに僅かに頬を緩めた。

「何やってんだ、こんな所で?もしかしてお前も出稽古に引っ付いて来たのか?」

あまり言葉を発しないと話す事に慣れた歳三は、聞きつつもおそらくはそうだろうと思われる事柄を提示する。

それには1つ頷いて・・・隣に座った歳三の見慣れない格好を目に映して首を傾げた。

それだけでの言いたい事を察した歳は、背負った籠を下ろしながらニヤリと彼独特の笑みを口元に浮かべる。

「薬の行商をやってんだよ」

歳三の言葉に、はなるほど・・・と声には出さずに瞬きをする。

「そうだ。お前身体の調子が悪いとこねぇか?いろいろ揃ってるぜ?」

そう言いつつ籠の中から小さな紙袋を取り出し、それをの前に並べる。

取り出された紙袋には、大きな字でそれぞれ違う言葉が書かれてある―――それを珍しそうに眺めながら、はフルフルと小さく首を横に振った。

「そっか?怪我とかしてねぇか?」

コクリと、深く頷く。

「ま、それなら良いけどよ。身体の具合が悪かったらすぐに言えよ?お前は何でも我慢しちまうからな・・・」

取り出した紙袋を籠に戻しながら言う歳三に、はしっかりと頷く。

そしてそんな歳三の着物の袖を摘んで引っ張ると、綺麗な笑みを浮かべた。

「ありがとう、歳」

ぶっきらぼうではあるが、いつも自分の心配をしてくれる歳三に、は心からの礼を言葉に乗せる―――普段あまり聞く事のないの声は、それだけで人を捕らえる力があった。

歳三も例外はなく、向けられた珍しい笑顔と言葉にフッと表情を緩ませた。

「気にすんな」

簡単なセリフを口にして、照れ隠しにの頭を乱暴に撫でる―――それにされるがままになっているを見て、歳三は再び笑みを浮かべた。

「なにやってんだ?」

そんな2人を見て、稽古を終えた勇が不思議そうな顔でこちらに近づいてくる。

「なんでもねぇよ。な、?」

含むような笑みを向ける歳三に、は悪戯っぽく目を細めて1つ頷いた。

 

 

出稽古を終えた勇たちは、試衛館に帰るのとは違う道を進んでいた。

それというのも、歳三の姉の夫であり勇とは義兄弟の契りを結んでいる彦五郎から、盗賊に狙われた滝本家の警護をして欲しいと頼まれたからだ。

最近この近辺では盗賊の姿が見られるようになり、狙われた家は金品の類をすべて強奪されているらしい―――滝本家の蔵には多摩の人たちが懸命に蓄えた農作物などが収められており、それを盗まれるわけにはいかないという。

普段お世話になっている彦五郎からの頼みでもあり、子供の頃にお世話になった滝本家の当主に恩を返す為、そして悪事を見て見ぬフリなど出来ない勇が断る訳もなく。

かくして一向は滝本家へ向かう事になったのだ。

途中で怪我をしたら治療してやると素直ではない物言いの歳三を加えて、日暮れ頃には漸く滝本家に辿り着いた。

すぐに滝本家の当主に会い、先日の盗賊に襲われた時のショックで寝込んでいる当主から直々に警護を頼まれ、用意された一室でその時を待つ。

しかし待つとは言っても、盗賊はいつ来るのか解らないのだ―――比較的脅しを掛けたすぐ後に来るだろうという事は解っている為、何日も足止めをされる事はないだろうが。

「盗賊って、何人くらい来るのかしら?」

みつの緊張感など微塵も見えない疑問に、勇と歳三は揃って首を傾げる。

「さぁな・・・、それほど多くはねぇっていう話だったが・・・」

「それがどうかしたんですか?」

歳三が神妙な顔で呟き、勇が不思議そうな顔で尋ね返す。

みつはそれに少しだけ表情を曇らせて。

「だってこの中で戦えるのって、勝っちゃんだけでしょ?」

「・・・歳もいるんですが?」

「だって彼、自分で治療班だって言ってたじゃない」

あっさりと告げられた言葉に、2人は思わず顔を見合わせた。

言った・・・確かに。

ここに来る途中・・・合流する際に、歳三は『俺は何もしない。怪我をしたら治してやる』と宣言しているのだ。

けれどそれはただ単に同行するための戯言であり―――実際戦闘になったならば、歳三とて剣を持って戦うだろう。

しかしみつはそんな事考えもしないのか、当然とばかりにそう言い放つ。

けれど次の瞬間表情を明るく変え、無言でその遣り取りを眺めているに視線を向けた。

「そうだ、そんな心配要らないわよね。だってちゃんがいるんだもん!」

ポンと手を叩いて、にっこりと笑顔を浮かべてにそう言った。

突然話を振られたは困惑した様子で・・・けれどもう癖になっているのか、みつの言葉にコクリと頷く。

「何言ってんだ!に、んなことさせるつもりか!?」

「そうですよ、みつさん!」

「あら?だってちゃんだって天然理心流の門下生でしょ?惚次郎にも負けないくらい強いんだし」

「「それとこれとは話が別です(だ)!!」」

揃って上がった声に、みつは呆れたように肩を竦めた―――この2人のに対する過保護は今に始まった事ではないが、これではも息が詰まるだろうとみつは思う。

「大丈夫よね、ちゃん」

まだ何かを叫ぶ勇と歳三を無視してみつがそう声を掛ければ、は僅かに微笑んでしっかりと頷いた。

とて、女ではあるけれど1人の剣士なのだ―――自分の腕が信頼されれば嬉しいし、頼りにされればそれに応えたくもなる。

「これ・・・ちゃんの剣?」

みつはの腰に差してある剣を目に留めた。

普段試衛館に居る時にはつけていない、それ。

今回は少し遠出をするということで、が珍しく帯刀しているものだ。

みつの言葉に頷いて剣を鞘ごと抜き取り、それを無言のままみつに差し出した。

少し年季が入っているが、しかし刀身には曇り1つない。

「これ買ったの?」

問い掛けられて首を横に振る。

その行動にみつは小さく首を傾げることで疑問を投げかけた―――ならこれはどうしたの?と視線を向けると、の代わりに勇が口を開く。

「それは元々、が持っていた物なんですよ」

「・・・それって、勝っちゃんがちゃんを拾ってきた時?」

「ええ。その剣を抱くようにして、は1人でいたんです」

あまり語られる事のない、拾われた当初のの事。

勇と同じくらいと長い時間を過ごしている歳三でさえ、の拾われた状況やそれに至った経緯など知らない。

「これって、誰のなんだ?」

歳三の問いに、は首を振る―――知らないという意味だ。

「何でこれだけ持ってたの?」

みつの問いにも、はただ首を横に振るだけ。

が拾われてきたのは、彼女がまだ8歳の頃―――何があったのかは知らないが、自身のことを明確に覚えているか否かは微妙なところだと歳三とみつは思う。

事の真相を知っていそうな勇にそれとなく視線を向けるが、当の勇はそんな視線に気付かない様子で・・・否、気付いていないフリをして、ただ無言でお茶を飲んでいる。

謎に包まれたの過去を知りたいと思ったのは、何も今回が初めてではない―――だからこそ、何を言っても勇は口を割らないという事も十分に思い知っている。

「勝っちゃ〜ん!!」

歳三が聞き出すのを諦めて小さくため息をついた時、今まで静かだった部屋の中に男の明るい声が響いた。

視線を向ける前に、その声の主は座った状態の勇に飛びついてくる。

「捨助!?」

捨助と呼ばれた青年は、滝本家の嫡男であり、勇と歳三の幼馴染でもある―――それを2人が快く思っていなかったとしても、その事実に変わりはない。

すっかり勇に懐く捨助に呆れた視線を投げかけた歳三は、その光景をやはり無表情で眺めるを見て、再びため息を吐き出した。

 

 

捨助の雇った用心棒・永倉新八を加えた勇たちは、盗賊がくるまでの時間を持て余していた。

振舞われる豪華な食事をつつきながら、は永倉をぼんやりと見詰める。

当初は用心棒である永倉の存在を快く思っていなかった勇が、少し会話を交わしただけで認めるほどの人物に、は少しばかり興味を引かれたのだ。

外見とは裏腹に、勇たちよりも年下だという永倉は、やはり勇たちとは比べ物にならないほどの落ち着きを見せている。

ふと・・・ジッと自分を見詰めていたに気付いた永倉が、落としていた視線を上げた。

「・・・何か?」

尋ねられて、は首を横に振る―――見てはいたが、特別用があるわけではないのだ。

「ずいぶんと無口なのだな」

そんなの動作を見て、永倉はに負けず劣らずの無表情で呟いた。

それにみつが明るく笑って、助け舟を出す。

ちゃんは、いつもこうなのよ」

助け舟になっているのかどうかはともかくとして、みつの言葉に永倉は納得したように頷いた。

「それにしても・・・名前も外見も女子のようなのだな」

ポツリと永倉の口から漏れた言葉に、は小さく首を傾げ勇と歳三は神妙な顔で視線を交わした。

は普段から男物の装いをしている―――その理由としては至極単純、ただ単に動きやすいからなのだが、未だ女らしさの見えない仕草や顔立ちも相まって、一見しただけでは少年のようにも見えた。

身体つきは華奢だが、目に宿る強い意思が更にを凛と見せている。

惚次郎のような一見しただけではか弱そうな美少年もいるのだから、が同じような少年に見えても何らおかしい所はない。

勇と歳三は一瞬で意思疎通をし、無言のままで永倉たちには気付かれないよう頷く。

わざわざ誤解を解く必要もないと判断したのだ。

勇や歳三の贔屓目を差し引いても、は文句ナシに可愛い。

大きなクリクリとした目と、小さな唇―――整った容姿はまるで日本人形のようで、そこらの着飾った女たちと比べても、遜色ないどころか寧ろの可愛さに勝る者を2人は見たことがない程だ。

だからこそ・・・が女だと永倉にバレれば、余計な苦労が増えると判断したのだ。

永倉が悪い男ではない事は解っているが、勇と歳三はまだを誰かの手に渡すつもりは毛頭なかった。

いつか然るべき時、然るべき相手と―――2人のお眼鏡に叶うようなそんな人物が現れるかは、謎だったが。

しかしそんな2人の心の内を知ってか知らずか、みつはあっさりと言った。

「何言ってるの。ちゃんは正真正銘、女の子よ」

「みつさん!」

「てめぇ、何バラしてんだよ!!」

「あら?だって別に隠してるわけじゃないじゃないの」

最もなみつのセリフに、2人は言葉に詰まった―――みつの言う通り、別には男装しているわけではないのだ。

一方永倉は、みつの言葉に驚き目の前のを改めて凝視した。

確かに言われて見れば、女子に間違いない。

最初に会ったときから女子みたいだとは思っていたが、その格好に上手く騙されてしまっていた。

「・・・これは、失礼した」

流石に男に間違えてしまった事は失礼だったと頭を下げる永倉に、は無表情のまま首を横に振った。

気にしなくて良いという意思表示である―――実際、自身は全く気にしていなかった。

「・・・かたじけない」

それにホッとした様子を見せた永倉が礼を言うと、は勇たち以外でもはっきりと解るほど、やんわりと微笑んだ。

それを見た永倉は微かに頬を赤らめ、また勇と歳三・みつは驚きに目を見開いた。

ほとんど初対面の相手に、あのが笑顔を見せた。

その事実が容赦なく襲いかかる―――今までの笑顔を見たことのある人間は、自分たち以外いなかったというのに。

「・・・

「・・・・・・?」

「永倉さんと、ずいぶん仲良くなったんだな」

言い様のない衝撃を隠しきれない様子の勇に、は不思議そうな表情を浮かべた。

それぞれの胸の中に様々な葛藤を宿して、夜は更ける。

 

 

目に焼きついた光景があった。

月に照らされ煌く刀身。

それが振り下ろされる瞬間。

人の苦しげな声と、事切れ地に伏す重い音。

そして広がる―――命と共に流れ出す、赤い血。

不意に声が聞こえて、は閉じていた目を開けた。

滝本家の縁側に座っていたは、ゆっくりと辺りを見回してから立ち上がると、声が聞こえたと思われる方へ足を向ける。

盗賊たちがやってきたのは、つい数刻前の事。

人を切ったことがないと言った勇―――できれば人を切りたくないと言っていた勇。

けれど現実は無慈悲に、勇の望みを掻き消した。

鉄砲を所持していた盗賊たちに腕を打たれてしまった勇の代わりに、歳三が竹刀を持って盗賊に向かっていった。

持ち前の度胸と、昔から習っていた剣術を武器に立ち向かった歳三だが、しかし実戦経験などない彼はすぐに窮地に陥った。

手にしていた竹刀を弾き飛ばされ、おそらくは何人もの命を奪ってきただろう刀を向けられて―――死を目の前にどうすることも出来ない歳三の背後から、勇が刀を抜き盗賊に向かいそれを振り下ろす。

それは確実に盗賊の命を消し、そして勇の心にも深い傷を残した。

はその時の光景を思い出して、強く拳を握り締める。

『みつさんを守ってくれ』

盗賊たちと戦闘になる前に、は勇からそう告げられた。

おそらく勇はを戦闘に巻き込みたくなかったのだろう。

その思いを理解したは、少しだけ納得がいかなかったけれど、渋々それに従った。

けれど反対しておけばよかったのかもしれないと、は思う。

自惚れるわけではないけれど―――けれど自分も戦闘に参加していれば、勇は盗賊を切らなくても良かったかもしれない。

何も出来ずに、岩陰からその光景を見るしか出来なかった自分がは悔しかった。

「俺が死んでもあいつが生きてりゃ、あんたは苦しまねぇのかよ!!」

歳三の怒鳴り声がの耳に届いた。

気付かれないよう物陰に隠れてその場の様子を窺う―――井戸を背に歳三を見据える勇は、少し離れた場所にいるでも苦しそうな表情をしている事が解った。

思いの丈をぶちまけ、その場を去る歳三の背中を見送って、は悲しげに目を伏せる。

2人が喧嘩をしているところを見るのは、本当に久しぶりだと思う。

他愛ない言い合いなら日常茶飯事だが、こんな風に真剣な喧嘩など滅多にある事ではない。

歳三の姿が見えなくなった頃、勇は深く息を吐き出して再び井戸に視線を戻した。

溜まった水でただひたすら自分の手を洗う勇を眺めながら、は己の手に視線を落とす。

汚れなど、洗えばすぐに落ちる。

けれど本当に落としたい汚れは、決して目に見えるものではない。

何故ならそれは、本当にあるモノではないから。

それは人の心が見せる、罪悪感という名の幻。

もしそれを見る事が出来たなら、人は己の生き方をどう思うのだろうか?

強く拳を握り締めて、はまっすぐ勇に視線を向けるとその背中に声を掛けた。

「勝っちゃん」

決して大きくはない声が、しかし静寂に包まれた空間によく響く。

「・・・?」

驚き目を見開いて振り返った勇は、そこにあった少女を目に留めて穏やかに微笑んだ。

「どうしたんだ?眠れないのか?」

いつもと同じように・・・けれどいつもとは確実に違うその笑顔に、はやはり無言で首を横に振った。

「なら、どうしたんだ?」

怪訝そうに問い返す勇の質問には答えず、は無言のまま勇の側に歩み寄る。

「・・・痛い?」

の口から漏れた言葉に、勇は目を丸くして・・・そしてはにかむ。

「大丈夫だ。歳に貰った薬も塗ったし、すぐに治るさ」

盗賊に鉄砲で撃たれた右手を軽く左手で抑えて、心配げに見上げてくるを見下ろして心配するなと軽く笑った。

しかしはそれにも首を横に振って。

「・・・・・・?」

じゃあ、なんなのか?―――そう言いた気な勇の視線を真正面から見据えて、は右手を勇の胸元へと添えた。

「・・・心が、痛い?」

ポツリと・・・静寂の中に落ちた言葉に、勇はこれ以上ないほど目を見開く。

「・・・

「勝っちゃんは、盗賊を切って・・・自分の心も切った」

勇の目に、の強い眼差しが焼きつく。

「痛い。・・・勝っちゃんの心が、痛いって言ってる」

はこんな風に、なんの誤魔化しもなく率直に言葉を向ける。

口が下手だからなのか、駆け引きが苦手だからなのか、言葉を知らないからなのか。

それは解らないけれど・・・―――ただ1つ言えることは、の言葉はなんの偽りもなく、だからこそ人の心の中に深く響く。

自分をどれだけ心配してくれているのかが、よく解る。

自分をどれだけ、慕ってくれているのかも。

勇は自分の心臓の部分に添えられたの手を握り返して、そのままの身体の引き寄せた―――勇の懐に治まったは、されるがままで微動だにしない。

「・・・

「・・・・・・」

「ちょっとの間、こうしてても良いか?」

返事は返って来なかった。

その代わりに自分の背中に回されたの腕の感触を確かめて。

勇はただその温かな身体を、しっかりと抱きしめていた。

 

 

「じゃあ、みつさんの事頼んだぞ」

滝本家の蔵にあった荷物を一時的に土方家に移すことに決まり、その護衛の為に勇と歳三は再び来た道を戻る事となった。

しかし当初は出稽古だけの予定を組んで多摩まで来たのだ―――いつまで経っても帰って来ない勇たちを心配しているだろう試衛館の人々のことを思い出し、一足先にみつに連絡役として試衛館に帰るよう願い出た。

それに納得がいかないらしいみつではあるが、結局は承諾することを余儀なくされ、そんな彼女の護衛としても共に試衛館に帰ることとなったのだ。

心配性の勇と歳三によって、のほかに護衛をもう1人連れ立ち、3人は江戸・試衛館へと道を急ぐ。

「ねぇ、ちゃん」

先ほどまで不機嫌だったみつに声を掛けられ、は視線を上げた。

そこには不機嫌どころか、反対に笑みを浮かべたみつの顔があり、は不思議に思い首を傾げる―――するとみつはそんなを見て更に笑みを浮かべると、含み笑いをしながらキッパリと言った。

「今回の出稽古は、いろいろあったけど面白かったね。次の時も一緒に行こうか」

みつの手にかかれば、盗賊騒ぎとて『面白い』で済まされるのだろう。

早々今回のようなことは起こらないだろうとは思うが、それでも楽しそうなみつの笑顔を見返してはコクリと1つ頷く。

やはりみつの押しには弱いに頭を抱え、そして次の出稽古の時には更にその事で一悶着を起こし勇の苦労が増えるのだが・・・それはもう少し後の話。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

斎藤さんメインで、そこはかとなく山南さんチックな筈なのに、今回の話ではこの2人出てきません(笑)

代わりに永倉さんが少し・・・そして左之助の出番は飛ばしてしまいました(←オイ)

なんかえらく長くなったので(無駄な話入れすぎ)

そしてこの出来はどうなのかと、ちょっと自己嫌悪に陥ってみたり(ダメダメ)

作成日 2004.6.22

更新日 2007.9.13

 

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