惚次郎に誘われて遊んでいたは、門の方から聞き慣れた声を聞きつけ顔を上げた。

「どうしたの、?」

「・・・勝っちゃんが帰ってきた」

駒を手に持ち、不思議そうな表情を浮かべる惚次郎を振り返りもせず、はポツリと言葉をその場に残すと門に向かい駆け出す。

引き止める間もなくその場から去っていくの背中を見送って、惚次郎は重いため息を零した。

「もー!って、いっつも若先生の事ばっかりなんだから!!」

 

時代をう者

 

が玄関に駆けつけると、そこには目当ての人物がいた。

多摩で別れて以来、すぐに戻ってくると思っていた勇は、しかしが思っていたよりも遅い帰りとなった―――それほど時は経っていないが、それでも久しぶりに会う勇の姿を確認して、は僅かに頬を緩める。

「ただいま、

駆けつけたの姿を認め、嬉しそうに頭を撫でる勇を見上げてはニコリと微笑んだ。

しかし勇が1人でない事に気付き、はふと笑顔を消し勇の同行者をチラリと見る。

その視線に気付いた勇は、の警戒心を緩めるように明るい口調で、自分の隣に立ち興味深そうに家を見回す男を紹介した。

、こちらは土佐の坂本竜馬さん。前に話した黒船を見に行った時に一緒だった人なんだ。―――坂本さん、この子は。うちの門下生です」

同じように竜馬にを紹介し、未だ警戒を解かないを竜馬の前に押し出した。

「おっ!可愛い嬢ちゃんじゃねぇか。坂本竜馬じゃ、よろしゅうな」

「・・・・・・」

無言のまま自分を見上げるに、竜馬は怪訝そうに眉を寄せる。

「どないした?」

「ああ、すいません。この子は人見知りが激しくて、その上無口で・・・。悪気があるわけじゃないんです。・・・・・・ほら、。ちゃんと挨拶しなさい」

勇にそう促されて、はコクリと頷くと深々と頭を下げた。

「こんにちは」

簡潔に告げられた言葉に、竜馬は再び目を丸くすると次の瞬間パッと笑みを浮かべる。

「おお、こんにちは。なんじゃ、そげん改まらんでもよか!」

軽い口調で豪快に笑う竜馬を見上げ、は小さく首を傾げた。

「・・・変わった言葉」

「土佐出身じゃからのう。なんだ、おまん土佐のもんに会うのは初めてか?」

がコクリと頷くと、竜馬は至極楽しそうに笑いながら勇と同じようにの頭を乱暴に撫で回した。

知らない相手に不用意に触れられる事を苦手とするに、勇は心配になって声をかけようとしたが、当のが嫌がる素振りも見せずされるがままになっていることに気付き唖然とした。

先日会った永倉といい、最近のはそれほど他人と付き合うのを苦手としていないのではないかという思いが頭を過ぎり、それを望んでいた勇は嬉しい反面寂しい思いを抱く。

このままではの将来が不安ではあったけれど、いつまでも自分たちだけに心を許していて欲しいとそんな事を思う。

「それじゃあ、坂本さん。ここではなんですから、中へどうぞ」

「おお、邪魔するぜよ」

思いを振り切るように勇がそう言うと、まだの頭を撫で回していた竜馬がの頭から手を離して家の中に上がり込んだ。

も出迎えありがとう」

竜馬を道場に案内する道すがら、未だ玄関に立つを振り返り告げる。

その言葉が、どこか自分を遠ざけようとしているような気がして、は小さく頷き素直にその場から立ち去った。

惚次郎のところへ戻ろうかと歩き出したは、ふと立ち止まり玄関を振り返る。

最近勇が連れてくる男たちは、みんな不思議な雰囲気を纏っているとは思う。

永倉にしろ、竜馬にしろ―――先ほども急に頭を撫でられて驚きはしたけれど、嫌だとは少しも思わなかった。

何故だろう、とは思う。

もしかしたら、勇が信用しているからなのかもしれない。

初めて会ったにも関わらず、勇が竜馬を慕っている事はとてもよく解ったから。

は竜馬に撫でられくしゃくしゃになった髪の毛を手櫛で整えると、惚次郎たちがいる庭に向けていた足を台所へ進路変更した。

 

 

「何をしているんですか?」

掛けられた声に、はゆっくりと顔を上げた。

そこにいたのは、近藤家奥方であるふで―――怖い表情で、茶筒を手にしたを睨みつけるように見下ろしている。

「お茶」

手に持った筒の中で、カサリと茶葉が鳴った。

「お客様が来て・・・」

「知っています。先ほど勇さんがお茶を淹れに来ましたから」

の言葉を遮るように、ふでがサラリとした口調で言った。

なら、もうお茶は出した後なのだろうとは思ったが、ふと目に映った急須が使われた様子のないことに小さく首を傾げる。

そんなを見据えて、ふでがやはりサラリと言う。

「お茶なら出していませんよ」

「・・・・・・?」

どうして?と問うの目に、ふではわざとらしくため息を吐き出した。

「なんの連絡もなく連れて来た客に、わざわざお茶を出してやるつもりはありません」

舌打ちせんばかりの口調で忌々しげに呟くふでを見上げ、は手の中にある茶筒に視線を落とす。

「・・・お茶」

「必要ありません」

「・・・・・・」

「そんな目で見ても、駄目なものは駄目です」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

の困ったような視線を受けても、ふでは一向に譲る気配を見せない。

しかしとて譲る気はなかった―――勇があれほど慕っている人物を相手に、無礼な真似はしたくなかったのだ。

無言で見詰め合うことしばし、困り果てたと語るの目を見据えていたふでに、ほんの少しの戸惑いの色を見つけは再び口を開く。

「お茶」

「・・・・・・勝手になさい!!」

何を言っても引かないに焦れて、ふでは叫ぶようにそう言い捨てると苛だたしげに足音を鳴らしてその場を後にした。

それを見送って、はこっそりとため息をつく。

ふでが勇のことを好ましく思っていない事は、も知っていた。

そしてそれが、勇が拾ってきたに向けても同様であるという事も。

けれどこういう言い争いの半分をふでは今のように折れてくれるし、向けられる言葉や態度が冷たくとも、何だかんだ言ってふではのことを気に掛けてくれる―――それはとても解りづらい態度ではあるが、人の心の機敏に敏感なが気付いていない筈もない。

だからは、ふでの事が嫌いではなかった。

いつか自分のことを好きになって欲しいとさえ思う。

は今はいないふでに向けて一礼すると、無言のままお茶を淹れるべく急須を手に取った。

 

 

新たに客が来た事を物音で察したは、ちゃんと3人分のお茶を盆に乗せて道場に向かった。

道場には勇と竜馬の他にが見た事のない男が1人、それぞれが難しい顔を並べて何事かを話し合っている。

その少し張り詰めた空気を読み取って、はお茶を出した後道場を去ろうとしたが、竜馬の「嬢ちゃんも、ここに座りぃ!」という言葉に押し切られ、同じようにその場に顔を並べる事となった。

には話の内容はよく理解できなかった。

竜馬たちの口から出てくる言葉の中に、にも聞いた事のある単語は少なからずあったが、それらがどういう意味なのかまでは解らない―――浮かぶ表情に、それらがとても重要な事である事だけは理解していた。

どういう意味なのか勇に聞こうかと顔を上げたは、しかしその真剣な目に言葉を噤む。

邪魔はしたくない―――が心の中でこっそりとそう思った直後、どたばたという足音が聞こえたと思ったのも束の間、慌ただしく惚次郎と源三郎が駆け込んできた。

筆を手に持ち嬉々として源三郎を追いかける惚次郎に、は微かに首を傾げる。

どうやら先ほどの遊びの続きは、源三郎に白羽の矢が立ったらしい。

顔中に墨を塗りたくられる源三郎を間の当たりにして、は立ち上がると慌てて惚次郎に駆け寄る―――すると惚次郎はに拗ねたような視線を向けて、プイとそっぽを向いた。

「・・・・・・?」

「なんだよ、。私と遊んでたのに、若先生の所に行って!」

「・・・・・・」

「解ってるよ。そりゃ、出迎えは必要だろうけど・・・でも私に無断で行くなんて酷いじゃないか!!」

無言のを相手に目だけで何が言いたいのかを理解して、惚次郎はふくれっつらのまま溜めていた文句を並べたてた。

「ごめんな」

「別に・・・もう、いいけど・・・」

本当に申し訳なさそうに告げられた謝罪に、惚次郎は憮然とした様子で返す。

「私たちはこれから縁日に行くんだけど・・・も行くだろ?」

問い掛ける言葉ではあるけれど、言葉の中に『行くよな?』と強制的な意味を暗に含まれた惚次郎のセリフに、は微かに笑みを浮かべて1つ頷く―――すると惚次郎は先ほどまでの不機嫌そうな顔などどこかに捨てて、パッと顔を輝かせると自分の前に立つの手を強引に引いた。

「じゃあ、姉上に浴衣を着せてもらおう!の浴衣姿見たい!!」

そう言うとの了承を取らずに、そのまま強い力で道場を出て行こうとする。

そんな惚次郎の行動に慌てて、は首だけで振り返ると苦笑を浮かべている勇たちに軽く会釈をした。

「さぁ、早く早く!!」

上機嫌の惚次郎の顔を眺めながら、勇が怒ってなければ良いけど・・・とは心の中でぼんやりと思った。

 

 

みつに浴衣に着替えさせてもらい、普段は着慣れないそれに四苦八苦しながら惚次郎たちと共に縁日に向かったは、その人の多さに目を丸くした。

普段あまり町に出る事のないは、これほど多くの人を見たことがあまりない。

それは縁日という日だからなのだと解ってはいるが、それでも驚きは当然の事だった。

「凄い人だなぁ!!」

楽しそうに辺りを見回す惚次郎に、も無言で頷いた。

はぐれないようにと差し出された手を握り返して、いざ人ごみの中に足を踏み入れる。

人ごみが苦手というわけではないけれど、やはりこれだけの人ごみだと多少はウンザリとするのも仕方のない事で。

しかしこれ以上惚次郎のご機嫌を損ねるわけにはいかないと思い直して、は懸命に人ごみを掻き分ける―――この間の出稽古も、とみつが自分に内緒で付いて行ったと拗ねられたのは、まだほんの数日前の事だ。

並ぶ屋台を端から見て回る途中、はある屋台の前で立ち止まった。

割り箸の天辺についた赤い物体を目に映して、次に看板を見上げる―――これはなんだろうと首を傾げたに、それを見ていた源三郎が小さく笑みを零した。

「これは林檎飴というんです。食べてみますか?」

源三郎はの返事を聞く前に屋台の親父に声を掛けると、それを2本購入する。

その内の一本をに手渡して、にっこりと笑顔を浮かべた。

「あー!ズルイ!!」

「惚次郎さんの分もありますよ」

笑みを絶やさない源三郎から林檎飴を渡された惚次郎は、満面の笑みを浮かべてそれを受け取るとそのままかぶりつく。

「美味しい!!」

幸せそうに林檎飴を頬張る惚次郎を目に映して、も同じようにそれを口に運んだ。

口の中に飴の甘い味が広がる―――かじると林檎の味がした。

「美味しいですか?」

問い掛けられ、はコクリと頷くと源三郎を見上げてニコリと微笑んだ。

「ありがとう、源さん」

「いいえ」

温かい笑みを向けられて、は更に笑みを深くする。

!あっちに面白そうな屋台があるよ!!」

既に興味を別に屋台に移した惚次郎に引っ張られ、はそちらに移動させられた。

その屋台には、台に並ぶたくさんの品物が置いてある―――お金を払った惚次郎の手に、数本の矢が渡された。

これはどんな遊びなのだろうとが聞くまでもなく、惚次郎は渡された矢の1つを構えて並んだ品物に向けて投げつけた。

見事命中した矢は品物を倒し、周りからは歓声が上がる。

どうやら矢で当てた品物を貰えるらしいとがこの遊びを理解した頃、惚次郎がを振り返った。

!どれが欲しい!?」

急な質問に、は慌てて品物に視線を向けた―――そこに並ぶ様々な物を目にして、ある1つを指さした。

「あれ?あの風車?」

惚次郎の言葉にコクリと頷くと、惚次郎はニヤリと笑みを浮かべて矢を構えた。

狙い定めて放たれた矢は、見事の指さした風車に命中する。

「「やったぁ!!」」

惚次郎とみつの声が上がり、次々に品物を持っていかれ困り顔の店主がため息と共に倒れた風車に手を伸ばした。

「はい、

惚次郎の手から渡された青い風車は、微かな風を受けてクルクルと回る―――それを眺めて、は嬉しそうに笑った。

「ありがとう、惚次郎」

「これくらい、お安い御用だって!!」

得意げに返されたセリフに、と惚次郎は顔を見合わせて笑う。

「さぁて、次はどれを狙おうかな」

再び意気揚々と狙いを定める惚次郎を眺めながら―――ふとその向こうに見知った顔を見つけて、はこっそりとその場を抜け出した。

屋台を背中に歩き出した人物を履きなれない下駄に足を取られつつ追いかけ、漸く追いついたは勢い良くその人物の着物を引っ張った。

「うおっ!なんじゃ!?」

いきなり着物を引っ張られたその人物は、後ろに仰け反りつつ慌てて振り返る―――そこで息を切らしながら自分を見上げるに驚き、そして笑った。

「なんじゃ、おまんか。どないした?遊んでたんじゃなかか?」

気安い口調で笑い頭を撫でる竜馬を見上げて、は1つ頷く。

そしてここで何をしているのかといつも通り目で聞いて・・・竜馬には通じないと思い直して口を開きかけたその時。

「わしはな、これから土佐に帰るところじゃ。近藤さんが見送りに来てくれるちゅうたから、ここで待っとるぜよ」

なるほど・・・と納得する反面、どうして言葉にしていないのに言いたい事が通じたのかとは不思議に思った。

近藤家の人たちや試衛館の古い門人たちならば、普段から慣れているだろうからと思うが、ほんの少し前に会ったばかりの竜馬がそれをいとも容易くやってのけた事には驚きを隠せない。

そんなに気付いているのかいないのか、竜馬はただ笑みを浮かべてを見下ろしている。

「なぁ、嬢ちゃん」

声を掛けられて、は竜馬を見上げる―――すると竜馬は顔に笑みを湛えて。

「嬢ちゃんは、近藤さん事が好きか?」

唐突な質問には目を丸くするが、それでも素直に頷いた。

それを満足そうに見詰めて、竜馬はの頭を優しく撫でる。

「おまんも剣術を学んどるんじゃろ?腕っ節の方はどないじゃ?」

竜馬の質問に、はただ首を横に振った―――それが『全然強くない』という意味なのか、それとも『解らない』という意味なのか竜馬には判断できなかった。

出来なかったけれど・・・から放たれる特殊な雰囲気を、竜馬は確かに感じ取っていた。

それに微かに困ったような笑みを浮かべて・・・それを悟られないように、竜馬はの頭を乱暴に掻き混ぜた。

「悪いんじゃが、わしはもう行かんといかん。近藤さんにそう伝えといてくれんか?」

再び唐突に切り出されて、は了承したと頷く。

本当は勇が来るまで待っていて欲しかったが、それを竜馬に願うのは悪い気がした。

約束していたのにこの場に現れないという事は、勇も何か事情があるのだろう。

来ない勇の代わりに、待ってもらった礼と謝罪の為に頭を下げれば、気にするなとばかりにもう一度頭を撫でられる。

「それじゃ、また会えると良いな!」

軽く手を上げてその場を去っていく竜馬の背中に、は小さな声を掛けた。

「さようなら」

その声を聞き取ったのか―――竜馬は軽く振り返り、そしておもむろに何かをに向けて投げる。

それを器用に受け取ったは、首を傾げて竜馬に視線を戻した。

「おまんにやるきに!!」

明るい声と投げて寄越した風車を残して、竜馬は大きく手を振りながらその場を後にした。

竜馬の後ろ姿をぼんやりと見詰めながら、は自分を呼ぶ声に気付いて顔を上げる。

周りを見回せば、遠くの方で自分を探す惚次郎の姿が目に映った。

そういえば何も言わずに離れてしまったのだと今更ながらに気付いたは、戻ればきっとまた文句を言われるのだろうと頭の中で思いつつ、慌てて惚次郎たちの元へと駆け出す。

風車が2つ、の手の中でカラカラと乾いた音をたてながら風を含んで回った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

やはりメインは出て来ない(汗)

そしてどんどんと近藤夢になって行ってる気がする新撰組!連載(笑)

今回は今まで出したいと思いつつ出番がなかった惚次郎と、坂本竜馬をメインに。

何気に意味不明っぽいところもありますが、スルーでお願いします。

土佐弁が解らなくてエセになってしまっていますが、その辺もスルーで(懇願)

作成日 2004.6.23

更新日 2007.9.13

 

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