夏の暑い空気に混じり、人々の熱気が更に増す。

府中・六所明神に幕が張られ、そこには竹刀を持った男たちが集っていた。

1861年、8月27日。

試衛館道場・近藤勇は、この日天然理心流4代目を襲名した。

 

幼い

 

「あの〜・・・」

鎧姿の近藤勇が控える本陣に、控えめな声が響いた。

それに気付いた総司(惚次郎)が、顔を綻ばせてその青年を手招きする。

そのまま青年を連れて、静かに前を見据える勇の下へと促した。

「若先生。伊東道場の藤堂平助です」

「見学に来ました。本日は4代目襲名、真におめでとうございます」

総司に紹介された平助は、礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。―――それに対して、勇は目だけで反応を返す。

不思議に首を傾げる平助に、総司は「兜がズレるから動けないんだ」と笑顔で説明した。

なるほどと納得して、平助は改めて辺りを見回す。―――少しばかり高い位置にある本陣からは、広場の光景がよく見渡せた。

「うわぁ!ずいぶんと大掛かりなんですね・・・」

「多摩で天然理心流を学んでいる人は、ほとんど集まってる。これから源平になぞらえて紅白に分かれて戦うんだ」

感嘆の声を上げる平助に、総司が楽しそうに笑みを浮かべて言う。

「向こうが白組。大将は小野路村の彦五郎さん。対する赤組。こっちは我が試衛館。大将は・・・本当は小野路村の小島さんなんだけど、身体壊されたんで萩原正先生にお願いしました」

総司の説明に、平助はコクコクと頷きながら聞いていた。―――その大半が見知らぬ人の名前であり、顔と一致しない部分もあったけれど、それは口にしないでおく。

そこにいる全員が真剣な表情を浮かべ闘志を漲らせており、その場に漂う緊張感に平助も気を引き締めた。

「あ、そういえば平助はに会ったことなかったよね?」

総司が先ほどの口調とは一変して思い出したように手を叩いたのに、平助も先ほどの緊張を解いて1つ頷く。

いつか総司から話には聞いた事がある。―――試衛館道場の門人であり、居候でもある少女の事。

総司と互角に戦えるほどの剣技を持ち、彼が言うにはかなりの美少女だという話だ。

そんな少女に興味が惹かれないわけもなく・・・以前祝言の祝いに試衛館を訪れた際には会う事が出来なかったこともあり、ぜひとも会いたいと平助は内心強く思う。

「来てごらん」

サッと身を翻して颯爽と歩き出した総司に、平助も慌てて後を付いて行った。

向かう先は赤組の陣。―――同じように陣に向かう周助が、そこにいる者たちに激励の声を掛ける。

その中に、総司と同じような白い男物の衣を纏う小柄な人物がいた。

長い黒髪を1つに結って、凛とした雰囲気を放っている。―――少年に見えなくもないが、おそらく少女だろうと平助は思った。

!」

総司の呼びかけに、少年とも少女とも見分けがつき難い人物が振り返る。

歩み寄る総司に駆け寄って・・・そして平助を目に映して少女が小さく首を傾げた。

「この人は藤堂平助。前に話した事があっただろ?―――平助、この子がだよ」

紹介を受けて、が小さく頭を下げた。

です」

「あ、藤堂平助です。よろしくお願いします」

深々と頭を下げて、平助はジッとを見詰めた。

遠目からみても解ったが、かなりの美少女だ。―――その端正な顔に見返されて、平助は微かに頬を赤らめる。

は凄く無口で無愛想だけど、ただ人見知りしてるだけだから大目に見てやって」

総司の言葉に、平助は恐縮したように頷いた。

その直後、総司が姉であるみつの姿を見つけ慌ててそちらに駆け出すのを眺めながら、平助は傍らに無言で立つに視線を移す。

「ええっと・・・さんは・・・」

で良い」

あっさりと返されて、平助は「では・・・」と前置きをしてから。

・・・さんも、野試合に参加されるのですか?」

やはり呼び捨ては出来ないらしく、迷った挙句に『さん』をつけて平助は尋ねた。

それには無言のまま首を横に振る。

格好を見て参加するとは思えなかったが、やはり参加はしないのかと少しだけ残念に思う。

総司の言葉が確かならば、の剣の腕は一流なのだろう。―――同じ剣士として、見てみたいと思うのは当然のことだった。

さん。少し良いですか?」

無言で辺りを見回すと平助に声が掛けられた。

声を掛けられたは小さく首を傾げてそちらに向かう。―――それを少し残念に思いながら、平助も総司に声をかけられてそちらに足を向けた。

「どうかしましたか?」

周助と総司に笑みを向けられて、平助は何事だろうと小さく首を傾げる。

そんな平助に、総司はにっこりと拒否を許さない笑顔を浮かべて言った。

「平助も参加してみない?」

 

 

着々と準備が進められ、もうそろそろ始まるだろうと言う頃合になってから、総司とは勇のいる本陣に戻ってきた。

そこから既に赤と白に分かれた門人たちを眺め、総司が残念そうに呟く。

「私も参加したかったなぁ・・・」

そんな呟きを耳にして、も同意するように一つ頷いた。

「塾頭は太鼓役と決まってますから」

宥めるように言う源三郎に、が意思を込めて視線を向ける。

なら、私は?―――とその目が語っている事に気付いた源三郎は、誤魔化すように笑みを浮かべた。

が参加したら、実力差がつきすぎるだろう?」

今まで無言を通していた勇が宥めるように言う。

そんな勇に、どうしても試衛館側を勝たせたい周助が口を挟んだ。

「参加させてやっても良かったんじゃねぇか?」

その言葉にがパッと笑顔を浮かべる。―――が、しかし勇は再び無言で首を横に振った。

「歳も、山南さんも、永倉さんも強いのに・・・」

「だからこれ以上、試衛館側に戦力を増やしてどうするんだよ」

キッパリと返された言葉に、が拗ねた様にそっぽを向いた。―――それを目に映して勇は僅かに頬を緩める。

最近のは、以前と比べて各段に表情が豊かになったと勇は思う。

それはどんどんと増える食客たちの影響なのだろう。

少し寂しい気もするが、そんなの表情をよく見られるようになることは勇にとって嬉しくもある。

「源三郎!」

「はい!」

周助が源三郎の名を呼んだ。―――それに普段とは違う力強い声で返事を返した源三郎に促されて、勇も気合を入れて立ち上がる。

始まりの合図を出すと、源三郎が高らかに開始の声を上げた。

その後に続く太鼓の音。

広場に緊張と興奮が広がり、男たちは前にと歩み出る。

「進めぇ!!」

歳三が力強い声で、赤組の人々に向かい号令を出す。

「行けー!!」

白組の大将である彦五郎が自ら戦闘開始の声を上げた。

その声に弾かれるように駆け出す門人たちを目に映して、勇は真剣な面持ちで僅かに目を輝かせた。

 

 

「すげぇな、あいつら・・・」

周助の呟きが、本陣に響く。

勝負は一目瞭然だった。

赤組の人々のほとんどは皆無事で・・・―――対する白組は、彦五郎を残して全てが額に括りつけられた皿を割られて討ち死にとなり、本陣の脇に退いている。

そしてそのすべての門人たちを退けたのは、たった5人の男たちだった。

土方歳三・山南敬助・永倉新八・藤堂平助。―――そしてもう1人、にとっては見覚えのない男。

ふとその男をどこかで見たような気がして、は小さく首を傾げた。

ここにいるということは、天然理心流を学ぶ門人なのだろう。

けれど彼の戦い振りは剣を使ったものとは違う。―――そう、あれは剣ではない。

誰だろう?

不思議に思い、おそらくは誰かの知り合いなのだろうと思ったが静かに戦いを見守っている勇に視線を向けると、そこで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる勇に気付いた。

「やっちまえー!!」

ご機嫌に拳を握り締めて声援を上げる周助に目を向けて、勇は小声で総司に声を掛ける。

「おい、総司。少し加勢してやれ」

言われた総司は、その言葉の内容に表情を輝かせた。―――参加したいと言っていた総司からすれば、願ってもない言葉だ。

「どっちに!?」

「白だ!このままじゃ、早く勝負がつきすぎる」

勇の要請に心得たと笑みを浮かべる総司に、も慌てて勇の鎧を揺らす。

「私も」

「お前もか!?」

「総司だけ、ズルイ」

最もな意見に、勇はどうしようかと思考を巡らせた。―――総司との2人が参戦して、それでも大丈夫だろうかと。

けれど相手は5人。

しかも白組の門人たちをあっという間にねじ伏せた剣豪ばかりなのだ。―――過ぎると言う事はないだろう。

「解った。も行っていいぞ」

漸く得られた勇の了承に、は顔を綻ばせる。

「じゃあ、行くよ!」

総司の声に、も身を翻して本陣を出た。

動き難い着物の裾を紐で縛って、お互いの頭に土で作られた皿を括りつける。

「血が騒ぐ〜!!」

に皿のついた鉢巻を括りつけてもらっている最中、総司が心の底から嬉しそうに呟いた。

「あ、そうだ。山南さんとは私が戦うからね。は手を出さないでよ?」

「・・・・・・?」

「借りはちゃんと返さなくちゃ・・・」

先ほどの楽しそうな表情とは一変して、真剣な眼差しを向ける総司にはコクリと1つ頷く。―――負けず嫌いの彼は、未だに以前の敗北を忘れられないらしい。

「よし!じゃあ、行こう!」

「うん」

総司の気合漲る声に返事を返して、2人は勢い良く駆け出した。

 

 

赤組に所属する5人は、逃げ回る彦五郎を漸く追い詰めた。

布に包まり必死に抵抗をする彦五郎だが、最早逃げ場はない。

それを悠然と見下ろして、一歩前に進み出た永倉が手の竹刀を振り上げた。

「覚悟!」

「待て待て待て待て待てー!!」

それを振り下ろそうと手に力を入れたその時、何処からか制止の声が掛けられる。

5人が視線を巡らせると、こちらに駆けて来る2つの影が目に飛び込んできた。

「彦五郎さま!助太刀致します!!」

「総司!!!」

情けない声を上げる彦五郎をひとまずは放っておいて、試衛館の食客たちは現れた2つの影に向き直る。

名前を呼ばれた総司とは、飛ぶように階段を下り5人の前に立ち塞がった。

竹刀を構える総司の後ろで、は少しの間事の成り行きを見届ける事にする。

まず最初に進み出て来たのは、例の名前の解らない男。―――男は軽い調子で総司の前に立ったが、総司の強さを悟ったのか表情を一変させる。

剣に見立てるには長すぎる細い棒を振り回して、身を低くして構えた。

「お命、頂戴致す!」

吼えるように声を上げて、細い棒を振り上げると総司に向けてまっすぐ振り下ろす。

総司はそれを竹刀で払うと、素早い動きで男の脳天に一撃入れた。

「痛ってぇ!!」

声を上げて頭を抑える男に、総司は僅かに口角を上げる。―――総司の剣は、寸分の狂いもなく男の頭の皿を割っていた。

痛みに悶絶する男を無視して、警戒を強めた残りの4人が竹刀を構える。

次に歩み出たのは、永倉だった。

無言のまま睨みつけて、永倉は機会を窺う。―――しばらくの睨み合いの後、先に攻撃を仕掛けたのは永倉の方で。

猛然と繰り出される攻撃に総司は防戦一方かと思われたが、一瞬の隙に身を翻して永倉の足に一撃を入れた。

それに怯んだ隙に、総司は振り返りざまに永倉の皿に一撃を加える。

パンと軽い音を立てて崩れた皿に、永倉は驚きに目を見開いて総司を見上げた。

それに微かに笑みを零した総司は、残る3人に向き直る。

次は誰が行くか?

無言のまま3人はお互い視線を交し合って・・・―――それを受けた平助が、竹刀を構えて駆け出した。

身構えた総司は・・・しかし自分の前に飛び出してきた人影に軽く目を見開く。

パァンと景気の良い音を鳴らして平助の攻撃を受け止めたのは、総司ではなく。

さん!?」

思わぬ相手に、平助が驚きの声を上げた。

総司は山南には手を出すなと言った。―――しかし後残っているのは、歳三と山南と平助だけ。

このままだと自分の出番がなくなってしまうと判断した上での行動だった。

とて、男ではないが剣士の端くれのつもりだ。

強い相手を見れば戦ってみたいと思うし、自分の腕前を試してみたいとも思う。

全てにおいて消極的なが唯一見せる積極さ。―――それが剣術だった。

見た目からは想像出来ないほどの力で押し返された平助は、少しの間を取ってと向き合うと改めて竹刀を構える。

「覚悟!!」

一際大きく声を上げて、平助は再びに攻撃を仕掛けた。

自分に向かって振り下ろされる竹刀を払って、素早く竹刀を一閃させる。―――そこでこの勝負が相手の頭の上に括りつけられた皿を割る事だと気がついて、慌てて視線を平助の頭の皿に向けた。

見当違いの攻撃に少しばかり戸惑い、しかし平助は普段の謙虚さからは想像もつかないほどの変貌振りで崩された体勢を立て直すと、に向けて突きを繰り出す。

それを少し身を捩って紙一重で避けると、軽く竹刀で弾いてから掬い上げるように剣を振るった。―――剣に確かな手ごたえを感じ、視線を向けると見事割れた皿が目に映る。

驚きに目を見開いた平助を見据えて、はニコリと微笑んだ。

一方、と平助の戦いの最中逃げようとしていた彦五郎は、ばっちり歳三と山南に見つかってしまっていた。

竹刀を構えたまま彦五郎を追う2人に、更にその2人を追いかけた総司が彦五郎の前に庇うように立ち塞がる。

歳三と山南は無言で目配せをして・・・スイと流れるような動きで、山南が動いた。

心なしか、総司の顔が緊張で強張る。

向かい合って・・・最初に動いたのは山南だった。

気合の声と共に繰り出される剣。―――総司はそれを受け止めて、反撃の機会を窺う。

隙を見つけるように神経を張り、2人は何度か剣を合わせると少し間を取って改めて構えなおした。

「っや!!」

再び振り下ろされた山南の剣。

何度かの打ち合いの末に総司は山南の剣を払い、その隙を突いて山南の頭へと竹刀を振り下ろした。

パリンと涼やかな音を立てて粉々に砕けた山南の皿。―――小さく笑みを浮かべる総司に、辺りからは自然と拍手が沸き起こる。

驚きに目を見開いた山南は、けれどその口元に小さく笑みを湛えて。

それを見届けた総司は、更に笑みを深くした。

素早く身を引く山南を目に映しながら、総司は最後の1人である歳三に視線を向ける。

そんな総司の視線に、歳三は不機嫌そうに顔を歪めて。

「テメェ。向こう側に味方してどうする?」

咎めるようなその口調に、総司はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

何かを企むようなその笑みを不思議に思う間もなく、総司は素早く身を翻す。

竹刀を肩に担いで背中を向けて走り去った総司を訝しげに見送って・・・―――ハッとその行動の意味を察した歳三が追いかける前に、彦五郎が歳三に飛び掛った。

その前に、竹刀を構えたが道を遮る。

「おい、お前ら!止めろー!!」

彦五郎に身体を拘束されて、更に目の前に立ち塞がるを相手に歳三が出来る事は声を張り上げる事だけだった。

「行けー!総司!!」

彦五郎の声援を受けて、総司は向かってくる赤組の門人たちをあっさりと捻じ伏せながら大将の前に踊り出る。

「総司!!」

もう阻むものはないと思われた総司の前に、彼の姉であるみつが立ちはだかる。

「姉上!!」

「総司!!」

みつの構える長刀が総司に向かい振り下ろされた。―――それをあっさりと弾いて、総司はみつの皿を割る。

一瞬の事にみつが反応できる筈もなく、呆然と総司の顔を見上げていたみつは観念したとばかりにため息を零すと、素直に脇に退いた。

「あわわわわわ・・・」

恐怖が言葉にならずに声だけを発する赤組の大将を前に、総司は鮮やかな笑みを向ける。

「お命、頂戴!」

軽い口調と共に、総司の剣が大将の皿を叩き割った。

一斉に上がる歓声。

周助ががっくりと膝を折るのを尻目に、勇は堂々たる振る舞いで立ち上がると声を高らかに叫ぶ。

「それまでー!!」

それと同時に鳴り響く、試合終了の太鼓の音。

不貞腐れたような表情を浮かべる歳三とは裏腹に、勇は満足げな笑みを浮かべた。

 

 

「これだけ剣豪が揃ってる道場も珍しいですよ」

襲名の儀を終え、試衛館に帰る道すがら平助がしみじみと呟いた。

既に日は落ち、暗い道をちょうちんの灯りが揺れる。

「まぁ、一番は惚次郎さんですけど・・・」

付け加えるように言った平助の言葉に、総司は苦笑を浮かべた。

「総司、ね」

「あ、すいません」

「良いんだよ。若先生の襲名に合わせて変えたけど、俺もまだ馴染まないんだ。人の名前みたいでさ」

どこか憂鬱さを感じさせる覇気のない声色で、総司はそう呟くと少しだけ足を速めた。

そんな総司の背中を眺めて、平助はポツリと呟く。

「私も試衛館に入りたかったなぁ・・・。沖田さんやさんが羨ましいですよ」

「・・・・・・?」

平助の呟きに、は小さく首を傾げる。

「平助は、今の道場嫌いか?」

率直に告げられる問いに、平助は慌てたように手を振る。

「いえ!そう言う訳ではないんですが・・・」

段々と小さくなっていく語尾に、平助の気持ちが現れているような気がした。

確かに平助自身が言うように、嫌いだとか不満を感じていると言うわけではないのだろう。

けれど総司やを羨ましいと思う要因が、そこにはあるのだとは思う。

「でもさぁ・・・、悩みはあるよ?」

「本当ですか!?」

総司の口から零れた言葉に、平助は信じられないとばかりに声を上げた。

急ぎ足で総司の後を追って・・・―――簡素な橋の上から小川を見下ろす総司の隣に立つと、窺うように顔を覗き込んだ。

「いつまで経っても子ども扱い。今日だってさ・・・じゃあ何で俺たちは宴会に呼んで貰えない訳?どうせ女の人呼んで、朝までどんちゃんだよ」

落胆したように肩を落として、総司は小川を見詰める。

「いくつになったら、まともに扱ってくれるのか・・・」

呟いて・・・腰の刀に手の伸ばした。

瞬時に抜いて側に立つ木を凪ぐと、ハラリと葉が一枚舞うように落ちる。―――それに向けてもう一度剣を払い、静かに刀を鞘に収めた。

ハラハラと舞う一枚の葉が、静かに川面に浸る。

平助が小川の覗き込むと、それは綺麗に両断されていた。

見事な腕前に言葉もなく総司を見詰める平助は、総司が浮かべている切なげな表情に気付いた。―――何かを言おうとするけれど、上手い言葉が見つからない。

それでも何とか言葉にしようと口を開きかけたその時。

「総司は、女の人と遊びたかったんだな」

ポツリと・・・何の感情も篭っていない少女の声が響いた。

思わず我に返って総司が顔を上げると、そこにはいつもの無表情で立つの姿。

「・・・そうか」

1人納得して頷くに、総司は慌てての肩に掴みかかった。

「ち、違うって、!それ誤解だって!!」

必死に弁解をするけれど、の表情は変わらない。

「別に俺は女の人と遊びたいとかそう言うことじゃなくて・・・」

何とか誤解を解こうと必死に言葉を探す総司は、ふとに視線を向けて目を丸くした。

穏やかに微笑む。―――その笑顔に、からかわれたのだと察した総司は拗ねたようにそっぽを向いた。

総司の気持ちは、にも解っている。

何故ならば、も同じ気持ちを抱いているからだ。

別に宴会に参加したかったわけじゃないけれど・・・―――けれどこんな風に『子供だから』だと言う理由をつけられて帰されたのではやはり複雑なものがある。

そんなことで悩む事自体、もしかしたら子供なのかもしれないと思うけれど。

けれど、そう簡単に譲れない。―――自分の尊敬する人に、一人前と認めて欲しいという気持ちは消しようがないのだから。

それでも、それはそう簡単にいく事ではなくて。

はごそごそと懐を漁ると、そこから小さな包みを取り出して総司と平助の前に差し出した。

「宴会は無理だけど・・・」

差し出された包みを受け取って、総司はそれを丁寧に開く。―――包みの中にあったのは、小さな饅頭が数個。

「・・・・・・これ、いつ買ったの?」

「さっき」

一体いつの間に・・・と呆れた視線を向ける総司に、しかし気にしていないはニコリと微笑む。

「一緒に食べよう」

総司と平助の手を引いて川辺まで移動すると、そのままそこに座り込んだ。

そんなに抗えず、総司と平助も同じように腰を下ろす。―――総司の手の中にある饅頭を目に映して、は人差し指を口元に持っていくと。

「勝っちゃんには、内緒」

小さな声で、秘め事を話すような声色で言う。

「・・・内緒ですか?」

平助の戸惑ったような声に、はしっかりと頷く。

「・・・内緒か」

しみじみと呟いた総司は、饅頭の1つを手に取ってそれを口の中に放り込んだ。

甘い餡子が口の中に広がる。

これは子供だけの秘め事。

大人には内緒の・・・子供たちだけの宴会。

子ども扱いされる事には未だ納得できないけれど・・・―――それでもとの秘密の共有はなんだかくすぐったくて。

2人の間に挟まれるようにして座るの手に饅頭を乗せてやる。

総司と平助は顔を見合わせると、饅頭を頬張るを目に映して小さく笑った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

メインは野試合ですか?(←誰に聞いてるんだ)

総司が宴会に出れないって事はヒロインも無理なんじゃないかと思って(今更)、今回は坂本竜馬との再会は成りませんでした。

ヒロインの見せ場を作りたくて、平助にお相手願ったのですが・・・えらいあっさりとやられてしまい、平助ファンの方すみません。

山南さんともっと絡ませたいのになぁ・・・なんか総司が凄く出張ってるし。(笑)

基本的に山南さんよりは総司の方が絡ませやすかったり・・・。

補足:赤組大将の萩原さんは、どんな字を書くのか解らなかったので適当です(本当にすみません)                  

作成日 2004.7.4

更新日 2008.1.8

 

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