ある日の早朝。

試衛館の門の前に、1人の青年の姿があった。

 

しい仲間

 

試衛館の主・勇と食客たちの朝食風景は、穏やかの一言に尽きる。

全員が和やかに談笑しながら手を進める。―――そんな風景をぶち破ったのは、誰の言葉が発端だったのか。

ともかくも、最初は左之助の『納豆が嫌い』の言葉から始まった。

左之助の故郷には、納豆を食べる習慣がない。

そんな風にして始まった納豆談義は、山南のある一言で一変した。

「私の実家の方では、納豆に砂糖をかけていたなぁ・・・」

「「「えぇ!?」」」

しみじみと故郷を懐かしむように呟いた山南の言葉に、数人が驚きの声を上げる。

「納豆に砂糖!?」

「おい!聞いたかよ!!」

「信じられない・・・」

口々に上げられる言葉たちに、山南は困ったように笑みを浮かべた。

そんなに驚かなくても・・・と小さな声で呟きながら、再び納豆に手を伸ばす。

そんな様子を一部始終黙って眺めていたは、小さく首を傾げると静かに席を立った。

手に小さな器を持って、どこかへと向かう。―――幸か不幸か、納豆談義に夢中になっている面々はそんなの行動に気付かない。

やがて納豆談義も一段落し、漸く先ほどまで隣に座っていたの姿が見えないことに気付いた山南が辺りを見回した頃、が先ほどと同じように小さな器を持って自分の席にと戻ってきた。

「何処へ行ってらしたんですか?」

穏やかな笑顔を浮かべて顔を覗き込んだ山南に、は無言のまま持っていた器を山南に見えるように差し出した。

「・・・・・・?」

その器に入っていたものに、山南は訝しげに首を捻る。

それが何かと聞かれれば、白い粉だとしか言いようがない。

そんな山南に気付いたのか、が事も無げにサラリと呟く。

「・・・砂糖」

「砂糖、ですか?」

鸚鵡返しにの言葉を呟く山南に、はコクリと1つ頷く。

そして手にした箸で、その砂糖の入った器の中をぐりぐりと掻き混ぜ始めた。

その時になって漸く気付く。―――それが、なんなのか。

さん!?」

普段から冷静な山南の上ずった声に、歳三が訝しげに視線を向ける。―――すると歳三はピシリと効果音が聞こえてきそうなほど見事に固まった。

の持つ器の中の砂糖・・・いや、砂糖の合い間から見える見慣れた豆たち。

それは見まごう事無く、納豆だった。

2人して固まってしまった山南と歳三を気にした様子なく、はぐりぐりと器の中をかき回しながら独り言のように呟いた。

「納豆・・・。砂糖かけたら、どんな味になるかと思って」

「かけすぎです!!」

「お前・・・ダマになってるじゃねぇか!!」

間髪入れずに返って来た言葉に、しかしは気にせずかき回し続ける。

器から零れんばかりの砂糖と、粘着質な納豆の音が妙に気にかかる。

「それ・・・まさか食べるつもりじゃねぇだろうな?」

歳三の信じられないと言いたげな言葉に、はコクリと頷く。

「本気ですか!?」

山南の確認にも、はただ頷く。

そして・・・砂糖と納豆が絶妙に混ざり合った、もう何がなんだか解らない物体と成り下がったそれを、は口に運んだ。

ゴクリと、山南と歳三は思わず唾を飲み込んだ。

もぐもぐと表情を変えずにただ口を動かすを、固唾を呑んで見守る。

の口からジャリジャリという音が聞こえてくるのは、どうか気のせいだと思いたい。

何度か口を動かした後、漸くは口の中のモノを飲み込んだ。

「・・・大丈夫ですか?」

「甘い」

山南の心配気な声色に、はキッパリと一言感想を述べる。

「美味いのか?」

そう窺う歳三の言葉に返事はなかったが、眉を顰めたの表情を見るだけでその疑問は十分に解決された。

「やっぱり、納豆に砂糖はおかしいだろ?」

そんなを見て、歳三が得意げに呟いた。―――しかし山南とて、それに異論がないわけではない。

「あれだけ砂糖を入れれば、味が可笑しくなっても仕方ありませんよ」

最もな意見に、流石の歳三も言い返すことが出来ない。

そんな遣り取りの中、はひたすら砂糖入りの納豆・・・いや、納豆入りの砂糖というべきか。―――ともかくも、そんな未知なる物を口に運び続ける。

「失礼しま〜す」

ギャアギャアと騒ぐ歳三と、それを冷静に流す山南の遣り取りが部屋に響く中、そんな遠慮がちな声が割って入って来た。

「あ、平助!」

一連の出来事を微妙な顔つきで見ていた総司が、現れた人物に向かい笑顔を浮かべた。

あっちで待ってて・・・―――と促す総司に素直に頷く平助だが、勇に呼び止められて思わず立ち止まる。

「一緒に朝飯食って行きませんか?」

掛けられるお誘いに嬉しさを感じつつも、遠慮が先立ってしまい口ごもる平助に、勇は柔らかい物腰で席を勧めると、つねに食事の用意をするように頼む。

二つ返事ですぐさま準備に向かうつねに頭を下げて、ニコニコと人の良い笑みを浮かべる勇に感動の眼差しを向けた。

しかしふと先ほどここに入ってきたときに見た光景を思い出し、視線を巡らせると1人の少女に目を留めて心配げに口を開いた。

さん・・・大丈夫ですか?」

そんな平助の言葉に、言い争いをしていた山南と歳三がに視線を向ける。―――と目に映った光景に、思わず2人は絶句した。

「お、おい!!?」

さん!?」

2人の視線の先には、青白い顔をしながらも砂糖まみれの納豆を口に運ぶの姿。

出された食べ物に感謝し、1つ残らず食べるべきだと百姓の子であった勇に幼い頃から言い聞かせられてきたは、例えそれがどのようなものだとしてもすべて食べるべきだと考えている。―――それ故の行動だったが、それはあまりにも危険すぎた。

「そこまで無理して食べなくても・・・」

「おい、吐き出せ!!」

器を離そうとしないから必死にそれを取り上げようとする山南と、口に含んでいる納豆を吐き出させようと背中を叩く歳三。

用意してもらった朝食を口に運ぶ平助は、顔色の悪いを心配そうに眺めている。

そしてそんな阿鼻相関図を見ていた左之助は、一生涯納豆を口にしないと己の心に強く誓った。

 

 

「これから伊東道場に?」

真剣な面持ちをした総司と平助を前に、永倉はそう聞き返した。

勇の人柄に惚れたと言う平助。―――その理由はさておき、以前から試衛館に移りたいと考えていた平助は、今朝の一件で更に気持ちが増していた。

しかし平助本人がそれを望んでいるとはいえ、事はそう簡単に運ばない。

今まで平助に剣術を教えてきた伊東道場が、そう易々とそれを認めてくれるとも思えない。

だからこそ、2人は橋渡しとして永倉の同行を求めた。

永倉に勇のフリをしてもらい、道場主自らが出向くほど平助を欲しいと直談判して欲しいとの事だった。

すべての話を聞き終わった後、永倉は難しい顔で2人を見据える。

「こういう場合は、堂々と正面から行くのが一番。あまり小細工はしないほうがいい」

キッパリとそう告げて、更に言葉を続ける。

「後見として立ち合う分には、喜んでお付き合いするが?」

申し出た永倉の言葉に、項垂れた様子の総司と平助。

そんな2人に、今まで気のない様子で寝転がって春画を眺めていた左之助が身体を起こして笑う。

「俺がやってやろうか?」

今までの説得はなんだったのかと、余計な口を挟んだ左之助を睨みつける永倉。

永倉の視線を受けて、左之助は軽く肩を竦めて見せた。

そんな2人の様子を眺めていたは、総司と平助の後ろから身を乗り出し、小さく首を傾げると左之助の方へ向かう。―――の突然の行動の意味に気づいた永倉は、の腕を強く握る事でその行動を止めた。

「・・・・・・?」

不思議そうに首を傾げるに、永倉は戸惑ったように視線を泳がせる。

「・・・何をするつもりだ?」

永倉の質問に、は左之助の周りに散らばっている紙に視線を向けた。

先ほどから、それがなんなのか気になっていた

やはりそうかと心の中だけで呟いて、永倉は更にの腕を掴む力を強める。

「・・・・・・どうした?」

「あれは、お前が見るようなものではない」

戸惑いを含んだ声色で言われ、は更に首を傾げた。

どうやら永倉はそれをには見せたくないようだ。―――しかし見るなと言われれば余計に見たくなるのが人間というもの。

案の定、も不服そうな顔を永倉に向け、そして興味心々といった様子で散らばる紙に視線を戻す。

永倉との遣り取りに気付いた左之助は、悪戯心に見せてやろうかと目論むが、それを見たの反応を想像して止めておいた。―――左之助も、には甘いのだ。

「永倉さん、お願いします」

「お願いします」

黙り込んでお互いの顔を見合わせていた総司と平助が、絶妙の間で永倉に頭を下げた。

話が元に戻った事に少しだけ安堵して、永倉は「心得た」と笑みを零す。

「して、道場主は誰でしたかな?」

先ほどまで浮かべていた戸惑いなど感じさせないほどの真剣な面持ちでそう問う永倉に、平助は背筋を正して永倉の顔を見返した。

「伊東大蔵先生です」

平助から伊東の情報を仕入れて、永倉・総司・平助・の4人は、一路伊東道場へ向かい試衛館を出た。

 

 

「話すまでもない」

伊東道場に出向き、伊東大蔵に事の次第を述べた後告げられた言葉は、取り付く島もないほどキッパリとしたモノだった。

「先生!」

僅かに身を乗り出し、悲壮な表情を浮かべて懇願する平助に、しかし伊東は冷たい眼差しを向けるのみ。

「道場を去るのは貴方の勝手だ。しかし他所の道場に移るのを認めるわけにはいかない。それが違う流派ともなれば言語道断である」

「そこを何とか!」

「・・・君は確か北辰一刀流の目録を得ていた筈だな。にも関わらず、別の流派を一から学ぼうというのか?」

「どうか、お願いします!」

一向に引こうとせず、更に強い口調で願い出る平助に、伊東は大きなため息を吐いた。

「この件に関しては、ここまで」

ピシャリと話を強引に終わらせて、最後に今までで一番冷たい視線を平助に投げかける。

そんな様子を平助の後ろで見ていたは、隣に座る永倉の着物の裾をこっそりと引っ張った。

チラリと向けられる永倉の目に、無言で訴える。

確かに伊東の言い分にも一理あるが、これでは平助があまりにも可哀想だ。

そんなの無言の言葉を察して、永倉は安心させるように1つ頷くと、名乗りを上げて前に座る平助や総司の更に前へと歩み出て居住いを正した。

「先生が北辰一刀流を、一から学ぶ前に教わった神道無念流で免許皆伝を受けております」

「つまらんことを言うな」

ピクリと反応を示して、伊東が永倉を睨みつける。

それに満足そうに微笑んだ永倉は、ある提案を突きつけた。

それは試衛館塾頭である総司と、伊東の隣に控える門弟とが試合を行い、総司が勝てば平助を試衛館道場に譲り受けるというもの。

出された案に、伊東は総司に目を向ける。

「君は塾頭なのか、その歳で?」

「はい!」

訝しげな目を向ける伊東に、総司は明るく頷く。

そんな総司の様子に、伊東は僅かに目を細める。

よほどの腕前なのか・・・それとも試衛館は余程の人材不足か。

探る伊東に、しかし永倉は余裕の笑みを浮かべて。

「ご自分の目で確かめて見てはいかがですか?」

挑むような永倉の目に、しばらくの間沈黙を守っていた伊東が傍らに控える門弟に声を掛けた。

「加納くん」

「・・・はい」

「相手をしてやりなさい」

静かな伊東の言葉に、加納は無言で頷く。

それにしてやったりと笑みを浮かべた総司は、そのままの笑顔で平助に視線を送った。

同じように総司を見た平助の顔は、どこか不安が拭いきれない。

そんな平助の着物の裾を引っ張って、振り返った平助には大丈夫だと言わんばかりににっこりと微笑んだ。

平助とて、総司の腕前は嫌というほどよく知っている。―――だからこそ、事が上手く運びすぎている事に不安が募るのだ。

着々と進められる試合の準備を眺めながら、平助は微かにため息を零す。

そしてそんな平助を見ていたは、視線を終始無言で動き回る総司たちを見詰めている伊東に移した。

冷たい眼差し。

彼の口から紡がれる言葉は、どれも冷たい色を帯びていて。

は無意識の内に僅かに身体を強張らせた。―――とても苦手だと、頭の片隅で認識する。

がそれを認識したと同時に、伊東が僅かに視線を動かした。

不意に交わった視線に、は微かに眉を寄せる。

「・・・・・・」

やはり無言でから視線を逸らした伊東が、何故か笑ったようにの目に映った。

 

 

勝負はなかなか決着がつかなかった。

さすが伊東が信頼を置くだけのことはあると、は総司を相手に怯む事無く攻撃を仕掛ける加納を見てそう思う。

ハラハラと試合を見守る平助は、落ち着かない様子で小さく身じろぎする。

その瞬間、総司の竹刀が加納の手を強く打ちつけた。

「それまで!!」

道場に響く永倉の力強い声に、平助が喜びの声を上げる。

総司と加納は改めて向き合い、そして審判を勤めていた永倉と共に伊東に向き直ると、深く一礼をする。

伊東は、ただ無言でその礼を見届けた。

 

 

試合の後片付けを終え、再び来た時と同じように上座に座る伊東と向き合うように座った試衛館一同に、伊東は変わらない静かな口調で口を開いた。

「よろしい。その男は、差し上げましょう」

「ありがとうございます!!」

「ただし・・・・・・代わりに君を頂く」

キッパリと告げられた言葉に、一同は目を見開いた。―――伊東の視線は、まっすぐ総司に向かっている。

「それは話が違う!!」

抗議の声を上げる平助を無視して、伊東は更に言葉を続けた。

「うちの加納を打ち負かした腕前、あっぱれである。今後は私の腕となり足となって、働いてもらう」

「ご冗談でしょう?」

戸惑ったように笑みを浮かべる総司に、伊東は立ち上がるとゆっくりとした足取りで歩み寄っていく。

「ここはただの町道場ではありません。いずれは、この伊東大蔵。門人を引き連れて京に上り、尊皇攘夷の為に一身を投げ打つつもり。その日のために、君のような若者を捜していた」

「そういうの、よく解らないですから。それに・・・人の名前も覚えられない方の下で働くつもりはありませんから」

近づく伊東を見据えて、総司はキッパリとそう言った。

あまりにも大胆な発言をした総司に、平助は思わず振り返る。―――自分が一度も名前を呼ばれたことがないと嘆いた事を、総司は覚えていたのだ。

しかし伊東はその言葉に怯んだ様子なく総司の前に屈みこむと、不敵な笑みを浮かべた。

「沖田総司」

伊東の口から出た名前に、全員が驚きに目を見開く。

人の名前を呼ぶなど至極当たり前なことだというのに、しかしそれを伊東がしたことに驚いた自分に、は更に驚く。―――短い時間といえど伊東という人間を見て、自分が彼をどう認識していたのかを思い知る。

「・・・忘れようか」

駄目押しとばかりに総司に笑みを向けた伊東は、しかし瞬時にその笑みを消して冷たい目を浮かべると、その視線を平助に向けて言った。

「お前・・・好きなところに行って良し」

告げられた言葉に、平助は打ちひしがれたような悲壮な表情を浮かべる。

望んでいた言葉だというのに・・・なのにそれを苦しいと思うのはおかしいだろうか?

決して短いとはいえない時を伊東道場で過ごし、けれど名前を覚えてすらもらえなかった自分。

それに比べて、会って間もない総司はしっかりと名前を覚えられ、更に必要とされている。

どうしてだろうか。

自分の、一体何が悪いと?

悲しみなのか、悔しさなのか解らない感情で渦巻く心を抑えようと必死になる平助の前に、突如誰かが身を乗り出した。

それは平助を庇うように伊東の前に進み出て、更に総司に詰め寄る伊東に手を伸ばす。

「・・・?」

・・・」

グッと力を込めて伊東の身体を押し返し、その突然の出来事に驚いた様子を見せる伊東をきつく睨みつける。

「何だ、お前は?」

頭上から降る冷たい声にも怯まず、は更に伊東を睨みつけた。

普段そう言った態度を見せないに、永倉と総司は驚く。―――それも初対面の相手に対してだというのだから、なおさらに。

睨み合うと伊東を見て、永倉が身を乗り出した。

「ちょっと待ってください。それでは筋が通りません」

咎めるような口調で訴えると、伊東はから視線を逸らして永倉を見据える。

そして一言。

「この話は、ここまで」

ピシャリと話を打ち切ると、反論は許さないとばかりにその場を立ち去ろうとする。

そんな伊東を引き止めたのは、他でもない彼の門弟だった。

「先生。少しばかり往生際が悪うございます」

「・・・・・・加納?」

加納の口から出た批難の言葉に、伊東は訝しげに眉を顰めた。

彼に異論はないはずだ。

強い者が身内になることに、賛成こそすれ反対などあるはずがないというのに。

そんな意を含む伊東の視線を受けて、加納は更に言葉を続けた。

「先生は、沖田君が試合に勝った暁には藤堂君を引き渡すと約束されました。約束は守るべきです」

最もな言葉に、伊東は何も言えず無言のまま加納に視線を向ける。

「ここは潔く藤堂君を引き渡しましょう」

「お願いします!」

宥めるような加納に次いで、永倉や平助・総司も頭を下げた。―――も不本意ではあるが頭を下げる。

そんな試衛館一同を目に映し、そして加納に視線を移して・・・伊東は小さくため息を吐くと、変わらない静かな口調で呟いた。

「形の上では、我が道場から貸し出すということにさせてもらいましょう」

聞こえて来た伊東の声に、平助と総司が驚いたように顔を上げた。―――伊東はそれを振り返らず、不機嫌だと言わんばかりの足取りでその場を去っていく。

「良かったな、平助!」

「はい!!」

何とか事が丸く収まったことを察して、2人は声を上げて喜んだ。

永倉は座ったまま伊東の背中を見送る加納に小さく頭を下げる。―――すると加納も、穏やかな笑みを浮かべながら会釈を返した。

はぼんやりと伊東の姿を見送って・・・すっかりその気配が感じられなくなった頃、漸く身体の力を抜いた。

向けられる鋭い視線に、何故か身動きが取れなかった。

それは恐怖ではなく・・・自身にもそれが何故なのかは解らない。

けれど向けられる伊東の眼差しが、それほど冷たいものではなかったことに、は気付いていた。

ホッと息を吐いて、はゆっくりと立ち上がると未だ座ったままの加納の下へと駆けていく。―――そしてその前にちょこんと座り込むと、何事かと不思議そうな表情を浮かべている加納に僅かに微笑みかけた。

「どうも、ありがとうございました」

丁寧に礼を告げて、深々と頭を下げる。

加納がいなければ、平助は試衛館に来る事が出来なかったかもしれない。―――それ以前に、もしかしたら無理やりにでも総司を拘束されていたかも。

そうなれば勇が黙ってはいないだろうけれど・・・できるだけ忙しい勇には面倒を掛けたくはなかったし、これ以上ややこしい事態になるのは御免だった。

深々と頭を下げたを見詰め、加納は穏やかに微笑む。

「いいえ。どうぞ、御気になさらず」

返って来た言葉に顔を上げたは、向けられる優しい眼差しに安堵し、漸くにっこりと微笑んだ。

 

 

試衛館に戻った4人は、入れ違いに勇は出て行ったと聞かされがっかりとする。

それでも周斎(周助)とふでに、新しい食客となった平助を紹介すると、ふでは怒り心頭といった風に声を荒げた。

そんなふでと彼女を宥める周斎を眺めて、は気付かれないようにひっそりとため息をつく。

丁寧に食客の為の部屋に案内する永倉と、それを嬉々として受ける平助。

そんな2人を睨みつけて、足を踏み鳴らしながらその場を去っていくふでを見送って、は困った様子で立ち尽くす周斎と視線を交わす。

多分、これ以上は増えないと思うから・・・―――という意を目に込めて周斎を見ると、前もそんな事を言っていただろうと暗に返される。

確かにそうなのだが、それは別にのせいではない。

例えが、平助が試衛館に来る事を嬉しく思っていたとしても、それはのせいではないのだ。

深くため息を吐く周斎に同情の眼差しを向けて・・・―――きっとふでの機嫌は、今までで最高に悪いだろう。

「がんばれ」

のその言葉が、周斎に届いたかどうかは定かではない。

けれど、これから周斎がふでのご機嫌取りをしなければならないことと、今回食客が増えた事だけは事実だった。

こうして、藤堂平助は無事、試衛館の食客となった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最初の納豆談義は、かなり趣味です。

そうでもしないと、今回の話から見て山南さんと接点がないので。

平助、結構好きです(というよりも『新撰組!』で嫌いなキャラってほとんどいないけど)。

あの情けない所とか、いつも貧乏くじ引いてる所とかたまりません(なんのこっちゃ)

登場人物が増えてきたので、なんだか勇との関わりが薄くなってきました(笑)

作成日 2004.7.8

更新日 2008.2.23

 

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