駅前で、を見かけた。

 

 

「みっちゃん、何見てんだ?―――あれ?あれってちゃんじゃん。おーい、ちゃ」

「ウルセェ、黙ってろ」

俺の見てる方向を見て、目ざとくを見つけた徳男を強制的に黙らせて、俺は遠目での様子を窺う。

中学生になった

子供の頃からテンションが低いのは変わらないが、中学生になってから更にそれが悪化したような気がする。

まぁ悪化したなんて言い方は人聞き悪く聞こえるか。―――別にテンションが低い事自体、悪いことでもねーし。

でもなぁ・・・、は友達と一緒にいても、傍目から見たらつまらなそうに見える。

本人にその自覚はないんだろうが、あくまで見た目だけで言えばそんな感じだ。

何でこんな風に育っちまったんだか・・・と心の中で独りごちて。

「みっちゃん、ちゃんに声掛けねぇのか?」

「・・・ああ。別にわざわざ声掛ける必要ねーだろうが。家に帰れば顔合わせるんだし」

「そりゃ、みっちゃんはそうだろうけど・・・」

不満そうにそう呟く徳男を横目に、俺はため息を一つ。

はどうしてだか、妙に俺の連れに受けがいい。

昔はともかく、今の俺の連れなんてはっきり言って柄の悪い奴らばかりだってのに・・・―――そんな奴らがには甘い顔を見せるのが、俺には少し不思議だった。

もしかすると、あの物怖じしない態度や言いたい事をズバッという性格が気に入られているのかもしれない。

けど、考えても見ろよ。

さっきも言ったが、俺の連れは柄の悪い奴らがほとんどだ。

俺も含めて、街中を歩けば大抵の奴らが俺たちを避けて通る。

別にその事自体どう思ってるわけでもねーが、そんな俺たちがに声を掛けたらどうなる?―――しかもは1人じゃなくて、友達と一緒にいるってのに。

俺がもし真面目な生徒で友達の兄貴がそんな奴だったら、はっきり言って深く関わりあいたくないと思うね。

だってそうだろ?

危ない事からは避けて通るこの時代、誰が好き好んでそんな面倒な奴と友達するかよ。

まぁ、アイツの友達の中でも一番仲の良い奈月ちゃんって女の子は、俺を見ても平然としてたけど。

『へ〜、のお兄ちゃんって不良なんだ。いまどきこんな不良っぽい不良も珍しいよね』なんて笑顔を浮かべながら言ってたっけ。

やっぱり類は友を呼ぶって奴なのか。

の友達続けるには、それくらい神経図太い奴じゃないと難しいのかもしれない。

母親だって、突然グレた俺を見て『思春期だね〜』なんて暢気に笑ってたくらいなんだから、遺伝子ってのは本当に怖いもんだ。

それはともかく、奈月ちゃんや母親は特殊な例として、普通の一般の奴らはそんな簡単にスルーしてくれるはずもない。

兄貴がこんな奴だって知られたら、だって学校で肩身の狭い思いをするかもしれない。

友達だって離れていくだろう。―――俺がグレた途端、離れて行った俺のダチたちみたいに。

それにしても、折角遊びに出てんだから、もうちょっと楽しそうに出来ないもんか?と思いながら遠目にの様子を窺っていると、なにやらその女子中学生の集団がこそこそと内緒話を始めた。

どうしたんだと僅かに首を傾げると、女子中学生の1人がへと何事かを耳打ちする。

そして一拍の後、顔を上げたと俺の視線がかち合ったような気がして、俺は勢い良く視線を逸らした。

ヤバイ、バレたかもしれねぇ。

こんなところで兄貴を見つけたら、流石のも困るだろう。

この状況では声を掛ける事も出来ず、だけど無視するわけにもいかず・・・。

ここはさっさと場所を移動する方が良いと判断した俺は、すぐさま徳男たちに声を掛けようと口を開いたが、しかし・・・。

「お兄ちゃん、こんなところで何やってんの?」

少し大きめに掛けられた声に、不覚にも俺の身体は硬直した。

おいおい、ちょっと待てよ。

俺が気を回して他人のフリしてやろうと思ってんのに、何であっさり声かけるんだよお前は。

ちょっとは周りを見てみろ。―――お前の友達がびっくりした顔してんのがお前には見えないのか?

「ねぇ、ちょっと!あれってもしかしてのお兄ちゃんなの?話に聞いてたのと違うんだけど・・・」

案の定、友達の1人が問い詰めるようにの腕を揺すりながら声を掛ける。

一体どんな話をしてたんだと思わず頬を引き攣らせながら尚も固まっていると、は動揺する友達など知らぬ様子で涼しい顔でさらりと言ってのけた。

「そうだよ、アレが私のお兄ちゃん。見た目はちょっとアレだけど、話した内容通りの人だよ。―――ま、今はちょっとグレてるけど」

なんでもない事のように言い切って、は引きまくる友人らを一瞥し・・・そうして漸く事態を理解したのか、納得した様子で友達に手を振ると俺の方へと近づいてきた。

「それでお兄ちゃん、こんなところで何やってんの?」

「それで、じゃねーよ。お前何考えてんだ」

遠くでの友達たちが、こそこそと内緒話をしている。

だというのに平然とした様子で声を掛けてくるを見下ろして、俺は苛立ち半分そう声を掛ける。

しかしは解っているのかいないのか、首を傾げてみせて。

「何って・・・なにが?」

「なにが?じゃねーよ。お前、明日学校どーすんだよ。折角俺が他人のフリしてやったってのに・・・」

俺自身がどうこう言われようと、それは構わない。―――まぁ、身から出た錆って奴だ。

だけどは違う。

には、惨めな思いなんてして欲しくなかった。

それが俺のせいであるのならば、なおさら。

しかしは睨みを利かせる俺を見上げて、小さくため息を吐き出して。

「そんなとこで気を遣うくらいなら、グレなきゃ良いのに・・・」

心底呆れたとでも言いたげな声色でそう告げて・・・―――そうしては俺を見上げて、微かに・・・本当に微かに笑って見せた。

「誰と付き合うのかなんて、私が自分で決めるよ。お兄ちゃんが気にする事じゃないし」

「お前なぁ・・・」

「お兄ちゃんだって、もう私の一部みたいなもんなんだから。それが嫌だっていうならしょうがないじゃない。―――別にそれほど親しい友達ってわけでもないし」

ケロリと本当に気にしてなさそうな様子で言い放つに、俺は呆気に取られる。

何でここまで割り切れるんだよ、コイツは。

何でこんなに淡白な性格してるんだ?

なんでこんな風に育っちまったんだか。―――いや、マジで。

色々と思うところはあったけど、本人が気にしてないんじゃ俺が気にしたってしょうがねぇ。

ま、はこう見えて意外と人望も厚いみたいだし、要領も良いし、本人が大丈夫って言うんだから大丈夫なんだろう。

それにコイツには奈月ちゃんっていう友達もいる。―――あの根性図太い子なら、周りがどうであれ左右される事もないだろう。

「ねぇ、お兄ちゃん」

そんな事をつらつらと考えてた俺に声が掛けられ、どうしたのかと視線を向ければ、そこにはさっきとは違う種類の笑みを浮かべたがいて。

「実は駅の向こうに新しいクレープ屋さんが出来たんだって。結構おいしいって評判で、一度食べに行ってみようって今日出てきたんだけど」

「・・・へ〜」

「でも結果的に駄目になっちゃったから、お兄ちゃんが責任もって連れてって。そして私に奢って」

「・・・おい」

一体何を言い出すかと思えば・・・!

思わず頬を引き攣らせる俺に、しかしは確信犯の笑みで一言。

「それでお兄ちゃんの罪悪感がチャラになるんだから、安いものでしょ」

全部見抜いた上での要求に、俺に断る方法があるのかどうか・・・。

「こんないかつい連中連れてったら、変な騒ぎになるんじゃねーの?」

「いいじゃない。それはそれで面白そうだし」

悔し紛れに言った言葉に返った来たのは、そんな動揺も戸惑いも欠片もない言葉で。

話を盗み聞きしてた徳男が嬉しそうに笑うのを横目に、俺はため息をもう一つ。

「・・・ったく、どうなっても知らねぇからな」

悔し紛れに一言そう付け加えて、その駅向こうのクレープ屋とやらに向かうべく踵を返す。

あの状況で。

たとえば他人のフリをしたって、誰もを責めたりはしないのに。

それでも平然と、それが当たり前のように声を掛けてきたの態度が、本当は少し・・・いや、かなり嬉しかったりもして。

そんな事、ぜったい口には出せねぇけど。

 

 

満足そうに笑顔を浮かべながら付いてくるの気配に、俺も口の端で微かに笑った。

 

 

ちなみに。

女の子で溢れ返っていた筈のクレープ屋は、俺たちの登場で瞬く間に閑散とした。

これって立派な営業妨害なんじゃねーか?

 

 

と僕と  ?

ちゃんは何食べる?何でも好きなの頼んでくれて構わないぜ)

(・・・そう?じゃあ・・・カフェラテで)

(クレープ食うんじゃねーのかよ)

 


スラムダンク。三井兄妹の過去の日常の一コマ。