「へぇ、そんな選手がいたんだ」

全国に向けて練習が続く中、ほんの僅かな休憩時間中に先日愛知に行った時の話を清田から聞いていた神は、彼の口から語られる男の話にそう相槌を打った。

彼の話だけでは要領を得ない部分もあったものの、清田の興奮気味の様子にその選手がどれほどインパクトが強かったのかは伝わってくる。

流石に全国には有力な選手がたくさんいるらしい。

もっともそんな事は改めて言われずとも解っていたし、勿論負ける気もないのだけれど。

「それにしたって、牧さんと2人で愛知か。緊張しなかったかい?」

身振り手振りでその時の様子を話す清田を微笑ましげに眺めながら、神はにっこりと笑顔を浮かべてそう問いかける。

牧自身は見た目とは裏腹にとっつきにくいタイプではないけれど、やはり彼は海南大付属バスケ部のトップに君臨する男なのだ。

他のバスケ部員たちからも、尊敬の眼差しを向けられている。

まぁ先輩の自分に物怖じせず話しかけてくる人懐こい清田の事だから、相手が牧であっても物怖じしたりはしないかもしれないが。

しかし問い掛けられた清田は、少し考え込む様子を見せてから改めて神に向かい口を開いた。

「でも、結局は牧さんと2人だけじゃなかったし・・・」

「・・・あれ?他にも一緒に行ったのかい?」

そんな話は聞いていなかったけれど・・・―――そんな思いで神が問い掛けると、清田は盛大に顔を顰めて。

「あの湘北の赤毛ザルがいたんですよ。駅前のパチンコ店の前にいたところ、偶然出くわして。アイツ金も持ってないくせに、俺たちについてきたんスよ」

どうやらまた桜木と喧嘩をしたらしいと、神は清田の様子を見ながら苦笑を浮かべる。

試合会場でも、2人はなにかと張り合っていた。―――きっと性格的に似たところがあるから、反発し合っているんだろう。

そんな事を清田に言えば機嫌を損ねるだけなので、あえて口には出さないが。

「ああ、それと駅前であいつと会ったっスよ。湘北のマネージャー」

「・・・湘北の?」

「そうそう、三井って人の妹の方。綺麗な顔してんのに、いっつも無表情でキッツイ言葉言う奴っス」

一緒に愛知に行ったを思い出して、清田は自分の表現に納得したように頷く。

本当に、もっと笑えば可愛いと思うのに・・・―――綺麗な顔して無表情だから、どことなく威圧感がある気がする。

だからといって、とっつきにくいというタイプでもないのだけれど。

そんな事を考えていた清田は気付かなかった。―――目の前の神の雰囲気が、僅かに変化した事に。

「・・・へぇ、ちゃんも一緒だったんだ」

「そうなんですよ。あの赤毛ザルが無理やり捕まえて・・・って、あれ?神さん、湘北のマネージャーと知り合いなん・・・」

神の小さな呟きに相槌を返した清田は、ふと浮かんだ疑問に神へと視線を向けた。―――そうして瞬時にして、彼の身体は硬直する。

「・・・じ、神さん?」

「どうしたんだい、信長」

にっこりと微笑まれて、清田の背筋に冷たいものが駆け抜ける。

どうしてだろう。

いつもと変わらない笑顔に見えるというのに、これほどまでに自分の第六感が危険を訴えるのは。

「でも折角なんだから、俺にも声かけてくれればよかったのに」

「・・・あ、いや。神さんも忙しいかと思って・・・」

「へぇ、気遣ってくれたんだ。信長にしては珍しいね」

朗らかに笑う神の目が、心なしか笑っていない気がするのは気のせいか。

一体何が、彼の怒りの琴線に触れたのだろう。

自分がしたのは、愛知へ行った事と、湘北の桜木との話だけだというのに・・・。

そうして清田はハッと思いつく。―――もしかして、彼が一番気にしているのは・・・。

もしそうだとすれば、今の清田に出来る事はない。

ただ静かに、嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。

「・・・あ、あのー・・・神さん?」

「そうだ。牧さんにもちょっと話を聞いてこようかな。―――じゃあね、信長」

「・・・はい」

清田の呼びかけを遮って、問答無用の笑顔を浮かべた神がさらりと爆弾発言を残して牧の方へと足を向ける。

すいません、牧さん。

俺にはもうどうしようもありません。

心の中でそう懺悔しつつ、最悪の状況から逃れられた己の身に清田はホッと安堵の息を吐き出した。

 

 

この犠牲で全てが終わりますか?

(・・・!)

(どうした、牧?)

(いや、今妙な寒気が・・・)

 


スラムダンク。

第21話の後日談、海南編。

なんとなく神がグレイな感じ。(どうしてだろう)