はぁ・・・と、望美は隠す事無く盛大にため息をついた。

六波羅で騒動に巻き込まれてから数日、未だに彼女たちの目的は果たせていない。

鞍馬山の結界は存在したまま、望美たちの行く手を阻んでいる。

唯一それを取り除く事が出来るだろう朔の兄・景時は、何か事情があるのかまだ一度も屋敷には戻って来てはいなかった。

捜し歩くものの、噂はあれど姿は無く。

無駄に怨霊との戦いは増え続け、数日前初めて京に来た時と比べれば、剣の腕だけは日々上がっていくような気がする。―――それを喜べばいいのか嘆けばいいのか、望美には判断しかねた。

あの騒動の日以来、六波羅で出会った少女・は、望美たちの身に危険が迫る度、約束通りその姿を現す。

けれどいくら願っても、が望美たちと行動を共にする事は無い。

いずれ、時が満ちればそれも成るだろう・・・と不可解な言葉を残し、そうして颯爽とその場を去って行く。

こうして身を守ってはくれるというのに、どこか距離を置かれている気がして、望美としてはなんだか寂しかった。

折角出来た、歳の近い朔以外初めての女友達なのに・・・と心の中で愚痴ってみても仕方がない。

「先輩、そんなに気を落とさないで。今度会った時はもっとちゃんと説得しましょう。俺も手伝いますから」

「・・・うん、そうだね」

譲の励ましにしっかりと頷いて、望美は心の中で強く決意する。

今度会ったら、その時は・・・―――そんな望美の想いを、広い京のどこかにいる少女は勿論知る由もないけれど。

 

う者

 

春の柔らかい日差しが降り注ぐ。

寒く厳しい冬を経て、全ての葉を散らした木々は少しづつ豊かな姿を取り戻していく。

ある木は、青々とした木々を纏い。

またある木は、薄い桃色の花を咲かせ。

その中の1つである下鴨神社の桜の木の中に、の姿はあった。

桜の花に埋もれるように、広く伸びた枝の上で寄り掛かり身を預けているの瞳は、今は堅く閉じられている。

しかし眠っているわけでは勿論ない。

こうして意識を集中させ、京に漂う気の流れを読んでいるのだ。―――そんな嘘のような能力を、は確かに持っていた。

そしてその能力を使い、は望美たちを助けている。

気の乱れを感じれば様子見に行き、危険が迫っていればそれを退ける。

それもこれも全て、彼の為だというのに。

「・・・まだ出逢わぬ、か」

未だ遠い邂逅の時に、は閉じていた瞳を薄く開くとそっとため息を零した。

龍神の神子が京に召喚されてから、早くも数日が過ぎている。

勿論リズヴァーンにはリズヴァーンの考えがあるのだろうが、それでも全くの展開の無さに呆れてしまうのも仕方が無かった。

会いたいのならば早く会いに行けば良いものを・・・と心の内でひっそりと零すが、それを直接本人に告げる事はしない。

それをしたくとも出来ない者もいるのだという事を、彼女は知っている。―――即断即決、思い立ったら即行動を地で行くには、理解は出来なかったが。

そういえばこの男もそういうタイプだったなと、は目だけで周囲の様子を窺い、そうして呆れた様子で口を開いた。

「そんな所で何をしている。私に用があるのならば、隠れていないで出て来れば良いだろう・・・ヒノエ」

さわさわと緩やかな風に吹かれ、桃色の花びらが宙を舞う。

そんな幻想的な風景の中、ひっそりと桜の木の影に潜んでいた赤い髪の青年は、苦笑を漏らしつつの要求通りその姿を現した。

「やれやれ、どうして姫君には俺の気配が解るのかな?上手く気配は消しているつもりだったんだけどね」

軽く肩を竦めての登っている木を見上げたヒノエに、少女もまた呆れたようにため息を吐いて見せる。

「何度も言っているだろう。私はお前の気配を読み取る事が出来る。―――たとえお前がどれほど上手く気配を殺していたとしても、だ」

「ふふふ、それは姫君なりの俺への愛情と取っても構わないのかい?」

「・・・好きにすれば良いさ」

ヒノエの艶やかな眼差しさえもサラリと流して、は何でもない事のようにあっさりとそう言葉を返す。

いつもいつもそうだ。

誰もが頬を赤らめるヒノエの艶やかな眼差しにも甘い言葉にも、目の前の少女は何の反応も示さない。

今までヒノエが望むような反応が返って来た事など一度もない。

その可愛げの無いと言っても差し支えない態度の少女を、しかしヒノエは殊更に気に入っていた。

本来の彼ならば、決して興味を引かなかった筈の相手。

そもそも初めて出逢った時は、に対してそれほどの興味も執着も有りはしなかった。

しかし何時からだろうか?―――そんな少女が他の誰よりも自分を惹き付けていると自覚したのは。

まるで姫君らしくない姫君。

その生い立ちも、その行動も。

けれどそれが彼女の一番の魅力である事も、確か。

そんな事を再認識し、クスクスと突然笑みを零したヒノエを、は訝しげに視線を寄越した。

「どうした?」

「ん?なんだい、姫君。俺の事が気になるのかい?」

「ああ」

訝しげに問い掛けるに向かい、ヒノエは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう返す。―――ほんの少しからかってやろうと思っただけなのに、実際に驚かされたのは謀ったヒノエの方だった。

はっきりと返って来た肯定に、思わず目を丸くして木の上のを見上げる。

しかしの表情は先ほどと何ら変化は無い。

それを確認して、ヒノエは解ってはいたけれどと心の中だけで呟きため息を吐いた。

もっと色めいた雰囲気を期待していたのだけれど・・・―――どうやら相手が悪すぎたらしい。

は偽りを口にしない。

それがどのような事であったとしても、彼女は思った事をそのまま言葉にする。

今回の事も、勿論深い意味などにはない事はヒノエにだって解っていた。―――解ってはいたが・・・ほんの少し期待してしまっていても、誰も責められないだろう。

は相変わらず、俺の心を乱すのが上手だね」

「・・・・・・?」

「まったく、本当に罪な姫君だよ。こうやって俺の心を掴んで離さないんだからさ」

「意味が解らない」

歌うように甘い言葉を囁くヒノエを見下ろして、はしっかりと眉間に皺を刻み、小さく首を傾げて呟いた。

本当に意味が解らないらしい。

その常には見せない仕草が意外に可愛らしくて、ヒノエは満足そうに微笑んだ。

「時に姫君。つい先日、六波羅で君を見たよ。ずいぶんと派手に暴れていたようだね」

いい加減見上げているのが辛くなり、ヒノエは視線を咲き誇る桜の花へと映しながら、のいる桜の木の幹に寄りかかる。

今思い出しても、あの出来事は見ごたえがあったとヒノエは1人ごちる。

京に現れたという龍神の神子の姿を確かめようと六波羅にいたヒノエは、そこで目的である望美の姿を人々に紛れながら眺めていた。

数人の男女に囲まれて・・・その中に見知った顔があった事はこの際忘れるとして。

チラリと垣間見た龍神の神子は、予想に反してごく普通の女の子のようにヒノエの目には映った。

帯剣してはいるものの、刀を振るって戦うようには見えない、普通の少女。

あんな女の子が龍神の神子だと言うのだろうか?―――あの、押せば倒れてしまいそうな少女が。

そんな印象を抱きながらもジッと龍神の神子を観察していたヒノエは、突然起きた盗賊騒ぎと、それに巻き込まれる龍神の神子との遣り取りを興味深げに見詰める。

とうとう役人たちに取り囲まれてしまった時は、さてこの状況からどう逃げ果せるのかと期待も抱いたが、まさかそこにが姿を現すとは思ってもいなかった。

と龍神の神子とは、何の関係も無い筈だ。

ヒノエの知る限り、その筈だ。―――しかしあまり目立つ事を好まないが何の理由も無く、これほどにも注目を浴びるだろう行動を取るとも思えない。

更に面白い方へと展開を見せる龍神の神子の動向に、ヒノエの感心も自然と高まっていった。

しかしには、そんなヒノエの心情など読めていないらしい。―――更に深く眉間に皺を刻んで、理解不能だと言わんばかりの表情を浮かべる。

「私は暴れてなどいない」

「そうかな?あれは十分に『暴れている』部類に入ると思うけど?」

何せ京一と噂される盗賊に突然切りかかったのだ。―――役人の参戦によりそれ以上の争いには発展しなかったが、あんな街中で剣を交えれば暴れていると取られても可笑しくない。

まぁ、があの場であんな行動に出た理由も、ヒノエにしてみれば解らなくは無いけれど。

それにしても大胆とはまさにこの事だ。

本人がそれを自覚していないところが、却って問題なのかもしれない。―――放っておいたら、またこの少女は同じ事を繰り返すかもしれないのだから。

今まで目の当りにして来た数々の光景を思い返し、ヒノエはそっと小さくため息を零した。

の剣の腕前は、ヒノエも勿論知っている。

男でも女でも、彼女以上に鋭い剣捌きと速さを持つ剣士を見た事がない。

駆け抜けるその姿はまさに疾風の如く、刀を振るう姿は舞いの如く。

それは美しいと表現しても差し支えないほど、洗練されたもの。

けれどだからといって、彼女が絶対に負けないという保証は無い。―――この広い世の中で、彼女以上の腕を持つ者もいるだろう。

周りを囲まれてしまえば、いくら強いとはいえ無事でいられるとは限らない。

しかし己を省みないは、例えば己の目的の為ならば、躊躇い無くそんな状況に足を踏み入れるだろう事は明確である。

出来れば・・・否、絶対にそんな姿は見たくない。―――傷付き、倒れる姿など。

「いいかい、姫君。君を恋い慕うこの愚かな男を哀れだと思うのなら、くれぐれも無茶はしないでくれよ?」

けれどそんなを説得できるとも、ヒノエは思っていない。

だからこうして、無駄だとは思いつつも牽制くらいはしておかなければ。

そんな事を考えながらそう声を掛けたヒノエに対し、しかしは少しも気にした様子無くひらひらと舞い落ちる桜の花びらを視線で追う。

「私は無茶はしない。己の分はわきまえているつもりだ」

一番気にして欲しかったところをあっさりと流され、返って来た言葉にヒノエは気付かれない程度に肩を落とした。

これだけ綺麗に無視されると、解っていてわざとしているのではないかという疑問も湧き上がってくるが、に限ってそれは無い事は重々承知している。

再び見上げた桜の花びらに包まれるように存在するは、しかし自分を見上げるヒノエの視線に気付いているのかいないのか・・・―――ボンヤリと遠いどこかを見詰めている。

それにふうとため息を吐き出し、そうして更に言葉を投げかけようとしたその時、その対象であるが弾かれたようにあらぬ方向を振り返った。

今までの無表情ではなく、ほんの少しだけ目を見開いて。

「・・・結界が破られたか」

「結界?」

「・・・いや、なんでもない」

ボソリと小さな呟きを取り零す事無く聞き咎めたヒノエがそう問い掛けるも、既にいつも通りの様子を取り戻したは、ゆっくりと身を起こし木の枝に腰掛けたまま足を宙に投げ出す。

そうして訝しげに見上げるヒノエを静かに見下ろして、フワリとまるで飛ぶように木の枝から身を投げ出し、次の瞬間、音もなくヒノエの傍らに着地した。

「ヒノエ。私は用が出来たのでもう行く」

「・・・やれやれ。相変わらずは忙しいね。折角こうして会えたってのに、もう別れなきゃいけないなんてさ」

「私に何か用でもあったのか?」

「用がなきゃ、会いに来ちゃいけないのかい?・・・薄情だねぇ、俺の姫君は」

ヒラヒラと手を振って肩を竦めるヒノエを不可解な生物を見るような眼差しで見詰め、はどう判断したのか首を軽く振ると、何も言わずに踵を返した。

いつもいつも思う事なのだけれど・・・―――にとっては、ヒノエという人間の考えている事が解らない。

突然フラリと目の前の現れたかと思えば、自分には理解不能な言葉を告げ去って行く。

そこにどんな意味があるのか、もしくは何も意味などありはしないのか、それすらもには解らない。

それでもがこうしてヒノエと短い時間を過ごしているのは、からかうような言葉を投げかけては来ても、ヒノエの言動がそれほど嫌だとは感じないからだ。

ふわふわとした、まるで雲のような・・・綿菓子のような形のはっきりしない言葉のその奥に含まれている想いを、ちゃんと汲み取る事が出来ているからだ。

その場を去ろうと歩みを進めていたは唐突に立ち止まり、そうしてゆっくりと振り返る。―――思っていた通り、ヒノエの姿はまだそこにあった。

先ほどよりも更に距離の開いたそこに立つヒノエの口元には、常の彼らしく悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

どうしたんだい?と目だけで問い掛けてくるヒノエの眼差しを見返して、はフワリと微笑んだ。

「お前が私の身を案じてくれているのはよく解った。なるべく気をつけると約束しよう」

「・・・・・・」

「ではな」

短い別れの言葉を残して、今度こそはその場から去って行った。

少しづつ小さくなっていくの背中をずっと見詰めながら、ヒノエは堪えきれないと言わんばかりにくつくつと笑みを零し・・・それはやがて大きな波となって、ヒノエは腹を抱えて大きな声で笑った。

これだから、離れられないのだ。

口説き文句をどれほど無視されようと、どれほど愛想が悪かろうと。

は至極あっさりと、相手の心の奥の・・・言葉の裏の意味を察する。

それは計算されたものではなく、おそらく本能のようなもの。―――自覚無く返って来る言葉の深さに、おそらく彼女は気付いていない。

そうしてごくたまに見せる、柔らかい笑顔。

普段のほとんどが無表情なだけに、それは何倍もの威力を持って襲ってくる。

「今回も、俺の負けか・・・」

クスクスと笑みを零しながら、決して残念そうではない口調でそう呟くと、ヒノエは今を盛りに咲き誇る桃色の花弁を静かに見上げた。

「ま、今日はこの桜を一緒に見れただけで良しとするか」

自分自身を納得させるように呟いて、ヒノエは満足げに目を閉じる。

瞼の裏に浮かぶのは、先ほどのの柔らかな笑顔。

それに思いの他幸せな気分に浸っている自分を思わず自嘲し、しばらくの間1人だけの花見を楽しんだ。

 

 

「大丈夫ですか、先輩?」

思わず吐き出したため息をしっかりと聞き止めた譲に心配そうに声を掛けられ、望美は慌てて顔の前で両手をパタパタと振った。

「大丈夫だよ、譲くん。ちょっと色々あって疲れただけだから」

「・・・そうですね。本当に今日は色々な事がありましたから」

困ったように微笑む望美に釣られて微笑んだ譲は、その今日起こった『色々な事』の当事者たちを横目で見詰め、知らず知らず小さくため息を零す。

折角苦労して景時を探し出し、鬼の住むという鞍馬山へ行ったものの、そこに目的の人物の姿は無く。

ここ数日の苦労は一体なんだったんだと思わず漏れそうな愚痴をなんとか飲み込み、結果望美は1人で必死に鍛錬を続け、ついにその成果を見せる時が来てしまった。

そして望美は長岡天満宮での怨霊との戦いで活路を見出し、何とか課題の花断ちを会得して、九郎に彼女の実力と・・・そして戦への同行を許可させる事に成功したのだ。

望美と九郎の剣の師であり八葉でもあるリズヴァーンも力を貸す事を約束し、本当に漸く望美たちは異世界に飛ばされてから一段落つけたような気がした。

現れた怨霊も何とか封印し、思わずホッと気が緩んで・・・―――今まで頑張って来た望美が思わずため息を零しても、それは仕方の無い事なのかもしれない。

「それじゃ、今日はもう屋敷に帰りましょう。望美も疲れたでしょう?」

「うん、そうだね。なんだかちょっとだけ疲れたかも」

少し疲れを見せる望美を気遣う朔におどけたように笑って、望美たちは京邸へ帰る為に神泉苑を後にした。

つい先日まで焦燥を抱きながら駆け回っていた京の町を、今は穏やかな気持ちで歩む。

隣を歩く朔と白龍と他愛もない会話をしながら京邸への道を辿っていた望美は、不意に耳に届いた九郎の間の抜けた声に揃って後ろを振り返った。

「・・・どうしたの、九郎さん」

「あ、いや・・・」

ポカリと口をあけて、驚き・・・というよりも、己の失態を悔やむような複雑な表情を浮かべる九郎を見詰め、望美と朔は揃って首を傾げる。

しかし九郎はそんな望美たちの視線に気付いた様子も無く、一拍後にその表情を真面目なそれに変えて、真っ直ぐにリズヴァーンを見詰めた。

「先生。そういえば・・・あいつは今、どうしているんですか?その・・・放っておいて良いんですか?」

「・・・あいつ、って誰ですか?」

九郎の質問に、弁慶が穏やかな笑みのまま不思議そうに首を傾げた。

元々リズヴァーンと面識のある者は、この場では九郎しかいない。―――九郎と古い付き合いである弁慶でさえも、話に聞いた事はあってもリズヴァーンに会った事は一度もない。

九郎の口ぶりからするに、その『あいつ』というのはリズヴァーンの関係者であり、また九郎にとってもその存在は大きなものなのだろう。

目で説明を促す弁慶の視線に九郎は暫し躊躇った後、渋々と言った様子で重い口を開いた。

「あいつは・・・先生の弟子で、俺の姉弟子に当たる。確か俺より3つほど歳が下だったと思うが・・・俺が先生の元へ弟子入りした時は、すでにあいつは先生の下にいた」

「兄弟弟子、ですか」

「そうだ。あいつは幼い頃、彷徨っていたところを先生に拾われたらしい。それ以後先生の下で剣を学びつつ、共に暮らしている」

「へぇ〜。リズ先生と一緒に暮らしてるんだ」

九郎の説明に、景時が感心したように声を上げた。―――彼にとっては、気難しいリズヴァーンと共に暮らすという人物は相当興味深いらしい。

「今も一緒に暮らしてらっしゃるんですか?」

「そうだ」

景時と同じく、意外だという思いを滲ませながら、譲はリズヴァーンに視線を移す。

元々あまり生活感を感じさせないリズヴァーンを見ていると、その人物がどういう人なのか想像がつかない。

がしかし、ここで問題が1つ。

その問題を素早く認識した望美が、慌ててリズヴァーンを見返した。

「だったら、先生!早くその人を迎えに行ってあげないと!何にも言わずに先生がいなくなっちゃったら、きっとその人すごく心配しますよ!!」

リズヴァーンと共に暮らしていたという者がどのような人物なのかは想像もつかないが、これから先望美たちと行動を共にするのならば、リズヴァーンはしばらくは鞍馬の庵には戻れないだろう。

突然何の連絡も無く共に暮らす者が戻って来ないとなれば、いくらなんでも心配するに決まっている。

ここは一刻も早く迎えに行き、事情を説明しなければ。

九郎の話によると、その人物は剣の腕も確かだというし、望美としても強い人が増えるのは心強い。―――九郎にとっても反対するべくもなかった。

「そうです、先生。いくらあいつとはいえ、先生が戻って来なければ心配するに決まっています。ええ、きっと・・・・・・いえ、多分」

最初は勢い良かった九郎の声も、話し出す内にどんどんと弱々しく自信なさげになって行く。―――こんなにもあからさまに九郎の心配を煽るような人物とはどんな人なのだろうと譲は乾いた笑みを口元へ貼り付けた。

しかしそんな譲とは対照的に、望美は他人事のように場を静観しているリズヴァーンへ必死に言い募る。

「そうですよ、先生!一緒に暮らしてるんだもの、九郎さんの言う通り、絶対心配するに決まってます!一緒に暮らして・・・・・・って、あれ?」

「どうしたの、神子?」

何となく違和感を感じて首を傾げた望美を見上げ、白龍も不思議そうに首を傾げる。

なんか最近、似たような会話をしたような・・・。

そんな気がとてもするのだけれど、生憎とその会話をどこで誰としたのかが思い出せない。

もう、すぐそこまで・・・喉元まで出掛かっているのに。

そんな事を考えながらなにやら唸っている望美を静かに見詰め、そうしてリズヴァーンはゆっくりと辺りを見回してから、いつも通りの無表情でポツリと言った。

「心配する必要などない」

抑揚の無い声で、しかしキッパリとした宣言に、一同は揃って訝しげに眉を寄せる。

「先生。確かにあいつはあまり物事に動じる方ではないが・・・。それでもやはり心配くらいはすると思います。あいつはそんな薄情な奴では・・・」

「そうではない」

先ほどまで自信なさげに言葉を紡いでいた九郎がそう反論すると、やはり動じた様子無くリズヴァーンは静かに首を横に振る。

「もうこの場にいる故、心配する必要などないだろう?」

「・・・え?」

諭すように言われ、思わず九郎は軽く目を開く。

すぐさまその言葉の意味を理解し辺りを見回すも、それらしき姿は無い。―――それに改めてリズヴァーンに視線を戻すと、彼は小さく吐息のようなため息を吐き出した。

「そこにいるのだろう。隠れる必要はない、出て来なさい」

静かな・・・けれど有無を言わさぬその声色が響いたと同時に、ガサリとどこかで葉の鳴る音が響く。

次の瞬間一行の前に軽やかに舞い降りた1人の少女に、望美は思わずその人物の名を口にした。

さん!?」

「久しぶりだな、龍神の神子」

「いや・・・久しぶりっていうか、数日前にも会ったと思いますけど」

律儀に突っ込みを入れる望美をサラリと無視して、はヒタリとリズヴァーンを見詰める。

「漸く相間見えたか」

「そうだな」

ほんの少し呆れを滲ませたの声に、しかしリズヴァーンは変わらぬ様子でそう答える。

何となく会話が噛み合っていない気がしないでもないが、そんな事を気にするような2人ではない。―――相変わらず無表情を保つリズヴァーンを見詰めて、は微かに笑みを浮かべた。

「いかにも回りくどいお前らしい。ならば・・・」

そう言ってゆっくりと望美の顔を、そして彼女の傍に立つ者たちの顔を見回して。

ふとある場所に目を留めたは、ほんの少しだけ目元を緩ませ僅かに首を傾げる。

「お前もいたか、景時」

「ぅえ!?あ、ああうん、さっきからいたんだけど・・・」

戸惑ったように受け答えする景時に、望美は驚きに思わず目を見開く。

まさか景時がと知り合いだとは思ってもいなかった。

それは九郎も朔も同じなのだろう。―――2人揃って景時に鋭い視線を送る。

「兄上!と顔見知りなのですか!?」

「景時、どういう事だ!?何故お前がと面識がある!?」

「ちょ、ちょっと待ってよ、2人とも。説明するから落ち着いて!!」

詰め寄る2人に慌てながら、景時はパタパタと慌ただしく手を振る。―――その様子に貴方の方が落ち着きなさいと弁慶が零すけれど、生憎と3人に耳には届いていなかった。

「実はね、知り合ったのはずいぶんと昔なんだ。ちょっと仕事で京に来た時、偶然会ったんだよ」

「偶然?」

「そ!それから・・・まあ、頻繁にじゃないけど、ちょこちょこ顔合わせるようになって」

「・・・ちょこちょこ?」

しどろもどろととの出会いを説明する景時に、朔は素直に納得する。―――自分の兄が頼朝の命令で各地を飛び回っているのは事実だ。

何時の間にこんな綺麗な子と知り合ったのかと・・・そしてお世辞にもあまり人付き合いが上手そうではないとどういう知り合いなのかと最初は驚いていたが。

朔がそう疑惑を抱くほど、彼女の目から見ては景時に気を許しているように見えた。

妹が素直に納得してくれた事を察した景時は、思わずホッと安堵の息を吐いた。―――しかし彼は、九郎の目が更に厳しくなって来ている事に気付いている。

九郎の言動から推測すると、彼が師であるリズヴァーンの元を離れてからは、とはほとんど顔を合わせてはいないのだろう。

なのにどうして何の接点もないはずのお前がそんなにもと親しげなんだと、おそらく九郎はそう思っているに違いない。―――と会っていたのなら何故教えてくれなかったんだ、という非難も混ざっていそうだ。

景時としても、言い分はある。

何せ彼はと九郎が知り合いなのだという事を、知らなかったのだから。

別に隠すような事ではないのだから、知っていたのなら話のついでにでも話題が上るだろう。―――という人間について全く知らないとは言わないが、それでもの口から九郎という名前が出て来た事は、残念ながら一度もなかった。

しかしそれを言っても九郎が納得しないのは目に見えている。

だから景時は話の矛先をへと向けた。

ちゃ〜ん!ちゃんからも九郎に何とか言ってやってよ」

唐突に自分に向けられた影時の情けない声に、は訝しげに眉を寄せる。

そうして不機嫌さを隠そうともしない九郎に目を向けて、一言。

「九郎、お前もいたのか」

ピタリ、と九郎の動きが止まる。

そうして一拍後、弾かれたように自分へと詰め寄る九郎をスルリと避けて、は飄々とした表情で九郎を見詰めた。

「さっきからずっといただろう!薄情な奴だな、お前は!!」

「冗談だ。そんなに怒るな」

顔を真っ赤にして怒鳴る九郎をそのままに、は視線を望美へと移した。

突然視線を向けられた望美は少しだけ身体を強張らせ、真っ直ぐに注がれるの眼差しを受け止める。―――自分は何を言われるのだろうと、そんな事を考えた。

の真っ直ぐに注がれる眼差しは、心地良さを生むと同時に落ちつかない気持ちにもさせた。

それはまるで全てを見透かされているような気がするからかもしれない。

「時は満ちた。今こそお前の望みを聞こう。神子、お前は何を望む?」

「・・・え?」

一瞬言われた言葉の意味が理解できず、望美は目を丸くしてを見返した。

しかし続く言葉はなく、はただ無言で自分を見詰めるのみ。

望美はゆっくりと言われた言葉を心の中で繰り返して、そうして彼女の言いたい事を察し思わず一歩へと歩み寄る。

さん。もしかして・・・一緒に来てくれるの!?」

「それが、お前の望みならば」

今までどれほど説得を試みても聞けなかった肯定を聞いて、望美はパッと笑顔を浮かべた。

の言う『時は満ちた』という言葉の意味は未だによく解らないけれど、が一緒に来てくれる事を承諾してくれただけで望美は嬉しかった。

「じゃあ、私の事は望美って呼んで。私もって呼ぶから!」

「了解した。お前がそう望むのならば、私はそれに従おう」

花が綻んだように微笑む望美を見詰めて、もまたやんわりと微笑む。

そんな2人を離れて眺めながら、リズヴァーンも気付かれる事無くマスクの下で微かに微笑んだ。

こうして様々な問題を経て、望美は新たな八葉と1人の少女を仲間に加えた。

未だにぎゃあぎゃあと騒ぐ九郎と、それを泣きそうな声で宥める景時を見詰めて。

これから騒がしくなりそうだと、1人蚊帳の外にいた弁慶は笑みと共にため息を吐いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

グダグダ、だらだらと続く第3話目。

もはや何を書きたいのかも解らなくなってきました。(ダメダメ)

一応この先しばらくは出番の無いヒノエと、そして今のところ影の薄い景時を絡ませようと思ったのですが・・・。(汗)

というか、主人公の立場上リズヴァーンが絡んでも良さそうなのに・・・まぁ彼の性質上難しいのかもしれませんが。(他人事のように)

作成日 2006.4.28

更新日 2008.9.1

 

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