本日最後の授業終了のチャイムが鳴る。

それを合図に各々が楽しげに会話を交わしつつ帰り支度を始めるのを目の端に映しながら、はカチリと音を立てて二つ折りの携帯を開けた。

そこにはたくさんのメールが届いている旨を知らせるメッセージ。

その中に見慣れた名前を見つけて、はやんわりと微笑んだ。

『誕生日おめでとう。今度帰ってきたら改めてお祝いしよな』

和葉からのメッセージに、は苦笑いを零す。―――自分だって、誕生日なのにと。

、いるー?」

さてなんと返信しようかと思考を巡らせたところでそんなお呼びがかかり、はグルリと視界を巡らせる。

そうして視線を定めたそこには、見知った顔の少女がこちらに向かい手を振っていた。

クラスは違うが、寮で部屋が近く、それが縁で仲良くなった少女だ。―――どことなく雰囲気が和葉に似ていて、は妙な親近感を覚えていた。

お互いクラスに友達がいるため、わざわざ教室まで会いに来る事など今までなかったのだけれど。

「・・・どうしたん、教室に来るなんて」

「まー、いいからいいから」

不思議そうな表情を浮かべるを他所に、少女は屈託のない笑顔を浮かべて。

「誕生日おめでとー!」

教室に響き渡るほどの声でそう言った少女は、言葉と同時に隠し持っていただろうプレゼントを差し出す。

それに何事かとこちらに集まる視線に気付き、は慌てて少女から差し出されたプレゼントを受け取った。

「ちょっと、声大きいって!」

「いいじゃん、折角の誕生日なんだし」

「そういう問題ちゃうって・・・!」

慌てるとは対照的にけろっとした様子の少女を恨めしく思いながらも、は自分の手の中にある小さな箱を見下ろす。

東京に来てから、誰かに誕生日を教えた事はない。

彼女がどうしての誕生日を知ったのかはわからないが、祝ってもらえるとは思っていなかった分、嬉しさも大きくて。

「・・・でも、ありがとう」

気恥ずかしさと感謝の混ざった声色でそう礼を告げると、少女は嬉しそうに笑う。

それにがつられて笑みを浮かべたその時だった。

「お礼は後。それは前菜みたいなものだから」

「・・・前菜?」

さらりと告げられた言葉に、先ほどまで笑顔を浮かべていたが訝しげな表情を浮かべる。

それを見てニヤリと口角を上げた少女は、スッとの耳元へと顔を寄せ、囁くように呟いた。

「どうせいっつも校門の前で待ってる彼氏にも教えてなかったりするんでしょ?ちゃ〜んと教えておいてあげたから、今日はゆっくりラブラブしておいで」

「なっ・・・!」

予想もしなかった言葉に、は思わず絶句する。

どうしてそういう展開になるのか。―――そう言いたげな視線を向けるを認めて、少女は何を誤解したのか微笑ましげに頬を緩めた。

「やっぱり言ってなかったんだ。彼氏に言った時、驚いたような反応したからそうじゃないかと思ったんだよね」

「・・・なんで」

「確かに自分からは言いづらいかもしれないけどさ。誕生日なんて1年に1度しかない大イベントなんだから、2人で楽しまなくちゃ!」

まるで自分の事のように楽しそうに笑う少女を見て、は諦めたようにがっくりと肩を落とした。

これ以上何を言っても無駄だと察したのだ。―――そもそももう教えてしまっているのなら、ここで何を言ってもそれこそ無駄なのだけれど。

そうしては今もまだ嬉しそうに何事かを話し続ける友人から視線を逸らして、窓の外へを見やる。

彼女からそれを聞いたのであれば、白馬は間違いなく何らかの行動に出るだろう。

相手が誰だという以前に、普段から会う人の誕生日を知っていて、何事もなく振舞うような人間ではない。

それこそクリスマスにわざわざ会いに来るくらいなのだ。

「・・・はぁ」

自分の想像に、は思わず深いため息を零す。

別に誕生日を祝われるのはいい。

それは本当にありがたい事だと思っている。

故郷を出て、誰も知り合いのいない場所に来てまで誕生日を祝ってもらえるなど、考えてみれば幸せな事だろう。―――通常ならば。

では何故がこんなに憂鬱な気分を抱いているのかといえば、それはその祝われ方に他ならない。

これまでの言動から、彼が海外の風習を好んでいるのはよく解る。

だからこそ、日本人ではやりそうにもないような祝い方をするのではないかと危惧しているのだ。

それに加え、白馬は非常に目立つ存在だ。

それをいつものように校門の前でされるのかと思うと、申し訳ないとは思うが嬉しいを通り越して憂鬱に成ってしまうのも仕方がない気がした。

「・・・余計な事しよって」

今もまだ楽しげに話し続ける少女をチラリと視界の端に映し、は小さく呟きながらため息を吐き出した。

 

 

「・・・あれ?」

しかしそんなの杞憂は、本当にまったく必要のないものだったのだと友人の小さな呟きが証明していた。

下校時刻で人が多い校門に、しかし頻繁に見かけるその姿はどこにもない。

「あれ〜?」

眉間に皺を寄せ、大きく首を捻って疑問と不満を露わにする少女の隣で、もまた呆気に取られたようにその場に立ち尽くした。

そんな2人を訝しげに眺めながら校門を出て行く生徒たちのその視線にハッと我に返ったは、今もまだ首を傾げている少女をチラリと見やり、小さくため息を吐き出して。

「・・・だから言うたやろ。別に私と白馬くんは恋人でもなんでもないんやから、わざわざ来る理由なんかないやろ」

本人に自覚はないが、幾分かトーンの下がった声に気付いた少女は気まずげに表情を歪める。

まさかこんな展開が待っていようとは思っていなかった。

誕生日を教えてやれば、彼ならば間違いなく祝いに来るとそう思ったのだ。

は一見素っ気なくクールに見えるが、実はただ単に照れ屋なだけなのだ。

それが解っている少女は、きっと本人からは言えないだろうとそう思った。―――滅多に会えない他校の彼氏(といいつつ姿を見かける回数は決して少なくはないけれど)と誕生日に会えれば嬉しいだろうと、気を利かせたつもりだったのだけれど。

「・・・ごめん、。私・・・」

「だから謝らんといて。何回も言うけど別に私と白馬くんは恋人同士でもないし、誕生日を祝ってもらうような間柄ちゃうんやから」

「・・・片思いだったんだ」

「だから違うって」

見て解るほど肩を落としてうな垂れている少女のとんでもない誤解に呆れ混じりに訂正を入れて、はなんでもない風に笑って見せた。

「ほら、あんたは部活があるんやろ?私は帰るから」

「・・・うん。帰ったら誕生日パーティしようね」

「だからええって言うてんのに・・・」

それでも友人のその気持ちは嬉しく、は控えめに頷くと今もまだ落ち込んでいる様子の友人に手を振って足早に校門を出た。

そうして校門から見えないだろう場所まで来ると、ピタリと立ち止まりため息を一つ。

「・・・何考えとんねん、私」

先ほど白馬の姿がない校門を見て、は思わず呆気に取られて立ち尽くした自分に愕然とした。

そこに白馬がいなかったことに愕然としたのではない。

何の確証もないというのに、そこに白馬がいると確信していた自分に気付いて愕然としたのだ。

突然自分の前に現れて。

あらぬ疑いをかけられて。

それが払拭された今もまだ、白馬は色々な理由を付けて自分に会いに来る。

そうして思わせぶりな言動をし、をからかって楽しむのだ。

そこにどんな意図があるのか。―――今もまだ自分と怪盗が仲間だとそう疑っているのか、それはには解らないけれど。

いつしかそれが当たり前のようになっていた事実に、は漸く気付いた。

「・・・アホらし」

小さく呟いて、鞄を抱えなおすと、はゆっくりとした足取りで寮を目指す。

特に思い入れがあるわけではないけれど、誕生日という言葉に自分らしくもなく少し浮かれていたのかもしれない。

そう思うと思わず自己嫌悪に陥り、その誕生日すら早く終わってくれないかと心の中で思ったその時だった。

寮まであと数メートル。

目視できる寮の門のその前に立つ見覚えのある姿に、は思わず動かしていた足を止めた。

「・・・白馬くん」

「お帰りなさい、さん。お待ちしていました」

まるで何事もなかったかのように、いつもと同じように笑顔を浮かべる白馬を認めて、は思わず眉間に皺を寄せた。

否、何事もなかった・・・ではない。―――本当に何事もなかったのだ、今この瞬間までは。

「・・・なんで」

「お誕生日だとお友達に窺ったので、お祝いに」

そう言って、白馬は手に持っていた大きな花束をに差し出す。

反射的にそれに視線を向けたは、大きく目を見開いた。

「・・・この花」

淡い色合いのその可愛い花は、の好きな花のひとつだった。

どこにでもあるようで、けれど心を穏やかにしてくれるような優しい花。

しかし白馬が選ぶにしてはどこか地味な印象を受けるその花をどうして彼が選んだのかと不思議に思っていたは、ふと脳裏に甦った双子の妹の姿にため息を吐き出した。

「・・・和葉に聞いたん?」

の言葉に、彼にしては珍しく無防備に思えるほどきょとんと目を丸くする。

「何がですか?」

「私がこの花、好きやって事」

疑問を色が濃い返答にため息混じりにそう言えば、目を丸くしていた白馬が満面の笑みを浮かべた。

さんは、この花がお好きだったんですね」

「・・・和葉に聞いたんやろ?」

「いえ。花屋で見て、さんに似合いそうな花だなと思ってこれを選んだんですが」

嬉しそうに微笑みながらそう呟く白馬に、今度はが目を丸くする。

友人たちの印象では、どちらかといえばは派手な物が似合うとよく言われていた。

それは彼女の好みではなかったけれど、のイメージがそう思われるのだ。

だから誰が見ても派手な雰囲気の白馬とはお似合いだと。

だからこそ意外だったのだ。―――初めて言われた、その言葉が。

「・・・私に、似合う?」

「ええ。本当は薔薇の花束を贈ろうかと思っていたのですが、この花を見たらこちらの方がいいかなと思いまして」

愛おしげに花束を見つめる白馬に、はなんともいえない気持ちで視線を地面に落とす。

別に照れる必要はないのだ。

なのにどうしてだろうか。―――白馬の優しい眼差しが、まるで自分へ向けられているように感じるのは。

そんな居たたまれない雰囲気を振り払うように、はパッと顔を上げて話題を変えるべく口を開いた。

「それにしてもどうしたん、今日は。校門じゃなくて、わざわざ寮の前で待ち伏せしてるなんて」

「待ち伏せは酷いですね。僕はちゃんとさんに許可を取ってお待ちしているつもりですが」

「許可なんか求められた覚えもないけど」

それでも本当に嫌だと思ったならば、ははっきりとそう言うはずだ。

何も言わないことが、白馬にとっては許可そのものなのだろう。―――それはある意味、間違いではない。

「っていうか、そんな事はどうでもええねん。なんでここで待ってたんか、まだ聞いてないで」

校門の前で待つのとは違い、ここは近所の目もある。

寮母も非常に厳しい人だ。

いくら白馬が寮母に気に入られているとはいえ、こんなマネは早々出来るものではない。

そんな思いを込めて視線を向ければ、白馬は困ったように微笑んで。

「最初はいつもと同じように校門の前でと思っていたんですが・・・。今日は僕、花束を持っていましたから」

「・・・・・・?」

「たくさんの人の目があると、さんが恥ずかしがられるのではないかと思って」

僕としては、折角の誕生日プレゼントを受け取って頂きたかったですし。

そう言葉を付け加えられ、は顔が赤くなる思いで慌てて視線を落とした。

どうやら、ちゃんとの性格を把握し、考え動いてくれていたらしい。

「・・・さん?」

のいつもとは違う様子に不思議そうな声で首を傾げる白馬を視界の端に映しながら、は両手いっぱいの花束に視線を移す。

どうしていつもの白馬の軽口に、これほどまでに動揺しているのか。

自分らしからぬ様子に驚いているのは、何も白馬だけではない。

自身も驚いている。―――もちろん、それを素直に表情に出すつもりはないけれど。

「・・・白馬くん」

「はい」

声を掛ければ、律儀に返ってくる返事。

とても近くに感じる確かな存在。

ついこの間までは自分とはまったく関係のなかった人間が、今は自分の傍で自分の言葉を待っている。

それはとても不思議な事のように思えた。―――勿論、彼を連れてきた犯人である怪盗も含めて。

「・・・ありがとう、白馬くん」

小さな声でお礼を言えば、微かに笑った気配がする。

それにもまたやんわりと表情を緩めて、大好きな花に顔を寄せ甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

 

両手いっぱいの花束

(・・・これからお暇なら、お茶でもいかがですか?)

(誰が暇って言うたんや)

(お忙しいですか?)

(・・・まぁ、別にいいけど)

(素直じゃないんですから、さんは)

(・・・!(なんか妙にムカつく))


2周年記念、お礼夢。

これからもよろしくお願いします。