「畏まりました。その様に手配致します」

「ありがとう」

慇懃に頭を下げるボーイを前に、ホテルのフロントで鍵を返し礼を告げたは、気付かれないよう小さくため息を零した。

これからどうなるのか。―――先の見えない現状に、もどかしさばかりが募っていく。

本物かどうかも解らないネックレス。

それを狙っているという怪盗。

たちの持っているネックレスが偽物であれば、怪盗が姿を現す事はないだろう。―――彼は1度それを目にしているのだから、狙っているというのであれば本物か偽物かぐらいの察しはついているはずだ。

けれどあまりのタイミングの良さに、なんとも言えない不安が胸に沸き起こる。

それは、自分の大切なものを奪われるかもしれないという不安なのか。

それとも、その持ち主がだと解っていて怪盗がそれを狙っているという不安なのか。―――今のには、判断がつきかねたけれど。

「なぁ、、ええの?白馬くん、部屋で待っときって言うてたんちゃうん?」

「わざわざ部屋まで迎えに来てもらうなんて手間やろ?部屋もロビーも大して変わらんって。―――それに、大人しく守られるだけなんて性に合わんし・・・」

「それはまぁ、そうやろうけど・・・」

の言い分に、和葉は妙に納得したように頷く。

確かに、が大人しく誰かに守られている姿など想像がつかない。

人一倍しっかり者で気の強いならば、自分で何とかしようとするに違いない。

今回の事にしてみても、和葉があそこまで言わなければ白馬に連絡をしたりはしなかっただろう。―――だからこそ、和葉としては心配であるのだが。

「雛姫さん!」

不意にロビーに咎めるような声が響いたのは、しっかり者の片割れを想い、和葉がため息を零したその時だった。

 

渦巻く疑惑

 

「雛姫さん!」

不意に響き渡った自分の名を呼ぶ声に、何かを考え込んでいたは弾かれたように顔を上げた。

グルリと視界を巡らせれば、入り口の方からこちらに向かってくる白馬の姿がある。

心なしか厳しい表情をしている。

こんな白馬の表情を見るのは初めてかもしれないとぼんやりと思うを他所に、彼女の前へ立った白馬は咎めるような口調で口を開いた。

「部屋で待っていてくださいとお願いしたでしょう?」

咎めるような口調であるにも関わらず、声色はいつもと同じく柔らかい。

それに知らずホッと息を吐いたは、珍しく苦笑を浮かべて白馬を見上げた。

「大丈夫やって。それに何にもなかったやろ?」

「何かあってからでは遅いと言っているんです」

まったく反省した様子のないを認めて、白馬はそう呟くとため息を零す。

彼女は本当に現状を理解しているのだろうか。

そう思うけれど、に限って理解していないはずはないと思いなおし、白馬は困ったようにを見下ろす。

自分が狙われていると解っていても、この気丈な少女は弱音など吐かないのだろう。

それこそが彼女の自己防衛なのかもしれないが、そんなに少し寂しさも感じる。

もっと自分を頼ってくれてもいいのに・・・と。

それでも今回こうして自分に連絡をくれたという事は、多少は頼りにしてくれているという事なのだろう。―――そう結論付けて、白馬は気を取り直すように小さく息を吐き出すと、改めてと和葉を見据えやんわりと微笑んだ。

「ともかく、何事もなくてよかったです。―――それよりも、和葉さん、お久しぶりです」

「久しぶりやな。っていうか、こうやって会うんはまだ2回目やねんな。手紙でやり取りしてるから、なんかえらい前からの友達と会うてる気分やわ」

だからそんな心配せんでも何もないって・・・というの呟きをさらりと流して、白馬はと面差しの似た和葉へと視線を向ける。

確かに和葉の言う通り、こうして会うのは2度目だけれど、何だか随分と親しみを感じる気がする。―――それは和葉とが似ているからなのかもしれない。

もっとも、あまり性格の方は似ていないようではあるが。

そんな2人のやり取りを見ていたは、複雑な表情を浮かべる。

文通はやめろと言ったというのに、どうやらまだ続いているようだ。

その手紙でどんなやり取りが交わされているのかは、には知りようもなかったが。

しかしこの2人にどう言ったとしても、水面下でやり取りは交わされるのだろう。―――せめて自分の不利になるようなやり取りだけはされないようにと、が心の中でそっと願いを込めたその時だった。

ふわり、と視界の端に何かが舞い落ちる。

それにつられて顔を上げたは、ふわりふわりと天井から桜の花びらが舞い落ちてくる事に気付いて思わず目を瞠った。

「・・・こんな季節に桜?」

同じく桜の花びらに気付いた和葉が、呆気に取られた様子でそう呟く。

「っていうか、そもそもここはホテルの中やで?桜なんかあるわけ・・・」

「こんばんは、お嬢さん。いい月夜ですね」

そんな和葉の呟きに、同じく呆気に取られたままがそう返したその時だった。

どこからか、聞き慣れた声が響き渡る。

思わず視界を巡らせれば、吹き抜けになった2階部分の手すりに悠然と立った、今は決して見たくはない男の姿があった。

「怪盗キッド!!」

それは、誰の声だったのか。

突然の怪盗の登場に、ロビーがにわかに騒がしくなる。

それはそうだろう。―――今話題の怪盗が突然目の前に現れれば、騒ぐのも不思議ではない。

そんな中でも、怪盗を追っている探偵は冷静さを失わず、いつもとは違う厳しい眼差しで怪盗を見据えると大きく声を上げた。

「キッド、どういうつもりだ!何故、さんを・・・」

責めるその声色に、怪盗は軽く肩を竦めるだけ。

彼の怒りの中に、盗みという犯罪を犯す自分に向けられる以外の怒りがある事に気付く。―――おそらくは・・・いや、間違いなく今回の標的に問題があるのだろうが。

しかしそれを解っていながらも、怪盗はその余裕に満ちた態度を崩さない。

これはある意味予想通りの展開だったのだから。

怪盗からの予告状。

それを白馬が黙っているはずがないだろう。

が連絡をしなかったとしても、白馬は彼女の元へ向かっていたはずだ。―――たとえ、彼女自身から接触を禁じられていたとしても。

「おっと、残念ながらおしゃべりをしている時間はないのでね。とりあえず・・・―――貴女の持っている『エターニア』を私に頂けませんか、お嬢さん」

ロビーにざわめく人々の声。

そして向けられる探偵からの眼差しのすべてをさらりと受け流して、怪盗は悠然とした笑みを浮かべてへそう告げる。

無言で自分を見上げるを見返し、浮かべた笑みを更に深くした

この眼差しだ。

怪盗と呼ばれる自分がらしくもなく執着し、危険を承知で彼女の元に通う理由。

本人も不思議に思っているだろう、理由。―――それはきっと、それほど難解なものではない。

ただ、囚われてしまっただけなのだ。

本人に告げれば、一笑に付されてしまうだろうが。

「おやおや。怒っている顔も綺麗ですが、ぜひ叶うならば貴女の笑顔を見せて頂きたいですね」

「キッド!!」

けれどまっすぐ向けられるの視線に怯むこともなく、からかうような口調でそう告げた怪盗に、白馬が咎めるような声を上げた。

今のの心中を思えば、黙ってなどいられない。

本人は絶対に認めないだろうが、彼女は既に怪盗という存在を受け入れている。

態度は素っ気無くて、言動も時には辛辣で。

けれど周りが思う以上に、という人間は情が深いのだと・・・―――彼女の元に通い続けた白馬は、それを知っていたから。

そして、おそらくは目の前の怪盗も・・・。

それでも目の前の怪盗が何を考えているのかが読めない白馬は、これ以上に負担が掛からないようにと、視線だけで彼女を見やって。

さん、ここは僕に任せて。表に車を待たせてあります。お二人は先に車へ」

「でも・・・!」

「早く!」

白馬の言葉に躊躇う様子を見せたに、更に声を荒げる。

怪盗と白馬のやり取りをハラハラした様子で見つめていた和葉が、その言葉に少し迷った末、控えめにの腕を引っ張った。

「行こ、。うちらがおっても邪魔なだけや」

「・・・うん」

本音を言うならば、ここで逃げるのは和葉の性にも合わなかったが、だからといって狙われているという自分たちがここにいても白馬に負担をかけるだけだと解っている。

そしてこれ以上ここに留まり、ロビーにいる他の客たちに迷惑を掛けるのも避けたかった。

そんな和葉の申し出に躊躇いつつも頷いたは、白馬の指示するとおりにホテルの入り口へと駆け出す。

そうして表に飛び出し、白馬の言っていた車を探してグルリと視界を巡らせたその時だった。

突然の急ブレーキの音と共に、猛スピードで車がこちらへと向かってくる。

一瞬それが白馬の言っていた車かと思った2人は、けれどその様子の可笑しさに思わず表情と身体を強張らせた。

そんな2人の様子など取り合う事もなく、またもや急ブレーキで2人の前に止まった車から数人の男が降りてくる。

「・・・なっ!!」

サングラスにマスク。

黒っぽい上下の服を着た男たちのその出で立ちは、怪しい事この上ない。

そうして男たちは思わず怯む和葉にその手を伸ばし、彼女の口元へいつの間にか手に握られていた白い布を押し当てた。

「和葉!!」

直後ぐったりし、男に身体を抱えられた和葉を認めてが焦ったように声を上げたその時、彼女の身体にも男の手は伸びていた。

それに抗った甲斐もなく、もまた口元に布を押し当てられギュッと目を閉じる。

鼻を突く薬品の臭い。

それにクラクラとする意識をなんとか繋ぎとめようと拳に力を入れるけれど、その強制的な力にあっけなく意識を手放す。

さん!和葉さん!!」

同じくホテルの中で怪盗と対峙していた白馬もまた、その異様な急ブレーキ音に気付きホテルの外へと飛び出した。

しかし一歩遅く、意識を失った2人を抱えた男たちは、車に乗って猛スピードで去っていく。

「これは、一体・・・」

「・・・遅かったか」

何が起こっているのかと、一瞬呆然と立ち尽くした白馬の耳に、怪盗のそんな声が届く。

ハッと顔を上げれば、いつの間にか同じようにホテルの外へと移動し、同じように走り去った車の影を見つめている怪盗の姿が。

「キッド?お前は一体・・・」

その様子は、先ほどの態度とはまったく異なっていた。

あまりの怪盗の態度の違いに呆然とした白馬の問いかけに、けれど怪盗は答える事はなくサッと身を翻す。

「それでは探偵殿。急用が出来たので、私はこれで」

「キッド!!」

あまりに一方的なその言葉に抗議の声を上げるも、そんなものに耳を貸す事無く怪盗はあっさりと姿を消した。

「・・・さん」

1人残された白馬は、もう既にそこにはないの姿を探すように目を細めて。

一瞬だけ目を閉じ小さく息を吐き出して、次に取る行動に思考を巡らせながら踵を返した。

 

 

ぐらぐらと頭が揺れるような感覚に、は重い瞼をこじ開けた。

ぼんやりとする意識の中、最初に目に映ったのはコンクリートの天井。

それを訝しく思いながらも身体を起こせば、クラリとめまいを感じて思わず目を閉じる。

しばらくそのままゆっくりと深呼吸をし、漸く落ち着いた頃にもう1度目を開いた。

「・・・ここは?」

見覚えのない場所。

資材などが置かれているところを見ると、おそらくは倉庫か何かなのだろう。

どうしてこんな場所にいるのか・・・。

そしてこの例えようのないほどの気持ち悪さは一体なんなのか・・・と思考を巡らせたその時、自分の身に起きた出来事を思い出しては深くため息を吐き出した。

ホテルを飛び出した途端、現れた男たち。

あの状況を見る限り、自分たちは誘拐されたのだろう。

薬なんて嗅がされたのは初めてだが、こんなにも気分の悪いものだったのかと実感する。―――できれば、そんな体験はしたくはなかったが。

そこまで考えて、はようやく自分の片割れの事を思い出し、ハッと辺りを見回した。

和葉の事が頭から抜け落ちるなど普段の彼女からは考えれないが、初めてづくしのこの状況に彼女も動揺していたのだろう。

すぐに傍らで眠る和葉を認めたは、ホッと安堵の息を吐いた。

意識はないようだが、目立った外傷はない。

「和葉。・・・和葉、起きて」

どこに誰がいるか解らないため、声を潜めて和葉の身体を揺らす。

この程度で目覚めてくれるかは難しいところだと思ったが、幸いな事に和葉はすぐに目を覚ましてくれた。

「・・・なに、。―――ここ、どこ?」

寝起きではっきりとしない意識でゆっくりと身を起こした和葉は、と同じように気持ち悪さに表情を歪めながらも見覚えのない場所に首を傾げる。

そうして一拍の後、自分の身に起きた出来事を思い出したらしい和葉は、サッと表情を強張らせての腕をギュッとつかんだ。

「・・・

「大丈夫。大丈夫やから・・・」

腕を通して伝わる和葉の震えに、はギュッと唇を噛み締める。

不安なのは、も同じだった。

たとえどれほど気丈に振舞っていたとしても、このような状況で何も感じないわけがない。

自分たちをさらった男たちは何者なのか。

これからどうなるのか。

考え出せば、湧き出す不安に終わりはない。

だからこそ、は深く深呼吸をしてそれらの考えを頭の中から追い出すと、不安げに自分を見つめる和葉の腕を引いて立ち上がった。

「とりあえず、現状を把握せなな」

「そうやな。どっか逃げられるとこあるかもしれんし・・・」

の言葉に和葉もまた心を決めたのか、捕まっていた腕から自分の身体を離し、ゆっくりと辺りを見回す。

そうして1つしかない扉へと足音を殺して歩み寄った2人は、扉にはめ込まれている小さなガラス窓から外の様子を窺った。

「・・・どないしよ。外はあいつらがおるわ」

扉の向こうも、何かの部屋になっているらしい。

そこには見える範囲で男が数人。―――もしかすると、見えない場所にもいるかもしれない。

幸いにも男たちはまだ2人の意識が戻った事に気付いていないのか、こちらに背を向けて何事かを話し合っていた。

「それに多分鍵も掛かってるやろし、ここから出るんは無理やろうな」

気付かれる恐れがあるのでドアノブを回して確認は出来ないが、こんなところに閉じ込めているくらいなのだから鍵を掛けていないはずもないだろう。

それに運良く出られたとしても、男たちが素直に逃がしてくれるとは思えない。

多少武術の心得があるとはいえ、流石に2人だけで成人男性を張り倒せる確証もない。

当たって砕けろとはよく言うが、この状況では砕けてしまうわけにはいかないのだ。

他に出入りが出来そうな場所は1つだけある窓だけだが、それも高い場所にあってどうやっても手が届きそうにない。

空でも飛ばない限り、そこから逃げ出すのは難しそうだ。

それを思い、は深くため息を零す。

「まぁ、ホテルの前での誘拐やからな。あれだけ大騒ぎやったんやから、警察も動いてるやろうし、白馬くんも探してくれてるはずや」

だからここは大人しく救出を待っているのが、一番賢い方法だろう。

難を言えば、それがいつになるか解らないという事か。

確かに薬を嗅がされて気を失ったが、いつまでも男たちが自分たちを放置しておくはずもない。

警察が来るのが早いか、それとも男たちに見つかるのが早いか・・・。―――この状況では、とても良い方には考えられない。

そんなあまり歓迎できない考えを言葉には出さずに飲み込んで、は扉から離れると死角となる場所まで移動し、積み上げられた砂の入った袋の上に腰を下ろす。

同じように隣に腰を下ろした和葉を認め、2人は自然と視線を交わして。

「あいつら、何者なんやろ?怪盗キッドの仲間なんかな?」

ポツリと零れた和葉の言葉に、は僅かに目を細める。

「・・・仲間?そういえば前に白馬くんが、怪盗キッドには仲間がおるとか言うてた気がする」

それが、白馬との出会いのきっかけでもあったのだ。―――まぁ、結局は見当違いだったのだが。

「ほんなら、やっぱりあいつらキッドの仲間なんちゃう?」

「でも・・・」

扉についている小さな窓から見えた男たちを思い出しながら、は僅かに言い淀む。

はあまり怪盗について詳しくはないけれど、確かに白馬の言う通り、彼には仲間がいるのだろうとは思う。

そうでなければ、盗みに入る度に見せるあの派手なパフォーマンスは無理だろう。

だから和葉の言い分は、間違ってはいない。

あの男たちが怪盗の仲間。―――確かにその可能性はあるけれど・・・。

けれどにはどうしても、あの男たちがキッドの仲間だとは思えなかった。

それはキッドが持つ独特の雰囲気。

それが、あの男たちにはない。

果たして、キッドがあの男たちを仲間にするだろうか?

それほどキッドについて詳しいとはいえないが、これまでが見てきたキッドと照らし合わせれば、その可能性は低い気がした。

まぁ、の見ていたキッドがどこまで本当の彼なのかは解らないけれど。

「それよりも、どないしよ?連絡取ろうにも携帯取り上げられてしもたし・・・」

考え込むを他所に、和葉はポケットに手を突っ込むと盛大にため息を吐き出した。

流石に携帯などの連絡手段は奪われていた。―――まぁ、当然といえば当然だが。

それは予想していた事ではあるけれど、しかしこの状況は歓迎できたものではない。

あの男たちの目的がなんなのかは解らないが・・・―――いや、目的は間違いなく2人が持つネックレスだろうが、それを奪っただけで自分たちを無事に帰してくれるとはとても思えない。

それにしたって、どうして誰も彼もがあのネックレスを狙うのだろうか。

確かにアンティークは物によっては高価だし、ネックレスにはどうやら本物の宝石が埋め込まれているようなのでそれなりに価値はあるだろうが、しかしその宝石だってそれほど大きなものではない。

総合的に見て、こんな犯罪を犯してまで手に入れたがるようなものだとはとても思えなかった。

もしかすると、あのネックレスには他に何か秘密があるのだろうか。

ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎった時だった。

「随分とお困りのようですね、お嬢さん。貴女さえよろしければ、手をお貸し致しますが」

不意に響いた声。

弾かれたように顔を上げた2人の目に映ったのは、いつからそこにいたのか・・・―――部屋の隅に立つ白いタキシードを纏った男。

「キッド!」

「しっ、お静かに。連中に気付かれてしまいます」

思わず声を上げたに向かい、キッドは意に介した様子もなく口元に人差し指を当て僅かに微笑んでみせる。

「・・・あんた、何しに・・・」

声色に警戒を込めて思わずそう問いかけて、しかしは何かに思い至ったようにハッと口を噤んだ。

どうしてここへ来たのかなど、聞くまでもない。―――キッドは彼女たちが持つネックレスを奪いに来たのだろう。

一体どうやってここへ侵入したのか。

扉の向こうには2人を誘拐した男たちがいる。―――他に外と繋がっているのは高い場所にある明かり取りの窓だけだが、それも鉄の格子が嵌っている為侵入は不可能だ。

相変わらず謎が多いというか、めちゃくちゃだというか・・・。

思わずがっくりと肩を落としかけたは、しかしふと我に返りきつくキッドを睨み付けた。

扉の向こうにいる男たちがキッドの仲間なら、彼がここにいるのも不思議ではない。

しかしそんなの考えを読み取ったのか、怪盗は悪戯っぽく微笑んで。

「貴女の考えている通りですよ」

それは彼の目的に対する肯定だったのか。―――それとも、男たちとの繋がりに対する肯定だったのか。

どちらとも判断が付きかねたが、しかしキッドはそれを説明する気はないらしい。

に向かい優雅に手を差し出し、こんな状況でもいつもと変わらず微笑んで見せて。

「さぁ、ネックレスを私に渡してください」

告げられた言葉に、の視線が鋭さを増す。

何度もいうが、怪盗との間に特別な関係など何もない。

ただ時折姿を現す怪盗の気まぐれに、つき合わされているだけなのだ。

なのに、どうしてだろうか。

ニュースで怪盗キッドの予告状の内容を聞いた時、何かの間違いなんじゃないかと思ったのは。

怪盗が自分を標的にしないだろうなんて、どうして思ったのだろう。

そして直接それを告げられるまで、心のどこかでは予告状の内容を信じていなかったなんて。

「貴女にそんな顔をされると、流石の私も傷ついてしまいます。―――悪いようにはしませんから、どうか・・・」

自分自身の甘い考えに更に眉間に皺を寄せたを認めて、怪盗は困ったように微笑む。

傷ついている?

悪いようにはしない?

「それを信じろっていう気?」

自分でも無意識に、言葉が口をついて出ていた。

それに自分自身で驚きながらも、はギュッと唇を噛み締める。

ここで感情的になってはいけない。

それでは、怪盗の思う壺だ。

ここは冷静に・・・―――相手の出方を窺う必要がある。

「信じられませんか?」

そう思っていたというのに、さらりと投げ掛けられた問いに、はカッと怒りが湧き起こった。

信じられないか?など、愚問だ。

こんな状況で、どう信じるというのか。

咄嗟にそう怒鳴ってやりたかったが、けれど思わず顔を上げて見た怪盗の顔から笑みが消えている事に気付き、はのど元まで出掛かった文句を思わず飲み込んだ。

向けられる真摯な眼差し。

もしかすると、初めて見るかもしれない怪盗の表情。

思わず黙り込んだをまっすぐに見返して、怪盗は改めて口を開いた。

「私は、貴女を裏切りません」

不思議なほど、静かな声だった。

いつものからかうような声でも、宥めるような優しい声でもなく。

まるでただそこにある水のような・・・―――そんな静かな声だった。

「何があっても、私は貴女を裏切りません。ですから、どうか私を信じてください」

「・・・キッド」

まっすぐに自分を見つめてそう告げる怪盗を前に、は彼の真意を測りかねていた。

彼は一体、何を考えているのか。

こんな騒動を起こしておきながら、絶対に裏切らないなんて・・・―――白々しいと思う反面、どこか納得してしまうような強さもあって。

「・・・

隣に立つ和葉が、どうしたらいいのかと不安げにの腕に手を添える。

「さぁ、ネックレスを私に・・・」

そうして再び差し出される手をぼんやりと見つめながら、はギュッと唇を噛み締めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんだか展開がベタベタな気もしますが。(笑)

漸く本格的にキッドとの絡み。

というか、白馬はどこへ?(笑)

作成日 2009.2.28

更新日 2009.4.20

 

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