「さぁ、ネックレスを私に・・・」

真剣な眼差しでゆっくりと手を差し出す怪盗を見つめ、はギュッと唇を噛み締める。

不意に訪れた静寂が、耳に痛い。

突如、自分たちの身に降りかかった災難。

見えない真実。―――そして、見えない心。

自分は一体どうすればいいのだろう?

その答えさえも見えず、は硬直したようにピクリとも動けなかった。

「・・・お嬢さん」

そんなを認め、怪盗が宥めるように言葉を続けたその時、扉の向こうから物音が聞こえ、と和葉は弾かれたように振り返った。

一拍の後、しっかりと閉められていた鉄の扉がゆっくりと開く。

薄暗い室内に、白い光が走る。

それに思わず目を細めると、まるで光を遮るかのように佇む影が微かに笑った。

「漸くお目覚めか」

そこから顔を覗かせた男は、2人の意識が戻っている事を確認し、ニヤリと口角を上げた。

 

不自由な選択

 

当然ながら、と和葉には男たちの見覚えはなかった。

男たちは全部で3人。

他に仲間がいるのかは定かではないが、全員が屈強な身体をしている。―――なにか、特別に鍛えているような印象を受けた。

こんな状況にもかかわらず意外にも冷静に自分たちを攫った男を観察していたは、ハッと我に返り自分の背後を振り返る。

怪盗キッドはどうしているのだろう?

そう思ったのだけれど、いつの間にか怪盗の姿はそこにはない。

一体どうやって姿を消したのかは解らないが、どうやら男たちと対面する気はないようだ。―――もしかすると、の直感通り男たちとは繋がっていないのかもしれない。

もっとも、そう思わせようと思っての行動かもしれないが。

しかし、疑い出せばきりがない。

『信じられませんか?』

不意に甦った怪盗の問いに、は僅かに眉間に皺を寄せた。

一方、と和葉の意識が戻っている事を確認した男は、その表情に不機嫌そうな色を浮かべて。

「お前ら、エターニアをどこへやった?お前たちが持っていた筈だろう?」

男の問いに、は言うつもりがないとでもいうようにそっぽを向く。

ここに連れてこられた時点で・・・―――そして携帯を奪われていた時点で、自分たちの所持品を確認されていた事は解っていた。

しかし男たちは目的の品を、見つけられなかったのだろう。

苛立ったように眉を上げる男を横目にチラリと見て、は小さく口角を上げる。

見つけられるはずがない。

何故ならば、も和葉もネックレスを所持してなどいないのだから。

そんなの様子に業を煮やしたのか、男は不機嫌そうに鼻を鳴らして。

「ほぉ、いっちょ前に黙秘か。なら、こっちにも考えがある」

「きゃ!!」

言うが早いか、男の手が和葉へと伸びる。

そうして強い力で引き寄せられた和葉の短い悲鳴に、は大きく目を見開き咄嗟に手を伸ばした。―――残念ながら、その手は和葉に届く事はなかったけれど。

「和葉!!」

「このお嬢ちゃんに傷を付けられたくなきゃ、素直に吐け。言っとくが、脅しじゃねぇぞ」

思わず声を上げるに、男は最後通告とばかりにそう言い放つ。

どうやら今回の件で主導権を握っているのはの方だと判断したらしい。―――和葉を人質に取った男は、切り札を得たとばかりに笑む。

そんな男の脅迫に、は強く唇を噛み締めた。

男の言う通り、きっと脅しではないだろう。―――誘拐にまで手を染めるのだから、少女1人傷つけるのを躊躇うはずもない。

迷っている暇はない。

その事実を前には強く拳を握り締めると、まだそこにある気配を確かに感じながらゆっくりと口を開いた。

「ネックレスは、帝都ホテルの金庫に預けてある」

「・・・鍵は?」

「鍵は持ってない。ロビーに預けてある」

の言葉に訝しげな表情を浮かべる男を睨み返して、は殊更大きな声で言葉を続けた。

「金庫は、他の誰が来ても開けへんようにって言うておいた。私の写真も渡して、この姿をした人間以外が来ても絶対に開けるなって言い含めてる。それこそ、警官が来ても」

まぁ、実際警察が来ればホテル側としても断りきれないだろうが、少なくとも目の前の男たちが出向いても無駄に終わるだろう事は明白だった。

こうなる事を予測していたわけではないけれど、ここまで騒ぎが広まり怪盗が狙っていると解った以上、手元には置いておかない方がいいと思ったのだ。

見事それは功を成した。

誘拐にまで手を染めた男たちは、それでもネックレスを手に入れる事が出来なかったのだから。

「金庫は、私しか開けられへん。何があっても、絶対に」

そのの言葉と同時に、微かに感じていた気配がスッと消えた。

おそらく・・・否、間違いなく向かったのだろう。―――帝都ホテルに。

そう、以外には他の誰も金庫を開けられない。

しかしそれも、他人の姿を完璧に真似られる彼ならば造作もない事だろう。―――帝都ホテルに預ける事を決めた際、そこが唯一の難点だと思っていたのだけれど。

「・・・キッド」

彼を本当に信じたのか、それは今でもよく解らない。

疑い出せばきりがない。―――残念な事に、疑う要素はいくらでもある。

けれど・・・。

「・・・信じて、か」

あの時怪盗が見せた眼差しを、どうしても疑う気にはなれなかった。

初めて見る怪盗の姿。

けれど、不思議と不安は感じなかったから。

しかしの言葉にも、男たちは諦めるつもりはないらしい。

気を取り直したように鋭い目でを睨みつけると、吐き捨てるように言った。

「ふん。なら、お前を連れて帝都ホテルに行けば良いだけの話だ。―――来い!」

そうして拘束したままの和葉の腕を乱暴に引きながら踵を返した男の背中を、もまた何かを決意したように一際強く睨みつけると、抵抗する素振りもなく後を追う。

監禁されていた部屋を出たと同時に、仲間の男たちがを取り囲むように隣に立った。

「いいか、妙なマネしやがったらただじゃ済まさねぇからな」

強い声色でそう脅す男をさらりと無視して、はそっと視線を和葉へと向ける。

「・・・

不安そうに自分を見つめる和葉へやんわりと微笑みかけて、ギュッと拳を握り締めた。

大丈夫。

確証があるわけではないが、何故かそう思える。

それは、無意識に考え出せばきりがないほど湧き出す不安を掻き消そうとしているだけなのかもしれないけれど。

「・・・白馬くん」

せめて彼がまだ帝都ホテルに残っている事だけを祈りながら、は促されるままに歩き出した。

 

 

男たちの車が、帝都ホテルに横付けされる。

それを車の窓からぼんやりと眺めていたは、ある言葉を思い出して小さく息を吐いた。

犯人は犯行現場に戻るというが、それはあながち嘘ではないらしい。―――まぁ、幸いな事に今回は殺人事件ではないけれど。

「ほら、出ろ!」

男に腕を取られ、強引に車から引きずり出される。

掴まれた腕が痛いけれど、それを言ったところで考慮してくれるはずもない事は解りきっている。

せめてこれ以上乱暴にされないようにと抵抗を諦めて、はされるがままにホテルへと歩き出した。―――こんなところで無駄な抵抗をし、またどこかへと監禁されれば元も子もない。

そうして入ったホテルの中は、意外にも普段どおりの落ち着きを見せていた。

誘拐事件があったのだから、もっと警官なりの姿があるかと思ったけれど、どうやらここでの捜査は終わったらしい。

自分たちは一体どれくらい意識を失っていたのだろうか?

残念ながら携帯を奪われてしまっている為、それらは確認のしようもなかったけれど。

「ほら、行け。―――妙なマネするんじゃねぇぞ」

そんな暢気な事を考えていたの背中を、男は強い力で押し出した。

目の前には、カウンター。

男と女子高生というある意味不審な取り合わせを認めて、カウンターに立つボーイが不思議そうな面持ちでこちらを見つめていた。

そんなボーイと背後の男を交互に見て、は気持ちを落ち着かせるように深呼吸をひとつ。

ここでボーイに助けを求める事も出来るが、そうすると未だ腕を掴まれている和葉の身が危ない。

ここは大人しくするしかないだろう。―――もっとも、最初からそのつもりだったけれど。

「すみません」

「・・・いらっしゃいませ」

意を決したようにカウンターに向かいそう声を掛けたを前に、ボーイは窺うような面持ちで丁寧に頭を下げる。

「こちらに預けていたものを引き取りに来ました」

しかしのその言葉に、ボーイはきょとんと目を丸くして。

「あの・・・もう既にお渡ししましたが」

「なんだとっ!?」

慌てたように手元のファイルとを見比べて戸惑ったようにそう告げるボーイに、背後で状況を窺っていた男が思わず声を上げた。

突然の男の怒声に、対応していたボーイはおろおろと周囲へと視線を走らせる。―――その状況で、は気付かれない程度に口角を上げた。

さすが、仕事が速い。

勿論口に出す事はしないけれど、は自分の想像通りの展開に思わず笑い出しそうになった。

そんなに気付く余裕もないらしく、男はボーイの目を避けて強引にの腕を取りカウンターを離れると、唸るような声で口を開いた。

「どういう事だ!テメェ、騙しやがったな!?」

「騙してないわ。さっきボーイさんも言うてたやろ?」

明らかに余裕がなくなった男とは反対に、はひょいと肩を竦めると飄々と言ってのける。

は何ひとつ嘘など告げてはいないのだ。

口にした言葉は、すべて真実。―――ただ、そこに何の思惑もなかったとは言わないけれど。

「預けてたんは間違いない。それからあんたらに拉致された私たちが、それを受け取りに来れるわけもない」

「だったら、どうなってんだ!!」

「・・・さぁ?」

またもやひょいと肩を竦めてみせたに、男は怒りの為かギリッと歯を噛み締める。

「さぁ、って・・・テメェ・・・!!」

「そこまでです!」

あまりにも余裕な態度を見せるを認めて、怒りが頂点に達した男が声を荒げようとしたその時だった。

不意にロビーに響き渡る涼やかな声。

それにハッと顔を上げれば、ホテルの入り口からこちらに向かって駆けてくる警官の姿が。―――その先頭にはこのホテルで別れた白馬が立っている。

「・・・白馬くん」

見知った相手の顔を認めて、と和葉は揃って安堵の息を吐いた。

いくら強気の態度に出ていても、この状況で平気でいられるわけがないのだ。

そんな2人にとって、白馬の存在はこれ以上ないほど頼もしい。

一方警官を率いて男たちの前に立った白馬は、しっかりと捕まっていると和葉を見て深く眉間に皺を寄せる。

怪盗キッドから逃がす為に先にホテルの外へと誘導したというのに、それが仇となり誘拐されてしまった2人。

彼にとっては、これ以上屈辱的な事はない。

そして何よりも、連れ去られた2人の身の安全が心配になった。―――彼女たちを連れ去った男たちが何者なのか解らなかったのだから、尚の事。

それでも何か手がかりがあるかもしれないと、2人を誘拐した男たちについて調べていた白馬は、警官を率いてホテルへと戻ってきたのだ。

このホテルに警官を配備し、何かあればすぐに報告を受けられるようにと。

まさかその為に訪れたホテルで2人と再会するとは思っていなかったが。

「まさか戻ってくるとは・・・」

だから白馬のこのセリフも、当然といえば当然だったのかもしれない。

ともかくも、こうして2人の無事な姿を確認できた以上、ここでただ見ているわけにはいかない。

白馬は傍らにいた警官にロビーの客の避難とホテルの周りを包囲する旨を指示し、改めて男たちと向き合った。

「彼女たちを解放し、速やかに出頭しなさい」

静かな口調でそう告げる。―――しかしその声色には、威圧的な空気が含まれていた。

どうやら白馬も相当怒っているらしい。

「くそっ!!」

そんな白馬を前に・・・―――そして警官たちを前にし、男たちは自分たちの不利を察したのだろう。

悪態をついた男たちは、腕を掴んでいたと和葉を強引に引き寄せ、2人を盾にするかのように羽交い絞めにした。

どうやら、完璧に人質になってしまったらしい。

さん!和葉さん!!」

流石の白馬も、2人がこうも見事に人質に取られていては手は出せない。

下手に男を刺激し、逆上されれば2人の身が危ないのだ。

出来る限り男たちを刺激せず、2人を解放してもらわなければならない。―――生憎とそんな方法など思いつかなかったが。

「ちっ!折角考えた計画が全部パァだ!こうなったら仕方ねぇ!!」

どうにも手が出せずに固まった白馬を認めて、男は自棄になったように声を荒げる。

自分たちがどれほど不利な状況にあるのか、考えずとも理解できる。

そうならない為に様々な策を練ったのだけれど、それもすべて無駄になった事を察した男は、2人を人質にしたまま大きな声を上げた。

「テメェら!下がれ!!」

目の前に立つ白馬と、その後ろに控える警官。

そのすべてにそう脅しを向けた男は、ポケットから飛び出しナイフを取り出すと、それをと和葉の首元へと当てた。

「こいつらに怪我させたくなかったら、エターニアを持って来い!」

途端に動揺を露わにする警官たちを見据えて、男は笑う。

「・・・さん、和葉さん」

そんな状況に、白馬は深く眉間に皺を寄せると強く拳を握り締めた。

この状況で下手に手を出せば、2人は怪我をしてしまうかもしれない。

しかし男たちの要求を呑むことは出来なかった。―――何故ならば、肝心の『エターニア』がどこにあるのかが解らなかったからだ。

「・・・和葉」

自分たちが人質に取られているせいで動けない白馬を見つめていたは、小さな声で同じようにナイフを突きつけられている和葉へと声を掛ける。

先ほどまでは怯えていた和葉だったが、今は妙に落ち着いている。―――もしかすると、あまりの展開に感覚が麻痺してしまったのかもしれない。

そんな和葉と視線を合わせて、チラリと足元を見る。

そうして再び和葉へと視線を戻してひとつ頷いてみせると、が何を言いたいのかを察した和葉もまたコクリとひとつ頷いた。

伊達に産まれた時から一緒にいるわけではない。

たったそれだけで十分だった。―――が何を考えているのかなど、それで察する事が出来る。

も和葉が自分の思惑を察してくれたと解ったのだろう。

僅かに口角を上げて静かに目を閉じると、深く息を吐き出して。

そうして一拍後、目を開けたは小さな声で合図を出した。

「いっせーの・・・」

「で!!」

の言葉を引き継いで、和葉は気合を込めて声を発すると共に垂直に上げた足を自分の足元へと振り下ろした。

簡単に言えば、これ以上ないほど力を込めて男のつま先を踏みつけたのだが。

「ぐぁ!!」

目の前の白馬と警官に意識を集中させていた男は、突然走った激痛に悲鳴を上げる。

「今や、和葉!!」

その拘束する腕が緩んだ僅かな隙に、2人は弾かれたように駆け出した。

手を取り合い、背後の男の動きを確認しながら駆ける。

その突然の行動に、白馬や警官たちでさえ呆気に取られて固まっていた。

だからだろう。―――男たちの腕から逃げ出した2人を、保護するのが一歩遅れたのは。

その間にも、と和葉は手を取り合い白馬たちの方へ向かい走る。

けれどあまりにも目まぐるしく起こった数々の出来事に、彼女たちの身体はついては来なかった。

「・・・っ!」

まるで転がるように駆けていた和葉は、躓きその場に膝をつく。

当然の事ながら、相当疲れが出てしまったらしい。―――今更ながらに湧き出した恐怖に、足が震えてすぐに立つ事が出来ない。

「和葉!!」

それに気付いたが、慌てたように和葉の腕を引っ張り立たせようとするものの、なかなか上手く行かず更に焦りは募っていく。

「くそっ!馬鹿にしやがって!!」

そうこうしている内に、突然の痛みに悶絶していた男が怒りも露わに立ち上がった。

その手にナイフを握り締め、ものすごい形相でと和葉を睨みつける。

「・・・・・・!」

あまりに強いその視線に、思わず身体が強張った。

いくら強がっていても、彼女たちは普通の女子高生なのだ。

たとえ武術に優れていようとも、こんな時に肝心の身体は動いてくれない。

さん!!」

遠くで白馬の声が聞こえる。

それにハッと我に返ったは、無我夢中で和葉の身体を抱きしめた。

・・・!!」

覆いかぶさる温かい身体。

自分を抱きしめるの肩越しに、男がナイフを振り上げるのを和葉は呆然と見つめる。

どうしてこんな事になったのだろう。

今更ながらにそんな事を考えながら、和葉は目を逸らす事も出来ずにその絶望的な光景をただ見つめていた。

さん!!」

まるで悲鳴のような白馬の声だけが、ただ耳の奥に響いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とんでもないところで切ってみたり。

なんだかベッタベタな展開をひた走っている気もしますが。(笑っとけ)

それにしたって、夢要素が少ないなぁ・・・。(笑)

作成日 2009.3.10

更新日 2009.5.17

 

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