ナイフを構えて襲ってくる男たち。

標的にされた和葉を庇うように、は和葉に覆いかぶさる。

!!」

さん!!」

和葉と白馬の自分を呼ぶ声を耳に、は次の瞬間襲うだろう痛みを想像し、ギュッと目を閉じ歯を食いしばった。

「ぐぁっ!!」

しかし予想された痛みは感じず、その代わりに男の呻くような声が耳に届く。

どうしたのだろうかと訝しげに思いながらゆっくりと目を開いたは、しかしそれを確認する前に強い力で腕を引かれ、勢いよく地面を転がった。

 

本当に大切なものは

 

ナイフを振り上げる男から庇うように、ギュッと自分を抱きしめるの体温を感じながら、和葉は呆然とその光景を見つめていた。

まるでスローモーションのように振り下ろされるそれから、目を逸らすことが出来ない。

だからだろう。―――その瞬間を、目の当たりに出来たのは。

振り下ろされたナイフが自分たちに襲い掛かるその前に、どこからか飛んできた何か白い小さなものが男のナイフを打ち落とす。

それを認めた瞬間、和葉の身体は動いていた。

男のうめき声に咄嗟に顔を上げかけたの腕を強引に引っ張り、そのまま巻き込むようにして床を転がる。

そうして勢いに任せてその場を脱出した和葉は、何事かと目を丸くするを背後に匿うようにして顔を上げた。

「確保!!」

それと同時に、警官の声がホテルのロビーに響き渡る。

それからは、あっという間だった。

痛みに呻いている犯人たちは、押し寄せる警官を前に抵抗できず、なんともあっけないほどあっさりと拘束されている。

それをどこか他人事のように見つめていた和葉は、自分の背後で身を起こしたの気配に気付き、ふつふつと湧き上がる怒りを感じながら勢いよく振り返った。

「このっ、アホ!」

「なっ・・・!!」

突然の怒声に思わず目を丸くするを認めて、彼女のこんな表情は珍しいと頭の片隅の冷静な部分でそう思う。―――勿論、頭の大半が怒りに支配されている今となっては、行動を抑制する力にはならなかったけれど。

突然の和葉の怒声に絶句するを認めて、和葉は更に言葉を続けた。

「無茶ばっかりせんといてや!一歩間違えたら、あんた大怪我してたんやで!!」

「そ、それは解ってるけど・・・」

「解ってる!?じゃあ、あんたは解っててあんな事したんか!!」

咄嗟に反論するだが、和葉の勢いは止まらない。

それどころか、更に勢いを増した彼女の怒りに、もまたムッとしたように眉を寄せる。

しかしそんな彼女の小さな不満は、和葉の悲痛な叫びによって掻き消された。

「大怪我するかもしれんって解ってて!そんで私を庇ったっていうんか!!そんなんされて、私が喜ぶとでも思ってんの!?」

「・・・和葉」

「そんなん・・・そんなん嬉しくもなんともないわ!相手はナイフ持ってんねんで!もし刺されたら、あんた死んでたかもしれへんねんで!!」

先ほどの恐怖を思い出したのか、和葉は震える手をギュッと握り締めながら、何かに耐えるように俯く。

迫ってくる男。

庇うように自分を抱きしめるの身体は温かく、力強くて。

振り下ろされるナイフが彼女の肩越しに見えたあの時の絶望は、今もまだ和葉の中に鮮明に残っている。

「・・・アホ」

そうして和葉は、己の内にある怒りをなんとか押さえ込み、ただポツリとそう零す。

の行動を理解できないわけでもなかった。

もし自分が彼女と同じ立場であったなら、同じようにしていただろう。―――だからといって、彼女の行動を容認できるわけではなかったけれど。

それでもこれ以上責めても仕方がないとも解っている。

今は、自分たちが無事だったことを素直に喜ぶべきだ。

そうは思っても、そう簡単に割り切れる事でもなかったけれど。

「・・・和葉」

肩を震わせ、何かに耐えるように俯く和葉を見つめて、もまた悲痛な面持ちを浮かべる。

そうして両手を和葉へと伸ばし、ギュッと強く彼女の身体を抱きしめた。

「ごめんな、和葉。・・・ごめん」

精一杯の思いを込めて、そう囁く。

今更になって、自分の身体が震えているのが解った。―――同じように、抱きしめている和葉の身体も。

「・・・ごめん、和葉」

「うちも言い過ぎた。ごめん、

ただギュッと力強く自分の身体を抱きしめるの身体を抱き返し、和葉もまた囁くような声でそっと謝罪の言葉を落とした。

 

 

「・・・落ち着かれましたか?」

そうして一通りお互いの身体を抱きしめ合い漸く落ち着きを見せた2人は、気恥ずかしそうに視線を交わしながら、雰囲気を見計らって傍へと来た白馬の声に顔を上げた。

「白馬くん・・・」

「うん、ごめんな。なんや2人だけの世界に入ってもうて。―――ひょっとして羨ましかった?」

「少しだけ」

「・・・はぁ」

和葉の茶化した言葉に即答で返した白馬を認めて、は小さくため息を零す。

なんだかんだといって、この2人は気が合っているようだ。―――もちろんをからかう事にかけて、だけれど。

「せやけど、まぁ無事でよかったわ。あん時犯人がナイフ取り落とさんかったら、私ら確実に怪我してたやろうしな」

そんなやり取りで漸く普段の調子を取り戻したのか、和葉が小さく笑みを浮かべながら軽い口調でそう呟く。

しかし口調は軽いものの、その言葉には実感がこもっていた。

和葉の言うように、犯人がナイフを取り落とさなければ、怪我は免れなかっただろう。―――場合によっては命の危険すらあったのだ。

そんな和葉の言葉に、も漸く不思議に思ったのか僅かに首を傾げて。

「っていうか、なんで犯人はナイフ取り落としたんやろ?」

和葉を庇うように覆いかぶさっていたからは、当然ながら犯人の様子は見えなかった。

犯人に背を向ける前は、確かにしっかりとナイフを持って振りかざしていたはずだけれど・・・―――とそんな思いを込めて呟けば、おそらくはその光景を間近で見ていた和葉がきょろきょろと辺りを見回しながら口を開く。

「ああ、なんか白いもんが飛んできて・・・―――ああ、多分これやろ」

の素朴な疑問にふとあの瞬間の出来事を思い出した和葉は、床に残っていた白いカードを拾い上げる。

確かこの白いカードが犯人の手に辺り、ナイフを落としたのだ。

その光景をまざまざと思い出した和葉は小さく身を震わせると、何も書かれていない白いカードを裏返す。

そうしてそこに書かれた特徴的なマークを認めて、2人は揃って目を見開いた。

「・・・怪盗キッド」

「これ、怪盗キッドの予告状のマークとおんなじちゃうん?」

の腕を掴みぐいぐいと身体を揺する和葉をそのままに、は慌てて視界を巡らせる。

広い広いロビー。

非常線が張られているのか客の姿はなく、ちらほらと警官がいるだけだ。

けれどその一角。―――吹き抜けになった2階部分の手すりに座り、悠然と足を組んでこちらを見つめる男に気付き、はギュッと唇を噛み締めた。

そんなの様子に気付いた和葉もまた、まるで当然のようにそこにいる怪盗の姿に目を瞠る。

「怪盗キッド・・・!!」

和葉の大きな声がロビーに木霊し、それを耳にした白馬もまた怪盗の姿を目に映す。―――けれど彼に驚いた様子はなく、こちらもまた当然のようにジッと怪盗を見つめていた。

「大変な騒ぎでしたね、お嬢さん。しかし怪我はないようで、安心しました」

「・・・あんたが、助けてくれたん?」

「無粋な男に、私の大切な宝石を傷つけられたくなかっただけですよ」

意味深な眼差しをへと向けて、怪盗はそれは甘く微笑む。

不本意ながら言われ慣れた言葉に、は疲れたように肩を落とした。

聞くものが聞けばそれこそ頬を染めて喜ぶのかもしれないが、生憎の心は動かされない。

「誰が宝石や」

ただ一言そう突っ込みを返せば、怪盗キッドは楽しげに笑みを零し、優雅な手つきで自らのスーツの内ポケットへと手を滑らせた。

そうしてその内ポケットから見覚えのあるネックレスを取り出すと、まるで見せ付けるかのようにそれに小さく口付けを落とす。

そのあまりにも芝居じみた様子に、は呆れたようにため息を吐き出した。

やはりというかなんというか、問題のネックレスは問題なく怪盗の手に渡ったようだ。

勿論彼なら失敗するはずはないと思っていたし覚悟はしていたが、やはり盗まれるという事はあまり気分の良いものではない。

どうして彼があのネックレスを狙ったのか。

捕まった犯人たちと関係があるのか、ないのか。

そして、あのネックレスをどうしたいのか。

様々な疑問が湧き出るけれど、生憎と疲れ果てたにそれを問い詰めるだけの気力はない。

なにせ誘拐され、監禁され、挙句には殺されるところだったのだ。

いくら神経が図太い彼女とて、所詮は一般人。―――慣れない事の連続に疲れ果て、もう何も考えたくないというのが本音だ。

しかし和葉はそうではないのだろう。

日々平次と一緒にいる為か事件に巻き込まれる事も多い彼女は、高校に進学してからはその機会がなかったとは対照的に、まだまだ気力が残っているらしい。

幼い頃に母親からプレゼントされた2人の大切な宝物を持つ怪盗をきつく睨みつけ、和葉は大きく声を張り上げた。

「ほんまや!すっかり自分のものにしたつもりか、あのネックレス!」

「・・・・・!」

先ほどの怪盗のセリフと、の返答。

それを踏まえて出ただろう和葉の言葉に、けれどはハッと我に返ったように和葉を見やった。

「どうしたん?」

「そうやんな。・・・ネックレスやんな」

突然のの反応に不思議そうな表情を浮かべる和葉へなんでもないと首を横に振りつつ、は気まずそうにそっぽを向いた。

「・・・なんか毒されてきたような気がするわ」

「何に?」

「非日常に」

やはり訳が解らないという表情を浮かべる和葉をそのままに、はまたもやため息を吐き出す。

おそらくは・・・―――否、確信的に、怪盗はの誤解を招くような発言をしたに違いないけれど。

それに何の疑いもなく乗ってしまった自分が悔しくて仕方がない。

「・・・はぁ、もうええわ」

なんだかもう疲れ果てて、早くこの騒動から身を引きたいは思わずそう呟くけれど、和葉にとってはそうはいかないらしい。

今もまだネックレスを手に優美に微笑む怪盗を強く睨みつけて、和葉は広いロビーに響き渡るほど大きな声を上げた。

「怪盗キッド!それはうちらの宝物やで!とっとと返しぃ!!」

今にも襲い掛かりそうな勢いで叫ぶ和葉に、怪盗は僅かに目を見開く。

思えば怪盗キッドに対し、女性がこんなに勢いよく怒鳴る事など、記憶にある限りそうない。

さすがの双子の妹だと妙なところで感心しつつ、怪盗はやんわりと微笑んで見せた。

「おやおや、随分と元気のいいお嬢さんですね」

「やかましいわ!そんな高いトコから人の事見下ろして、何様のつもりや!!こっち降りて来ぃ!!」

「・・・和葉」

どうやら先ほどの出来事で、随分と気が高ぶっているらしい。

実際にこちらに降りてこられればそれはそれで困るというのに、和葉の口撃は留まる様子はない。

今の和葉なら、怪盗を殴り飛ばすくらい出来そうだ。―――いや、降りて来いといっているのだから、彼女は本気なのかもしれないが。

「折角の可愛らしいお嬢さんのお誘い。ぜひとも貴女の元へ降り立ちその白い手に口付けたいところですが、残念ながら時間切れです」

「セクハラ!、コイツ堂々とセクハラ発言しよったで!!」

「・・・ああ、そう」

怪盗の言葉にあっさり翻弄されて声を上げる和葉を横目に、は疲れたようにため息を吐き出す。

もう既に論点がずれている気がしないわけではないが、あえてそこを突っ込む必要もないだろう。

これ以上話がややこしくなるのはごめんだ。

そんな言い合いをする2人を尻目に、怪盗は座っていた手すりから立ち上がると、バサリと白いマントを翻しながら優雅に一礼をして。

「では、私はこれで失礼します。またお会いできる日を楽しみにしていますよ、お嬢さん」

「あ!」

言うが早いか、小さな爆発音と共にその場に白い煙が巻き起こる。

そうして慌てるこちらを尻目に、白い煙が引いた頃には、もう既にそこに怪盗の姿はなかった。

まだ近くにいるのかとすぐさま辺りを見回すけれど、残念ながら怪盗の目立つ姿は見当たらない。

それに悔しそうに唇を噛み締めた和葉は、慌てたようにを振り返って。

、どないしよ!あいつ、ネックレス持ったまま逃げよった!!」

「すぐに警官に追わせます」

「・・・無理やと思うけど」

和葉の言葉に、状況を見守っていた白馬がすぐさま指示を飛ばす。

白馬の指示に従って散らばり始めた警官を横目に眺めながら、半ば諦めたように小さく呟き、は今日何度目かのため息を吐き出した。

怪盗にネックレスが渡った時点で、彼の手からそれを奪い返すのは不可能だろうと思っている。

不本意だがこれまで怪盗が盗みに失敗した事はほとんどないという事を知っていたは、怪盗にネックレスの所在を教えた時点で既に諦めていたのだ。

戻ってくる可能性が、まったくないとは思っていないけれど。

「・・・和葉、元気出し」

しかし必ず戻ってくるという保障もない以上、気を持たせるような発言は出来ない。

そう判断し、はがっくりと肩を落としている和葉を元気付けるように声をかけた。

「だって・・・。あれ、ほんまに大切にしてたんやで。もそうやろ?」

「それはそうやけど・・・」

しかし和葉はそんな言葉では納得できないらしい。

彼女がどれほどあのネックレスを大切にしていたのか、長い時間を共にしたにはよく解っていたし、また自身も同じだ。

2つで1つの、対になったネックレス。

持ち主に強い信頼と絆をもたらしてくれるという、迷信のあるもの。

が上京してからは、なお一層それを大切にしていた事も知っているけれど。

「あんなものなくたって、私らはいつでも一緒やろ?」

うなだれるように地面を見つめる和葉の顔を覗き込み、は柔らかい笑顔を浮かべてそう言った。

それに僅かに顔を上げた和葉を認めて、は更に笑みを深める。

「離れてたってそうや。私と和葉は、それこそ目に見えへんものでちゃんと繋がっとる」

・・・」

決して断ち切れない、血の絆。

生まれる前からずっと一緒だった2人。

それはあんなネックレスで左右されるようなものではない。

目に見えるものではないけれど、2人はいつだって繋がっている。

そんなの思いを感じたのか、うなだれていた和葉はしっかりと顔を上げ、まっすぐにの目を見つめてコクリと小さく頷いた。

「・・・うん、そうやな」

呟いて、お互いの手を握り合う。

色々な事があった数日だったけれど。

宝物だったネックレスは奪われてしまったけれど。

一番大切なものは守る事が出来た。

こうして感じる手の温もりは、お互いにとって一番大切なもの。

「うん、そうやんな!」

漸く笑顔が戻った和葉を見て、も嬉しそうに頬を緩める。

怪盗追跡の為に指示を出しに離れていた白馬は、戻った2人が固く手を握り笑いあう光景を認めて困ったように微笑んだ。

「仲がよろしいのは結構ですが・・・」

この2人の間には、きっと誰も割り込めはしないだろう。

それは2人とずっと一緒にいた、あの服部平次でさえも。

「やはり、少し羨ましいですね」

これまで見た中で一番の笑顔を浮かべるを眺めながら、白馬は困ったように嬉しそうに小さくそう呟いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

本当にお待たせして申し訳ありません。

コナン連載、第5話です。

この話を読む限り、今回は和葉と主人公の姉妹愛がメインのような気がしなくもありませんが。

そしてやはり服部平次の出番がありません。

最初は彼をメインに書いてたつもりだったのになぁ・・・。(笑)

今回は少し短めで。

次回は漸く最終回です。

作成日 2009.11.29

更新日 2009.12.6

 

戻る