あの事件から数日後。

騒動がまるで夢だったかのように、の周りは驚くほど静けさを取り戻していた。

新聞や雑誌は怪盗キッドの成功を報道し、テレビでは検証番組まで放送して。

けれどその裏にあった2人の少女の誘拐や、逮捕された男たちの存在など誰にも知られる事なく。

「・・・ま、こんなもんやろな」

騒がれる事を懸念していたとしてはあっけない幕切れではあったけれど、正直ありがたいとも思っていたは雑誌を眺めながら小さく呟く。

もしかすると白馬が警察に手を回してくれたのかもしれない。

はたして一介の高校生探偵にそれが可能なのかはともかくとして、ともあれ事は無事に解決したのだからと軽く流しつつ、は誰もいない放課後の教室で小さく微笑んだ。

 

永久なる

 

「こんにちは、さん」

教室を出たが校門へとやってくると、最近では珍しい白馬の姿がそこにあった。

あの事件の前は雑誌の記事を気にして姿を見せなかったし、事件の後は事後処理で忙しかったのかこれまた姿がなかった。

こうして出迎えを受けるのは随分と久しぶりだと頭の片隅で考えながら、笑みを浮かべる白馬を見返して小さく笑った。

「またお出迎え復活?白馬くんも意外と暇やねんな」

「時間は自分で作るものです。さんに会えるなら、どんな苦労だって厭いませんよ」

相変わらずの気障なセリフに、はもう1度小さく笑うと何も言わずに歩き出した。

その後ろを追いかけるようにして白馬も動き出す。

思えば不思議なものだった。

怪盗が縁で知り合ったこの探偵は、いつしかの生活に入り込んでいる。

あの日怪盗に会わなければ、きっと彼と出逢う事もなかったのだろう。

では、あの日怪盗と出会わなければ、と和葉の宝物であったネックレスは奪われずに済んだのだろうか?

その答えを、自分の後ろを歩く探偵が持っているのか。

「・・・白馬くん」

「なんですか?」

「怪盗キッドは・・・なんで私らのネックレスを狙ったんやろ?」

おそらくは、何か目的があって盗みを働いているだろうキッド。

ただ単にその行為を楽しんでいるだけとは思えない。

相変わらず盗んだものをに押し付けていく彼の行動はそう見えなくもないが、少なからず怪盗キッドを知った上で推測すれば、の元に押し付けていく盗品は彼の望んでいるものではなかったのではないかと思えるのだ。

では彼が望んでいる品とは、一体なんなのだろう?

宝石類である事は間違いない。―――これまでの元に押し付けられたそれらの中に、宝石類以外のものは存在しなかった。

このとき初めて、は怪盗の行動理由に疑問を抱いたのだ。

それはすなわち、彼に興味を持ったといっても過言ではない。

今まで文句を言いつつも怪盗に深く関わろうとしなかったの心境の変化を見逃さずに読み取り、白馬は困ったように笑みを零した。

これまでどれほど怪盗がにアプローチをかけても、本人にまったく怪盗への興味がなかった為、深く心配はしていなかったけれど。

これは今後厄介な事になるかもしれない・・・と心の内で零し、白馬は振り返る事無く歩き続けるの背中を見据えて口を開いた。

「一番初めに新聞社に持ち込まれた怪盗キッドの予告状。あれ、実はキッドが出したものではないみたいなんです」

不意に告げられた真実に、は思わず足を止めて振り返った。

「・・・どういう事?」

「貴女たちを誘拐した犯人、彼らの供述です。実は非常に言い辛いのですが・・・」

そう言って白馬は一冊の雑誌をへと差し出す。

それはあの事件ですっかり忘れてしまっていたが、白馬がに出迎えに来る事を拒否された原因でもある雑誌。

白馬のインタビュー記事が載っているそのページには、彼の写真も貼り付けられている。―――その白馬の背後に小さく写る自分の姿を認めて、は改めてため息を吐き出した。

「この写真がどうかしたん?出来ればあんまり思い出したくないんやけど」

この写真のせいで散々からかわれ注意を受けたのだ。―――これ以上蒸し返してほしくはない。

しかし白馬はそれに申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、小さく写っているの姿の胸元を指差した。

「実はこの写真に、あのネックレスが写っているんです」

「・・・え?」

言われて見れば、確かに写っている。

普段は服の下に隠しているというのに、どうしてこの時に限って服の上に出ているのだろうか。

そこまで考えて、はその原因に思い至った。

この日は最終授業が体育で、ホームルームに遅れるからと慌てて着替えたのだ。

その後はいつも通り迎えに来ている白馬の事をからかわれるのが嫌で、急いで教室を飛び出した。

おそらくはその時からネックレスは制服の上に出ていたのだろう。―――放課後だったから、先生の目に付かず注意されなかっただけで。

「誘拐犯たちはこの雑誌を見て、もしかすると・・・と思ったそうです。確かにこのネックレスは特徴的な形ですし、ずっと探していたそうですから確かめる価値はあると思ったと」

「・・・それで?」

「しかし直接尋ねていっても見せてくれないのは当然です。あまり広く知られてはいませんが、このネックレスはとある一族の財宝のありかを示すものらしく、あの男たちはそれを狙っていたんだそうです」

「・・・財宝?」

そんな曰くつきのものだったとは、思ってもいなかった。

「まぁ、その話がどこまで真実なのかは怪しいところですが、男たちは何の疑いもなくそれを信じていたようです。それで・・・」

直接尋ねても見せてもらえるとは思えない。

そのネックレスが本物だとすれば、譲ってくれるはずもないだろう。

そう考えた男たちは、ネックレスの価値に気付かれないようそれを手にする方法を考えた。

「それが、怪盗キッドの予告状?」

呆れたように言うに向かい、白馬は真剣な表情で頷く。

「そうです。今世間を賑わせている怪盗からの予告状なら、テレビ局や雑誌が飛びつくのは間違いありません。おまけにそのネックレスは2つで1つですから、上手くいけばもう1つの在り処も知る事が出来ます」

確かに、怪盗キッドの予告状が届いたその時から騒ぎは始まっていた。

それを取り扱っていた店を割り出し、その購入者を割り出し、たちの実家にはたくさんの報道陣が押し寄せていた。

まさにカメラの前でたちの母親は言っていたではないか。

『あのアクセサリーがそんな代物なんて知りませんでしたわ。古いアンティークショップで買ったんですけどね。ええ、娘たちの誕生日プレゼントに。―――今?今はもちろん、娘が持ってますよ、誕生日プレゼントですから』

母親のあの言葉で、犯人たちはの持っているネックレスが本物だと確信したのだろう。

調べようと思えば、が遠山家の娘だという事は簡単に解るだろうから。

思えば不審な視線を感じ始めたのも、白馬のインタビュー記事が乗った頃。

その全てが怪盗のせいかと疑っていたが、真実はその誘拐犯たちがの持つネックレスが本物かどうか探る為に監視していたという事なのだろう。

「それで、全部怪盗キッドのせいにしてネックレス奪おうとしたって?」

「そうです。しかしそこで犯人たちにとっては予想外の出来事が起こった」

白馬の言葉に、はコクリと頷く。―――その先は聞かずとも想像がついた。

誘拐犯たちが出した偽の予告状。

しかしその予告状がさも本当のもののように、そこに怪盗キッドが現れたのだ。

「怪盗キッドはなんで、自分が出した覚えもない予告状の為にわざわざ姿現したんやろ?」

「自分が出した覚えがないから、でしょう」

そしてその標的が、よりにもよってだったから。

おそらく白馬のその推測は間違っていない。

「現れるはずのない怪盗の姿に、犯人たちは驚きました。そしてすぐさま計画を変更したんです。―――怪盗キッドに奪われる前に手に入れてしまおうと」

そしてその結果、と和葉は誘拐されたというわけだ。

その話を聞いて、は呆れたとばかりに額を押さえる。

「・・・アホらし」

なんて計画性のなさだ、と思わずにいられない。

あまりにも行き当たりばったりな犯行に、それでは上手くいくはずもないではないかと思う。

それでネックレスを手に入れたとしても、いずれ遠くない内に捕まっていたに違いない。

「まぁ、結果的にはさんの機転で犯人の手にネックレスが渡る事はありませんでしたが・・・」

そのおかげで、ネックレスは怪盗キッドの手の中だ。

盗まれたという点ではどっちもどっちだと思うが、まだマシだったとそう思うのは何故なのだろう。

「・・・でも、そうか。怪盗キッドはあいつらと仲間ちゃうかったんや」

小さくポツリと呟き、は俯き地面を見つめる。

その事実に、どこかホッとしている自分がいるのは何故なのか。

のネックレスを狙ったのが、怪盗ではなかった。―――その事実が思いの外、の心を軽くしたのはどうして?

『信じられませんか?』

不意に、誘拐されたあの時聞いた怪盗キッドの声が甦る。

まっすぐに自分を見つめ、迷いのない声色で告げた言葉。

『何があっても、私は貴女を裏切りません。ですから、どうか私を信じてください』

あの言葉が、どうしても嘘だとは思えなかった。

けれど心から信じる事が出来なかったのも確か。

結局あの時が怪盗にネックレスの在り処を告げたのは、他に選択肢がなかったからだ。

では他の選択肢が存在していたら?

は怪盗を信じただろうか?―――それとも・・・。

「・・・さん?」

ぼんやりと考え込んでいたは、不意に名前を呼ばれて我に返った。

顔を上げれば、白馬が心配そうな顔で覗き込んでいる。

それになんでもないと小さく笑って見せて、は止めていた足を再び動かす。

「わざわざありがとう」

「いえ、さんには真実を知る権利がありますから」

「いや、それもやねんけど・・・」

言い辛そうに言葉を濁し、足を止めることもないままは言葉を続ける。

「あの時、連絡したらすぐに来てくれたやろ?」

一瞬言われた言葉が解らずきょとんとする白馬に、は立ち止まり前を向いたまま呟いた。

「あれ、ほんまに助かったから。やっぱり和葉と2人だけやったら心細かったし・・・―――誘拐された時も助けてもらったし」

「そんな・・・。結局はさんと和葉さんを、僕の不手際のせいで連れ去られてしまいました。すみません」

「謝らんといてや。助けてもらったんは事実やねんから」

そう言っては小さく深呼吸すると、勢いよく振り返って。

「ありがとう、白馬くん」

照れくさいのか、少し頬を染めながら・・・―――けれどまっすぐに白馬を見据えて礼を告げたに、白馬は思わず目を見開いた。

そうして一拍の後、ふわりと本当に嬉しそうに微笑んだ白馬を認めて、はなんだか居心地が悪いような、それでいて浮き立つような気持ちを持て余しながら、再び白馬に背を向けて歩き出した。

「だから・・・今度白馬くんが困った時は私に言うて。出来る事なら力になるから」

「そんな、気にしないでください」

「するっちゅーねん。借りは借りやからな」

照れ隠しにぶっきらぼうに告げるを優しい眼差しで見つめながら、白馬はくすぐったいような気持ちで小さく笑う。

相変わらず素直ではない。

そうは思うが、そこがの可愛らしいところだと思ってしまう辺り、もう既に末期なのかもしれないけれど。

「・・・何笑ってんの?」

「いえ、相変わらず可愛らしい方だなと思いまして」

「・・・・・・」

思った事を素直に口にしただけなのに、どうやらの機嫌を損ねてしまったらしい。

さんの扱いは難しいなと、口に出せば空々しいと本人に言われそうな事を心の中で呟きながら、白馬は前を歩くを見つめながらクスクスと笑みを零した。

 

 

時刻は日付を越える頃、小さな物音に気付き、は解いていた問題集から顔を上げると引いていたカーテンを勢いよく開けた。

しかし見えるはずのいつもの景色はそこにはない。―――代わりに真っ白のタキシードを来た有名人の姿を認め、諦めたように窓の鍵を外した。

「こんばんは、お嬢さん。今夜も綺麗な月夜ですね」

「よくも飄々とした態度であっさり顔出せたな。あんたの神経疑うわ」

素っ気無い態度でそう言いつつも、予測していた手前驚きはない。

怪盗は絶対に来ると思っていた。

「怒った顔も凛々しいけれど、貴女は笑顔の方が素敵です。どうか怒りを静めてください」

相変わらずさらりと零れる気障なセリフに、は脱力したようにベットに腰掛けた。

白馬といい怪盗キッドといい、こんな男がそこらにごろごろしているかと思うと頭が痛い。

「別に怒ってないわ。白馬くんから事情は聞いたし・・・」

半ば呆れ混じりにそう言えば、怪盗は心得ているとばかりに頷いて。

「ええ、あの探偵殿ならそうではないかと思いました。彼はフェアな人間ですから」

それは褒めているのかそうではないのか。

追う者と追われる者、お互いライバル関係にあるというのに、2人の話を聞いているとそれ以上の何かがあるような気がして仕方がない。―――いや、にとってはどうでもいいことだけれど。

「あんた、一体どういうつもりなん?偽の予告状にほいほい現れて、しかもその予告状通りにネックレス盗もうとするなんて・・・」

「覚えがないからこそ、乗ったのですよ。偽の予告状を出した者たちの真意を確かめる為にね」

ふわりと窓枠に腰を下ろし、優雅に微笑みながらそう告げる怪盗に、はずっと気にかかっていた疑問を投げ掛けた。

「あんたあの時、私のネックレス見て意味深な発言しとったやろ?」

「意味深な発言?」

の言葉に覚えがないのか、怪盗は小さく首を傾げる。

それに焦れたように、はあの夜の言葉をそのまま口にした。

『お嬢さん。素敵な宝石をお持ちですね』

事件が起こる一月前。

いつものように神出鬼没にの前に現れた怪盗が、意味深な視線を寄越しながら口にしたセリフ。

『でも、気をつけて。―――大切な宝物を、誰かに奪われないように』

怪盗があんなセリフを口にしなければ、とて怪盗を疑ったりはしなかったかもしれない。

妙に興味がある素振りで、何かを企むような眼差しでそう告げた怪盗。

その直後にあんな予告状が出回れば、疑うなという方が無理な話だ。

のそんな思いに気付いたのか、怪盗は納得したように頷いて。

「あれは警告のつもりだったんですよ。最近お嬢さんの周りで不審な人影を見たものですから」

まるで何でもない事のようにさらりとそう告げた怪盗に、は僅かに頬を引き攣らせた。

「ほんなら素直に解りやすく警告してくれたらよかったんちゃうの?」

「不審な男たちが周りをうろついているなんて知れば怖いでしょう?幸いな事に登校時はお友達と一緒、下校時はあの探偵殿が一緒でしたから安全かと思ったんですよ」

それに夜は私が付いていますしね。

そう言ってやんわりと微笑んだ怪盗に、はがっくりと肩を落とす。

確かに見知らぬ男が身の回りをうろついていれば気味が悪いが、それを知っていれば先に何らかの手は打てたはずだ。

そうすれば誘拐などされなかったかもしれないし、命の危険に見舞われる事もなかった。

恨めしそうにそう告げるも、怪盗は余裕に満ちた笑みを浮かべて。

「何があっても、お嬢さんを守りきる自信はありましたから」

あっさりとそう言われてしまえば、もう返す言葉もない。―――きっと何を言っても、同じように流されてしまうのだろうから。

しかし怪盗の言葉に嘘はなかった。

結局一番危険な時にたちを助けたのは怪盗だった。

彼が誘拐犯の持ったナイフを落とさなければ、は今頃病院にいたかもしれないのだから。

それでも素直に感謝する気になれないのは、すべて怪盗の手の上で踊っていたような気がするからかもしれない。

「ああ、そうだ。実は今回もお嬢さんにお願いしたい事がありまして・・・」

そうしていつもと同じセリフを口にして、怪盗は懐から2つのネックレスを取り出した。

それを無言のまま見つめるの手のひらへと乗せて、にっこりと微笑む。

「このネックレスを、元の持ち主に返してあげて欲しいんです。これは私の望む品ではありませんでしたから」

どの面下げてそんな事を言うのかと突っ込みたかったけれど、生憎との口から言葉が出る事はなかった。

いつもそう言って、に盗品を押し付ける怪盗キッド。

元々彼が出した予告状ではないのだから、このネックレスが彼の望む品であるはずがない。

だからこうして自分の手元に戻ってくるだろう事は、白馬の話を聞いた時点で解っていた。

怪盗キッドが、その為にこのネックレスを盗んだという事も。

「・・・キッド」

「なんですか?」

ぼんやりと手の中のネックレスを見つめながら、はポツリと彼の名を呼ぶ。

それに小さく首を傾げて微笑みながら返事をした怪盗は、いつも通り余裕に満ち溢れているようで少し腹が立ったけれど。

「・・・

「・・・え?」

「私の名前は。お嬢さんなんてくすぐったい呼び方やめて」

顔を上げてまっすぐに怪盗を見据えてそう言えば、言われた本人は呆気にとられたように軽く目を見開いていて。

どうやら彼の不意をつけたらしい事を察したは、一矢報いた気分でクスクスと笑みを零した。

「ありがとう、キッド。それから疑ってごめん」

「・・・・・・」

「あんたは犯罪者やけど、私らを助けてくれた事に違いはないから。―――だから、ありがとう」

「・・・さん」

思いもよらないからのお礼の言葉に、怪盗は呆気に取られたように立ち尽くす。

まさかこんな言葉をもらえるとは思っていなかったのだ。

自分から事の真相を語るつもりはなかった。

もしかすると白馬がに真相を伝えるかもしれないとは思っていたけれど、今回ネックレスを渡すのが最後になるかもしれないとも思っていた。

だというのに、この展開はどうだろう。

いつもは邪険に扱われているというのに、こんな形で受け入れてもらえるなんて。

いや、そうではない。

きっとはもうとっくに怪盗を受け入れていたのだろう。

ただ素直ではなかっただけで。

そうでなければ、毎回訪れる怪盗を文句を言いながらも部屋に上げたりはしないだろうし、最悪警察や白馬に通報されて待ち伏せされていたかもしれないのだから。

「キッド、手出して」

唖然として立ち尽くす怪盗キッドに、はいつもと変わらない口調でそう告げる。

それに操られるように手を出した怪盗の手のひらに、返してもらったネックレスの1つを置いて、は満足げに微笑んだ。

「・・・さん?」

そんなの行動に気付いた怪盗が訝しげに名前を呼ぶと、ジッと怪盗の手のひらに置いたネックレスを見ていたはゆっくりと顔を上げて。

「これ、ひとつはあんたにあげる。これを持ってる者同士には、強い信頼と絆をもたらしてくれるんやって」

思いの外近い距離で意味ありげな言葉を告げられ、不覚にも怪盗の頬に赤みが差した。

それに気付いているのかいないのか、は次の瞬間ニヤリと何かを企むように口角を上げて。

「もうひとつはちゃんと白馬くんに渡しとくからな」

「・・・は?」

「このネックレスの迷信が強いか、それともあんたの実力の方が上か、これからじっくり見物させてもらうわ」

呆気にとられる怪盗を他所に、はもうひとつのネックレスを布で包んで鞄に入れると、振り返りざまににっこりと微笑んだ。

「ま、せいぜい頑張って逃げてや。―――怪盗キッド」

そう言って笑ったの笑顔は、これまで怪盗が見た中で一番輝いて見えた。

「やれやれ、さんも意地悪ですね」

「それはどうも」

「でも私は捕まりませんよ、絶対に」

キッパリと言い切れば、は面白いものを見るような眼差しで怪盗を見つめて。

「すごい自信やな。私が見た限りでは、白馬くんも侮られへんと思うけど」

からかうように告げるに、けれど怪盗は余裕の笑みで返す。

そう、捕まるつもりはない。

白馬が侮れない人間なのだという事は、彼と何度も対峙している怪盗キッドには嫌というほど解っている。

白馬だけではない。

あの小さな探偵も、キッドにとっては厄介な相手だ。―――だからこそ楽しくもあるのだけれど。

「捕まりませんよ、絶対に。だって捕まってしまっては、さんに会えなくなってしまいますからね」

「なっ・・・!!」

思わぬ不意打ちを食らったが目を見開くのを尻目に、キッドはマントを靡かせて身を翻すと窓枠に足をかけた。

「それではさん、また」

そう言って窓枠を蹴り夜空へと身を躍らせる。

盗みを続ける理由はある。

早く自分が望む品が見つかる事を、今もずっと願っている。

けれど手にしたそれが自分の望む品ではないと解っても、それほど落胆していない自分にも気付いていた。

それが必要のないものであれば、の下へ行く理由になる。

面倒臭そうな、厄介そうな顔はするけれど、なんだかんだ言いながらも怪盗の望むように持ち主に返却してくれる

文句を言いつつも、訪れたその時、彼女の部屋の窓が開かなかった事は一度もない。

意外とお人よしだと言えば、きっとはまた怒るのだろうが。

しかしそのお人よしの部分に救われているのも確かだった。

「もう2度と来んでええからな!!」

窓から身を乗り出しそう叫ぶの声を聞きながら、怪盗キッドは小さく笑みを零す。

そう言っていても、次に顔を出した時、またあの窓は開かれるのだろう。

「遠山さん!何を騒いでいるんですか!?」

「あ、いえ、すみません!ちょっとストレス発散に・・・」

「今何時だと思っているんですか!」

背中から聞こえる寮母の怒る声と慌てて弁解するの声に、夜空を飛ぶ怪盗は珍しく声を上げて笑った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

一気に書きました。

なんだ、やれば出来るじゃないかと自分を褒めてあげたり。(笑)

一応これで連載は終了です。

なんだか展開がありきたりな気がしていましたが、それでも楽しみにしてくださっていた皆様ありがとうございました。

作成日 2009.11.29

更新日 2010.1.10

 

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