うちには大切なもんが、3つある。

ひとつは家族や。

うちを育ててくれたおとうはんやおかあはん・・・―――ま、基本やな。

ふたつ目は、幼馴染の平次。

こんなん本人の前では絶対言わんけど、うちの初恋(現在進行形)やし。

ほんでからみっつ目は。

 

アンバランスな関係

 

「もー!なんやねんな、これは!!」

うちは癇癪起した子供みたいに、持ってた参考書を放り投げて机に顔を伏せた。

バサバサとか本の落ちる音とか聞こえて来たけど、そんなんもう知らん。

こんな勉強したかて、将来何の役に立つっちゅーねん。

そんな事考えながら、ちょっとだけ残ってた勉強やらなあかんっていう意気込みをその辺に捨てたうちの耳に、困ったような声が掛けられた。

「和葉、そんな事言わんと・・・。投げ出したかて仕方ないやろ?」

言葉と同時に、さっき投げた参考書がうちの顔の前に差し出される。

それを恨めしい目で見詰めて、参考書を差し出した手を辿ってその主を見上げた。

はええよな・・・うちと違って頭ええし・・・」

「何言ってんの。和葉は勉強せぇへんだけやろ?私は予習・復習してるんやから、あんたより出来て当然やの」

ちょっと呆れたような表情を浮かべて・・・でもうちを諌めるように言い含める。

はうちの双子のお姉ちゃんで、双子やっていうのに何でか知らんけど全く似てない。

二卵性やからっていうのもあるんやろうけど・・・―――基本的に普通の兄弟程度にも似てないから、うちらが姉妹やって言うても大抵の人は信じてくれん。

うちはどっちかって言うと体育会系で、活発っちゅーか行動派。

それに比べては、文化系。

落ち着いてるし、図書館で本読んでるのが似合いそうな感じや。

まぁ、そう言うてもは運動神経も抜群にええんやけど。

見た目的にもうちとは全然違う。

うちの髪の毛はちょっと茶色っぽくてちょっと癖毛やけど、は真っ黒やし癖なんかちょっともないさらさらのストレートヘア。

おまけに双子のうちが言うんもなんやけど・・・めっちゃ美人や。

うちもまぁ、そんな悪くないとは思うけどな―――でも系統が違うんは一目瞭然。

何でこんなに違うんかな〜とかちっちゃい頃は思ってたけど・・・そんなん考えても解る筈ないから、いつの頃からか考えるのはやめた。

うちはの手から参考書を受け取って、それをパラパラと無造作に捲る。

ほんまにな〜・・・こんなん勉強してなんになるっちゅーねん。

歴史なんか知らんくても、生きてくのに困るとは思われへんし。

でもまぁ、なんやかんや言うても結局はやらん訳にはいかんのやけど。

だってうちら、所謂受験生やし。

「ほら、和葉。解らんとこあるんやったら教えたるから、頑張り」

「う〜ん・・・解っとるけど、いまいちやる気がな・・・」

がうちの机の隣に椅子を持ってきて、そこに座る―――さっきから色々教えてもらってるんやけど、うちに集中力がないせいかいまいち進みが遅い。

やっぱりやる気が出ぇへんと、興味なさそうに参考書を捲ってたうちに、は最終兵器とばかりに呟いた。

「平次と同じ高校、行くんやろ?」

ポツリと呟かれたその言葉に、参考書を捲ってたうちの手がピタリと止まる。

恐る恐る視線をに向けたら、怖いくらい綺麗な笑みを浮かべてた。

「・・・・・・・・・」

「言うとくけど、平次の志望校は結構ランク高いんやで?今の和葉に手が届かんとは言わんけど・・・でも今のままやったら受かるか受からんかはギリギリの瀬戸際や。そんなロープの上を綱渡りするような危ない事して、父さんと母さんの寿命縮めたいの?」

淡々と言葉を並べ立てる

っていうか、そんなん笑顔で話す内容と違うやろ?

とか思ってても、の言うてる事は正しいから、うちには何も言えん。

だから何も言えん代わりに縋るような視線を送ると、は呆れたようにため息を吐いた。

「ほんなら、ここのページからな。ここらへんはテストに出やすいから、しっかりと頭に叩き込んどくんやで」

うちの手にあった参考書を取って、パラパラとページを捲ってたはあるページを開いてうちの前に置いた。

なんか知らんおっさんの顔写真とか、ちっこい字でずらずらと並んだ文とか見てると思わず眩暈しそうになるけど・・・ここまで言われたら、いっちょ女の意地を見せなな。

さっきまでとは比べ物にならんほど真剣な顔で、参考書を睨み付ける。

うち記憶系はほんま苦手なんやけど・・・。

「後で私が作ったテストしてもらうからな。しっかり覚えるんやで」

悶々と参考書とにらめっこするうちの耳に、の厳しい声が届く。

っていうか、あんた鬼やろ・・・

 

 

二時間後。

机に向かって黙々と採点をするを、宣告を待ってる罪人のような心境で見詰める。

やっぱ、このテストの結果があんまりにも悪かったら・・・お仕置きとかされんのかな?

っていっつも笑顔とか浮かべてて優しげやのに、実は結構怖いからな。

でもがこうやってうちの勉強に付き合ってくれるから、うちも助かってる―――口では何やかんや言うてても、やっぱり優しいんや。

「・・・うん」

長い長い沈黙を破って、がひとつ頷いた。

それにハッと我に返って、の顔を凝視する―――ドキドキと心臓が鳴って、煩い。

なんでうちこんなに怯えてるんやろ。

「・・・どない?」

恐る恐る聞くと、はうちを見てにっこりと優しい笑顔を浮かべた。

「うん、完璧」

「ほんま!?」

「ほんま、ほんま。だから言うたやろ?和葉はやったら出来るんやから!」

まるで自分の事のように自慢気に笑うに、思わずうちの表情も緩む。

先生に誉めてもらうよりも、に誉めてもらう方が嬉しいわ。

採点してもらったテストを受け取って、一番上に書かれた『100点』の赤い字を見詰める―――なんや小学生みたいやけど、やっぱり嬉しい。

「それにしても、和葉はほんまに平次の事が好きなんやな・・・」

いきなりしみじみと言われて、うちはびっくりして顔が真っ赤になった。

「な、なんやの、いきなり!!」

「だってさっきまであんなにやる気なかったのに・・・平次と同じ学校に行きたいんやろって発破かけただけで、こんなに集中力出るんやから・・・」

また参考書をペラペラと捲りながら、はほんまに感心したように言う。

今更そんな改めて言われると、めっちゃ恥ずかしいんやけど。

なんかえらい暑くなって、うちは椅子から立つと側にあった窓を大きく開けた。

それと同時に、冬の冷たい風が部屋の中に入ってくる―――正直言うて寒かったけど、火照った顔には丁度気持ち良かった。

うちでそうなんやから、別に暑くも何ともないは寒いやろーなと思って振り返ったら、は別段寒そうな素振りもせんと、さっきのうちみたいにぼんやりと参考書を眺めてる。

そんなを見てて・・・―――頭に上った血が元に戻っていくみたいに、うちの頭の中はちょっとづつ冷静になっていく。

「・・・なあ」

「ん〜?」

なんでかから目が逸らされへんくて、じっと見詰めたまま声を掛けた。

上の空のの返事を聞いて、うちは唾を飲み込んで口を開く。

も・・・やろ?」

「何が?」

も・・・平次の事、好きなんやろ?」

言うた途端に、時間が止まったような気がした。

さっき唾飲み込んだばっかりやのに、咽がからからで張り付いて気持ち悪い。

それやのに掌にはじっとりと汗をかいてた―――握り締めた掌に自分の爪が当たって、ちょっとだけ痛い。

なんか息が苦しくて・・・可笑しいなと思ったら、息を止めてた事に気付いた。

は参考書を捲ってた手をピタリと止めて、一呼吸置いてからゆっくりとうちの方を見る―――いっつも笑顔のの顔は、今は無表情で・・・それが妙に怖かった。

「・・・和葉?」

無表情のままで、うちの名前を呼ぶ。

それに怯みそうになったけど、今更誤魔化す事もできん。

「そうなんやろ?も、平次のこと好きなんやろ?」

うちは残った勇気を奮い立たせて、更に口を開く。

せやのに、次の瞬間は勢い良く噴出した。

その勢いのままには声を立てて笑って、おまけに浮かんだ涙まで拭って改めてうちを見返す。

「な・・・何言うかと思ったら・・・。いきなりで吃驚して突っ込みも入れられへんかったわ」

「突っ込みって・・・ツッコミなんかいらんやろ?うちは真面目に聞いてるんやから!!」

「真面目に聞いてるからこそ、突っ込みが必要なんやろ?」

すかさず言い返してきて、は漸く笑いを納めてから困ったように笑う。

「いつからそんな勘違いしてたんかは知らんけど・・・和葉が思ってるような事はないよ」

「・・・・・・でも」

「確かに平次のことは好きやけど・・・。でもそれは恋愛じゃなくて友だちとして。和葉が思ってるような感情と違うから、安心し」

未だに納得できへんうちに向かって、はにっこりと綺麗に笑う。

そんな顔されたら・・・これ以上何にも言われへんやんか。

「・・・そんなら、ええけど」

渋々そう言うて、うちは開けたままの窓を閉めて椅子に座る。

それを待ち構えてたは、机に向かったうちにさっきと同じように参考書を差し出した。

「ほんなら、次はここな」

「え〜!?まだやんの!!??」

「当たり前やろ、受験生。今日はここまで終わらせるからな」

そう言うて見せられた参考書のページの太さに、うちは思いっきり脱力する。

やっぱり鬼やわ、あんた。

 

 

何とかの地獄みたいな勉強が終わって。

ご飯食べてお風呂入った後、うちは倒れこむようにベットに寝転んだ。

これから受験が終わるまでずっと、こんなんが続くんかいな。

そう思ったら余計に疲れてきて、もうその事については考えん事に決めた。

「はぁ〜・・・」

ゴロゴロとベットの上を転がって、仰向けになって天井を見上げてため息をつく。

今のうちには勉強よりも考えなあかん事があるんや―――・・・なんて言うたら、今以上にに怒られるんやろうけど。

『確かに平次のことは好きやけど・・・。でもそれは恋愛じゃなくて友だちとして。和葉が思ってるような感情と違うから、安心し』

さっき聞いたの言葉が甦る。

「・・・嘘つき」

目を瞑って、瞼の裏に焼きついた見慣れたの笑顔に向かって、うちはポツリと呟いた。

が平次の事どう思てるかくらい、うちにだって解ってる。

双子を舐めたらあかんで・・・―――は気付かれてへんって思ってるんかもしれんけど、だてに15年間一緒におるわけやないんやから。

うちはダルイ身体を起して、のろのろと机に向かう。

そこに置いてある写真立てを手にとって、収まってる写真を見詰めた。

うちと、と、平次が写ってる写真。

があんな事言うたんは、きっとうちの為なんやろうな・・・。

うちが平次のこと好きやって知ってるから、多分は諦めようと思ってるんやろう。

あの子はそういう子や―――だからうちは、直接の口から聞くのが怖かったけど、あんな質問したんや。

ほんで多分・・・平次が好きなんは・・・。

直接聞いたわけやないから、絶対とは言えんけど・・・でもきっと間違いない。

だって平次、いっつものこと見てるもん。

それを改めて考えたら、胸の奥がズキリと痛んだ。

ほんまやったら、うちがさっさと身を引いたら良いだけの話なんかもしれんけど。

でもうちだって、だてに長い間平次に片思いしてきたわけと違うんや―――そう簡単に諦められるほど、軟な想いと違う。

それにや。

うちを跳ね除けるくらいの想いと違うんやったら、そんな簡単に渡せるわけないやん。

持ってた写真立てを元の場所に戻して、勢い良く椅子に座り込む。

口から出てくるのは、ため息ばっかりや。

 

 

うちには大切なもんが、3つある。

ひとつは家族。

うちを育ててくれたおとうはんやおかあはん。

ふたつ目は、幼馴染の平次。

こんなん本人の前では絶対言わんけど、うちの初恋(現在進行形)やし。

ほんでからみっつ目は。

いっつも側におる、うちの半身。

 

 

うちらの想いは不毛もええとこかもしれへん。

うちは平次に片思いで。

平次はに片思いで。

はうちと同じで平次に片思いやけど、それを表に出す素振りはなくて。

どないするんよ、ほんま。

このままやったら、どうにも収拾つかんやん。

だけどこのアンバランスな関係が、今は凄い心地良くて。

確かに収拾はつかんけど、今のうちらはそれでも何とか良好な関係を築いてて。

だからもうちょっと、このままでおっても良いかなって思う。

もうちょっと、このままでおりたいって思う。

いつまでもこんな関係が続かん事くらいは、うちにだって解ってるけど。

でもだからってどうしようもないし・・・今はどうにかなるとも思われへんし。

このまま3人一緒で同じ高校行って。

今までと同じように、阿呆なことしながら楽しんだりして。

その先のことは、そん時決めたらええやん。

うちはそう結論付けて・・・―――その結論に満足して、ベットに潜りこんで眠りに着いた。

 

 

そんなうちの結論が根底から覆されたんは、数日後の話。

が早々に出したうちとは違う結論が、3人のアンバランスな関係に波紋を広げた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

名探偵コナンドリーム・・・っていうか、服部平次ドリーム?

序章編第一話は、和葉ちゃん視点。

やっぱりこのドリームは、相手が相手だけに和葉ちゃんが可哀想な役回りになっちゃったりします(ごめんなさい!)

ヒロインは和葉ちゃんの双子のお姉さん設定。

そしてやっぱり、肝心の平次は出てきません(そんなんばっか)

作成日 2004.12.8

更新日 2007.9.13

 

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