ぶつくさ文句言いながら、それでも一心に参考書と睨めっこする和葉を見て、私は気付かれんほど小さいため息をついた。

大切な大切な、私の半身。

これが私のエゴやって事も十分に解ってるけど。

こんな事和葉が知ったら、傷付くって事も良く解ってるけど。

でも、和葉には幸せになって欲しいと想うから。

だから。

その為やったら、自分の気持ちを殺すぐらいなんてことないって、私は思ったんや。

 

最初の別れ道

 

「ほんなら、これで決定でええんやな?」

「はい」

学校の職員室に呼び出された私は、そう確認を取る担任を見据えてしっかりと頷いた。

先生の手には紙一枚―――それはここ最近では見慣れたもので、多分誰が見てもそれが何なんかはすぐ解るやろう。

進路希望書。

私の答えを受け取った先生は、決定済みになった希望書をファイルに戻しながら、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「いや〜、お前が決心してくれて良かったわ。お前の実力やったら申し分無いし」

「そんな事無いと思いますけど・・・。これから勉強が大変やわ」

「ははは。学年一の秀才が良く言うわ」

おどけたように肩を竦めた私に、先生は至極楽しそうに声を上げて笑った。

いや、でも笑い事違うで・・・―――ほんまに、勉強が大変そうやわ。

顔には笑顔を浮かべながら、心の中だけで突っ込む。

一応安全圏内やから決めたんやけど・・・それでも気を抜かれへん事には変わらへん。

和葉の勉強も見なあかんし。

そんなことを考えてた私に、先生はさっきまで浮かべてた笑顔を消して真顔で私を見ると、言い辛そうに口を開いた。

「んで、念の為に聞いとくけど・・・」

「なんですか?」

「この事は知っとるんか?お前の妹と幼馴染は」

真剣な顔で尋ねる先生に、私は困ったような笑みを向ける―――それだけで先生は察してくれたみたいで、呆れたようにため息を吐いた。

「知っとる訳ないか。知っとったら、こんなスムーズに話が進むわけないしな」

「ご心配かけます、先生」

「そう思うんやったら、あいつらきっちり説得せぇよ」

悟ったように遠い目をしながらの呟きに、私はただ苦笑を返すしかない。

私たち姉妹とその幼馴染の関係は、この学校では有名やった。

和葉は運動関係では大活躍やし、元気で明るいから友だちも多くてみんなに好かれてる。

幼馴染の平次は中学生探偵とか呼ばれてて、色んな事件に関わってるせいか新聞とかに載ることもあって、だから学校だけじゃなくて外でもそれなりに有名人や。

私も一応生徒会長とかやってるから、この学校では顔は知られてる方やと思う。

そんな3人が一緒におれば、目立てへん訳が無い。

加えて和葉と平次はいっつもしょーもない事で言い争いしてて悪目立ちしてるから、わざわざ説明して回らんでも私らが幼馴染やって事は勝手に広まってる―――こうやって先生たちが知ってるくらいに。

「説得なんてしたって、無駄なだけですよ」

私は先生にキッパリとそう言い切った。

説得して理解を得られるんやったら、最初から正直に話しとる。

無駄やって解ってるから、こうやって強硬手段に出たんや。

「・・・お前なぁ」

「大丈夫ですって。先生に迷惑かかるような真似はしませんから」

極力は・・・と心の中で付け加えて。

この事知ったらあの2人は絶対最初に先生に詰め寄るやろうと思うから・・・―――そうなる前に止めるつもりではおるけど、一応念の為。

にっこりと微笑んだ私に、先生はあからさまに大きなため息を吐いた。

「まぁ、期待せんとくわ」

「先生も大変ですね」

「お前が言うな、お前が」

疲れたように呟く先生にもう一度にっこりと微笑みかけて、私は静かに席を立った。

あんまり長いこと話してて、和葉に何の話やったか問いつめられても困るしな。

深く一礼して教室に戻るべく先生に背中を向けた私に、さっきまでの疲れたような声じゃない声が掛けられる。

「遠山。俺が聞くのもあれやけど・・・。お前・・・ほんまにこれでええんやな?」

ゆっくりと振り返ったら、先生が何時もとは違う鋭い目で私を見据えてた。

和葉が、平次が反対するかも知れへんって思ってるんと同時に、私が2人から離れたくないって思ってる事は先生にもお見通しなんやろう。

何時もは惚けてる人やのに・・・要所要所で締めてくるから、さすがやと思う。

「はい、勿論です」

そんな先生の言葉の裏に込められた意味を読み取って、その上で私はそう返事を返す。

「いつまでも一緒におるなんて事、無理やって事は十分に解ってます。どんなに一緒におりたいって思っても、別れ道はいつかは来るんです。それが・・・ちょっとだけ早くなっただけの話」

それに・・・一緒におればおるだけ、諦めんのが辛くなんのも事実やから。

まだ想いの深さが浅い内に、離れた方が賢明や―――もう十分、深みに嵌ってる気もするけど。

十何年来の想いは、そう簡単には消えてくれへんやろうとは思うけど。

「大人びてるっちゅーか、冷めてるちゅーか・・・。まだ中学生なんやから、んな悟りきっててどないすんねん」

「・・・性格ですから」

思わず苦笑いを浮かべる。

ほんま、自分でも可愛げなくて嫌になるわ。

「お前はまだ若いんやから、そうやってやる前から諦めたりすんなよ?これやから、頭のええやつは・・・先の先まで読んでまうから、ある意味不憫やわ」

「先生、それは慰めてくれてるんですか?それとも喧嘩売ってるとか?」

「んな訳あるか。ほら、さっさと教室帰れ」

自分で呼び止めといて、今度は追い払うようにシッシッと手を振る。

もう既に私から視線を逸らした先生に、私は心の中でこっそりと感謝した。

私の希望を何も言わんと受け入れてくれて・・・でも忠告と心配だけはしっかりとしてくれて。

今の私には、それだけで十分勇気付けられる気がしたから。

感謝を示す為に深く頭を下げてから、今度は誰にも声を掛けられる事無く私は職員室を出た。

冷たい・・・廊下特有のひんやりとした空気が身体を包み込む。

「ま、問題はいつまで隠し通せるかやな」

誰に言うでもなく呟いて、大きく息を吐き出す。

願わくば、後戻り出来んようになる頃まではバレませんように。

存在するかも解らへん神様に祈りながら、和葉と平次が待つ教室に向かった。

 

 

「どういう事や!俺が納得出来るまで、きっちり説明してもらおか!!」

私の祈りもむなしく、隠してた私の進路は呆気なく2人にバレた。

出所が何処かは・・・まぁ深く考えんのはやめとこか―――父さんか母さんか先生かの誰かやろうから。

教室の自分の机に座ってた私は、ドンと勢い良く叩かれた自分の机の上を見る。

そこには堅い机に強烈な一撃を加えてちょっとだけ赤くなった平次の手があった。

その手を辿って顔を上げると、怒りで強張った平次の顔がある―――それを認めて、横目で和葉の顔を窺うと、真っ先に文句を言うてきそうな和葉は少しだけ顔色を悪くして呆然と私を見詰めてた。

平次と同じように顔を強張らせてはおるけど、そこにあるのは怒りじゃなくて悲しみ。

不安とか罪悪感とか、そんな感じのもの。

その表情を見て、和葉に私の想いがバレてるんちゃうかと思った。

和葉に『平次のこと好きなんやろ?』って聞かれた時から、もしかしたらバレてるんかなとは思ってたけど・・・どうやらその推測は間違いないみたいや。

参ったな・・・上手い事隠してたつもりやったんやけど。

まぁ隠せてたんは間違いないやろうから、言い訳はいくらでも立つやろう。

「おい、!お前聞いとんのか!?」

まず最初の問題は、この怒り狂った名探偵をどう説得するかやな。

視線を平次に戻して、私はひっそりとため息を吐く―――解ってた事やけど、一筋縄ではいかんやろうなぁ・・・やっぱり。

「聞いてるから。取り合えず落ち着いて、平次」

「これが落ち着いてられるかい!」

そう言いながらも、平次は私の言葉に従って前の席に乱暴に座る。

さて、これからどないしよかな。

「で?どういうつもりやねん」

「どういうつもりって?」

わざと惚けて見せると、平次はさっきよりは幾分か威力を押さえてはおったけど、普通から考えたら十分な威力を込めてドンと机を叩いた。

「お前の進路の事や!」

「私の進路がどないしたん?なんか問題でもある?」

「あるに決まっとるやろが!!」

平次の怒鳴り声が教室中に響き渡る―――あまりの剣幕に、クラスメートたちも何事かと私たちの様子を窺ってる。

その視線に居心地悪さを感じてる私をよそに、平次は声を荒げたまま言葉を続けた。

「何で俺らと違う高校行くんや!しかもお前、全寮制の学校やって!?」

「そうや」

「おまっ!全寮制言うたら寮に入るんやで!?」

「当たり前やんか」

「寮に入ったら、お前あの家出るって事やねんぞ!!」

「そうやな」

「そうやなって・・・お前」

淡々と答える私に、とうとう平次は言葉を失った。

信じられへんって言わんばかりの顔で、ただ私を見据える。

和葉はさっきからずっと、黙ったままや。

私は平次を見据えて深く息を吐き出すと、極力なんでもない事のように意識をして、さっきと同じ淡々とした口調を心掛けながら口を開いた。

「なぁ、平次。私が何時、2人と同じ学校行くって言うた?」

「・・・

「私は一言もそんなこと言うてない」

「・・・・・・」

キッパリと言い切る私を、平次は無言で睨むように見詰めた。

その正直な視線を受けて、胸の奥がズキリと痛んだのを感じる。

封じ込めた筈の想いが、平次を前にしたら呆気なく封印を突き破って出て来そう。

だからこそ、今は距離を置いた方が良いと思った。

「確かに黙ってたのは悪かったと思うわ。それは謝る・・・ごめん」

「・・・・・・」

「でもこれは私の将来の事やから」

「・・・

私の言葉に、今までずっと無言やった和葉が遠慮がちに私の名前を呼んだ。

それに反応を示さんと、私は真剣な眼差しで平次を見据える。

すると平次は、諦めたような・・・辛そうな表情でため息を吐き出した。

「もう・・・決めたんやな?」

確認の言葉に、しっかりと1つ頷く。

「・・・考えを変えるつもりは・・・ないんか?」

「ない」

短い言葉で返事を返すと、平次は強張ってた身体から力を抜いた。

それに釣られて、私の身体から力を抜く―――自分で思ってた以上に力が入ってたって事に、今頃気付いた。

「・・・・・・ほんなら、もうええわ」

「平次!!」

「しょーがないやんけ。の頑固さは俺らが一番よう知っとるやろ?」

和葉が説得を受け入れた平次に抗議の声を上げるけど、そうしっかりと言い含められて悔しそうに唇を噛んで俯く。

そんな姿を見て、私は微かに微笑む。

それだけで、十分やから。

そんな風に、私と離れる事を悲しんでくれただけで十分やから。

だからどうか、気に病まんといて。

これは私が自分で出した結論なんやから。

「・・・ごめんな、和葉」

そう声を掛けたら、和葉はますます俯いてしもて。

聞こえてくる嗚咽を耳に、私は平次の方を見る事も出来んと・・・和葉と同じように俯いて、ただ自分の手を見てた。

 

 

2人に私の進路がバレた後。

それぞれが普段通りに振舞おうとして、でもそんなこと器用に出来る筈も無くて、私たちはぎこちない態度で毎日を過ごした。

平次とは比較的何もなかったように話をしてるけど、時々私を見る目が悲しそうに見えて、そう見える度に私も辛くなる。

解ってる。

それは幼馴染に対するものであって、決してそれ以上のものでない事くらいは。

でも期待してしまう自分もおって、やっぱり寮に入る事にして良かったって実感した。

一緒におったら、諦めるどころの話と違うから。

和葉はあれ以来、微妙に私を避けるようになってた。

前は一緒にしてた受験勉強も、今は別々。

それでもちゃんと勉強はしてるみたいやったから、それならそれで構へんねんけど。

ほんまはもっと円満に事を運びたかったんやけど・・・―――それを簡単に出来るほど、私らは大人じゃなかった。

そんなぎこちない関係のまま、時だけは順調に過ぎて。

まだ寒さの厳しい3月。

私たちは、卒業式を迎えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

第二話はヒロイン視点。

ちょこっとだけ平次が出てきました!(本当にちょっとだけ)

何気に先生が出張ってたり・・・。

私の書く話は、メインよりも脇役が出張ることの方が多い気がします(笑)

次でこの話は一応完結。

勿論次は、平次視点です。

作成日 2004.12.10

更新日 2007.9.13

 

戻る