!どないしよ!平次が行方不明やねん!!』

夜、寮の自室で課題を片付けていたに唐突に和葉から連絡が届き、その内容には呆気に取られて目を丸くした。

混乱する携帯の向こうの和葉を何とか宥めて通話を切った後、は机の引出しから紙の束を取り出し、それを見詰めて大きくため息をつく。

「まさかなぁ・・・。ほんまにこれに参加しとるなんてこと・・・」

そうであって欲しいような欲しくないような・・・。

けれど自分の予測が当たっていれば、和葉の心配するように『平次の身の危険』はないのだと思うと、当たっていて欲しいとも思う。

は睨み付けるように紙面の文字を見詰めると、再びため息を吐いて立ち上がった。

 

恐怖のお迎え

 

「ずいぶん楽しそうやなぁ、平次」

ホームズツアーに参加し、求めていた姿ではないにしろ工藤新一と対面する事が出来た平次は、送迎のバスに乗り紙面に書かれてあった通りの解散の場所でバスを降りた。

その直後、見計らったかのようなタイミングで掛けられた声に、ギクリと思わず身体を強張らせる―――まさかと思いつつもゆっくりと振り返ると、バスの乗り降り場から少し離れた場所に置いてあるベンチに、1人の少女が座っている姿が見えた。

その少女は自分の姿を見て固まった平次を一瞥すると、ため息混じりに立ち上がりしっかりとした足取りで平次の前に歩み出る。

「お前・・・なんでこんな所に?」

「ちょっと前に平次が送ってくれた資料が、まだ手元に残っててな」

引きつった笑みを浮かべる平次に、少女―――はにっこりと綺麗な笑みを浮かべるとカバンの中から分厚い紙束を取り出しヒラヒラと顔の前で振る。

それは確かに平次自身が送ったものであり、その理由はこのツアーに一緒に参加しないかというお誘いだったのだけれど・・・―――結果は見て解る通り、話を切り出した時点でキッパリとお断りされていた。

「んな事聞いとんのとちゃうわ!俺の誘いを即答で断りよったお前が、何で今ここにおるんかっちゅーとんねん!!」

突然の幼馴染の登場に怯んでいた平次は、漸く何時もの調子を取り戻して少しだけ声を荒げ、目の前に悠然と立つを見詰める。

しかしもそれくらいで動じるほど、平次との付き合いが浅いわけではない―――食ってかかる平次に、いつも通り淡々とした口調で言った。

「和葉から、捜索願が届け出られたからな」

「はぁ!?」

「平次、あんた誰にも何も言わんと出て来たんやろ。あっちはあんたが行方不明になったって大騒ぎになっとるで」

「マジで!?」

の口から告げられた現実に、平次は思わず声を上げる。

確かに思い返してみれば、出発が迫っていたせいで誰にも何も言わずに来たような気もしないではないが・・・と考え、次の瞬間には頭を抱えてため息を吐く。

自分の父親や母親がそれくらいで動じるとは思えない―――きっと和葉が騒ぎ立てたのだろうと予測して、心配性の幼馴染を思い出す。

「自業自得やな」

「・・・どないしよ」

「そんなん自分で何とかしぃ。泣きつかれた私の方が災難やわ」

帰った後の父親からの雷を想像して意気消沈する平次に、も疲れたような表情を浮かべて素っ気無く返した。

とて暇を持て余しているわけではないのだ。

少しの遠出くらいならば問題は無いだろうが、こんな場所にまで出向いてくるには色々と問題事もある。

わざわざ外泊届を出して、寮母に嫌味を言われつつここまで来たのだ―――帰ったら帰ったで、にも少しばかりの説教が待っている。

それぞれ嫌な想像を膨らませ渋い顔をする2人の足元に、小さな影が映った。

が視線をそちらに向けると、眼鏡を掛けた少年がチョイチョイと平次の服の裾を引っ張って注意を引いている。

「平次兄ちゃん」

裾を引っ張る力と呼び掛けに気付いた平次も、と同じように足元に視線を向けた。

「おう。なんや工藤・・・じゃなかった、坊主」

「ちょっとお話があるんだけど・・・」

控えめに主張し、自分にチラリと様子を窺って来る少年に微笑みかけて、は仕方ないとばかりに平次を少年の方へと引き渡す。

それに快く応え、大人しく少年の後に付いて行く平次を見て、は薄く目を細めた。

少し離れた場所で、何かをコソコソと話し合う平次と少年―――そこに浮かんでいる真剣な表情に、微かな違和感を覚える。

「あの・・・」

聞こえない距離はきっちりと取られているのだけれど、それでも何の話をしているのかと耳を澄ましていたに、控えめな声が掛けられた。

「・・・はい?」

意識を引き戻して返事を返し振り返ったの目に、可愛い女の子が映る。

「あの・・・服部君のお知り合いの方ですか?」

「え、ええ。貴女は・・・?」

「あ、初めまして。私、毛利蘭と申します。すいません、なんかコナン君が服部君を連れて行っちゃって・・・」

「コナン?」

「はい。あの子、江戸川コナンって言うんです」

ニコニコと人の良い笑顔を浮かべて少年を指す蘭に、はなるほどと1つ頷いた。

それにしても・・・毛利?

その名前には覚えがあった―――ごく最近名を馳せるようになった、探偵だ。

「あの子、貴女の弟さん?でも苗字が違う気が・・・」

「いえ。あの子は家が預かってる子供なんです。つい最近からなんですけど・・・」

蘭の言葉に、は微かな引っ掛かりを覚えて再び平次とコナンを見る。

相変わらず何事かを真剣な表情で話し合っている2人に、は微かに眉を寄せた。

「ちょっとごめんな」

蘭に断りを入れて完璧に気配を断ってから、は2人に気付かれないように少しだけ距離を縮める。

武術を習っていたにしてみれば、至極簡単な事だ。

すると先ほどまで全く聞こえてこなかった会話の断片が、の耳に飛び込んできた。

その数少ない情報と、今まで自分の頭の中で纏めた事柄を組み合わせる。

「平次」

「うわっ!いきなり背後から声掛けんなや!ビビるやないか!!」

音も気配もなく背後に立ち、声を掛けたを勢い良く振り返って抗議の声を上げる平次を無視して、はにっこりと笑顔を浮かべると唐突に問いを投げかけた。

「そういえば平次。工藤新一には会えたん?それが目的やったんやろ?」

ニコニコと友好的な笑顔を浮かべるに気を緩めたのか、平次はホッと息をつくとチラリとコナンを横目で見やり。

「いや、残念ながら工藤は来んかったわ」

いやにあっさりとそう返事を返す。

それにも引っ掛かりを覚え、は軽く目を細めた。

あれほど工藤新一に会いたいと言っていた平次が、何故こうも晴れ晴れとした表情で『会えなかった』と言うのだろうか。

こんな事有り得ないけれど。

常識的に考えて、現実には起こり得ないだろう出来事だと思うのだけれど。

思い当たった考えに、は先ほどまでの友好的な笑みを消して鋭い視線でコナンを見据えた。

「ほんまに?もしかして・・・この子が『工藤新一』とちゃうの?」

「「・・・!?」」

の迷いの無い強い声に、平次とコナンが同時に身体を強張らせる―――それが肯定を示しているようで、の眉間に更に皺が寄った。

「な、何言うてんねん。んな事あるわけないやんか・・・なぁ、坊主」

「そ、そうだよ。僕が新一兄ちゃんなわけ・・・」

乾いた笑みを浮かべて否定しようと試みるが、の鋭い視線に射すくめられてコナンの言葉が途切れる。

それを合図に3人共が黙り込み、その場に奇妙な静寂が生まれた。

「何でそう思たんや?」

沈黙を打ち破って、平次が慎重に問い掛ける。

「何でって・・・あんなに工藤新一に会いたがってたあんたが、会われへんかったのにそんな晴れ晴れとした顔すんの可笑しいし、この子のあんたと喋ってる時の顔は小学生のものと違うし、毛利小五郎が活躍し始めたんが工藤新一が行方不明になったんと同じ時期で、しかもそれと同じ時期にコナン君が毛利邸に世話になっとるなんて出来すぎてるやん」

一気に思ったこと全てを話し、それと同時に段々と顔を強張らせる2人を見る。

「私が『工藤新一に会えたんか』って聞いた時、コナン君に視線向けとったし・・・」

そうして、決定的な一言。

「それに平次さっき、この子のこと『工藤』って呼んでたやろ?」

キッパリと言い切ると、2人の動きが完全に止まった。

その様子に、は自分の想像が正しかったのだと確信する。

やっぱり知られたくなかった事なんかな・・・と心の中で呟きつつ、それでもどうして高校生の筈の工藤が小学生のコナンになったのか興味もあった。

けれどそう簡単に踏み込めるような事情では無いだろう事は良く解り、だからこそは問い詰めるのを止める―――深く踏み込んで抱え込めるほど、今の自分には余裕が無いと解っていたからだ。

「ま、どっちでも良いけど。普通に考えたら、有り得へん事やしな」

質問するだけ質問してあっさりと引いたを呆気に取られて見ていたコナンは、自分を呼ぶ蘭の声に我に返った。

「えっと・・・じゃあ、僕行くよ。蘭姉ちゃんが呼んでるから・・・」

その場から逃げるように走り去っていくコナンを見送って、は軽く息をつくと平次に視線を向けた―――去り際にコナンが平次に目配せしていた事に気付いたが、敢えて突っ込まない事にする。

「ほな、私らも帰ろか」

混乱する平次を促して、は何事も無かったように踵を返した。

 

 

東京駅に着いた2人は、駅のホームでお互い目配せをする。

ここからは帰る場所が違うのだ―――平次は大阪の自宅に、は学校の寮に。

ここでお別れだと言わずとも察していた2人は、気まずそうに視線を交わらせる。

「ほなな。私はこっちやから」

「・・・ああ」

「帰る前にちゃんと和葉に連絡しぃや。あの子ほんまに心配してるんやから、声でも聞かせて安心させたり」

精一杯の笑顔を浮かべて、はそう言ってから軽く手を振って平次に背中を向けた。

「おい、!!」

呼び掛けられて、は歩みを止めて振り返る。

の目に、柔らかな笑みを浮かべた平次の顔が映った。

「お前が迎えに来てくれてうれしかったわ。久しぶりに顔見れたしな」

「・・・・・・」

「たまにはこっち帰って来いよ。みんな待ってるさかい!」

「うん。そのうち・・・暇作って帰るから」

本当は今はそんな気はあまり無いのだけれど・・・―――それでも社交辞令よろしく返事を返して、は今度こそ振り返らずに平次の目の届かない場所まで歩き続けた。

平次の笑顔が脳裏を過ぎり、忘れたと思っていた胸の痛みが再び甦る。

本当は自分が迎えに行く必要なんてなかったのだ。

詳細を告げて、帰る日時を伝えてやれば、それで和葉は納得しただろう―――平次がツアーに参加しているという確信が無かったという事もあるが、それはただの言い訳に過ぎないのだということをは自覚している。

そう、ただ会いたかっただけなのだ。

自分から離れることを望んでおいて、この期に及んで会いたいと願ってしまった。

久しぶりに会えたことの喜びと、和葉を裏切っているような罪悪感で胸の奥がざわざわとする。

は足を止めると、ゆっくりと振り返った。

ここからは既に平次の姿は見えない―――それに安堵しつつ、残念に思う気持ちも確かにあって、自分が一体どうしたいのかすら解らなくなった。

「ごめんな、和葉」

ポツリと呟いて、は再び駅のホームを歩き出す。

今度は一度も、振り返らなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

コナンと蘭に会おう、という話。

ヒロイン有り得ないくらい察しが良いです。

っていうか、気付かせたかったので半ば無理矢理に・・・(笑)

相変わらず糖度が少ない・・・というか寧ろない。

作成日 2004.12.14

更新日 2007.9.13

 

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