本日の授業も終わり、帰り支度をしていたは、妙に色めき立つ教室の空気に訝しげに眉を寄せた。

「・・・なんやろ?」

バタバタと慌てたように教室を出て行く女子たちを見送って、は小さく首を傾げる。

今日は何かあっただろうか?

そう思いつつ今月の予定をさっと思い浮かべるも、委員会も特別授業も何もなかったはずだ。

それにもしそんな理由からなのだとすれば、少女たちがあんなにも楽しそうにしているはずもない。

「まぁ、別にええか」

ともかくも、委員会や特別授業といった理由でないのであれば自分には関係がないだろうと簡単に片付けて、は参考書の詰まった重い鞄を肩に担いだ。

出来ることならば教室に置いて帰りたいが、進学校に通う身としてはそんな事も出来ない。

親に無理を言って・・・―――そして猛反対する妹と幼馴染を説き伏せて進学した以上、成績を下げるわけにはいかなかったし、またそんな事はのプライドが許さない。

毎日の予習復習にうんざりする事もあるけれど、自分が選んだ道なのだから仕方がないのだ。―――例えそこに、逃げる気持ちがあったのだとしても。

「じゃあね、。また明日!」

そんな暗い考えに沈みそうになっていたは、友達の声に我に返り思わず苦笑を漏らした。

今更こんな事を考えていても仕方がない。

ここまで来た以上、後戻りは許されないのだ。―――勿論、そんなつもりもないけれど。

そう思い直して、は重量のある鞄を肩に下げたまま教室を出る。

 

そこに何が待ち受けているかなど、知る由もなく。

 

白の共犯

 

昇降口で靴を履き替えた後、校舎を出たは校門前の人だかりに思わず目を丸くした。

一体何事かと目を凝らせば、どうやら校門のところに白いスーツを着た少年が立っているらしい。

誰かを待っているのか・・・―――そばを通り過ぎていく女子の声を聞き流しながら、は小さくため息を吐き出す。

誰かは知らないが、随分と迷惑なものである。

これだけの騒ぎになっているのだから、もうすぐ先生が注意に向かうだろう。―――何の感慨も興味なくそう結論付け、は重い鞄を抱えつつ校門へと歩き出す。

多少通りづらいが、抜けられない事はないだろう。

そう思った時だった。―――聞き覚えのある友人の声が、人だかりの中から聞こえてきたのは。

「それに最近、ちょっと様子おかしいよね」

「うん、前は気軽に部屋の中に入れてくれたのに、今はあんまり入れてくれないし」

「あとね、たまに部屋の中から人の話し声がするんだよね。それも男の人の!」

「うそ!―――まぁ、あの子に限って男の人連れ込んだりなんてしないだろうけど・・・」

随分楽しそうな声色に、は僅かに眉を顰める。

特別仲が良いわけではないけれど、比較的親しいと呼べる位置にいる友人たち。

彼女たちの噂話には際限がない。

一体どこから仕入れてくるのだろうかと思うほど範囲は広いが、その内容はそういった話に興味がないにとってはどうかと眉を顰めるものも少なくなかった。―――人の事は、放っておいてやればいいのに・・・と。

勿論、その被害を自分が被る事になるかもしれないなど、考えた事もなかったけれど。

こんな場所で捕まれば厄介だと声を掛けずにいたは、足早に人ごみの中を通り過ぎる。

視界の端で、話題の中心にいるだろう白いスーツの少年の姿が映った。―――確かに女子が騒ぎたくなるほど、整った容姿をしているようだけれど。

だからといって興味が沸くはずもなく、足を止めるつもりもなかったのだが・・・。

けれど、結果的に彼女は足を止める事になる。

「遠山さんですね?」

不意に響いた優しげな声と、それとは違うしっかりと己の腕をつかむ手。

突然の事に弾かれたように振り返ったの目の前で、その白いスーツの少年は声に違わない優しい笑みを浮かべて。

「・・・そうですけど」

「初めまして。僕は白馬探と言います。以後、お見知りおきを」

優雅ささえ漂わせながら、白馬と名乗った少年は笑みを深めた。

これが、と白馬探との出会いである。

 

 

人だかりの中で、優しげな笑みを浮かべながら自分を見つめる白馬を見返して、は表情には出さずに心の中で首を傾げた。

勿論、相手に見覚えはない。―――これほど印象的な相手を忘れるなどという事は、にとっては考えられない。

現に、彼は自分を見て名前を確認していたではないか。

だとするならば、彼と自分が初対面である事は疑いようもなかった。―――まぁ、名指しされた辺り、自分を待っていた事は間違いないのだろうが。

そんなの胸中に気付いているのかいないのか、白馬は浮かべた笑みを崩す事無くやんわりと口を開く。

「今、お時間よろしいですか?」

彼の言葉と共に上がる、歓声。

そこかしこから女子たちの羨ましがる声が聞こえ、は今度こそ盛大に顔を顰めた。―――代われるものなら、ぜひ代わって欲しいくらいだ。

彼が何者なのかはこの際置いておいて・・・―――絶対に自分にとって得にはならないだろう相手の存在に、は一呼吸置いてからキッパリと言い放った。

「・・・ナンパはお断りです」

「いえ、少しお聞きしたいことが・・・」

「変な勧誘はもっとお断りや」

素っ気無く言い放つも、相手に引く気はないらしい。

それはそうだろう。―――わざわざ学校の前で待ち伏せしているのだから、これくらいで引き下がってくれるとは思っていなかったが。

それでも関わるつもりはないと言葉に込めてさらに言い放ち、そうして有無を言わさず相手の手を振り払って歩き出したの耳に、白馬のため息にも似た苦笑交じりの声が届いた。

「やれやれ、随分と素っ気無い方だ」

しかし、やはり彼に引く気はないらしい。

さっさと歩き出したの後を、彼の優雅な足音が追いかけてくる。

それを苦々しく思いながらも、校門から離れ女子たちに声が届かないだろうと思われる場所まで一気に歩いたは、しかしそのまま歩みを止める事無く背後を歩く白馬へと口を開いた。

「怪しい人間とは、お近づきになるつもりあらへん」

「怪しいですか?ちゃんと自己紹介もしましたが・・・?」

「見知らぬ人間が、学校の前で自分を待っとる時点で怪しい事この上ないわ」

「防犯意識が高いのですね」

「そりゃ、どうも」

まさに、暖簾に腕押し。糠に釘。

さらりと返され、の眉間に更に皺が寄る。―――こういう類の人間は、相手をするには厄介な事この上ない。

それを身をもって知っているとしては、本当にごめん被りたいところなのだけれど。

しかし、彼女の願いは聞き届けられる事はなかった。―――しかも、よりにもよって彼女の知る一番厄介な人間の為に。

「貴女にお聞きしたいのは、他でもない怪盗キッドの事なんですが・・・」

の方にまったく相手をする気配がない事を察して、白馬は仕方がないと小さく息を吐き出しながら単刀直入にそう告げた。

それに思わず足を止めたを認めて、笑みを深める。―――自分の推理は、間違っていなかったのだと確信して。

「怪盗キッド、知っていらっしゃいますね?」

更に追い討ちを掛けるようにそう問いかけると、思わず足を止めてしまったは苦々しい面持ちで振り返った。

「・・・そりゃ、有名やから」

しばらくはまったく音沙汰がなかったものの、ここ最近再び活動を開始した怪盗の人気は絶大だ。

気障な言い回しと、派手なパフォーマンス。

所詮相手は泥棒だというのに、何故こんなにも人気があるのか。―――それこそには興味も関心もなかった。

その怪盗と不本意ながらも僅かな縁を持ってしまった事は、例え幼馴染にだって言えないし、言うつもりもないけれど。

「僕は、怪盗キッドを追っている探偵なんです」

「・・・探偵?」

「ええ。最近、この辺りで怪盗キッドらしき人物を見かけるという情報を手に入れました」

もういい加減に放っておいてくれないかという言葉をすんでのところで飲み込んで、は睨みつけるように白馬を見据えた。

「それで、なんで私のところに?」

「貴女なら、何か知っていらっしゃるかと思いまして」

何かが盗まれたという報告は一切ないのに、ある地区で頻繁に目撃されている怪盗キッド。

何かあると探っていた白馬は、彼がある学校の女子寮に出入りしている事に気付いた。

そうして調査を続けた結果、怪盗キッドが出入りしているだろう部屋の主を突き止めたのだ。―――それが、目の前で迷惑そうな顔をしている、遠山である。

「・・・知っていらっしゃいますか?」

尋ねる形ではあるけれど、白馬から向けられる視線と雰囲気は言葉通りのそれではない。

彼は確信しているのだろう。―――と、怪盗キッドとの関係を。

勿論、2人の間に白馬が考えるような関係など欠片もありはしないのだけれど。

思わず心の中で毒づいていた為に、反応が遅れてしまったらしい。―――思わず口を噤んだを認めて、白馬は確信的な笑みを口元へ乗せた。

「やはり、知っていらっしゃるのですね」

「私が知るわけないやろ」

今更の否定にどれほどの効果があるのかは解らないが、ここで認めてしまうわけにはいかない。

勿論、怪盗がどうなろうとにとっては関係はないが、それによって自分が被るだろう被害を思うと素直に口を割る気にもなれない。

本当に不本意ではあるが、望む望まないに関わらず、はもう巻き込まれてしまっているのだから。

本当に、東京は恐ろしいとこや。―――そうため息混じりに、心の中で呟いて。

そんななど構う事無く、白馬はさらに言葉を続けた。

「そうでしょうか?もし本当に何も知らないのであれば、もっと驚かれると思いますが」

「十分、驚いてるで」

「ええ。ですが、動揺の中に冷静であろうとする感情が見えたものですから」

白馬の言葉に、思わず唇を噛む。

これだから、探偵は厄介なのだ。

「貴女を待っている間、貴女のご友人たちから聞き込みをしました。―――最近、貴女の部屋から人の・・・しかも男性の声がすると」

先ほど聞こえてきた友人たちの話は自分の事だったのかと、は今更ながらに思い知る。

これまではその噂の被害に合うことはなかったけれど、まさか今この時にそれを負うことになるとは・・・。

「テレビと間違ごうてるんやろ?」

苦し紛れだと解っていながらも、はなんとか誤魔化すべく口を開く。

しかし相手もそんな曖昧な言葉で誤魔化されてくれるはずもない。―――更にを追い詰めるべく、追求を開始した。

「貴女のお部屋にテレビはないとお聞きしましたが?」

「ワンセグや、ワンセグ。今はお手軽になったからな」

その言葉は嘘ではない。

確かにの部屋にはテレビはないけれど、まったくテレビが見られないわけでもないのだ。―――今の世の中は、本当に便利になったものである。

そんなの強気な発言に、しかし白馬は納得したように頷いて。

「・・・なるほど。確かに、貴女の携帯電話にはワンセグ機能がついているようですね」

そう言って頷く白馬の手には、見慣れた携帯電話が握られている。

ハッと我に返り鞄へと手を伸ばすと、いつもそこにあるはずの自分の携帯電話がない事に気付き、目の前で害意のなさそうな微笑みを浮かべる白馬へ咄嗟に手を伸ばした。

「ちょっ!何、勝手に人の携帯・・・!!」

「失礼しました。これはお返しします」

あっさりと手元に戻ってきた携帯電話を握り締め、は強く白馬を睨み付ける。

探偵には、スリの才能もあるらしい。―――これでは怪盗となんら変わりないではないか。

不信感も露わな眼差しを向けるに、けれど白馬は動揺した様子もなくポケットに手を伸ばす。

そうしてそこから取り出した一枚の写真をへと手渡しながら、改めて口を開いた。

「少し前に、怪盗キッドに盗まれた宝石が無事に持ち主の下へ返されたんですよ」

「・・・そう」

手渡された写真を見下ろしながら、白馬の声を聞き流す。

その写真に写っている宝石は、も見た事があった。―――それも、直に見て手で触れた事も。

あの晩・・・不本意ながらも怪盗と出会ってしまったあの晩に、見た宝石。

「届け出たのは、かの有名な毛利小五郎。―――・・・のところにいる、小学生の男の子だそうなんですが・・・ご存知ですよね?」

「・・・・・・」

「不思議な事は続くもので、それ以来盗まれた宝石はすべて持ち主の下へ返却されています。誰かが、匿名で警察に郵送しているんです」

淡々と紡がれる白馬の言葉に、ピクリと僅かにの肩が揺れた。

それを見逃す白馬ではなかったけれど、あえて追求せずに言葉を続ける。―――本番は、これからなのだから。

「消印はすべてこの地域から。―――そして怪盗キッドがこの付近で目撃されるようになったのも同じ時期なんですよ」

脳裏に甦るのは、飄々とした面持ちの白い怪盗。

それを苦々しげに思いながらも、は表情を引き締めた。

事は自分の望まない・・・そして厄介な方向へと進みつつある。

「彼の協力者がこの付近に住んでいるのか・・・―――貴女はどう思いますか?」

きっと彼は確信しているのだろう。

そこで何故に目をつけたのかは解らないが、どうやら腕の方は間違いないらしい。

まさか自分の幼馴染と幼い名探偵以外に、こんな厄介な探偵がいるだなんて思ってもいなかったけれど。

けれどここで認める事は出来なかった。―――なにせ、これからの自分の生活が掛かっているのだから。

あの厄介な怪盗と不本意ながら関わってしまったせいで、自分にまで被害が及ぶ事は避けたい。

捕まるのなら、ぜひ1人で捕まってもらわなくては。

「私には関係ない事やわ。話がそれだけやったら、どうぞお引取りを」

なんとかこの探偵を追い返そうと、は先ほど受け取った写真を押し付けるように返して踵を返す。

いつの間にか彼のペースに嵌って立ち話などしてしまったけれど、本当ならばこんな会話を交わすつもりなどなかったのだ。

彼の口から出た思わぬ言葉に、思わず足を止めてしまったけれど・・・―――それを思うと、自分もまだまだなのだと思い知り、は疲れたようにため息を吐き出す。

精神面は、それなりに自信があったのだけれど。

そんなを認めて、白馬は受け取った写真を再びポケットの中に収めると、その場に立ったまま仕方がないとばかりに頷いた。

「そうですか。では、今日はこの辺で退散するとしましょう。―――また、来ます」

どうやら追いかけてくるつもりはないらしい。

勿論、それは言葉通りの意味なのだろう。―――今日は、これ以上の追求はしないと。

追いかけてこない事を確認しつつ、はまるで逃げるように寮への道を足早に辿る。

そうして漸く辿り着いた自分の自室に駆け込んだは、重い鞄に引きずられるようにその場に座り込み、大きくため息を吐き出した。

「・・・カンベンしてや、もう」

その願いが聞き届けられる事はないと、解っていたけれど。

 

 

それからほぼ毎日、白馬は校門前に現れるようになった。

最初は騒いでいた女子たちも、随分と彼の存在に慣れたらしい。―――普通に挨拶を交わして帰っていく光景を見て、は思わず頭を抱えたものだが。

教師たちにも、不思議と彼を排除しようとする動きは見せない。

もしかすると彼が何かをしたのかもしれないけれど、そこは追求する気にはなれなかった。

「こんにちは、さん」

そうして彼は今日もまた、何食わぬ顔での前に姿を現す。

それを厄介だと思う気持ちは今も健在だが、既に見慣れてしまった顔に追い返す気力は失われていた。―――どうせ無駄だと、悟ってしまったのかもしれないが。

「・・・また、あんたか」

ため息混じりにそう呟くも、しかし白馬は気にした様子もなく柔らかく微笑んで。

「ご機嫌はいかがですか?」

「・・・最悪や」

遠慮なくそう返すが、やはり彼に堪えた様子は微塵もない。

一体どんな神経をしているのかと疑いたくなるが、きっと彼はの心境をよく理解しているのだろう。―――もう既に諦めてしまっていると、解っているのかもしれない。

そんなをさらりと流して、白馬は僅かに周囲に視線を巡らせながら口を開く。

「こんなに遅くなるまで、一体何をなさっていたんですか?」

辺りは既に、薄暗闇に包まれ始めている。

今日は本当に遅くなってしまった。

だからこそ、今日こそはこの探偵も退散してくれる事を願っていたのだけれど・・・―――現実は彼女の望む方へは向かってくれなかったが。

「委員会で雑用を頼まれて。―――そっちこそ、こんな遅くまで校門で待ってるなんて随分暇やねんな」

「女性1人で夜道を歩かせるわけにはいきませんから」

「余計なご心配どうも」

いつも通り素っ気無く言い放ち、は白馬を置いて歩き出す。

当然の事のように自分の後をついてくる気配を感じ取り、は諦めつつもため息を吐き出した。

「・・・いつまで付きまとうつもり?」

「付きまとうだなんて。僕はただ、貴女に会いたいだけですよ」

「私じゃなくて、怪盗キッドにやろ?」

「それもあります」

の追求をあっさりと肯定した白馬は、それでも楽しそうに笑っている。

彼が自分に会いに来ているなどとは微塵も思っていない。―――勿論、事情を知らない周囲はそう思ってはくれなかったが。

だからは、その周囲の余計な追求までも相手にしなくてはならなくなったのだ。

それもこれも、すべてあの怪盗のせいだ。

今度会ったら一発殴ってやりたいと思いつつ、ここ最近姿を見ない怪盗を思い出す。

それはこの探偵に付きまとわれている今となっては願ってもない事だったけれど・・・―――それでも飽きる事無く姿を見せていた怪盗の姿が見えなくなると、少し不安になる。

自分に会いに来てくれない事が、ではない。

また何かよからぬ事を企んでいるのではないかと、そんな不安が拭い去れなかった。

「・・・いくら私に付きまとっても、怪盗キッドなんか来えへんで」

「それはそれで構いませんよ。少なくとも、貴女には会えますから」

やはり何を言っても、白馬に引く気はないらしい。

一体いつまで付きまとうつもりなのか。―――もし怪盗が現れるまでそのつもりなのだとすれば、一体どうすればいいのか。

危険を覚悟でストーカー届けでも出そうかと、そんな不穏な事を考えた時だった。

「おやおや、随分と強引な方ですね」

不意に響いた、聞き覚えのある声。

夕日の落ちた薄暗い道。―――塀の上に立つ影は、見覚えのありすぎるもの。

「・・・キッド!」

「お久しぶりです、お嬢さん。お元気でしたか?」

思わず名を呼んだに、突然姿を現した怪盗は優雅に微笑んだ。

その状況に、は思わず頭を抱える。

彼が姿を見せないのは、この探偵がいるからだろうと思っていたのに・・・―――なのに何故このタイミングで、彼は自分の前に姿を現すのか。

唯一の救いは、この道が人通りの少ない事だろうか。

流石にそこの辺りは考えているらしい。―――最も、そうでなければ困るのは彼自身だろうが。

しかし思わず頭を抱えたを見てどう判断したのか、怪盗は笑みの中にも申し訳なさそうな表情を浮かべて、塀の上からにそっと手を差し伸べた。

「しばらく会いに来れなくてすみません。少々立て込んでいたもので・・・」

「誰も会いに来てくれなんて頼んでないわ!っていうか、この状況解ってんの!?」

差し出された手は勿論に届く事はなかったけれど、彼女はまるでそれを払いのけるようにバッと手を振り、強い眼差しで怪盗キッドを睨みつける。

しかしこちらも探偵同様堪えた様子なく、実に余裕に満ちた笑みを浮かべて白馬へと視線を移した。

「ええ、勿論。探偵殿も人が悪い。私の大切な宝石に手を出そうとするとは・・・」

「誰があんたのや。ついでに、誰が宝石や」

思わず突っ込んでしまうのは、関西人の性か。

関西人がみんな突っ込んでくれると思ったら大間違いだと見当違いな文句を心の中で呟きながら、は疲れたように肩を落とした。―――いつも重い鞄が、今日は更に重く感じられる気がする。

そんなを他所に、白馬は漸く姿を見せた怪盗キッドへ向き直り、いつもへと向けている笑みとは違うそれを怪盗へと向けた。

「漸く現れましたね、怪盗キッド」

確信的なその言葉に、怪盗キッドは更に笑みを深める。

「随分と熱心な方だ。こんなところまで追いかけてくるとは、無粋な・・・」

彼がどうやってまで辿り着いたのかは解らない。

けれど優秀な彼の事だ、いずれ辿り着くかもしれないという事は予測していた。―――こうして何度も彼女の元に通っていれば、人目につくこともあるだろうとも。

それが解っていながら彼女の元に通い続けた事に関しては、弁解の余地もないけれど。

「言っておきますが、彼女は私の仕事に関してはまったく関係がありませんよ」

しかし、これだけは告げておかなければならなかった。

確かに自分はの元に通っているが、彼女は自分の仲間ではない。

余計な罪を被る事だけは避けなければならない。―――最も、白馬が本当に彼女を共犯だと考えているとは思っていなかったが。

「宝石に関しても、私が彼女に贈っただけ。それを彼女がどうしようと、彼女の自由だ」

「・・・なるほど」

怪盗の言葉に、白馬はあっさりと納得してみせた。

この地区で、怪盗キッドの姿が目撃されているのは本当。

警察に宝石が郵送された際、消印がこの地域なのも本当。

しかし、やはり彼も怪盗の考えた通り、が共犯者なのだとは思っていなかった。

そこにどんな意図があるのかは解らないまでも、宝石を手に入れたならばそうするだろうと納得した。

そんな2人のやり取りを脱力しつつ見つめていたは、これまでの出来事を思い出し重いため息を吐き出す。

何故か盗みを働いた後に立ち寄る怪盗。

盗んだそれが自分の望むものではなかったのか、怪盗は高級なそれを惜しみなくの下に置いて帰るのだ。

それに困ったのは、の方である。

以前のようにコナンを経由して持ち主に返す方法も考えたが、いくらなんでも回数が重なれば疑惑を抱かれかねない。

特にコナンの目を誤魔化すのは容易な事ではないと解っていた。

一番最初の時でさえ、しつこいくらいに怪盗キッドの事を聞かれたのだ。

あの時は、たまたま遭遇したと言い張ったのだけれど・・・―――いや、それは間違いではないのだが。

しかしそれが何度も重なれば、コナンだって黙ってはいないだろう。

余計な苦労は避けたく、そして自分が持っている事も避けたかったにとって、匿名で郵送するくらいしか取れる方法はなかった。

そんなの回想を破って、白馬はヒタリと怪盗を見据えると僅かに眉を寄せて口を開いた。

「しかし解りませんね。何かを盗むのでもないのに、何故彼女の元へ?」

白馬の問い掛けに、傍観者を決め込んでいたも怪盗へと視線を向ける。

それこそが、が一番知りたかった事なのだ。

何故、彼は自分の元へ足を運ぶのか。

盗んだ宝石の処理なら、他にも手段はあったはずだ。―――それこそ、に押し付けるよりも有益な手段が、たくさん。

なのにどうして彼は飽きもせずに顔を見せるのか。

そんな2人の視線を一身に受けて、怪盗は至極楽しそうに笑った。

「私はね、そのお嬢さんにあるモノを盗まれてしまったんですよ」

「この女性に・・・?」

怪盗の思わぬ発言に目を丸くするへと、白馬は視線を向ける。

無言の中にも「怪盗から何かを奪ったのか?」という意味を汲み取り、はフルフルと首を振る。

彼女が怪盗から受け取ったのは、彼自身が必要ないと判断した宝石類ばかりだ。

怪盗から何かを盗んだつもりはない。

そう暗に訴えるへ甘い視線を投げ掛けて、怪盗は艶やかに微笑んだ。

「そう、私はお嬢さんに盗まれてしまったんですよ。―――私の心を、ね」

怪盗の言葉に、は思わず固まった。

「ねぇ、お嬢さん」

そうして尚も同意を求めてくる怪盗を目に映して、はグッと拳を握り締めた。

言うに事欠いて、心を盗まれた・・・など。

「・・・いい加減にせぇ!!」

とうとう我慢の限界に達したのか、俯いて拳を震わせていたは、今までの鬱憤を晴らすかのようにそう怒鳴り声を上げた。

「誰のせいで迷惑してると思っとるんや!」

「もしかして、私のせいですか?」

「他に誰がおるんや、誰が!」

シレッとした態度で首を傾げる怪盗に、はさらに怒鳴り声を上げる。

そんな仕草をしても、可愛いとは思わない。―――園子辺りなら頬を染めて騒ぎだすかもしれないが、は怪盗キッドのファンではないのだから。

「もうええから、さっさとこの探偵連れて帰って!」

怪盗キッドの言葉が真実だとは思わないが、それでも散々振り回された挙句聞かされた言い訳に、の怒りは頂点に達していた。

怪盗のせいで、白馬に付きまとわれた挙句、友人たちから矢のような追求を受ける羽目になったのだ。

こちらは日々の授業や予習復習に加え、委員会やら寮の当番やら、はては実家や幼馴染から掛かってくる帰省の催促までこなしているというのに。

突然怒り出したに、怪盗は困ったように眉を顰めて・・・―――そうして視線を白馬へと移すと、恨みがましい声色で口を開いた。

「探偵殿、貴方のおかげでお嬢さんがご立腹のようだ」

「貴方の自業自得でしょう。私のせいではありませんよ」

「どっちもどっちや!」

お互い責任を擦り付け合う怪盗と探偵を一喝して、はグッと鞄を握り締める。

そうしてそれを構えてジッと怪盗と探偵を睨み付けると、何の躊躇いもなくそれを振り回した。

「ええから、とっとと帰れ!!」

の怒鳴り声と共に振り回される鞄の中身は、何冊もの参考書が詰まっている。

驚くほど重いそれは、十分に凶器となりえるもので。

さん、落ち着いてください!」

「おやおや。元気ですね、お嬢さんは」

探偵の慌てた声と、怪盗の楽しげな声が、暗闇に包まれたその場に響いた。

 

 

探偵と怪盗とが鉢合わせた、あの日から数日後。

あの日から姿を見せなくなった白馬に、漸く穏やかな日々が取り戻せると安堵したは、しかしまたもや校門前に立つ探偵の姿を見つけてがっくりと肩を落とした。

「・・・また、おるし」

校門の前に立つ白馬の姿は既に見慣れたもので、こちらを振り返った彼が浮かべた笑顔も既に見慣れたものだ。―――それがやけに悲しくなって、は深くため息を吐き出す。

「こんにちは、さん。ご機嫌いかがですか?」

「・・・最悪」

いつも通り掛けられる言葉にいつも通りの返事を返して、はさっさと白馬を置き去りにしたまま歩き出す。

そしてやはり当然のごとく付いてくる気配を感じ取り、歩みを止める事も振り返る事もなく、は前を向いたまま口を開いた。

「何しに来たんや?私と怪盗キッドとは、何の関係も・・・」

「ええ、それは解りました」

ないと告げようとした言葉は、白馬のあっさりとした言葉に遮られる。

それに思わず足を止めて振り返ったを見つめて、白馬は柔らかく微笑んだ。

「ですが、それと私が貴女に会いたいと思う気持ちは別です。―――よろしければ、これからお茶でもご一緒にいかがですか?」

自然な仕草で差し出される手。

柔らかい微笑みと、耳に心地良い柔らかい声。

無意識に手を伸ばしそうになって、それに気付いたはグッと眉を顰めると踵を返して歩き出した。

「お断り」

キッパリとそう返し、ギュッと鞄を握り締める。

散々迷惑を掛けられたけれど、は白馬が嫌いではなかった。

それは第一印象こそ最悪だったが、彼から向けられる感情に悪意がない事を感じ取れたからだ。

少なくとも、あの怪盗と鉢合わせをしたあの日。

帰るのが遅くなってしまったを待っていた白馬は、怪盗に会う事が目的だったのだとしても、暗い道を1人で帰るを心配したという言葉もまた、本当だったと解っていたから。

そっぽを向いて歩き出したを認め、けれどそれに堪えた様子もなく、白馬もまた歩みを進める。

「おやおや、相変わらず素っ気無い方だ。―――そこが貴女の魅力なのでしょうが」

悠然と微笑んでいるだろう白馬の姿が目に浮かび、は成す術なくため息を吐き出す。

白馬はきっと、振り返れば予想に違わない笑みを浮かべているのだろう。

それが厄介だと思う反面、けれど嫌だとも思えないから、余計に困ってしまうのだけれど。

「では、寮までお送りしましょう。まだ明るいとはいえ、物騒な世の中ですから」

「・・・勝手にしぃ」

返ってきたの素直ではない言葉に、白馬は嬉しそうに笑みを深める。

 

彼女の受難は、まだまだ終わりそうにもなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

というわけで。沙羅さま、お待たせしました。

155000ヒットリクありがとうございます。

リク内容は『コナン連載の続きで、白馬探との接触や怪盗キッドとの再会』との事で。

私自身も、本当に楽しんで書かせていただきました。(笑)

どちらかといえば白馬が目立っていて、怪盗キッドの出番は最後の方しかないというバランスの悪さが目立ちますが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

こんなものでよろしければ、沙羅さまのみお持ち帰りどうぞ。

作成日 2008.11.24

更新日 2008.11.28

 

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