それは、月の綺麗な夜の事。

「こんばんは、お嬢さん」

不意に響いた声に、机に向かい真面目に課題をこなしていたは、盛大に眉を寄せつつ顔を上げる。

そうして予想通り窓の外にある人物の姿に、大きくため息を吐き出して。

「・・・また、来た」

呆れたように、諦めたようにそう呟くを認めて、怪盗は優雅に微笑んでみせた。

「まるで貴女のように美しく輝く今宵の月に誘われて、ついつい・・・」

「ついつい、ちゃうわ。毎回毎回飽きもせんと顔出しよってからに」

「私の心を盗んでしまった貴女が悪いのですよ」

何を言っても堪えた様子もなく平然と笑ってのける怪盗を前に、はがっくりと肩を落としつつ額に手を当てた。

「・・・頭痛なってきた」

もちろん、そんなを怪盗は楽しそうに見つめているのだけれど。

 

だけに

 

わざわざ大阪から上京してまで、東京の学校に進学する事を決めた

勿論勉強を疎かにするわけにはいかないが、だからといって遊ぶ時間がないわけではない。

今日も、以前平次を迎えに行ってから友人になった蘭からお誘いの電話があり、それに乗ったは彼女たちとの待ち合わせである喫茶店に来ていた。―――そこで初めて顔を合わせた蘭の友人である園子ともすっかり仲良くなり、楽しい時間を過ごしていたのだけれど。

「それでね、大阪に行く事になったの。ちゃんも一緒に行かない?」

ふいに切り出された話に、は思わず目を丸くした。

「へぇ〜・・・って、なんで大阪に行く事になったって?」

「もー、聞いてなかったの!?麗しの怪盗キッド様が現れるからだって言ったでしょ!?」

楽しげな話に笑いながらも、ふと意識が遠くに行っていた時の事だ。―――それに蘭の隣に座っていた園子が、不機嫌そうな面持ちで声を上げる。

なんでも、鈴木財閥がロマノフ王朝の51個目のイースター・エッグ『インペリアル・イースター・エッグ』を発見したのだそうだ。

そしてそのエッグを頂くという予告状が、怪盗キッドから届いたのだという。

それでどうしてコナンたちがエッグのある大阪に行く事になるのかといえば、鈴木財閥が蘭の父親である小五郎にエッグの死守を依頼したからに他ならない。

まぁ、世間では有名な名探偵に依頼する事は、鈴木財閥の娘である園子と蘭が友人だという事を考えれば当然の事かもしれないが。

彼が言っていたのはこの事だったのか・・・と、は性懲りもなく先日もまた顔を見せた怪盗の話を思い出す。

「実は、大きな仕事をする予定がありまして・・・。だからしばらくは顔を見せに来る事が出来そうにないんですよ。ですので、それをお伝えにと思いまして」

の都合を気にする事もなく勝手に部屋に上がりこんだ怪盗は、先ほどまでが座っていた椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んだ後にそう言い放った。

「誰も顔見せに来てなんて頼んでないやろ」

それに異論を唱えたのはである。―――別には、怪盗に顔を見せてくれなど頼んだ覚えはない。

しかしふと怪盗の漏らした言葉に気付き、訝しげに眉を寄せた。

「・・・大きい仕事?」

「おや、興味がありますか?」

珍しく話の乗ってきたに僅かに眉を挙げ、怪盗は楽しげな声色でそう問いかける。

その反応に、ピクリとこめかみを奮わせたは、不機嫌な面持ちでそっぽを向いた。

「全然、まったく。聞きたくないわ」

正直自分でも意地を張っているとは思うが、相手のあんな態度を前に素直に気になるとはとてもじゃないがにはいえない。―――その上、知ればその分だけ厄介事が自分にも向くかもしれないと思えば、なおさら。

そんなの心境を読み取っているのか、怪盗はそれ以上は何も言わずにただ少しだけ肩を竦めてみせて。

それにが気付かない事にもう1度笑みを零してから、椅子から立ち上がりベットの端に座るの前へと歩み寄った。

「帰って来たら、貴女に素敵なプレゼントを差し上げますよ」

そう言って、恭しくの手を取り微笑んだ怪盗の姿が、今にも思い出せる。―――勿論、迷惑以外の何者でもないが。

そして満面の笑みを浮かべながら話をする園子を前に、その怪盗キッドのせいで話を聞いてなかったのだけれど・・・なんて勿論口が裂けても言えない。

そしてもう1つ。

蘭と園子と会うのに、どうしてこの小さな名探偵が一緒にいるのかの意味を漸く察して。

おそらく、目的は怪盗キッド。

以前に怪盗から押し付けられた宝石の返還を押し付けた事から、どうやら彼の疑惑を買ってしまったらしい。

本当に迷惑な事この上ない。

目の前の幼い探偵は、きっと自分が思うよりもしつこそうだったから。

そして、更にもうひとつ・・・。

不意に浮かんだ考えに、は困ったように眉を寄せて・・・―――けれどそれに気付かれないよう愛想笑いを浮かべると、目の前で自分の返事を待つ蘭と園子へ向かい口を開いた。

「あー・・・私は、やめと」

「行こうよ、姉ちゃん」

しかしそれは、隣から入った幼い声に遮られる。

「・・・コナンくん?」

嫌な予感を胸にそちらへと視線を向けると、コナンは挑戦的な・・・―――けれど興味深そうな眼差しでを見つめている。

その視線に似たものに覚えのあるは、気付かれないよう小さくため息を吐き出した。

姉ちゃん、怪盗キッドに会った事があるんでしょ?前に、怪盗キッドから宝石を奪い返したって」

「あれは・・・奪い返したっていうか、たまたま・・・」

遭遇して押し付けられた・・・と言った方が正しいのだけれど。

そしてそれはあの時だけではなく、現在も続いているのだが・・・―――勿論、そんな事は口が裂けても言うつもりはない。

言えば、この小さな名探偵からの追求は厳しくなるだろう。

一応は小学生を相手にしているのだからと当たり障りのない態度でそう言い募ったに、けれどコナンの追及の手は緩まなかった。

姉ちゃんだって、早く怪盗キッドに捕まって欲しいよね?」

コナンの言葉に、一瞬言葉に詰まる。

それを見逃す彼ではなく、意味ありげな眼差しを向けながら更に言葉を続けた。

「あれ?姉ちゃんは、怪盗キッドに捕まって欲しくないの?」

シレッとした態度で、小学生らしく可愛らしく首を傾げるコナンを認めて、はテーブルの下で拳を握り締める。

ここで感情のままに言い返せたら、どれほどすっきりするだろうか。

もしも、彼がコナンの姿をしていなかったら・・・。―――もちろん、その事実に何か確証があるわけではないのだけれど。

それでもきっと、自分の想像は外れてはいないのではないかと思う。

にわかには信じられない話ではあるけれど。

それでも彼の時折見せる小学生らしくない態度と、そして・・・―――自分の幼馴染の彼に対する対応を見ていれば自然とそう思えた。

そこまで考えたは、ふとある考えに至り頬を引きつらせる。

もしかして・・・。

「・・・コナンくん。誰に頼まれたんや?」

「・・・え?」

そう問いかければ、コナンは目に見える形でギクリと身体を強張らせた。

それを認めて、は思わず苦笑を浮かべる。

「誰に、って今更やな。どうせ平次辺りに絶対連れて来いって言い含められてんねやろ」

先ほど浮かんだ幼馴染の顔に、盛大にため息を吐き出して。

週末になれば、毎度毎度帰省を促す電話を掛けてくる彼の事だ。―――コナンを使ってそう仕向けたとしても不思議ではない。

しかしそんなの言葉にぶんぶんと大げさに首を横に振ったコナンは、慌てた様子で口を開いた。

「そんなんじゃないよ。ただ、大阪県警との合同捜査だって聞いたから、平次兄ちゃんなら絶対に来るだろうなって思って。それなら、きっと姉ちゃんが一緒の方が喜ぶんじゃないかな?」

きっと、そうだと思うよ。

そう付け加えて可愛らしく笑ったコナンを見下ろして、は先ほどとは違い悠然と微笑む。

もちろん、その言葉を素直に信じるつもりはない。

幸か不幸か、一癖も二癖もある人たちに囲まれているは、そんな言葉で騙されるほど甘くはないのだ。―――嬉しくはないが。

「平次に恩でも売ろうって魂胆か?それとも・・・―――平次になんか弱味でも握られてんの、工藤くん?」

「えっ!?」

からの思わぬ反撃に、コナンは可哀想なくらいビクリと身体を震わせる。

アイツを甘く見てたら痛い目にあうで。―――そう言って笑っていた平次の言葉を思い出し、コナンは誤魔化すように乾いた笑みを漏らす。

それを認めて、これ以上追求する気はないらしいは僅かに肩を竦めて。

「・・・なんてな。―――これくらいで動揺してるようじゃ、まだまだやな。小さな探偵さん」

冗談めかしたようにそう笑いながら、はホッと安堵の息を吐いたコナンを横目に己の故郷を思い浮かべる。

帰りたくないわけでは勿論ない。

あそこは自分が生まれ、育った街だ。―――いつでも大切に思っている。

今は・・・そう、帰れない事情があるのだ。

たとえ他人にはバカらしい理由でしかなくとも、にとって取れる方法はそれしかなかった。

けれど・・・。

「ま、ええわ。コナンくんに免じて、今回は大人しく帰ろか」

大阪には、怪盗キッドがいる。

本音を言うならば、関わりあいたくはないのだけれど・・・―――そう心の中で独りごちたは、それだけではないかもしれない事に気付いていない。

毎回毎回飽きもせずに顔を見せる怪盗が、突然姿を見せなくなる日が来るなんて、今の彼女は想像もしていないのだろうから。

 

 

そんな事情により成り行きとはいえ突然帰省する事になったは、慌てて荷物をまとめ、ついでに外泊届けを出して。

先に大阪に向かった園子を追いかけるように、蘭とコナン、そして保護者である小五郎と共に新幹線に乗り込んだ。

そうして新大阪駅に着き、リムジンで迎えに来た園子と共に、例の怪盗キッドが狙っているというエッグがある鈴木近代美術館へ向かったは、目の前に光景に呆気に取られたように目を丸くした。

「・・・すごい警備やな」

美術館を囲むように立つ警官の姿は、それこそ異常としか思えない。

これでは通常の客は入れないだろうと思い、直後こんな時に開園しているわけがないかと思い直す。

そんなたちを認めて、園子は自慢げにツイと胸を張った。

「そりゃそうよ!これくらいしとかないと、相手は・・・」

「神出鬼没で変幻自在の大怪盗」

園子の言葉を遮り、不意に響いた聞き覚えのある声。

それに弾かれたように振り返れば、そこにはバイクに跨ったフルフェイスメットの男と、その後ろにしがみつくように乗っている女の姿が。

「堅い警備もごっつい金庫も、奇術紛いの早業でなんのその。おまけに声から顔から性格から完璧に模写する変装の名人・・・―――怪盗キッドなんやからな」

そう言い放ち、メットの中から覗いた見慣れた顔に、は自分でも気付かない内に彼の名を口にしていた。

「・・・平次」

そんなの様子などさらりと流して、メットを外した平次は自分を見る人々の中から小さな探偵を見つけ出し、彼に向かってからかうような笑みを向けた。

「よぉ!エライやつ相手にしてもーたな、工藤」

平次の言葉に、コナンは嫌そうに顔を顰める。

しかしそれに反論したのは、コナンではなく蘭の方だった。

「もう!なんで服部君はいつもコナン君の事『工藤』って呼ぶの?」

「やー、悪い悪い。こいつの目の付け所が工藤そっくりなもんやから。―――それよりも」

蘭の鋭いのかそうでないのか微妙な突っ込みを軽く流した平次は、漸くその視線を立ち尽くすへと移す。

それに思わずドキリとした彼女に向けて、平次は不機嫌そうな眼差しを向けて。

「よーやっと顔見せたな、

声色には、嬉しさと不機嫌さが奇妙に上手く混ざり合っている。

それに僅かに冷静さを取り戻したは、咄嗟に笑みを浮かべた。―――その笑みは僅かに強張っていたけれど。

「・・・久しぶり」

気付かれないようにと俯きながらそう返したに、けれど不満だったのか・・・平次は眉間に深い皺を寄せて声を上げた。

「久しぶりちゃうっちゅーねん!お前、大阪帰ってきたん何時振りや思とんねん!」

「ちょっと前に帰ったやろ?」

そのせいで怪盗と出くわす羽目になったのだから、忘れたくとも忘れられない。

しかしそんな返答を望んでいたのではない平次は、無理やり笑顔を浮かべようとして失敗した微妙な顔のまま口を開いた。

「そーいう事言うてるんちゃう!休みはいっぱいあんのに、なんで戻って来ぇへんねんって聞いとんねん!」

「私だって忙しいんや。毎回毎回、休みの度に戻れるわけないやろ?」

「かー、冷たいやっちゃ!おふくろさんも寂しがってるで!」

「連絡は取ってる。しょうがないやろ?―――あんたは私の父親か」

「お前なぁ!!」

まるで和葉を相手にしているかのように言い合うと平次を認めて、蘭は楽しそうにクスリと笑みを零した。

やっぱり幼馴染同士は変わらないのだと。

そして普段は大人っぽいの年相応の変化に。

けれど、蘭は見てしまった。

そんな言い合いをする2人を、切ない眼差しで見つめる和葉の姿に。

「・・・あ、和葉ちゃ」

「ちょっと平次!あんまり言うたら余計に嫌がるやろ?戻ってくるたんびに説教して、もっと帰って来ぇへんようなったらどうすんねん!!」

それに思わず声を掛けようとした蘭は、しかしそれを遮るように放たれた彼女の怒声に思わず目を丸くした。

まるでいつもと変わらない態度。

先ほどの様子など微塵も感じさせない和葉の態度に、蘭はキュッと胸が締め付けられたように眉を寄せる。

しかしそれに気付いているのかいないのか、平次は自分を怒鳴りつける和葉を見返して、強い口調でキッパリと言い放った。

「アホ!こいつは言わな解らんやろが!!」

こいつ、と顎でを指し言い放つ平次に、和葉はさらに平次を睨みつける。

「誰がアホやねん!」

「なんや、ほんまの事やろが!!」

「平次は女心が全然解ってないんやから!!」

そうして始まったいつもの言い合いに、蘭はホッと安堵の息を吐いた。

やはり和葉は元気な姿が一番似合っている。―――そう思い、ふと移した視線の先で、蘭はもまた切ない眼差しを浮かべて喧嘩をする2人を見ている事に気付いた。

そんな蘭の視線に気付いたのか、ふと目が合ったは先ほどとは違いやんわりと微笑んで。

「・・・蘭ちゃん、ごめんな。ほなさっさと中入ろか」

あまりの変化に、蘭は思わず目を丸くする。

「え、あの・・・放っといていいの?」

「ええねん、ええねん。いつもの事やから・・・」

そうして思わず口をついて出た蘭の言葉に、しかしは何でもない事のように笑って。

この時、蘭は初めて気付いた。

和葉が平次を想うように、もまた平次を想っているという事に。

そしての態度から、それを相手に伝える気はないのだろう事も。

「あ、あの・・・ちゃん。あの・・・」

声を掛けて、何を言おうか考えていたわけではない。

けれど目の前であまりにも何事もなかったかのように微笑むを見て、何かを口にせずにはいられなかった。

和葉を哀しませたいわけではない。

けれど、にも哀しんで欲しくはないのだ。―――矛盾した考えだと解っているけれど。

しかしそんな蘭の声は、またもや遮られた。

今度は、のポケットから鳴る携帯電話の音で。

「あ、ちょっとごめんな」

あまりのタイミングの悪さに、伸ばした手をどうしようかと躊躇う蘭を見返し、は申し訳なさそうにそう断って携帯へと手を伸ばした。

「・・・はい、もしもし?」

けれどは、この後電話に出た事を後悔する事になる。

『こんにちは、さん。ご機嫌いかがですか?』

携帯電話を通して鼓膜を震わせた聞き覚えのある声とセリフに、は思わず目を丸くする。

そうして画面に浮かんだ名前を確認して、大きくため息を吐き出したは、眉間に皺を刻みつつ低い声色で返事を返した。

「・・・今、急激に下がったわ」

『相変わらず素直じゃありませんね』

「めちゃくちゃ素直なつもりやけど」

いつも通り、まったく堪えた様子のない白馬の声に、は更に込み上げてきそうなため息をなんとか飲み込んで。

ここで文句を言うのは容易いが、それではいつまで経っても電話が切られる事はないだろう。

むしろこちらが一方的に切ったとしても、何度でもかけなおしてくるはずだ。

電源を切ればどうなるか・・・―――想像がつかないが、想像がつかない以上試してみる気には到底なれない。

彼の場合、優しげな顔をして何をしでかすか解らないのだから。

そうしては、どうして携帯の番号を知っているのかという追求も今だけは飲み込む事にして、さっさと本題を切り出す事に決めた。

自分の携帯に、一体いつ彼の電話番号が登録されたのかという追求も、この際後に回す事に決めて。

「それよりも、何の用?今立て込んで・・・」

さん、大阪にいるんでしょう?』

何の疑いもない声色で投げられた問いともいえない問いに、は訝しげに眉を寄せる。

「なんで・・・」

『僕も今、大阪にいるんですよ』

知っているのか・・・という言葉を紡ぐ前に、白馬はいともあっさりとそう告げた。

それに嫌な予感を感じつつ・・・―――それでもあっさりと流す事も出来ず、は携帯を握る手に僅かに力を込めながら口を開いた。

「・・・・・・一応聞いとくけど、なんで?」

『それは勿論、怪盗キッドを捕まえる為です』

またもやあっさりと返ってきた言葉に、は見えないと解っていながらも思わず頭を抱えた。

ここにもおった。―――怪盗キッド馬鹿が。

そう言ってやりたかったが、言ったとしても彼が気にするとは思えない。

言っても無駄な事を言っても仕方がないのだ。

そう結論付けて諦めたように会話を再開するの隣で、蘭は不思議そうに首を傾げる。

「うん・・・うん。・・・は?なんで・・・―――ちょっと待ち!」

しかし不本意そうながらも会話を続けていたが、突然焦ったように声を上げたのを見て、蘭は思わず目を丸くした。

そうしてしばらく携帯に向かい声を発していたは、けれど諦めたように通話の切ボタンを押して。

「・・・切りよった」

「今の電話、誰からや」

ため息混じりに呟いたと同時に、ごく近いところから声が聞こえては思わずビクリを肩を震わせた。

気がつけば、先ほどまで和葉と喧嘩をしていたと思われる平次が据わった目つきでを睨みつけている。

それに気付いた蘭も同じようにビクリと肩を震わせたが、幸いな事に2人がそれに気付く事はなかった。

「うわ、びっくりした。どうしたん、平次。和葉と喧嘩してたんちゃうの?」

蘭と同じようにそう問いかけたは、まるで何事もなかったかのように携帯電話をポケットになおす。

それを見咎めた平次は、追及を諦めるつもりはないらしい。―――もう一度ジロリとを睨みつけ、不機嫌そうな声色を隠す事無く口を開いた。

「誤魔化してんちゃうわ!今の電話誰からやって聞いとんねん!」

「・・・知り合い。それがどうしたん?」

「ほー、知り合いねぇ。ほんなら説明してもらおか。男とどこで知り合うたんや?お前の学校、女子高やんけ!」

無難に話を終わらせようとしたに対し、平次は更に追及の手を伸ばす。

そんな平次の様子に大げさにため息を吐いてみせたは、同じように据わった眼差しを平次へと向けて、呆れたように言い放った。

「・・・もう一回言うで。―――あんたは私の父親か」

「だから、誤魔化してんちゃうぞ!しっかり説明せぇ!!」

どうやら徹底的に誤魔化すつもりらしいに、平次はイライラをそのままに更に声を荒げる。

しかし平次のそのイライラを前に、逆に平静さを取り戻したらしいは、ふうと小さく息を吐いて、冷たい声色で言い放った。

「平次には関係ないやろ」

「なっ・・・!!」

今まで聞いた事がないほど素っ気無い言葉に、平次は一瞬言葉に詰まる。

これまでどんな事があっても、こんな風にあしらわれた事などなかったというのに・・・。

そうして思わず言葉に詰まった平次を横目に、は蘭の方へと振り返るとにこやかな笑顔を浮かべて口を開いた。

「ごめんな、蘭ちゃん。待たせてもうて。ほな、さっさと中入ろか」

「え、あの・・・」

「さ、行こ。園子ちゃんたちも待ってるで」

どうしようかと、おろおろとと平次の間で視線を彷徨わせていた蘭は、しかしから告げられた言葉に思わずコクリと頷いた。

このまま2人の言い合いを放っておく事に戸惑いがないわけではなかったが、園子が待っているだろう事は事実だったし・・・―――そして頑なな態度を見せるを、自分が説得できるなど思えなかった。

そうして、は呆気にとられる平次を置いて美術館へと足を向ける。

そんな彼女の背中を、和葉が苦しそうな眼差しで見つめているなど知る由もなく。

 

 

会長室で今回発掘されたエッグについてと怪盗キッドの予告状について話を聞いたは、なんとなく重苦しい気分を背負いながらも会長室を後にした。

彼女にとっては、エッグも怪盗からの予告状も興味はない。

なにやら真剣に怪盗の予告状について推理を始めた2人の探偵を横目に、とりあえず気分を変える為に大阪観光にでも行こうと張り切る園子を認めて、は重いため息を吐き出した。

大阪観光が嫌なわけではない。―――ただ、ここにいる事で巻き込まれるかもしれない事に気が重いのだ。

不本意ながら怪盗と縁を持つにとっては、百害はあっても一利も得られそうにない。

むしろその疑いを持っているだろうコナンがいる時点で、彼女にとっては心休まる時がないのが事実だった。

もしも、その疑惑を平次が聞きつけたら・・・―――そう思うと、ため息が零れるのも仕方がないだろう。

電話から漏れ聞こえた白馬の声だけであれだけ激昂するのだから、そうなれば平次は東京に乗り込んでくるかもしれない。

それだけならともかく、大阪に連れ戻されでもしたら・・・―――これまでの苦労が水の泡と消えてしまう。

そうならないように、これからどうするべきか・・・。

そう考えていたは、しかし飛び込んできた平次の言葉に思わず目を丸くした。

「和葉、そっちの2人案内したってや。俺はこのチビ案内したるから」

どうやら平次は、怪盗の予告状について考え込んでいるコナンを気遣っているらしい。

確かに蘭が傍にいれば、彼も自由には振舞えないだろう。

それでも思わぬ形で2人から離れられる事に、は安堵と・・・―――そして物悲しさを感じていた。

それに未練がましいと苦笑を漏らしたと同時に、平次から別行動を告げられた和葉が戸惑ったように口を開いた。

「え?でも、平次・・・」

「ほな行くぞ、

しかし次の瞬間、平次の口から飛び出した言葉に、と和葉は揃って口を噤む事になる。

「・・・え?」

何と言っていいのか解らず呆ける和葉の隣で、は難しい表情を浮かべて。

「・・・なんで私が平次とコナンくんの推理に付き合わなあかんねん。―――私は蘭ちゃんたちと一緒に観光に行くわ」

キッパリとそう言い切って、はチラリと蘭たちに視線を向ける。

一緒に・・・と言ってくれるのは嬉しいが、だからといって彼の提案はありがたくはない。

すぐさまそう返したに、しかし平次もまた彼女と同じように難しい表情を浮かべて。

「お前は今更観光する必要ないやんけ」

「2人の推理に付き合うて、怪盗キッドと関わるよりは断然マシや。―――行こ、和葉」

眉間に皺を寄せてそう言い返す平次にキッパリと返し、は次の言葉が返ってくる前に和葉の腕を取ってさっさと踵を返した。

背中から追いかけてくる平次の怒鳴り声に呆れた表情を浮かべながらも、困ったように微笑む。

彼は一体どういうつもりなのだろうか。

確かに自分は、彼の調査に付き合った事もあったけれど・・・―――だからといって、自分が事件の手助けになどなるわけもないだろうに・・・。

そんなの顔を覗き込みながら、和葉は窺うように囁いた。

「・・・よかったん、?平次と会うの、久しぶりやろ?」

「和葉と会うのも久しぶりや」

キッパリとそう返し、は複雑な面持ちの和葉へとにっこり微笑みかける。

その言葉は真実だった。

確かに平次と会うのも久しぶりだけれど、こうして和葉と顔を合わせて話をするのも久しぶりだ。―――もちろん、電話では頻繁に話してはいるけれど。

「それに・・・気は進まんけど、会わなあかん人もおるしな」

「会わなあかん人・・・?」

だから、気にする必要はないのだと言外に漂わせながら、それでもは少しだけ憂鬱そうにそう呟く。

彼に会うのが嫌なわけではない。

もう既に顔を合わせる事に抵抗はなくなった。―――それは頻繁に足繁く通っている彼の思惑通りのような気がして、少し複雑だけれど。

だから、彼に会うのが嫌なわけではない。

ただ、彼に会った時の和葉たちの反応と・・・―――そして怪盗キッドを捕まえる為に大阪に来たという彼に会う事で、やはりまだ怪盗キッドから逃れる事が出来ないと思い知らされる事が憂鬱なのだけれど。

「・・・ま、しょうがないか」

ため息混じりにそう呟いて、は不思議そうに首を傾げる和葉を認めて小さく笑みを浮かべた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

に、2話に渡ってしまいました!

続きは後日アップいたしますので、もうしばしお待ちを!

作成日 2008.12.4

更新日 2008.12.17

 

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