「あ、ねぇ!あれ美味しそう!!」

「ほんなら食べてみる?何事も試してみんとな」

きゃあきゃあと声を上げる園子に付き合い、街の中を歩き回っていたは、ふと携帯電話で時刻を確認し、小さく独りごちる。

「・・・もう、そろそろええかな?」

「なにが?」

「ううん、なんでも」

不思議そうに首を傾げる園子に向かい、フルフルと首を振って。

空高く上っていた太陽は、既に沈みかけていた。

 

だけに

 

そうしてたちは存分に大阪観光をした後、電話で一方的に告げられた高級ホテルの前に立っていた。

ちゃん、時間大丈夫?電話があってから結構時間経ってるけど・・・」

「そや。観光なんか後にして、先こっち来たら良かったのに・・・」

「ええねん。一方的な言い分を優先させる義理なんてないからな」

心配そうに問いかける蘭と和葉にそう笑いかけて、はひとつ息を吐き出すと、覚悟を決めてホテルの中に足を踏み入れた。

そうして目に映る派手ではないが洗練された内装に、高校生の身分で高級ホテルなんてなに考えとるんや・・・と心の中で文句を零す。―――もちろん本人には聞こえてはいないし、聞こえていたとしても気にするとは思えなかったが。

「ああ、やっぱり来てくださったんですね」

さて、これからどうするか・・・と考えを巡らせたその時、不意に柔らかな声が響き、はゆっくりと振り返った。

そこにはいつから待っていたのか・・・―――ロビーのソファーに優雅に座りながらいつもの笑みを浮かべている白馬の姿が。

その余裕に満ちた態度を見ていると、なんとなく負けた気分になってしまう。

だからこそ、は殊更冷たい眼差しを向けて、笑顔を絶やさない白馬へ向かい口を開いた。

「一方的に電話切った人間が、よう言うわ」

「ですが来てくださったんでしょう?―――たとえ一方的でも無視をするような冷たい人じゃありませんから、さんは」

彼女の言葉にも動じた様子なくサラリとそう返した白馬を認めて、は更に敗北を感じながら眉を寄せる。

確かに彼の言う通りだった。

面倒だと思いながらも、結局はここにいる。

それでも言われっぱなしは性に合わないと、が口を開きかけたその時。

「ちょっと、!この人誰なん?めっちゃカッコいいやん!!」

まるで機関銃のようにそう捲くし立てる和葉の勢いに押されて、思わず口を噤んだ。

隣を見れば、目を輝かせながら白馬を見つめる和葉の姿。

視線をずらせば、園子も瞳を爛々と輝かせている。―――唯一、蘭だけは驚いたような表情を浮かべているものの、今にも暴走しそうな園子を宥めていた。

そんな面々を認めて、白馬は実に友好的な笑みを浮かべて。

「貴女がさんの妹さんですね。初めまして、僕は・・・」

「ストーカー」

「えっ!?」

狙いを和葉に定めて自己紹介を始めた白馬の言葉を遮って、は不機嫌そうに口を挟む。

それにこちらがびっくりするほど驚きの声を上げた和葉を認めて、仕方がないとばかりにはもう一言付け加えた。

「・・・もどきの探偵や」

実に嫌そうにそう告げるに、白馬は苦笑を浮かべるのみ。

「随分な言い様ですね」

「ほんまの事やろ?」

もう彼女のこんな態度は慣れてしまったと言わんばかりのその様子が、逆に彼女の怒りを煽っている事に彼は勿論気付いている。―――要は、自分の言葉に反応するの様子を楽しんでいるのだ。

そんな2人のやり取りを見ていた和葉が、焦れたように声を上げる。

「ちょっと!ほんまに、どういう事なん?」

漸く大阪に戻ってきたかと思えば、知り合いに会うと言い出した

そうして一緒に来て見れば、そこには滅多にお目にかかれないだろう美少年。

しかも2人のやり取りは随分と親しげで・・・―――これでは平次でなくとも気になるのは当然だろう。

そんな和葉の追及に、しかしはどこか遠いところを眺めながらため息をひとつ。

「話せば長くなるから・・・。まぁ、今は不本意ながらも知り合いってとこやな」

「・・・ふ〜ん?」

解ったような解らないような答えに、和葉は不思議そうな面持ちで相槌を返す。

詳しく聞きたいところだが、本人を目の前にしてでは話せない事もあるのだろう。―――そう結論付けて、和葉は後で問いただしてやろうと密かに決意を固める。

そんな和葉の思考をどこまで読んでいるのか、白馬は相も変わらず柔らかく微笑みながらそっと和葉へと手を差し出した。

「それでは改めて、僕は白馬探です。よろしくお願いしますね」

「別によろしくせんでええ」

和葉へ伸ばされた手は、彼女に触れる前にの手によって叩かれる。

それに困ったように笑った白馬は、しかしシレッとした態度でひょいと肩を竦めて見せた。

「ですが、もしかすると将来は僕の妹になるかもしれませんし・・・」

「こんな場所で張り倒されたいんか?」

にっこり微笑みながらとんでもない発言をする白馬を前に、は引き攣った笑みを浮かべながらキッパリとそう言い返す。

一体何を言い出すのか・・・―――いい加減にしろと怒鳴ってやりたい気分ではあるものの、流石にホテルの中でそれをする勇気は彼女にはない。

どうせ遊ばれているのだと解っているのだから、あえて反応してやる必要もないとなんとか自分を納得させながら、はまたもやため息を吐き出した。

夜な夜なやってくる怪盗やこの探偵と知り合ってから、ため息が多くなった気がする・・・と今更ながらに心の中で愚痴を零しながら、それでもいつまでも相手はしていられないとばかりにはジロリと白馬を睨み付ける。

「・・・それで?わざわざ呼びつけた用件はなんや?」

言外に、くだらない用事だったらぶっ飛ばすと漂わせながら、は本題を迫った。

すると心得ているとばかりに、白馬はポケットから一枚の紙を取り出して。

「ぜひ、貴女のご意見を伺いたいと思いまして」

意味深な言葉と共に差し出された紙を受け取り、嫌な予感がしつつも素直にそれを広げる。

「『黄昏の椰子から暁の乙女へ。秒針のない時計が12番目の文字を刻む時、光る天守閣からメモリーズ・エッグを頂きに参上する』」

「・・・それ、怪盗キッドの予告状じゃない!」

淡々とした声色で読み上げるの言葉に、蘭が驚きの声を上げた。

それは、先ほど会長室で聞いた怪盗キッドの予告状だった。

「なんでこの人、予告状の事知ってんの!?」

蘭に続いて驚きの声と・・・そして疑惑の目を向ける和葉の隣で、唯一事情を知っているだけは脱力したように額に手を当てる。

「・・・頭痛い。―――わざわざそれ聞く為に呼びつけたん?」

「ええ」

「どうせ、そんなん私に聞かんでも解ってるんちゃうの?」

「それは勿論。予告状は、さんに会う為の口実ですから」

どこまで本気なのか、笑顔でそう告げる白馬をジト目で見やる。

いつも笑顔の彼からは、真意は読み取りづらい。

平次くらい感情豊かなら、それはもう読み放題なのだけれど。

しかし彼の言葉にどんな真意があろうとも、関わる気がないのは揺ぎ無い事実である。

考える事をやめてそう結論付けたは、手渡された紙を押し付けるように白馬に返し、ヒラリと手を振って踵を返した。

「・・・なら用事はもう済んだな。まぁ、頑張って」

「相変わらず素っ気ないですねぇ。もしかすると、貴女を悩ませている怪盗を捕まえられるかもしれないというのに・・・」

白馬の口から告げられた思わぬ言葉に、はギクリと身体を強張らせる。

そうして慌てて振り返り、こんなところでそんな発言をするなんてどういうつもりだ・・・と言葉を発する前に、同じく強引にホテルの外へと連れられそうになっていた和葉が思いっきり振り返って声を上げた。

「悩ませてるってどういう事!?」

「あー、だから・・・」

余計なことを・・・と思うが、一度出た言葉は二度と戻らない。

それこそが彼の思惑なのだろうと解っているから、尚更腹が立つ。

「ちょっと、!さっきから一体なんなん!?あんた東京で何してんの!?」

「何って・・・」

別に何もしていないと、目を吊り上げて怒鳴り声を上げる和葉に言い返そうとしたその時だった。

またもや、絶妙のタイミングでの携帯電話が声を上げる。

それに思わず黙り込んだ和葉を認めて、は助かったとばかりに携帯に手を伸ばした。

電話の相手が誰かは知らないが、随分とタイミングのいい助け舟だ。

とりあえず少し時間を置けば和葉も落ち着くだろうと思いながら携帯の画面を確認したは、しかしそこに表示されている文字に訝しげに眉を寄せた。

「・・・公衆電話?―――誰からや」

大抵の知り合いのアドレスは登録してある。―――今回の白馬のように勝手に登録されている事もあるが。

そしてこのご時勢に、公衆電話からの着信などそうはない。

一体誰なのかと警戒しながらも、一向に鳴り止む気配のないそれに仕方がないと通話ボタンを押したは、携帯電話の向こうから流れてくる声に耳を傾けた。

「・・・え?」

突然の電話に怒りを殺がれた和葉が何とはなしに眺めていると、携帯を耳に押し当てたが呆けたような声を出した。

気がつけば、何故か表情が強張っている。

、どないしたん?」

それに心配になり思わず声を掛けた和葉は、次の瞬間返ってきた言葉に背筋が凍りつくのを感じた。

「・・・平次が」

の声が震えているのは、おそらく気のせいではないだろう。

「平次が、バイクで事故ったって・・・」

携帯電話を耳に押し当てたまま。

告げられた言葉の意味を理解できずに立ち尽くす和葉を前に、は苦しげに眉を寄せた。

 

 

慌てて病院に駆けつけて。

先に病室に行くように和葉を促し、は治療をしたという医師に話を聞きに行く。

そうして話を聞き終えた後病室に行くと、和葉が泣きそうな顔で平次が横たわるベットの傍で付き添っていた。

「・・・和葉」

声を掛ければ、和葉は弾かれたように顔を上げる。

それに安心させるように笑みを浮かべて、気持ち良さそうに寝息を立てる平次を見下ろしやんわりと微笑んだ。

「平次、ただの捻挫やって」

「捻挫?ほんまに?」

「ほんまに。―――こんなに心配させときながら、気持ち良さそうに転寝なんてしよってからに」

思わず頭を小突きそうになって、は慌てて手を引っ込めた。

怪我がただの捻挫でも、バイクで転んだ事に違いはない。

もしかすると、命を失っていたかもしれないのだ。―――そう思うと、背筋にぞっと悪寒が走る。

ともかくも無事でよかった。

がそっと安堵の息を吐き出したその時、ベットの脇の椅子に座っていた和葉は思い出したように立ち上がった。

「・・・あ。私、平次のおばちゃんに連絡してくるわ!」

「そんなら私が・・・」

「いいから!は平次に付き添っといて」

行く・・・と言う前に、和葉はそれだけを言い残して慌てた様子で病室を飛び出していく。

その後姿を見送って、廊下は走ったらあかんでと心の中で注意を促しながら、は困ったように眠り続ける平次を見下ろした。

「付き添うって・・・―――ただの捻挫に、付き添いなんかいらんやん」

苦笑交じりに呟きながらも、は和葉に言われた通りにベットに歩み寄る。

そうして傍にあった椅子に腰を下ろしたは、気持ち良さそうに転寝をする平次を見つめながら、シーツの上に投げ出された平次の手を取った。

温かい手。

あの一瞬、もしかすると失われてしまうかもしれないと抱いた恐怖は、たったそれだけで霧のように消えていく気がした。

「・・・平次の、アホ」

小さく小さく、ポツリと呟く。

けれど平次はまだ、眠りから覚めない。

それを確認したは、握った手を己の口元へと寄せた。

手の甲から伝わってくる微かな体温。

それに泣きたい気持ちになりながら、はギュッと目を閉じた。

忘れる為に離れたというのに・・・―――それなのに自分はまだ、その想いを捨てきれていない事を痛感させられる。

「・・・アホなんは、私の方やな」

もう一度小さく小さく呟いて、はそっと手を離した。

そうして無言で立ち上がると、今もまだ眠り続ける平次から目を逸らして早足で病室を出て行く。

そうして訪れる静寂に、微かに響く衣擦れの音。

「・・・誰がアホやねん」

小さく小さく囁くように漏れた己の声に、平次は目を閉じたまま苦笑を浮かべた。

 

 

静かに病室を出てロビーに戻ったは、そこに立つ白馬の姿に気付いて困ったように微笑んだ。

心配してくれた蘭と園子をなんとか説き伏せて帰したというのに、どうやらこの男はそれに従うつもりはないらしい。

「・・・幼馴染の方は大丈夫でしたか?」

いつもと同じように柔らかな声色でそう問いかける白馬に微笑み返そうとして・・・―――けれど上手く笑みを浮かべられない事を察したは、強く唇を噛み締めたまま無言で白馬の脇を通り過ぎ病院を出る。

そんなを追うように、白馬もまた病院を出た。

「もう、よろしいんですか?」

「・・・東京に戻る」

窺うような問い掛けには答えず、はキッパリとそれだけを告げた。

今はもう、ここには居たくはなかった。―――なにもかもを、裏切ってしまいそうで。

「妹さんの方は・・・?」

「急用が出来たって言うといた。―――流石にものすごい怒ってたけど」

それを告げた時の和葉の様子を思い出し、は漸く笑みを漏らした。

それは苦いものだったけれど・・・―――それでも少しは調子を取り戻せたようで、ホッと安堵の息を吐く。

そうして今更ながらに、自分の後ろを歩く白馬に向かい口を開いた。

「・・・なんで着いて来るん?怪盗キッドを捕まえるんやろ?」

彼はその目的のために、大阪に来たはずだ。

あの予告状の通りならば、怪盗キッドはもうエッグを盗み出しただろう。―――勿論コナンがいるのだから、そうならない可能性もあるけれど。

「今の貴女を1人には出来ません」

けれど、白馬から告げられたのは、それとはまったく逆の事だった。

チラリと横目で見やれば、彼はいつもの笑みを浮かべてはいないものの、真剣な目でを見ている。

それに居心地の悪さと・・・―――そうしてほんの少しの嬉しさを感じていたは、しかし次の瞬間、白馬の口から告げられた言葉に大きく目を見開いた。

「それに・・・怪盗キッドは、狙撃されて海に落ちたそうですよ」

「・・・え?」

思わず立ち止まり振り返ると、白馬は怖いくらいの眼差しでを見つめていた。

「遺体は上がっていないそうですが・・・」

「・・・もう、いい」

「割れたモノクルが見つかったそうで・・・」

「もういいて言うてるやろ!!」

淡々と告げられる真実に、は耐えられないとばかりに声を上げた。

しかしその自らの声にハッと我に返り、今もまだ真剣な眼差しを向ける白馬から目を逸らしてポツリと呟く。

「・・・ごめん」

怪盗キッドがどうなろうと、自分には関係がないと思っていた。

彼の来訪を迷惑に思い、厄介事に巻き込まれてしまったと・・・いつもそう思っていたのに。

なのに彼の危険の知らせに、何故こうも動揺しているのだろう。

平次が怪我をした時に感じた不安が、まだ残っているからだろうか。―――果たして、本当にそれだけなのだろうか。

けれど白馬はそんなを責める事も追求する事もせず、いつもの柔らかい笑顔を浮かべた。

「謝る必要はありません。貴女は普段から、もう少し感情を表に出した方がいいと思いますよ」

労わるような、白馬の優しい声。

いつしかそれが当たり前になっていた事に、はこの時漸く気付く。

「・・・押さえ込めば、いつかそれに耐え切れなくなる。そうなる前に・・・」

「・・・そう、やな」

そう出来たら、どれほど楽だろうか。

ふと先ほどの平次の顔が脳裏に甦り、はフルフルと首を横に振った。

平次が悪いわけでもない。

和葉が悪いわけでもない。

この想いを捨てると決めたのは、他ならぬ自身だ。

誰かに強要されたわけでもない。―――彼女自身が決めた事なのだ。

だから平気な顔をしていなければならない。

和葉が気に病まないように・・・―――それが、その道を選んだの義務だ。

それが簡単ではない事を知っているから、わざわざ進学先を東京に選んだのだけれど。

「・・・まだまだやな、私も」

いつになったら、平気な顔をして2人の前に立てるのだろう。

今のには想像もつかなかった。

「・・・帰りましょう、東京へ」

そっと背中に添えられる白馬の手。

さっき握った平次の手と同じくらい温かくて優しいその手に赦されたような気がして、は素直にコクリと頷いた。

 

 

大阪でのあの出来事から、数日が過ぎていた。

無事に東京へと戻ってきたコナンから事件のあらすじを聞いたは、窓の外をぼんやりと眺めながらため息を吐き出す。

結局のところ、怪盗キッドがどうなったのかは解らない。

コナンはそれに触れなかったし、も殊更聞いたりはしなかった。―――否、もしかすると聞きたくなかったのかもしれない。

「・・・あー、あかんわ」

途中で放り出されたままの課題をそのままに、は机を離れるとベットに浅く腰掛ける。

一度途切れた集中力は、なかなか戻ってきてはくれない。

課題を片付けてしまわなければならないというのに、どうしてもやる気になれない。

その原因は解っていた。

『怪盗キッドは、狙撃されて海に落ちたそうですよ』

白馬から告げられたその言葉が、どうしても頭から離れない。

自分が気にする必要も義理もないと思いながらも、忘れる事が出来なかった。―――あの傍迷惑な、白い怪盗の事を。

「・・・・・・?」

どうにも集中できず、今日はもう切り上げて寝てしまおうかとそうため息を吐き出した瞬間、小さく鳴ったノックには勢いよく顔を上げる。

そうして無意識に窓の外へと視線を向けるも、そこには見慣れた姿はない。

それに思わず苦笑を漏らして・・・―――ノックがして窓の外を見るなんてどうかしていると心の中で呟きながら、誰かの訪問に応対しようと立ち上がったその時だった。

「無視するなんて酷いじゃないですか、お嬢さん」

「・・・え?」

突如聞こえた声に思わず振り返れば、先ほどは誰もいなかったはずの窓辺に不敵な笑みを浮かべた怪盗が悠然と座っている。

それに思わず呆然と立ち尽くすを認めて、怪盗は至極楽しそうに笑った。

「まるで貴女のように美しく輝く今宵の月に誘われて、ついつい来てしまいました」

「つ・・・ついつい、ちゃうわ。毎回毎回飽きもせんと顔出しよって・・・からに」

「私の心を盗んでしまった貴女が悪いのですよ」

当然とばかりに笑む怪盗に、漸く我に返ったは深くため息を吐き出しながら額を手で押さえる。

「・・・頭、痛なってきた」

いつも通りの・・・けれど妙に実感のこもったそれに、怪盗はクスクスと笑みを零す。

それを恨めしげに睨み上げながら、しばらく逡巡した後には口を開いた。

「・・・狙撃されたんやって?」

「ええ。あれは流石にびっくりしました」

「その割にはピンピンしてるんやな」

びっくりしたと言いながらもまったくそんな素振りを見せない怪盗に、は呆れを含んだ眼差しを向ける。

しかしそんなもので怯むような相手ではなかった。

のそんな視線を真っ向から受け止めて・・・―――そしてそれに色を付けて、彼女に向かい言葉を投げる。

「おかげさまで。―――心配してくださったんですか?」

「誰がっ!!」

投げ掛けられた挑戦的な言葉に、は思わず声を上げた。

それこそが図星だと申告しているようなものだ。―――それが解っても、今更といえば今更だけれど。

思わず苦い表情を浮かべるを認めて、怪盗は僅かに口角を上げる。

自分が決して心底拒否されているわけではないと、その答えを得られたのだから。

そうして怪盗キッドは確信犯の笑みを浮かべて、本題を切り出した。―――今日ここへ訪れた、本当の目的を果たす為に。

「お約束どおり、貴女に素敵なプレゼントを持ってきたんです。―――受け取って頂けますか?」

そう言って差し出されたのは、一輪の花。

可愛い包装でくるまれたそれは、しかし派手な怪盗には酷く似つかわしくないもののように見えた。

「・・・これ、宝石ちゃうけど」

「おや?宝石の方が良かったですか?」

シレッと笑ってみせる怪盗を、は冷たい眼差しで睨みつける。

すると怪盗は、至極楽しそうに笑って。

「出来る事ならエッグをプレゼントしたかったんですがね。あれは正当な持ち主のものですから」

「・・・今回はその為に?」

そう問えば、怪盗は何も言わずに微笑む。―――それが、答えだった。

「・・・アホらし」

思わずため息混じりに吐き出して、は深くベットに腰を下ろした。

本当に馬鹿みたいだ。

そんな怪盗の思惑に引っかかり、振り回された警察も探偵も。

そして同じように振り回された、自分自身も。

「お嬢さん、その花よく似合っていますよ」

「・・・そら、どうも」

楽しげに微笑む怪盗を睨み返して、は諦めたように肩を落とした。

 

 

それからも居座ろうとするキッドをなんとか追い返して一心地ついたは、気力を使い果たしたとばかりにベットに転がった。

そのままの体勢でぼんやりと天井を見上げる。

ここ数日、いろいろな事があった。

いらぬ心配もさせられたし、今もまだ自分の中にある想いを突きつけられたりもした。

結局怪盗は無事な姿で目の前に現れ、そしてこれからも突然やってくるのだろう。

何かが変わったようで、何も変わっていないような不思議な感覚。

「・・・ただ疲れさせられただけかも」

ポツリと漏れた言葉は、決して間違ってはいないだろうが。

そんな事を考えていたは、不意に声を上げた携帯電話に気付き、こんな時間に誰だと眉根を寄せつつも緩慢な動作でそれを手に取る。

そうして液晶の画面に浮かぶ見知った名前を認めてさらに眉を顰めながらも、途切れる事のないそれに諦め通話ボタンを押した。

「・・・何の用?」

『開口一番にそれですか』

携帯の向こうから聞こえてくる声は、それでも楽しそうだった。

それに無意識に口角を上げて、は寝転がったまま携帯を耳に当てて目を閉じる。

『そろそろ、怪盗キッドが現れる頃かと思いまして』

「・・・さっき来た。なんや、無事なん知ってたんや」

『いいえ。しかし、彼がこれくらいで倒れるとは思えませんから』

その予測は決して間違ってはいないのだろう。―――なにせ狙撃されたというのに、怪盗は何食わぬ顔で現れたのだから。

『だから、そろそろ元気を取り戻しているかと思ったんです』

「・・・・・・」

『元気な声を聞けてよかった。―――やはり、貴女は元気な方が魅力的ですから』

「・・・相変わらず恥ずかしい人」

惜しみなく向けられる言葉に、は困ったように眉を寄せながらも小さく微笑んだ。

初めて聞いた時は、なんて胡散臭いんだと思ったというのに・・・―――もう既に慣れてしまったといえばそれまでだが、彼から向けられるそんな言葉が思った以上に嫌ではなくて、は自分自身のあまりの変化に笑い出したくなった。

望む望まないに関わらず、彼らはもう自分の生活の中に入り込んでしまっている。

少なくとも、心から嫌だと思えないくらいには馴染んでしまっている。

『・・・今夜は月がとても綺麗ですよ』

「・・・そうやな」

の笑みに気付いたのか、白馬はさらに柔らかい声で言葉を紡ぐ。

それに妙に心が安らいでいる事に気付いて、はゆっくりと深く息を吐き出した。

2人の存在に、心が温かくなる。

それを不本意に思いながらも心の隅で少しだけ感謝して、は携帯から聞こえてくる白馬の声を聞きながら少しづつ眠りの中へと落ちていった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はい。というわけで沙羅さま、キリリクありがとうございます。

2度続けてヒットするというミラクルに驚きました。すごい!(笑)

リク内容は『世紀末の魔術師沿いで、キッド側か平次側のお話。白馬が絡むと尚良い』との事で。

どのリクにも微妙に沿っていないような気がしますが、とりあえず白馬は出ました!(かなり無理やり)

映画沿いという事で、こまごまと書くと1話や2話では終わりそうにないので飛ばし飛ばしですが。

こんなものでよろしければ、沙羅さまのみお持ち帰りどうぞ。

作成日 2008.12.8

更新日 2008.12.19

 

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