「あー、もう!ちくしょう!!」

バンと強くデスクを叩きつける音と共に、亀山薫の苛立ちを含んだ声が部屋に響く。

場所は警視庁、特命係。

たった2人しか配属されていないこの部屋で、彼の上司である杉下右京は優雅に紅茶を口に運びながらチラリと亀山に視線をやった。

「亀山くん。物に当たるのはどうかと思いますが?」

「んな事言ったって!」

杉下の普段となんら変わりない静かな声に、亀山は焦れたように声を上げつつも、脱力したように椅子に座り込んだ。

つい先日起こった殺人事件。

勿論特命係は捜査を許されてはいなかったけれど、そこはいつものごとく鑑識の米沢から情報を仕入れ、犯人を特定する事が出来た。

そこまではいい。―――ただ問題がひとつ。

その特定した犯人の行方が解らないのだ。

予想をつけて犯人が立ち寄りそうな場所をしらみつぶしに探したけれど、一向に犯人を見つける事が出来ない。

捜査一課も総出で探しているようだが、未だに発見されたという報告もない。

まさに八方塞だ。―――亀山が何の罪もないデスクに八つ当たりをしても、仕方のない事なのかもしれない。

紅茶を口へと運びながらもそんな感想を漏らした杉下は、丁寧な仕草でカップをデスクに戻してから息をひとつ。

「仕方ありませんねぇ」

ポツリと呟かれた言葉に、亀山がパッと顔を上げる。

いつものごとく、何か妙案があるのだろうか?―――そんな期待を込めて自分を見つめる亀山に、杉下はやんわりと微笑んで。

「では行きましょうか、亀山くん」

「・・・は?」

呆気に取られる亀山を他所に、杉下はそれはそれは楽しそうに笑った。

 

似たもの同士

 

「ちょっと!どこ行くってんですか、右京さん!!」

颯爽と特命係を出た杉下の後を追った亀山は、警視庁の廊下を足早に歩きながら前を行く杉下に声を掛ける。

すれ違う人たちの視線など、今更過ぎて気にもならない。

それは杉下も同じらしく、チラリと視線だけで背後を見やった杉下は、まるで悪戯っ子のような笑みを口の端に浮かべた。

「犯人がどこに潜伏しているのか。あるいは犯人の立ち寄りそうな場所が他にないか。犯人を逮捕するには、それを知る必要があります」

「それは解ってますよ!だから俺たちは足が棒になるまで探して・・・」

「しかし、僕たちには犯人を見つける事は出来ませんでした」

「それはまぁ、そうですけど・・・」

キッパリと告げられた杉下の言葉に、亀山は怯んだように口ごもる。

確かに自分たちには、犯人を見つける事が出来なかった。

だからってそんなはっきり言わなくても・・・―――そう亀山が反論する前に、杉下は更に笑みを深めて口を開く。

「ところで、亀山くん。君は捜査一課特別室というものを知っていますか?」

「・・・は?」

突然の話題転換に、亀山は呆気に取られたように目を丸くした。

そんな亀山を認めて、前を向いたまま杉下は小さく首を傾げる。

「おや、知りませんか?」

「いや、知ってます!知ってますけど・・・」

捜査一課・特別室。

それは亀山がまだ捜査一課に所属していた時から存在していた。

とはいえ、亀山自身そこと関わりがあったわけではない。

捜査一課の一部として確かに存在してはいたけれど、亀山がそこと関わる事は一切なかった。―――むしろ、頭の中から消えていたといってもいい。

そもそも捜査一課特別室と名は付いているものの、実際の捜査で特別室が介入してくることなどなかったのだ。

だからそこがどのような仕事をし、またどんな人物が所属しているのかを彼は知らない。

特命係に配属された今となっては、更に遠い存在だ。

今から考えれば、そこは特命係と似たような場所なのかもしれない。

つまりは、警視庁の島流し的な・・・。

そこまで考えて、亀山は訝しげに眉を寄せる。

それが今一体どう関係があるのか。―――そんな疑問が表情にありありと出ている亀山を認めて、杉下は歩調を更に速める。

「我々は犯人を特定する事が出来ましたが、生憎とまだ犯人を捕まえられてはいません」

「解ってますよ」

「そしてその手がかりも生憎と持ち合わせていない」

「それも解ってます」

歩きながら投げ掛けかれる言葉に、亀山は不機嫌そうに答える。

そんな事言われなくたって解ってますよと心の中で反論したその時、まるで心の声が聞こえたかのように、杉下はピタリと足を止めた。

それに思わず背を仰け反らせた亀山を振り返って、杉下は満足そうに笑う。

「亀山くん、適材適所という言葉を知っていますか?」

「はぁ!?右京さん、さっきから何言って・・・」

主語も説明も何もせず行動を開始した杉下を見下ろして、亀山が焦れたようにため息を吐き出す。

それを見やって、杉下は右手を軽く上げるとすぐ傍にあった扉へコンコンと軽くノックをした。

その行動に釣られて視線を上げた亀山は、思わず目を見開く。

扉の横には、『捜査一課・特別室』というプレートが貼り付けられていた。―――今まさに話題に上がっていた、あの。

思わぬ展開にアワアワと視線を泳がせる亀山など構わず、杉下はそのまま右手をドアの取っ手へと伸ばす。

そうして何の躊躇いもなく扉を押し開けながら、もう一度満足そうに微笑んだ。

「予測がつけられないのなら、それが出来る人に聞けばいいんですよ」

杉下の悠然とした口調と共に、これまで一度も足を踏み入れた事のなかったその部屋の扉が大きく開け放たれた。

 

 

杉下の手で開けられた扉の先は、眩いほどの白い光に包まれていた。

突然の鋭い光に目を細めた亀山は、その正体がなんであるのかすぐに気付く。

どうやら扉の真正面に大きな窓があるらしい。―――ブラインドが上げられたままのそこからは、暖かな日差しが惜しみなく差し込んでいる。

そしてその窓を正面に臨むようにして、大きな机が置かれてあった。

机の上には2台のパソコン。―――その右側の壁に沿うように置かれたもう1つの机にも、パソコンが置かれてある。

視線を左側へと移せば、何個も連ねられたロッカーが。

そしてその前には立派なソファーセットが・・・―――とそこまで確認した亀山は、誰もいないと思っていたそこに人がいる事に気付き、大きく目を見開いた。

「・・・って、お前!!」

予想外の人物に、思わず声を上げる。

当然のごとく彼らの入室に気付いていたのだろうその人物は、チロリと視線を上げて訝しげにコクリと首を傾げた。

「・・・なんで薫ちゃんがこんなトコにいるの?」

「それは俺のセリフだってのっ!!」

場違いなほど暢気な声を掛けられた亀山が、呆れ混じりに返事を返す。

それを受けたその人物は、しかし気にした様子もなく手に持ったフォークでテーブルの上にあるケーキへと手を伸ばした。

「私はただここでケーキ食べてるだけなんだけど」

「つーか、何でこんなとこでケーキなんて食ってんだよ!」

「なんでって・・・。ほら、ここって滅多に人が来なくて静かだから」

「・・・要するにサボってるって訳だな」

「・・・まぁ、否定はしないけど」

脱力したようにその場に座り込む亀山を見返して、その人物はさらりとした口調でそう返す。

「おや、お知り合いですか?」

「え?ええ、まぁ・・・」

杉下の意外と言わんばかりの問い掛けに、亀山は曖昧に頷いて・・・。

亀山とこの人物・・・―――の関係は、一言で説明するには少々厄介だった。

同じ警察署内で働いている同僚というには一緒に仕事などした事がなかったし、友達かと言えばそうとも言えるが、お互い名前しか知らないような間柄でははっきりと断言もしにくい。

一番しっくり来るのが知り合いという言葉だが、ただそれだけで片付けるには親しすぎるような気もする。

どう答えたらいいか・・・―――そう亀山が頭を悩ませ始めたその時、質問を投げ掛けた筈の杉下は何の躊躇いもなくの正面のソファーへと腰を下ろした。

「美味しそうなケーキですねぇ・・・」

「あ、食べる?いっぱい買ってきたから、どれでも好きなのどうぞ」

「それではお言葉に甘えて。―――亀山くんも一緒にどうですか?」

「どうですかって言われても・・・」

すっかりと寛いでいる様子の杉下を見やって、亀山は困ったように視線を泳がせる。

しかし目の前の2人を見ていると悩んでいるのがバカらしく思えてきて、ひとつため息と共に諦めたようにソファーへと腰を下ろした。

「あ、私には紅茶をお願いします」

「え、私が淹れるの?右京さん、自分で淹れてよ」

「なにぶん、この部屋の勝手が解らないものでして」

「・・・仕方ないなぁ」

ニコニコと人の良い笑みを浮かべる杉下を見て諦めたようにそう呟いたは、面倒臭いという態度を隠す事もなく小型の冷蔵庫の上に備えてあるカップへと手を伸ばす。

しかしその手際は意外に良い事から、本音では決して嫌がってはいないのだろう事が見て取れた。

「・・・つーか、この部屋の勝手が解るくらい馴染んでんのかよ」

「何か言った、薫ちゃん?」

「俺にもコーヒーくださいって言ったんだよ」

ジロリと睨みを利かせるへ素っ気無く答えて、亀山は背もたれに豪快に背中を預けた。

安物のソファーとは違い、程よい弾力が亀山の身体を受け止める。

かといって高級品のように柔らかすぎず、亀山にとっては随分と座り心地が良い。

「はいどうぞ、お二人さん」

初めて入った特別室をきょろきょろと眺めていた亀山の前に、美味しそうな湯気を立てるカップが置かれた。

それに礼を告げつつ手を伸ばせば、コーヒーの香ばしい香りが漂う。

「・・・うん、うめぇ。いい豆使ってんなぁ」

「何言ってんの。淹れ方が上手なんだよ」

「はいはい、そうですねー」

すぐさま返ってくる文句をサラリと流して、亀山は箱に収められたままのケーキへと手を伸ばし、それを素手で掴み上げるとそのまま口へと運ぶ。

それに対して、杉下から「行儀が悪いですよ」と小言が飛んでくるけれど、それもいつもの事だとさらりと流して程よい甘さのケーキを咀嚼した。

「それはそうと、右京さんここに来た目的忘れてませんか?」

「ああ、そういえばそうでしたねぇ」

いい加減にのんびりするのもどうかと声を掛ければ、杉下は今思い出したとばかりにポンと手を打ちながら同意する。

そんな2人を見比べていたは、またもや訝しげに首を傾げて。

「ここに来た理由って?」

「お前には関係ないの。それよりもお前こそさっさと持ち場に戻れよ。いつまでもサボってると怒られるぞ?」

「怒られないよ」

ムッとしたように軽く睨みつけるを見返して、亀山はニヤリと口角を上げる。

「どうだか。俺お前が仕事してるとこ見た事ないぞ?いっつも暇そうにぶらぶらして」

「・・・特命係の亀山くんに言われたくないんですけど」

「だからその特命係ってつけるの止めろって。・・・ったく、伊丹みたいなマネしやがって」

ブツブツと文句を言いながらも、亀山は2つ目のケーキへと手を伸ばす。

しかしその途中、ピタリと手を止めると不思議そうな面持ちで顔を上げた。

「そういやぁ、今まで聞いたことなかったけど、お前ってどこの所属なんだ?」

「何を今さら」

亀山の疑問に、は呆れを隠す事無くカップを口へと運ぶ。

知り合ってから何年経っていると思っているのか。―――今更過ぎる質問に、呆れて言葉も出てこない。

「捜査一課では絶対ねぇよな。二課でも見かけた事ねぇし、もしかして三課か?いや、それとも・・・」

ブツブツと呟きながら思考を巡らせる亀山を見返して、は僅かに驚いたように目を丸くした。

「・・・ほんとに知らないんだ、薫ちゃん」

「知らないみたいですねぇ」

これまで静かに2人のやり取りを眺めていた杉下が、同意するように頷く。

ただとぼけているだけかと思っていたが、どうやら本気で知らないらしい。

ここまで打ち解けていながら・・・とも思うが、亀山相手だと妙に納得できてしまうところが彼のすごいところなのかもしれない。

「では、早速ここへ来た目的を果たしましょうか」

頭を悩ませる亀山を眺めながら、杉下がポツリと呟く。

それを受けたは、僅かに頬を引きつらせて。

「・・・うわ、なんか嫌な予感がするんだけど」

「・・・え?右京さん?」

2人の間で進んでいく話に、亀山は訳が解らないとばかりに交互に2人を見つめる。

そうしてふと浮かんだある推測に、まさかと乾いた笑みを浮かべながらも恐る恐る口を開いた。

「・・・もしかして、って」

「何がもしかしてなのかは知りませんが、君の考えている通りだと思いますよ」

すべて言い終わらないうちにあっさりと返ってきた言葉に、思わず頬を引き攣らせる。

「捜査一課特別室の住人って、もしかしてだったり・・・?」

「そうだよ」

またもやあっさりと返ってきた言葉に、今度こそ亀山は頭を抱えた。

よくよく思い返してみれば、という人物には謎の部分が多かったのだ。

今までは大して気にしていなかったが、注意を向けてみるとそれがよく解る。

「ちなみに、捜査一課特別室に所属してるのって私だけだから」

「・・・それって特命係より悪いんじゃ」

「なんでかみんな長く居つかないんだよね〜」

どうやら捜査一課特別室は、最初に思ったとおり特命係と大して変わりないらしい。―――現在彼女1人だけだという事は、もしかするともっと悪いのかも・・・。

杉下と比べて人当たりが良い彼女を思うと不思議で仕方ないが、飄々としていて掴み所がないという意味では似たり寄ったりかもしれない。

「・・・で、ここってどんな仕事やってんの?捜査会議とかでお前の姿見た事なんて一度もないんだけど」

一度でも見た事があれば、もっと早くに気付いていたかもしれない。

そんな思いを込めて問い掛ければ、はニヤリと得意げな笑みを浮かべた。

「情報収集、情報の整理と管理、もしくは情報操作」

「・・・なんか公安みたいだな」

「・・・なんかを適当に、あるいは勝手にやってる」

「勝手にかよ!!」

付け加えられた言葉に思わず突っ込みを入れる亀山を他所に、はケーキの最後のひとかけらを口の中に放り込むと、太陽の光がさんさんと差し込む窓の傍へと歩み寄り、上げられたままのブラインドを下ろすと、スタンバイ状態になっていたパソコンを起動させた。

「で、何が知りたいの?何か知りたい事があるから、私のトコに来たんでしょ?」

「ええ。現在捜査中の殺人犯の行方についてお聞きしたいと思いまして・・・」

「ああ、捜査一課が血眼になって探してるやつね」

あっさりと頷いて、カチカチとマウスを動かす。

「お前もしかして行方知ってんの?」

「いや、知らないけど」

こちらもあっさりとそう答えて・・・―――けれどがっくりと肩を落とす亀山を見返して、は得意げに笑みを浮かべた。

「どうしてもっていうなら、調べるけど?」

「調べるたって・・・そんなの解んのかよ」

「まぁ・・・一時間くらい時間をもらえれば」

なんでもない事のように答えるに、亀山が目を丸くして視線を向ける。

散々歩き回って探した挙句見つける事の出来なかった被疑者を、たった一時間で見つけるというのだろうか。

そんな事ができるのかと言ってやりたいが、妙に自信満々な彼女を見ていると口を挟むのも野暮な気がする。

それにしたって一体どうやって・・・と疑問を口にする間もなく、紅茶を飲み終えた杉下が悠然とした様子で立ち上がった。

「よろしくお願いします」

「え、右京さん!?」

「では、一時間後にまた」

「はいは〜い」

既にこちらに背を向けてパソコンと向き合っているを見つめて呆然とする亀山を他所に、杉下は当然のように亀山を促し廊下へと出る。

それに慌てて付いて行った亀山は、今度こそしっかりと閉じられた捜査一課・特別室の扉を見やりながらチラリと杉下へ視線を向けた。

「・・・いいんですか、右京さん」

「何がですか?」

「何がって・・・」

おそらくは自分の言いたい事は解っているのだろう。―――それでもしらばっくれる杉下を睨みつければ、彼はなんでもないとばかりに微笑んで。

「大丈夫ですよ。彼女が一時間でと言ったのならば、一時間で犯人の居場所は特定されます」

「どうやって・・・」

「彼女には彼女独自の情報網があります。詳しくは知りませんが、警察が持つそれよりも的確なのは確かです」

あの杉下にそう言わせるほどなのだから、相当確かなのだろう。

しかしそれならば、どうして彼女は捜査一課にそれを告げないのだろうか?

一応とはいえ、彼女の所属は捜査一課だ。

いくら頼まれたとはいえ、特命係にそれを漏らすなど普通では考えられない。

それどころか、どうして事件が起こったその時に調べていないのか・・・。

そんな疑問が表情に出ていたのだろう。―――亀山を見返して、杉下はやんわりと微笑んだ。

「だからこそ、彼女は特別室所属なんですよ」

特命係と同じように、上の命令に忠実に従うわけでもない。―――組織という枠組みに入るには、ある意味異質の存在。

けれど上の人間がわざわざ特別室など作って彼女を置いているのは、彼女の能力が失うには惜しいからだろう。

気分屋で、自由奔放で、マイペースで。

ある意味、杉下と似通った部分がある。―――だからこそ、気が合うのかもしれない。

もっとも、付き合わされる身としては諸手を挙げて歓迎はできないけれど。

「一時間、待ちましょう」

「・・・はいはい」

妙に自信ありげな杉下の言葉に、亀山は諦めたように頷いた。

 

 

そうしてきっちり一時間後、2人の下へひとつの情報が届けられた。

行方が解らなくなっていた犯人の潜伏先。

どうやって調べたのかと問い掛けても、企業秘密だとはぐらかして教えてはもらえなかったけれど。

 

 

あの事件から数日後。

無事に事件も解決した頃、は何の違和感もなく特命係に顔を出して。

「薫ちゃん、私にもコーヒーちょうだい」

「自分で淹れろ、自分で」

「私この部屋の勝手が解らないから」

ニコニコと笑顔を浮かべ、頬杖を付きながら自分を見上げるを見返して、亀山は仕方がないとばかりに苦笑を漏らした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とうとうやってしまった感がそこはかとなく漂う、相棒夢。

夢というには恋愛要素が全然足りませんが。

だって仕方ないですよね。この夢のお相手は、右京さんでも薫ちゃんでもないですから。

っていうか、お相手が出てない時点で夢と言い切るのもどうかと・・・。(笑)

作成日 2008.5.9

更新日 2008.5.25

 

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