剣と剣とがかち合う高い金属音が鳴り響く。

太陽は高い場所から温かい光を注ぎ、吹き抜ける風は肌に心地良い。

そんな天気の良い昼下がり、まったくご苦労な事だとまるきり他人事の感想を抱きながら、しいなは目の前で繰り広げられる壮絶な攻防戦を眺めていた。―――否、壮絶なのは片方の表情だけなのだが。

「だー!もう、ダメだっ!!」

大きく剣を弾かれたゼロスが、そんな悲鳴を上げながら地面に倒れこむ。

それを悠然と見下ろすの表情は、決して穏やかなものではない。

「ちょっと休憩にしようぜ、休憩!」

「ゼロス。あなたさっきから何度休憩してるの?サボってないでさっさと立ちなさい」

疲労困憊の様子を見せるゼロスに、しかしはキッパリそう言い切った。

普段は何かとゼロスに甘いも、稽古になればまた話は違ってくる。―――稽古をつけるは、はっきり言って鬼のように恐ろしかった。

「・・・なぁ、。悪い事言わないからちょっと休憩入れなよ。―――そうじゃないと本気でヤバイから、あいつ」

そう、こちらは普段からゼロスに厳しいしいなが、思わずそう言ってしまいたくなるほど、今のゼロスは哀れに見えた。

勿論彼の立場上狙われる事も多く、いくらという護衛がついていたとしても、自衛の手段を学ぶ事は決して悪い事ではないけれど。

それでもの稽古はあまりにも厳しかった。―――絶対に自分は受けたくないと、しいなは心の底からそう思う。

そんなしいなの意見を受け入れてか、それとも目の前でへたり込むゼロスがさすがにかわいそうに見えたのか、は小さく息を吐き出すと握っていた剣を鞘に収めて、座ったまま動かないゼロスにその手を差し出した。

「大丈夫、ゼロス?」

「・・・いや、あんま大丈夫じゃないかも」

「それだけのへらず口が叩けるなら大丈夫ね」

あっさりとそう言い切って、は用意していたタオルをゼロスに差し出しながら小さく笑う。

本当に、この優しさが稽古の時に少しでも反映されていれば・・・―――無駄だと解っていつつも思う事は自由だと結論付けて、ゼロスは重いため息を吐き出した。

確かにの稽古を受けるようになってからは、自分でもずいぶんと剣の腕は上がったと思う。

それでも今まで一度もに勝てるどころか、一矢報いる事さえ出来ていないのだから、悔しいような情けないような・・・。

「お前、どこでそんな強くなったんだよ。城の兵士たちよりも強いんじゃねーの?」

「そりゃ、城の兵士に負けるようじゃゼロスの護衛は勤まらないからね」

恨めしげに見つめるゼロスに軽く微笑みかけて、もまた軽く掻いた汗を拭う。―――ここで掻いている汗が少量だというところが、今のとゼロスの力量を現しているようで、正直あまり面白くはないが。

「あ、でもアタシも前から思ってたんだよね。ってどこで剣術を習ったんだい?誰かいい先生でもいたんだろ?」

暇つぶしに2人の稽古を眺めていたしいなが、不意に2人の会話に口を挟む。

具体的に、がどこからやってきたのかを2人は知らない。

どういう経緯でゼロスの護衛を請け負う事になったのかも。

だから彼女がどこでその技を手に入れたのか、不思議に思っていたのだ。―――彼女ほどの剣士を生み出せるような剣術道場など聞いた事がない。

そんなしいなの問い掛けに、は考え込む素振りを見せながらふと遠くに視線を向けた。

揃ってそちらに視線を向けるけれど、彼女が何を見ているのかは解らない。

どうしたのかと再びに視線を向けたしいなは、驚いたように目を見開いた。

懐かしいような・・・それでいて物悲しいような、そんな複雑な表情を浮かべたまま何処かへと視線を投げるを見たのは、彼女と出会ってからは初めてで。

「・・・?」

何故か不安になって思わず彼女の名を呼ぶと、はゆっくりと視線をしいなへと戻した後やんわりと微笑んだ。

「そうね、剣術の先生としては優秀な人がいたわ。まぁ私から言わせれば、真面目で融通が利かない厄介な人でもあったけれど」

そう言ってくすくすと笑みを零すを見つめながら、しいなは無意識の内に口を開いていた。

「・・・その人の事、好きだったのかい?」

不意に時間が止まった気がした。

まっすぐに視線を向けるしいなを見返して、笑みを浮かべたままがコクリと小さく首を傾げる。

「・・・どうしてそう思うの?」

「だって・・・」

さっき見たばかりのの表情。

懐かしいような、それでいて物悲しいような・・・―――けれどどこか幸せそうな表情をしていたように見えたから。

そんな表情を、しいなは見た事がなかったから。

戸惑いを隠せないしいなの目を見つめ返し、そうしてふと目を伏せたは小さく笑みを零して。

それは、自嘲にも似た・・・。

「・・・さぁ、ずいぶん昔の話だもの。―――もう忘れたわ」

素っ気無くそう言い放ち、そうしてまるで何事もなかったかのように顔を上げたは、何かを吹っ切るように大きな声を上げた。

「さぁ、休憩は終わり!稽古を再開しましょうか!」

「げぇ〜。もう終わりかよ!!」

1人へばっていたゼロスが抗議の声を上げるも、に聞き入れる気は毛頭ないらしい。―――辛くなかったら稽古にならないでしょう?ともっともな言葉を放ち、収めていた剣を抜き放つ。

が持つには少し大きい剣。

それでも彼女はそれを自在に操り、そうして悠然と微笑む。

「だぁ〜!だからちょっとは手加減しろって!!」

「あら?手加減して欲しいの?」

「・・・絶対、いらねぇ!!」

挑発的に笑うに、あっさりと挑発されたゼロスは再び剣を構えて。

彼女の過去に興味がないといえば嘘になるけれど。

けれど彼女が話さないという事は、きっと聞かれたくない事なのだろうと思うから。

そうしてそんな過去を持っているしいなは、からそれを無理に聞き出そうとは思えなかった。

いつか、話してくれる日が来るのを待てばいい。

今はまだ、こんな穏やかで騒がしい日々だけがあればそれでいい。

先ほどとは違う明るい笑顔で笑うを眺めながら、しいなも楽しそうに微笑んだ。

 

 

ただいま、稽古

(ゼロス、アンタ本気で頑張らないと勝ち目ないかもよ?)

(はぁ〜?だからこうやって本気で頑張ってんだろーが!)

(そっちの事じゃないよ。・・・ったく)

 

 


シンフォニア

記憶を失う前の、彼女たちの日常