大切なモノが見えなくなる程。

何が大切だったのかさえも判らなくなる程。

時間というものは残酷なのだと、そう思った。

 

君のに出来る事

 

静かだと、は心の中で呟いた。

まるでこの場には自分以外の生き物など存在してはいないかのような錯覚を覚える。

可笑しな話だ。

そう思い自嘲した―――目の前を横切る人影は、決して少ないわけではないというのに。

神聖都市ウィルガイア。

無数の天使が住まう都市。

天使という生き物が住む場所―――まるで生き物の気配を感じさせない生き物が住む場所。

ここにいると酷く息苦しい。

けれどそれと同じ生き物である事も変えようのない事実であり、それが時折無性に嫌に思う時もある。

それでもがここにいるのは、彼女自身の意思だ。

目的もある―――それが自分にとって意味のあることなのかどうかさえも、最近では解らなくなりつつあったが。

不意に声を掛けられて、は座ったままの状態で視線を下に向けた。

そこには鮮やかな青い色の髪を持った男が1人立っている―――とても見覚えのある顔だ。

座っている場所よりも少しだけ低い位置にいるその男を目に映して、は麗しい笑みを浮かべて彼の名前を呼んだ。

「久しぶりだね、ユアン」

ユアンと呼ばれた男はの顔を見上げて、「ああ」と短い返事を返す。

それに違和感を感じて、は小さく首を傾げた。

この男は、それほど無口ではない―――無口さで言えば、もう1人の仲間の方が上を行くだろう。

いつもならば笑みと共に返って来る挨拶がないことに、はその疑問をそのままユアンに向けた。

「どうかしたの?」

「・・・・・・」

向けた言葉は無言によって掻き消された―――けれど浮かんだ神妙な顔つきが、何かがあったのだと語っている。

もう一度聞き返そうとして、しかしは口を噤んだ。

わざわざ会いに来たという事は、言うつもりはあるという事だろう―――ならばその時が来るまで待てば良いだけだ。

しばらくの沈黙の後、俯いていたユアンがゆっくりと顔を上げた。

「・・・クラトスが」

「クラトスが?」

「人間との間に、子を儲けたらしい」

躊躇いがちに告げられた言葉に、は無表情のままユアンを見下ろす。

そうして小さく溜息を吐いた後、「・・・そう」と簡潔に返事を返した。

「・・・それだけか?」

「貴方は私にどんな反応を期待していたの?」

逆に問い返すと、ユアンは戸惑ったように視線を逸らす。

まさかと笑いとばして欲しかったのか?

それとも悲しみに暮れて欲しかったのか?

そんなことをするような人物ではないことは、彼とて解っているだろうに。

「それよりも・・・貴方はそれを言う為だけに私に会いに来たの?忙しい身だというのに」

「・・・私に与えられている仕事は、それほど多いわけではない」

「そうね」

訝しげに自分を見上げるユアンに、にっこりと微笑みかけてあっさりと頷く―――その直後、その笑みを更に深くしては声を潜めて呟いた。

「でも、あちらの方は忙しいんじゃないの?」

「・・・・・・あちら?」

若干緊張した面持ちのユアンに、躊躇いなく告げた。

「反逆組織。―――確か『レネゲード』とか言ったかしら?」

「・・・!!」

一瞬で身体を強張らせたユアンに向かい、はゆったりと微笑みかけた。

「私が知らないとでも思ってた?私の情報収集能力を侮ってもらっては困るわね」

更に追い討ちを掛けると、ユアンは目に不安の色を宿し・・・―――けれど強い眼差しでを見返す。

「この事は・・・」

「ああ、ユグドラシルは知らないと思うわよ。言ってないから」

「・・・何故、報告しない?」

「必要ないもの」

あっさりと告げられた言葉に、ユアンは用心深くの顔を見詰めた。

けれどその表情から真意は読み取れない―――それでも彼女が言ってないというからには、間違いなくユグドラシルには伝わっていないのだという事は解った。

「頼む。このまま知らないフリをしていてくれ」

「構わないわよ。貴方がやってる事は、私にとっても損ではないから」

「・・・何を企んでいる?」

「それをわざわざ教えてあげるつもりはないわ。貴方は貴方の信じる道を進めば良い。私は邪魔はしないつもり。―――まぁ、応援するつもりもないけどね」

そう言ってはユアンに向かい、ヒラヒラと軽く手を振る。

この話はこれで終わりだと、暗に語っていた。

それに大きな溜息を吐いて、ユアンはに背中を向ける。

昔から彼女の考えている事は解り辛い―――いつもヒラリと追及の手を交わされ、その真意を読み取れた事など稀だ。

しばらく歩みを進めた後、ユアンはゆっくりと振り返った。

目に映るのは、まるで何事もなかったかのようにぼんやりと宙を見上げるの姿。

「・・・驚かないんだな」

ポツリと呟くと、は緩慢な動作でユアンに視線を移した。

小さな声でも、天使の性能の良い耳には届いてしまう―――そんな事すら頭の中から抜け落ちていたという事実に、ユアンは思わず苦笑する。

「・・・何が?」

案の定返って来た問い掛けに、ユアンは再びに向き直った。

「クラトスの事だ。聞いても、お前は驚かないのだな」

言ってから、ユアンは考える。

自分はどんな返答を期待しているのだろうかと。

いつものような強気な発言が返って来ることを期待しているのだろうか。

それとも、滅多に聞く事の出来ない弱音を吐いてくれる事を期待しているのか。

しかし考えるユアンの耳に届いたのは、彼の予想していなかった言葉だった。

「知ってたもの」

やけにあっさりと返って来た返答に驚いて顔を見返すと、は微かに笑みを浮かべていた。

困ったような・・・淋しそうな笑顔―――最近では、こんな表情しか見ていない気がする。

「知ってた?」

「ええ、知ってたわ」

「知ってて・・・ただ見ていたのか?クラトスとお前は、恋人なんだろう?」

信じられないとばかりに呟くと、はにっこりと笑う。

「私がどうしようと、私の自由よ。貴方が気にすることではないわ」

はそう言うと立ち上がり、立ち尽くしたままのユアンに背中を向けた。

ユアンが何かを言ったけれど、はそれを無視して歩き出す。

恋人。

確かにそうだ―――いや、今は『そうだった』というべきだろうか?

はクラトスに、今も愛情を抱いている。

けれどそれが恋なのか、それとも友愛なのか解らなくなった。

長い長い時の中で、想いは漠然としたものになって行った。

確かに想いはあるのに。

確かに大切に思っているのに。

不思議と怒りはなかった。

ただほんの少しの悲しさと、戸惑いと、胸の中にぽっかりと空いた穴と。

まるで置き去りにされてしまったような焦燥感と、淋しさと。

それを胸の奥に閉じ込めて、ただぼんやりと思う。

例えそれが仮初の幸せなのだとしても、確かに幸せだと感じているのならばそれで良い。

大切なモノを見つけられたのなら。

ただ幸せを感じてくれているのなら、それでも良いと思う。

しっかりと前を見据えて歩いていたは、ある部屋の前で足を止めた。

大きく深呼吸をしてから、ノックをした後部屋の中に足を踏み入れる。

そこにいた金髪の男が自分を見たのを確かめて、はにっこりと微笑んだ。

「ご機嫌いかが?」

「あんまり良くない。クラトスの事があるからね」

素っ気無く返って来た言葉に苦笑を浮かべると、金髪の男の下へと歩み寄る。

「ユグドラシル」

名前を呼んで、男の頭を優しく撫でた。

まるでそれが合図のように、ユグドラシルはへと手を伸ばし、彼女の華奢な身体を引き寄せた。

しっかりと抱きしめられているのを確かめて、は口を開く。

「クラトスは、しばらく放っておきましょう。今は彼がいなくとも問題ないのだから」

「・・・君はそれで良いの?」

明らかに裏を含んだ言葉に、は麗しい笑みを浮かべて言った。

「構わないわ。貴方が側にいてくれるのなら」

そう言えば、を抱くユグドラシルの腕の力は更に強まる。

「だけど、今地上でちょろちょろ動いてる奴らがいるんだ。そいつらの事を調べないと」

「なら、私が調べるわ。たまには貴方の力になりたいもの。―――まぁ、気にするほどの事でもないと思うけれど・・・」

「そうかな?」

「ええ。貴方に敵う相手がいるとは思えない」

「・・・そうだね」

満足そうに笑うユグドラシルの腕の中で、は気付かれないようこっそりと微笑む。

目的があった。

それを口にした事はないけれど。

今まで誰にも話しはしなかったし、きっとこれから話すことも無い。

それでも、彼女が望むのはただ1つ。

「愛してるよ、

頭上から降って来るユグドラシルの声に、やんわりと微笑んだ。

たとえそれが、どれほど困難な事だとしても。

「私も、いつも貴方を想っているわ」

決して逃げられない腕に拘束されながら、は淋しそうな笑みを浮かべた。

 

ユアンとクラトス。

2人がによって密かに守られていたのだという事を知るのは、数年後の事。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最終的にはクラトスエンディング(?)の予定。

だけどゼロスが出張る予定(だって好きなんだもん)

作成日 2004.10.6

更新日 2007.9.13

 

 

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