「サンキュー!!」

楽しげな声を上げて、意気揚々とゼロスは店を飛び出した。

手の中に収まってしまうほど小さな箱に視線を落として、微かに微笑む。

これを見せた時、はどんな反応を示すだろうか?

それを考えると、堪えようのない笑みが口元に浮かぶ。

この時、ゼロスには知りようもなかった。

メルトキオで何が起こっているのか。

そして、自分の身に何が待っているのかを。

 

彼の

 

その日、ゼロスはの共を断って屋敷を出た。

何処に行くの?と問うに、ちょっとヤボ用〜と軽い口調で誤魔化して。

ちょうどしいなと買物に行く約束をしていたというは、それ以上の追及をせず、それがゼロスには好都合だった。

屋敷を出たゼロスはその足でメルトキオを出て、学問都市サイバックに向かう。

サイバックにある至極小さな装飾店が、彼の目的地だ。

あまり知られてはいないけれど、ここ近辺では一番細工が上手く精密で綺麗な品を提供することを知っていたゼロスは、今回の計画を実行に移す際、迷う事無くその店を選んだ。

作り方を教えて欲しいと職人気質の主人に頼み込み、渋る主人を説き伏せ何とか協力を求める事に成功し・・・―――あまり高価な贈り物を快く思わないの為に、彼女に気付かれないようコソコソと作業を進めていって。

ギリギリだったけれど、何とか間に合わせることが出来た。

受け取ったばかりの小箱をポケットに入れて、ゼロスは一路メルトキオを目指す。

今日は、ゼロスにとっては特別な日。

彼がと初めて出逢ったのが、3年前の今日だった。

あの時は、まさかこんなにが大切な存在になるとは思ってもいなかったが。

あまりにも唐突に現れた少女。

不思議な雰囲気を纏った少女は、何故かゼロスの心を見透かし抱えているモノを知った上で、それが当たり前だと言わんばかりに彼を受け入れた。

普段なら聞くのも嫌になるような言葉も、からならば素直に受け取れる。

酷く懐かしささえ感じさせる少女は、記憶を失った今でも変わらずに自分の側にいた。

そんなに少しの感謝の気持ちと。

そしてこれからもよろしくという意味も込めて、今回の計画を思いついたのだ。

「まさか俺様が、記念日に拘る日がくるとはな〜」

苦笑気味に呟くが、それさえもくすぐったいような喜びに変わって。

の反応を幾通りも脳裏に浮かべながら、逸る気持ちで歩く速度を速めた。

 

 

街が夕日の紅に染まる頃、ゼロスは漸くメルトキオに到着した。

そのまま足を止めず、自分の屋敷へと向かう。

「今帰ったぞ〜!!」

誰が聞いてもご機嫌だと解るほど明るい声で帰宅を告げれば、廊下の先からバタバタと慌てたような足音が響き、そうしていつも通り執事のセバスチャンが出迎えの為に姿を現す。

「お帰りなさいませ、ゼロス様!」

何時もとは違う慌てた様子にゼロスは訝しげに眉を寄せるけれど、今はそんな執事の様子よりも気になることがある。

「セバスチャン、は何処だ?もう帰ってるんだろ?」

が買物に行くと屋敷を出たのは、昼前の事だ。―――いくらなんでも、もう帰宅しているに違いない。

一刻も早く手に入れた品を渡して、その反応が見たい。

そんな想いだけを胸に、ゼロスはセバスチャンに「部屋か?」と問い掛ける。

しかしそんなゼロスの言葉に、セバスチャンはただ言葉を濁すだけで、戸惑いを浮かべた眼差しでゼロスを見詰めた。

何か言いたそうにするけれど、どう言葉にすれば良いのか解らないといった様子に、この時初めてゼロスは何かあったのだと察した。

「どーした?なんかあったのか?」

「あ、はい・・・・・・いえ、その・・・」

意味を成さない声を発して、セバスチャンは視線を泳がせる。―――らしからぬその様子に、きっと余程のことがあったのだろうとゼロスは思う。

「なんだよ。何があった?言ってみろ」

再度そう促されて、セバスチャンは1つ深く息を吐き出すと、懐から一通の手紙を取り出しそれをゼロスに差し出した。

様からのお手紙です」

「・・・・・・から?」

それを受け取りつつ、あからさまに不審げに声を上げる。―――今までから手紙を貰った事など一度も無い。

そもそも同じ家に暮らして毎日顔を合わせているのだから、手紙など書く必要もないのだ。

そのが手紙を寄越したという事は、余程何か事情があったんだろう。

ともかく読めば解ると思い直し、ゼロスはその封筒を開けた。

真っ白な・・・何のアクセントもない、シンプルな封筒。

らしいといえばらしいが、どことなく味気ないものも感じる。

封筒の中には便箋が数枚。―――それも封筒と同じく白だけのシンプルなもので、そこには綺麗な字で何事かが書き連ねてあった。

ゼロスはそれを手に取り、目で文字を追う。

読むにつれてゼロスの表情が少しづつ強張っていくのを、セバスチャンは成すすべなくただジッと見詰めていた。

暫しの沈黙の後、クシャリと小さな音がしてゼロスの指が便箋に食い込む。

そこに書かれていた内容に、ゼロスは思わず全身の力が抜けそうになった。

それでも何とか座り込む事無く、無言で自分を見詰めるセバスチャンに強い視線を向ける。

はいつ出て行った!?」

「・・・3時間ほど前に。すぐにメルトキオを出るとの事でしたので・・・」

「何処に向かうとか言ってなかったか!?」

「・・・いえ、何も」

セバスチャンから返って来る答えに、目の前が真っ暗になった気がした。

絶望だけが己を支配していくのが、面白いように感じられる。

成すすべなく、ゼロスはもう一度からの手紙に視線を落とした。

そこには、シルヴァラントで世界再生の旅が行われているという事。

テセアラを守る為、しいながシルヴァラントの神子の暗殺を命じられた事。

見知らぬ世界にしいな1人を向かわせる事が心配で、だから自分も同行することに決めたという事。

ゼロスの護衛でありながら、彼の側を離れることに対する謝罪。

そして・・・―――最後に短く書かれた、別れの言葉。

ゼロスは手紙を握り潰すと、灰皿の中に投げ入れ火を点けた。

「ゼロス様!?」

慌てたようなセバスチャンの声を無視して、灰になっていく手紙を見詰める。

これは極秘事項であり、秘密保持の為に読み終えたら焼いてくれと、手紙にはそう書かれてあった。

「いーんだよ、これで」

普段からは考えられないほど低い声色で呟いたゼロスに、セバスチャンは何も言えずにただ己の主人を見る。

「悪ぃけど・・・ちょっち1人にしてくれや」

こんな状態のゼロスに何を言っても無駄だという事は、長く彼に仕えてきたセバスチャンは知っていた。―――そして唯一そんな主人を宥められるのは、3年前唐突にこの屋敷にやってきた少女だけだという事も。

「・・・・・・畏まりました」

何も言うことが出来ずに、セバスチャンは深く一礼をすると静かにその場を去った。

 

 

セバスチャンの気配が完全に消えた頃、ゼロスは漸く張り詰めていた緊張を解き、崩れ落ちるようにソファーに身体を預けた。

部屋の中を照らす白い光が、妙に目に痛い。

「・・・なんだってんだよ」

誰にとも無く呟く。―――その声はただ部屋の中に空しく響いて、己の耳に届くだけ。

いつもならば常に側にある気配は、今はない。

彼女は自分の元を去ってしまった。

現れた時と同じように、何の前触れも無く突然。

追いかけて、そして引き止めたいと想った。

例えそれでしいなが1人シルヴァラントに行く事になろうとも・・・それでも引き止めたいと。

けれど、が今何処にいるのかゼロスには解らない。

シルヴァラントに行く方法を、ゼロスは知らない。

その方法が解らない以上、追いかける事も出来なかった。

セバスチャンの言う通り、3時間も前に屋敷を出たのなら、きっともうメルトキオにはいないのだろうから。

ソファーに身を沈めたゼロスは、己の足に何か硬い物が当たっていることに気付いて、緩慢な動作でポケットに手を伸ばした。

指先に触れるそれに、表情を険しくさせる。

彼のポケットから姿を現したのは、にプレゼントする為に用意した小箱。

彼女の手に渡る事の無いそれは、手に入れたときとは正反対の感情をゼロスに与えた。

「・・・くそっ!!」

持て余したやるせない感情を込めて、それを力一杯壁に向かって投げつける。

ガシャンと大きな音を立てて床に落ちた箱の中から、シルバーの拙い細工が施されたアクセサリーが姿を見せる。―――それは部屋の白い光に照らされて、煌びやかな光を放っていた。

「知るかよ、あんな女の事なんて」

冷たい声色でそう呟く。

ゼロスの目に浮かんだ色は、冷たく鋭い。―――もし誰かがそれを見たならば、おそらく恐怖で身を竦めるに違いない。

どうせ離れていくのならば、どうしてこんなにも自分の心の中に踏み込んだのか。

信頼させるだけさせておいて、あっさりと姿を消すなんて残酷すぎる。

ゼロスは脳裏に浮かんだ考えに、自嘲する。

「・・・解ってるよ」

どうせ、自分の元には何も残らないのだ。

心から欲したものは、決して自分の手には残らない。

結局、今回もそうだっただけの話。

そう無理やり結論付けて、ゼロスは部屋に戻るべく立ち上がった。

ゆっくりと階段を上りながら、心の中で堅く誓う。

もう誰も信用しない。―――誰にも心を許したりなんてしない。

裏切られるくらいならば、いっそ自分が裏切ってやる。

それは自己防衛手段。

ゼロスには、それ以外に己の心を守る術を知らなかった。

部屋のドアに手を掛けて、そして何気なく隣室に目を向ける。

そこはの部屋だ。―――目を背けようとした瞬間、薄くドアが開いている事に気付いて、仕方なく閉めようとそちらに足を進めた。

けれどゼロスの意思とは反対に、ノブに掛けた手は閉めるのではなくドアをゆっくりと押し開けていく。

キィと小さく鳴いたドアの音が聴覚を支配し、視界に広がるのは薄闇に包まれた人の気配のない室内。

自分が何をしたいのかも解らず、足は無意識の内に部屋の中に入っていた。

室内に入ると、微かにの匂いがする。

そのまま何をするでもなく部屋を見回していたゼロスは、ふとゴミ箱に目を留めた。

暗闇の中確認しにくいが、ゴミ箱の中には丸くぐしゃぐしゃに握り潰された白い紙があった。―――暗い故に、それはまるで光を放っているかのようにも思える。

どこかで見たと思い、それが先ほど手渡された便箋と同じ物だと理解したゼロスは、やはり無意識でそれに手を伸ばしていた。

ガサガサと耳障りな音を立てて、それを開く。

皺くちゃになったそれにも、見覚えのある綺麗な字があった。

ぼんやりとした意識の中、その文字を追っていたゼロスの目が少しづつ見開かれていく。

手紙の内容に・・・そしてそこに書かれてあった言葉に、頭の中が混乱する。

ここに書かれてあることは、果たして真実なのだろうか?

そしてこれを捨てたという事は、その想いも捨てたという事か?

訳が解らず、思わず髪を掻き毟る。

もしここに書かれてある事が偽り無い真実だとして・・・―――もしそうならば、はなんて残酷なのだろうかとゼロスは思う。

残酷なくらい優しくて、残酷なくらい自分勝手で。

なのにその手紙の内容に縋ってしまいたくなる自分が、酷く滑稽に思えた。

しばらくその手紙を無言で見詰めていたゼロスは、小さく苦笑を浮かべてそれをポケットに入れる。

そしての部屋を出るとリビングに戻り、先ほど自分が投げつけた小箱の中から華奢な作りのブレスレットを手に取り、それを見下ろして自嘲する。

手の平から伝わる金属の冷たさと、ポケットの中でガサガサと鳴る紙の音に。

ゼロスは自分が愚かに思えて、思わず喉を鳴らして笑った。

そんな自分も悪くない気がした。

 

 

としいなが居なくなってから、一ヵ月後。

ゼロスはいつも通り大勢の少女たちに囲まれて、既に身についた仮面を被り上っ面だけの笑顔を振り撒いている。

彼の女性関係は、が側に居た頃とは比べ物にならないほど派手になっていた。

それでもゼロスが自棄にならないのは、ポケットに忍ばせてある手紙とブレスレットのお陰だ。

『さようなら』

捨てられていた手紙には、その続きがあった。

『勝手な言い分だけれど。いつか、全てが終わったならば、貴方の元に帰る事を許して欲しい』

少女たちの騒がしい声を聞きながら、ゼロスは空を見上げる。

そこに浮かぶ丸い月。―――は今、そこにいるのだろう。

『また再び会えることを、願っている』

フワリと風に舞うの黒い髪を思い出して、ゼロスは僅かに微笑んだ。

もし本当にが戻ってきたならば。

もし本当にそれが成ったならば、もう一度人を信じてみよう。

裏切りなのではなく、一時の別れなのだというならば。

ゼロスとを繋ぐのは、捨てられていた手紙の言葉のみ。

それでも・・・曖昧なほんの僅かな繋がりでも、ゼロスには断ち切ることなど出来なかったから。―――だからその繋がりを守る為ならば、例え愚かだと言われても構わない。

時が経ち冷静になったゼロスには、の行動が自分を守る為のものなのだという事を察する事が出来たから。

「仕方ねぇから、待っててやるよ」

ゼロスの突然の言葉に、少女たちは不思議そうにお互い顔を見合わせた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゼロスの葛藤?(←何故疑問系)

寧ろこれ誰だよって感じですが。

こんな風に情熱的に想ってくれてたら嬉しいなという、妄想の産物です。

そしてやっぱりお相手ゼロスっぽくなっちゃって、どうしましょうみたいな。

基本ゼロスで落ちがクラトスみたいな(それは果たしてクラトス夢になるのか)

だってクラトス全く出てこないし・・・シルヴァラントに行ったら、クラトスとも接触ができるとは思うのですが・・・(めちゃ曖昧)

作成日 2004.10.20

更新日 2007.10.13

 

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