「・・・・・・あつい」

照り付ける太陽の熱に、しいなは本日何度目かのセリフを再び声にした。

パタパタと手で顔を扇ぐけれど、そんなものは気休めにもならない。

呼吸困難に陥りそうなほどの熱を含んだ空気に、意識が朦朧としてくるのを感じながら、しいなは見渡す限り広がる砂の光景を目に映した。

「何処を見ても砂ばっかりで・・・ウンザリするよ」

「何処見ても砂ばっかりなのは当たり前でしょ。砂漠なんだから・・・」

今にも倒れそうな自分とは違い、見るからに余裕がありそうなの態度に、しいなは渡された水筒から水を一口飲んで、恨めしげな視線を太陽に向ける。

「何であんたは・・・そんな平気そうなんだい?」

返って来る言葉は想像が付いたけれど、敢えてそう尋ねてみる。―――すると間を置かずして、の口から予想通りの返答が返ってきた。

「何言ってんの。私だって暑いわよ」

当然とばかりに返ってきたセリフに、やはりしいなは口を閉ざすしかなかった。

 

灼熱地獄へようこそ

 

手近なところに木陰を見つけ、歩き通しだった2人はそこで一時の休息を取ることに決めた。

出発してから初めての休息。―――しいなは今までも何度か休憩しようと進言したけれど、いつの間にか旅の主導権を握っていたにあっけなく却下されていた。

それにもちゃんとした理由はあるのだけれど、暑さでそれどころではないしいなが、その理由を尋ねる事はない。

ともかくも、数時間久しぶりの休息。

節々が痛む身体を華奢な木の幹に預けて、しいなは重いため息を吐いた。

どこの街にも寄らずに旅をしているので、勿論の事ながら野宿続き。―――いい加減ちゃんとしたところで寝たいとは思っても、が何の文句も口にしないのだから、直接命令を受けた自分がダダを捏ねるわけにもいかない。

そうは思っても、その内倒れてしまうのではないかと、しいなは半ば本気で考えた。

身体を包む熱気は歩いている時と変わらず不快だったが、それでも直射日光が遮られているだけでも幾分かは暑さの度合いもマシだ。

流れる汗を拭って、チラリと横目での様子を窺う。

先ほどは暑いと言っていたけれど、見た目はどうしてもそうは見えない。

確かに汗はかいているし、着ていた上着も脱いではいるが、その表情はどんな事情を差し引いても涼しげだ。

どうしてそんな涼しげな表情をしていられるのかと不思議に思ったが、どうせ聞いても自分には実行できないだろうと解っているしいなは、諦めて地図で現在位置と目的地を確認するの顔を覗き込んだ。

地図には小さな文字で様々な書き込みがされてある。―――それを読む気にも勿論なれず、ぼんやりと地図を見下ろしてから、に声を掛けた。

「旧トリエットとか言う遺跡は、まだ遠いのかい?」

「そうね・・・。旧トリエット遺跡は、ずいぶん遠いわね」

「・・・・・・あとどれくらい?」

「う〜ん・・・、ここからだと5日はかかるかしら?」

「そんなに!?」

淡々と返された言葉に、しいなは思わず声を張り上げた。

今まで何日もかけて砂漠を歩いてきたというのに、まだ後5日も歩き続けなければならないのかと思うと、どうか冗談であって欲しいと無駄だと解ってはいても願ってしまう。

寒いのと暑いのとではどちらが好きかと聞かれれば、寒がりなしいなは暑い方だと即答するだろうが、だからといって暑いにも限度がある。

自分は干からびて砂漠で野たれ死んでしまうのではないかと、半ば本気でそう思った。

そんなしいなの様子を察したのか、は熱心に注いでいた視線を地図からしいなに移し、安心しろと言わんばかりににっこりと微笑む。

「心配しなくても大丈夫よ。私たちは旧トリエット遺跡には向かってないから」

「そうか・・・良かった・・・―――って、どういうことだい!?」

「どういうことって、言葉の通り、そのままよ」

シレっと言い放つに、しいなは絶句した。

確かレネゲードから得た情報では、神子たちは旧トリエット遺跡に向かったという。

そこが世界再生の旅の要となる祈りを捧げる舞台の1つで、祈りを捧げた神子は天使への変化を始めると説明を受けていた。

それを阻止するために派遣された自分たちが、どうして違う場所へ向かっているのか。

無言でそれを問うしいなに、は呆れたように溜息を吐き出した。

「いい、しいな?私たちの目的は、儀式を邪魔する事じゃなくて、神子を暗殺する事でしょう?暗殺する場所は何処でも良いはずよ」

「・・・けど」

「私たちは具体的な神子たちの行き先を知らない。町を回って噂を集めて、そうして足跡を辿っているようじゃ、何時までたっても追いつけないし、目的も達成できないわ」

一言一言しっかりと説明をするの声に、しいなは素直に耳を傾ける。

確かにの言う通りだと、そう思う。―――神子たちは律儀に待っていてはくれないのだ。

向こうとて世界再生を急ぐ旅だろうし、そうそう町に長く滞在しているとも考えられない。

噂を聞いてから追いかけたのでは、遅すぎる。―――それに加えて、シルヴァラントに救いの塔が現れたのだから、世間の神子に対する関心も強いだろう。

シルヴァラントの神子が、己の世界でどれほど認知度が高いのかは解らないが、伝わってくる情報がいつも正しいとも限らないのだ。

「じゃあ、どうするんだい?」

「先回りするのよ」

「先回り!?行き先なんて解らないのに、どうやって先回りするんだい!」

当たり前のことを口にしたとでも言うようなに、しいなは勢い良く身を乗り出す。

目前に迫った真剣な表情のしいなを見詰めて、はニコリと笑みを浮かべた。

「祈りを捧げる舞台がどこなのかは、生憎とこの世界の人間じゃない私には解らない。だけど、その舞台がこの大陸だけにあるわけじゃない筈。テセアラと同じように、おそらくは世界中のいろんな場所にそれはあるのだと思うの」

「それで?」

「この大陸でその舞台があるのは、レネゲードが言っていた旧トリエット遺跡。だったら次に向かうのは別の大陸。普通に考えれば、次は一番近いこちらの大陸に向かうと予想される」

は指でトントンと地図を差す。

「まぁ船を使わなきゃ行けないでしょうね。トリエットの辺りに港町はない筈だし・・・。その点この山を越えたところなら港町があるわ。私だったら、間違いなくここへ向かう」

指が差したのは、港町イズールド。

どれほどの規模の街かは地図を見ただけでは解らないけれど、どうやらこの大陸にはこの街にしか船が無いようだ。

「じゃあ、イズールドで神子たちを待ち伏せするのかい?」

「いいえ」

しいなの問いに、はキッパリと否定の言葉を告げて、広げていた地図を折り畳みポケットの中に収めた。

「いくらなんでも、街中ではこちらの分が悪すぎる。向こうだって大人しく殺されてくれるとは思えないし、騒動に発展するのは目に見えてるわ」

「確かに。こっちの世界の人間は、全員神子たちの味方だろうからね。それじゃあ・・・」

何処で待ち伏せるんだと言葉を続ける前に、先ほど見た地図を思い出してが言いたいことを汲み取る。

「・・・・・・オサ山道」

「そういうこと」

ポツリとその名前を呟くと、はにっこりと笑顔を浮かべた。

良く出来ましたと声を掛けられて、しいなは優しく頭を撫でられる。―――どうにも子ども扱いされている気がしたが、敢えて何も言わずに撫でられた頭に手を置く。

悔しいが、しいなはに頭を撫でられる事が嫌いではなかった。

先に立ち上がったに腕を引かれて、しいなも疲れた身体を起こす。

「まだ神子たちは来ないだろうけど、念には念を入れて早い内にオサ山道に着きたいわ。もう半日も歩けば着くから、もう少し頑張りましょう」

「ああ、そうだね」

何時までもここにいても仕方が無い。―――昼間の暑さからは考えれないくらい、砂漠の夜は冷えるのだ。

こんな野宿には向かない場所で一晩過ごすのは、しいなとしても御免被りたい。

の言葉に気力を奮い立たせ、しいなは再び灼熱地獄に足を踏み入れた。

 

 

オサ山道に着いてからは、今までよりも状況は格段マシなった。

気温は相変わらず高かったけれど、周りには小規模ではあるが森と呼んでも差し支えないほど木々が茂り、太陽の光を遮ってくれていたお陰で砂漠にいた時よりも涼しい。

その上、が何処からか木の実を拾ってきたり狩りをしたりと、久しぶりにまともな食事にもありつけた。

妙に旅慣れているを不思議に思いつつも、彼女のお陰で快適な野宿生活を送れているとしいなは思う。

この時ほど、が一緒にいてくれてよかったと強く思ったことは無かった。

問題点を挙げるならば、野宿を始めて5日は経つというのに、未だに神子一行が姿を現さないことか。

勿論旅人は何組か通った。―――しかしそれはどう見ても神子には見えない人たちばかり。

それでも5日もそれらしい人物が現れない事に、不安が沸き起こる。

もしかして、通してしまった人たちの中に、神子がいたのかもしれない。

思わずそう漏らしたしいなに、けれどは心配ないと笑う。

その笑顔を見て、しいなは再び安心するのだ。―――5日間、ずっとそれを繰り返していた。

そんな毎日を過ごしていく内に、段々とストレスが溜まってくる。

基本的に、しいなはジッと待つよりも動き回る方が好きなのだ。

そうして3日後。―――しいなたちがオサ山道の麓で待ち伏せを始めてからちょうど8日目。

待ちわびた神子一行が、その姿を現した。

 

 

「待て!!」

オサ山道の麓に、凛々しい少女の声が響く。

その声に引かれるように立ち止まったロイド達は、キョロキョロと辺りを見回し、自分たちがいる場所よりも少しばかり高い崖の上に立つ2つの影を見つけた。

声を上げた方は、おそらくは自分たちと同じくらい。―――もう1人の方は、よく解らないけれど少しだけ年齢は上に見える。

「あんたが、シルヴァラントの神子だね?」

前以て聞いておいた特長と一致することは確かだけれど、間違いだという可能性もないとは言えない。―――殺した後に間違いでしたでは、すまないのだ。

それに淡い金髪の少女は、のほほんとした様子で「はい、そうです〜」と聞いている方が気が抜けてしまいそうな口調で肯定を示した。

その遣り取りをしいなの後ろで傍観していたは、神子というのは相手の戦意を殺ぐ特技でも備わっているのだろうかと、どうでも良い事を考える。―――実際はどうなのかは置いておくとして、ゼロスも人の戦意を殺ぐ事には人一倍長けていた。

1人この場の空気とは裏腹な呑気なことを考えていたに、しいなはチラリと目を向けて無言で何かを訴える。

それに解っていると再度承諾の意を示して、それを行動で表すために一歩下がった。

しいなの旅に同行する際、交わされた約束。―――絶対に手は出さないという事。

暗殺は自分が受けた命であり、が手を汚す必要はないとしいなは言う。

としては今までも人に手を掛けた事はあるのだし、それこそ今更だと思ったけれど、敢えてそれを受け入れた。―――反発して、同行を拒否されれば元も子も無い。

一緒にいれば、しいなに危険が迫った際に手助けをする事ができる。

それまではナビゲーションやら旅の世話などでも構わない。

実際に共に旅をしたの感想としては、こんなにも旅の心得が無いしいなを1人にしなくて良かったというものだった。

数回会話を交わした後、しいなが札を構える。―――いよいよ命令を実行するようだ。

妙に気合が入っているしいなを、は少しばかり不安そうな面持ちで見詰める。

先ほどの「待て!」の声など、察するまでもないほど苛立ちが含まれていた。

大方散々待たされてストレスが溜まった結果なのだろうが、それ故にいつもの冷静さを欠いているようにも見える。―――とは言っても、いつものしいなも今と対して変わらず落ち着きなどないのだけど・・・と、本人が聞けば激昂しそうな事を平気で思った。

それよりも・・・と、は神子一行に視線を移す。

シルヴァラントの神子のすぐ側にある、あの赤いレバーが気になる。

あからさまに怪しいんですけど・・・と溜息を吐きつつも、一応は危険を促しておこうと口を開きかけたその時。

「覚悟!!」

が声に出す前に、しいなは神子に向かい駆け出した。

赤い服を着た少年が剣を構える刹那、しいなの攻撃に驚いた神子がバランスを崩し後ろに倒れ込む。―――そして神子の手が、あからさまに怪しいレバーを引き倒した。

「・・・あ」

誰が発した声だったのか。

一瞬空気が止まり、その後しいなは鋭い悲鳴を響かせて忽然と姿を消した。

「ちょっ!!」

思わず身を乗り出すと、視界に大きな穴が映る。―――落とし穴か、もしくは誰かが意図的に造った通路なのかはさておき、しいながそこに落ちたのは間違いないようだ。

タイミングが良いのか悪いのか・・・見事なまでの失敗ぶりに、思わず感心してしまう。

「・・・と、それどころじゃないか」

すぐさま我に返り、は先ほどのしいな同様崖を飛び降りて、ぽっかりと口を開けた穴に向かい駆け出した。

しかしそんなの前に、先ほどの赤い服を着た少年と、ゼロスよりも少し落ち着いた赤茶の髪をした青年が立ちはだかり道を塞ぐ。

「・・・何のつもり?」

「それはこっちのセリフだ!コレットを殺させなんてしない!!」

の言葉に、少年が噛み付くような口調で声を荒げる。

そんな少年を見て、は今まさに自分も暗殺者の1人であることを思い出した。

しいなに手を出すなと言われていた手前、そんな自覚は無いに等しい。

「とりあえず、私はその子に手を出すつもりは無い。勿論・・・今は、だけど」

「そんなこと、信じると思ってんのか!?」

「信じる信じないは私が判断する事じゃないわ」

キッパリと言い放ち、鋭い視線で少年を睨みつける。

イライラと、した―――穴に落ちたしいなが心配で。

見事に穴に落ちたしいなを感心して見ていたが言うのも説得力は無いが、一刻も早く彼女の安否が知りたい。

しかし一向に引きそうに無い少年に、は故意に強い殺気を放ち、声のトーンを落として静かな口調でもう一度言った。

「そこを退きなさい」

少年の身体が強張っていくのを、は感じる。

それも当たり前だ。―――少年とでは、力量が違いすぎるのだから。

あともう一押しかと、他の面々にも同様に威嚇の為の視線を投げかけたその時、チラリと目の端に映った表情に眉を顰めた。

少年と共に自分の前に立ちはだかった青年が、困惑したように立ち尽くして自分を見ている事に気付いたのだ。

青年は何か言いたげに口を開きかけるけれど、言葉にならないのか声を発する事無く口を閉じる。

一体なんなんだと、威嚇も忘れて様子を窺うの耳に、高い声が届いた。

「ロイド、退いてあげて!きっとさっきの女の子のことが心配なんだよ!!」

「・・・でも、お前命を狙われてるんだぞ!?」

「だいじょぶ。だってこの人、私に危害は加えないって言ったじゃない」

満面の笑顔を浮かべて、少女は少年に向かいそう言った。

いや、確かに言ったけどね・・・と、思わず溜息を零す。

そんなに簡単に人を信用して、大丈夫なのだろうか?―――命を狙われているというのに、それではいつ殺されても文句は言えないぞと内心突っ込む。

暗殺者である自分がそんな事を思う事自体、矛盾があるのだという事には気付かなかった。

それでも今回に限って言えば、には少女の命を奪う気は無い。

少年は戸惑いつつもに目を向けて・・・―――そしてやはり警戒したままではあるが、少女を背に庇いつつ道を開けた。

それににっこりと微笑みかけて礼を告げると、穴に近づき中の様子を窺う。

それなりに深さはあるようだけれど、この高さならば余程変な落ち方でもしない限り、命に別状はないだろう。

しいなは一応忍と呼ばれる者なのだし、いくら不意を突かれたとはいえ受身くらいは取っている筈だ。

それを確認してから、は穴の縁に足を掛ける。―――ふと振り返って、ジッと視線を送ってくる神子一行に声を掛けた。

「貴方たちのお名前を、聞いても構わない?」

突然の申し出に一行は驚いたようだけれど、すぐさま少年が大きな声で名を告げた。

「俺はロイドだ!」

次に神子がにこやかに名乗る。

「私はコレットだよ。よろしくね〜」

次に銀髪の女性と少年。―――おそらくは姉弟なのだろうと、は推測する。

「・・・・・・私はリフィル」

「ジーニアスだよ」

不審げな眼差しを向けながらも律儀に名乗るリフィルに、は苦笑を浮かべた。

残るは・・・と、ただ1人無言のままの青年を見る。

青年の顔には、既に驚きの表情は無い。―――けれどどこか探るような視線は、つい先日見たものと酷く似通っていた。

貴方もなの・・・と内心ウンザリしながら、先日その視線を向けてきたユアンを思い出す。

「お名前は・・・?」

静かな声で促すと、青年は重い口を開く。

「・・・・・・クラトスだ」

「・・・クラトス」

やはり、聞き覚えは無い。

けれど何かを訴えるような目は、どこか懐かしさを感じさせた。

それを振り払うように短く溜息を吐き、はグルリと神子一行の面々を見回す。

「私は。―――また近い内に会いに行くわ。その時は遠慮なく神子の命を頂きますから、そのつもりで」

にっこりと冷たい笑顔を浮かべて、は躊躇い無く穴の中に身を躍らせた。

そんな光景を呆然と見詰めて。

「・・・なんだったんだ、一体?」

「・・・・・・さあ?」

取り残されたロイド達がそんな会話をしていた事は、勿論の知る所ではない。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

漸くロイド達と対面。

そしてクラトスとの再会(記憶はありませんけども)

しいな初登場は結構好きです。あのドジっぷりが(酷)

なんか一生懸命なんだけど空回ってる感じが、とてつもなく愛しいというか(笑)

作成日 2004.10.22

更新日 2007.11.9

 

 

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