暗闇に包まれた穴の中を、は重力に任せて降下していた。

ほんの少しだけ明るい空間が迫ってきたことに気付き、体勢を整えて襲う衝撃に備える。

ダンという大きな音と共に地面に着地したは、足に響く鈍い痛みに顔を顰めつつも、すぐ足元に横たわる身体に視線を向けた。

「しいな・・・」

すぐさま屈み込んで意識のない少女の容態を窺う。―――所々に軽い擦り傷はあるが、それほど大きな怪我はしていないようだ。

手をかざして、静かな声で呪文を唱える。

「ファーストエイド」

力ある声と共に発せられた淡い光は、しいなの身体に付いた傷を癒していく。

すべての傷が癒えた事に安堵の息をついて、抱え込むようにしいなの身体を引き寄せる。

そうして漸く落ち着いたは、自分たちを包む暗闇をぼんやりと見詰めながら心の底から思った。

地面に着地した際、しいなの身体を踏まなくてよかった・・・と。

 

執念の追跡行

 

しばらく経っても目を覚まさないしいなを瓦礫の影に横たえ、はゆっくりと辺りを見回しながら立ち上がった。

ここはどうやらただの落とし穴ではなく、誰かが意図的に掘った坑道のようだ。

造りがしっかりしていることから、この山の管理者が移動の負担を軽くするために造ったのだろうと考える。

けれど今ここはどう見ても使われている様子はないし、所々崩れて瓦礫に埋まっている。

警戒しながら進むと、ちらほらとモンスターの姿も確認できた。

「これは思ったよりもやっかいかも・・・」

ポツリと呟いて、溜息を吐き出す。

元々は通行の便の為に造られたものなのだから、迷うようには出来ていない。―――それでも瓦礫などで通れない部分もあり、山の地形からなのか構造も少々複雑そうだ。

おまけにモンスターまで徘徊している。

「ま、どうせ今から神子たちに追いつくのも無理だろうし、ゆっくり行きますか」

諦めたように肩を竦めて、はしいなの元に戻るべく来た道を引き返す。

最初にいた穴の落下地点に戻ると、いつの間にか意識を取り戻したしいなが困惑した様子で辺りを見回していた。

「目が覚めたのね。どこか痛いところはある?」

「・・・?あたしは一体・・・」

座り込んでいるしいなに近づきしゃがんで目線を合わせると、もしかして覚えてないの?と優しい口調で問い掛ける。

すると今まさに思い出したとばかりに、しいなは勢い良く立ち上がった。

「あいつらは!?」

「さあ?多分あのまま山道を通ってるとは思うけど・・・」

しいなの質問に答えつつ、彼女を横たわらせる際に使った自分の上着を拾い上げ、それに袖を通す。―――外ではウンザリするほど暑かったけれど、坑道の中ではひんやりとした空気が寒いくらいだ。

「・・・っ!すぐ、今すぐ追いかけるよ!!」

そう声を荒げて勢い良く駆け出したしいなに驚きつつも、は慌てて彼女の後を追って駆け出す。―――しかししばらく進んだ先・・・先ほどが立っていた辺りで立ち止まっているしいなに気付いて、同じように隣に立つと顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

声を掛けるが、どうやら聞こえていないらしい。

呆然と理解不能だとばかりに立ち尽くすしいなに、はもう一度声を掛ける。

「どうしたの、しいな?」

「ここ・・・何処だい?」

「何処って・・・」

しいなが落ちた穴の中、と答えるとしいなは眉を顰めた。

悔しいのだろう・・・。―――あれほど簡単に、罠に掛かった自分が。

実際に言えば罠でも何でもなく、また謀ったわけでもなく、ただの神子の強運の成せる技の結果なのだが・・・。

は言葉もなく立ち尽くすしいなに、自分が出した結論を聞かせた。

それにつれ、悔しさは困惑に・・・困惑は焦りに変わっていく。

「どうやってここから出るんだい?」

「・・・さあ?」

呆然と呟くしいなに、は他人事のような雰囲気で返事を返した。

 

 

しかし、しいなは強かった。

落ち込んでいる暇などないと、坑道内を駆け出したのだ。

大変なのはの方だった。

坑道内に徘徊するモンスターは、決して少数ではない。―――目の前のモンスターはしいなが跳ね飛ばす勢いで倒していくのだが、如何せん焦りと怒りとで注意力が散漫な彼女は、真横や背後からのモンスターに無防備状態で。

結果、は全速力でしいなの後を追い、且つ自分に向かい襲い掛かるモンスターを退治し、加えてしいなに襲い掛かるモンスターも倒していかなくてはならなかった。

日頃から鍛えていたにしてみれば身体の疲れはあまり感じないが、体力面よりも精神面での疲労の方が強い。

果たして、しいなはちゃんと道を確認して進んでいるのだろうか?

まさか見境無く走り続けているなんて事は、無いだろうか?

浮かんだ疑問をすぐさま打ち消す。

そうではないことを祈るだけが、今のに出来るささやか過ぎる抵抗だった。

本日何匹目か数えるのも馬鹿馬鹿しいほどのモンスターを倒し、それを振り払うかのように剣を振るったの目に、白い微かな灯りが差す。―――視線を前を走るしいなよりもさらに向こう側に向けると、古い木の板で打ち付けられた出口と思われるものが目に映った。

「邪魔だよ!!」

出口を塞ぐ木の板を魔術で破壊しようと呪文を唱え始めたの耳に、しいなの怒声と何かが壊れる派手な音が届く。

それと同時に眩しい程の光が、坑道内に差し込んだ。―――暗闇に慣れた目には痛いほど。

目を細めて出口を駆け抜けたしいなに続いて外に出たは、唐突に何かにぶつかり数歩後ろによろめいた。

今にも閉じそうな目を必死に開けて、ぶつかったものを見る。

それはしいなの背中で、ぶつかられた当人であるしいなは、目の前を睨みつけるように見詰めていた。

どうしたの?という言葉を、思わず飲み込む。

なぜならば、つい半日ほど前に別れた神子一行が目の前にいたからだ。

すぐに会う事になるだろうとは言ったけれど、まさかこんなに早く遭遇する事になるとは思ってもいなかったは、半ば感心したようにしいなを見る。

恐るべき執念と、賞賛を送るべきだろうか。

「またお前か!!」

少年の声に、そちらに視線を向ける。―――するとロイドが、鋭い視線で自分たちを睨んでいることに気付く。

そんなロイドにしいなが何事かを言い返そうとしたが、その言葉は響いた能天気な声に遮られて彼女の口から出ることは無かった。

「ああ〜!無事だったんだね、よかったぁ!!」

心底良かったと、嬉しいと顔に笑みを浮かべて一歩を踏み出したコレットに、しいなは反射的に一歩後ずさる。

「ち、近づくな!ああっ、動くな!触るな!!」

恐怖の色さえ浮かべて叫ぶしいなに、は困ったように肩を竦めた。

そんな仕草に気付いたしいなはバツが悪そうに眉を顰めて、再び神子一向と向き直る。

「ともかく、神子の命は貰う!!」

「腰が引けてるわよ、しいな」

「煩いよ。は黙っといとくれ!!」

顔を赤らめて抗議するしいなに促されて、は一度目の襲撃と同じように一歩後ろに下がる。―――それを確認したしいなが、一際鋭い声を上げた。

「覚悟!!」

二度目の襲撃は誰に邪魔される事も無く、ついに戦闘が始まった。

それを後ろで眺めながら、静かな動作で腰の剣に手を伸ばす。

確かに手は出さないと約束したけれど、5対1+式神(と言ってもコレットはただ応援しているだけだが)はあんまりだ。

せめて少しくらい、負担を軽くするくらいは構わないだろうと、ゆっくりとした動作で腰の剣を抜いた。

自分の実力と、相手の実力を測って・・・ターゲットを決める。

しばらく考え込んでいたは、ターゲットをクラトスに決めた。

この中で一番腕が立つのは、間違いなく彼だ。

それ以外にも理由はある。―――彼が本当に自分の事を知っているのか、はそれとなく探りを入れておこうと考える。

その間にも戦闘は激化し、クラトスの剣がしいなに向けられたその時。

キィンと硬質の音を上げて、の剣がクラトスの剣を受け止める。

ほんの一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたクラトスを見て、は微かに口角を上げた。

「折角ですから、少しお話をしませんか?」

挑発するような笑みを浮かべると、何かを察したのか・・・―――クラトスはの身体を力任せに押しやり、少しだけ距離を保ってしいなたちから少し離れた場所で再び剣を構える。

同じように剣を構えて、クラトスと対峙する。

やはり見覚えはない。―――けれどクラトスの目に敵意や殺気を感じない事が、少なからず自分に関わりがあるのだと物語っているとは思った。

「単刀直入にお聞きしますが・・・」

警戒を緩めず、は慎重に言葉を紡いだ。

「貴方・・・私を知ってるの?」

「・・・・・・?」

クラトスの表情が、意味不明だと言わんばかりに顰められる。

それは初対面で何言ってんだこのヤロウという意味にも取れるし、何惚けてんだお前という意味にも取れた。―――相手のちゃんとした考えが解らないは、無言のまま次の言葉を待つ。

しばらくの沈黙の後、激化するしいなたちの戦闘音に紛れるように、クラトスの低い声がに向けられた。

「お前は・・・何を言っている、?」

クラトスの言葉に、は確信した。―――やはりクラトスは、自分のことを知っていると。

初対面で相手の名前を呼ぶような男には、生憎とクラトスは見えなかった。

はクラトスの問い掛けを軽く無視して、さてどうするかと今後の対策を練る。

まず、クラトスが何者なのかを知りたい。

先日会ったユアンと言う男も怪しいと言えば怪しいが、彼はレネゲードのボスであり、テセアラにも行き来できる立場である事から、例えシルヴァラントに居たとしても知り合いである可能性はゼロではない。

しかしこのクラトスという男はどうだろう?―――シルヴァラントに居るということは、おそらくはこの世界の人間なのだろう。

それがどうして、テセアラにいる自分を知っているのか。

クラトスがレネゲードの一員であるという仮説も立てることはできるが、彼は神子の仲間のようだし、偽って旅に加わっているのだとすれば自分たちの事も聞いている筈だ。

としいなが神子の暗殺に来た事など予想もしていなかったという面持ちのクラトスだから、おそらくレネゲードの一員ではないのだろうとは推理を立てる。

なら、どうして?

聞きたい衝動に駆られるが、聞けば間違いなく自分の過去が晒されるのだろう。

記憶を取り戻したいと思っていないにとって、それは望むところではない。

ジッと窺うような視線を送ってくるクラトスを見据えて、は短く溜息を吐く。

「貴方が何者なのかとか、私が何者なのかとかは置いておくとして・・・。事実だけを述べるならば、私は現在『記憶喪失』という状態にあるの。2年前から昔の記憶が、私には全くない」

淡々とした口調で事実だけを述べるに、クラトスはほんの僅かに目を見開き表情を引きつらせた。

傍から見れば怪訝そうな・・・という表現がぴったりと来るクラトスの表情だが、にはそれが困っているように見える。

そしておそらく、クラトスは困っているのだろう。

ほぼ初対面に近い相手の表情をはっきりと読み取れることが、クラトスが他の誰よりも自分と親しい位置にあったのだと理解する。

「・・・記憶喪失?」

言葉少なに問い掛けられて、は無言のまましっかりと頷く。

だから・・・と声を放ち、微笑すら浮かべてはクラトスに向かい、残酷な言葉を吐いた。

「だから・・・私のことは忘れてください」

「・・・・・・っ!?」

「今の私に、失った記憶は必要ない。それを取り戻す事を、私は望んでいない。だからそれを持っている貴方は、私にとっては歓迎すべき相手ではない。忘れてください、すべて。そうしてもう、思い出さないで」

強い意志を込めて、そう言い放つ。

クラトスはその威圧感に押されるように、黙り込んだ。

自分に向けられるクラトスの視線に、は居心地の悪さを感じて目を逸らす。

痛かった。―――向けられる悲しみに満ちた目が・・・傷付いたその顔が、の心に鋭い痛みを与える。

「しいなっ!!」

気まずさに俯いたの耳に、甲高い可愛らしい声が届く。

慌てて声のした方へ視線を向けると、いつの間に召喚されたのか・・・人工精霊・コリンが伏したしいなの足元で必死に声を上げている。

!しいなが・・・しいながっ!!」

「・・・っ!!」

身を翻して、はしいなに駆け寄る。

ロイド達に警戒しつつもしいなの様子を窺うと、完全に意識を失っているようだった。

そのまま何処にそんな力があるのかと疑いたくなるほど細い腕をしたが、気を失ったしいなを抱え上げる。

「残念だけれど、今回はここで引かせてもらう。まだ戦う意思があるのならば、私がお相手をしよう」

の言葉に、その場を動くものは誰もいなかった。

相手の強さを感じ、動けないでいるのか。

それとも命まで奪う気は、彼らには無いのか。

もし後者ならば、甘いとは思う。―――そんな甘さを持っていて、それでこれから戦っていけるのかと。

「コリン」

「了解!」

ロイド達から視線を外さずに静かな声でコリンに呼びかけると、コリンは明るい口調と共にの肩に乗り、その場に土煙を巻き上げさせた。

「な、なんだ!?」

土煙で視界を遮られたロイドが、驚愕の声を上げる。―――それを聞き流しながら、はその場を去るために身を翻した。

チラリと、脳裏にクラトスの顔が甦る。

あんな顔をさせたかったわけではないと・・・心の奥から声が聞こえた。

「・・・どうしたの、?」

「何でもないわ」

すぐ耳元で聞こえたコリンの声に、は緩く首を振って答える。

頭の中で、警鐘が鳴る。

思い出してはいけないと、の内なる声が叫び続ける。

思い出せば、すべてを失ってしまう。―――そんな矛盾した思いが、彼女の心を支配していた。

自分が得たあの温かい日々や、温かい感情を。

得られた信頼や、そうして自身が向ける大切な人への想いも。

すべてが失われてしまうような、そんな気がした。

それでもクラトスの淋しげな目は、脳裏から消えてはくれない。

あの淋しげな目をした青年を、温かいモノで包み込んでやりたい衝動に駆られる。

「一体・・・なんなのよ」

渦巻いた矛盾だらけの感情に、は成す術もなくそう言葉を吐き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

しいな初登場襲撃編(なんだそれ)終了。

漸く本格的にクラトスと再会。―――の割には、結構酷い事ずばずば言ってたり。

全然甘くない夢とも言えないような夢(今更)

実はシンフォニアの内容かなりうろ覚えだったり・・・。そして勿論セリフもうろ覚えだったり・・・(攻略を確認しながら書いてます)←ダメダメ

なので本編に入ると荒が目立って来ましたが、その辺は寛大な心で流してやってください。

作成日 2004.10.22

更新日 2007.11.20

 

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