積もりに積もった鬱憤を、吐き出して。

悲痛な叫びにも似た声だけを残して、テセアラに向かった

定期的に送られて来ていた報告は何時の頃からかぱったりと途絶え、それと同時に自分の前からも姿を消した女性。

安否を心配し、今どうしているのだろうかと想いを馳せた相手。

そんなは今、記憶を失い、そして自分を強く拒絶している。

視界を覆う砂煙の向こうで、の黒く長い艶やかな髪と、彼女の纏う裾の長い黒の上着が翻ったのが見えた。

咄嗟に名前を呼びそうになって、クラトスは口を噤む。

発せられる筈だった声は飲み込まれ、想いは伝わる事無く胸の中で淀み続ける。

そうして砂煙が去った後、既にそこにの姿はなかった。

 

夜の逢瀬

 

オサ山道を抜けたすぐ後・・・日も暮れかけということもあり、一行は近くの森の中で野宿をする事に決めた。

焚き火を灯し、食事を終えて、そろそろ休もうかという頃合になった時、今まで無言で座っていたクラトスがゆっくりと立ち上がる。

「・・・どうかして、クラトス?」

「少し・・・散歩に行って来る」

それに気付いたリフィルが声を掛けるが、返って来たのはいかにも彼らしくない言葉。

不思議には思ったけれど、リフィルは敢えて聞かずににっこりと笑顔を浮かべてクラトスを送り出した。

「そう。行ってらっしゃい、クラトス」

あまり遅くならないようにと付け加えられた言葉に苦笑しつつも、クラトスは静かな足音を響かせながら森の闇に姿を消した。

 

 

ある目的をもって、クラトスは暗い森の中を歩き続けた。

サクリと草を踏みしめる音だけが響く中、それとは違う音が聞こえないか耳を澄ます。

自分の予想が外れていないならば、近くに居る筈だ。

そうしてふらふらと森の中を歩き続けていたクラトスは、遠くで火のはぜる音が聞こえた気がして立ち止まった。―――それと同時に察知した殺気に咄嗟にその場から飛び退くと、先ほどまで自分が立っていた場所に鋭い巨大な岩の柱が出現する。

「あら。流石に避けられたか」

直後涼しげな声が辺りに響き、クラトスはゆっくりと辺りを見回した。

一本の木の上に人影。―――それは彼の『散歩』の理由でもある。

「・・・当てるつもりは無かったのだろう?」

「そんなことないわよ。貴方が周囲を警戒しない愚か者なら、とっくにあの世行きだろうしね」

クスクスと楽しげな声色で返ってきた答えに、クラトスは深く溜息を零した。

確かに周囲に気を配っていなければ、先ほどの攻撃はクラトスに命中していただろう。

だが言葉を変えれば、気を配ってさえいれば当たる事は無い。―――ギリギリで避けきれるよう、先ほどの魔術は放たれていた。

「それよりも・・・よく私たちがここにいるって解ったわね」

「・・・あの少女を抱えて遠くへは行けない事は解りきっていることだ。加えて、お前たちは我々を狙っているのだろう?近くにいると考えるのが当然だ」

クラトスの言葉に、は「・・・流石」と両手を上げて降参のポーズを取る。

だが追い詰められているような雰囲気は無い。

勿論クラトスはの実力を知っているのだから、それを不思議に思う事もなかった。

記憶を失ったとはいえ、元々得た力は失われる事は無いのだから。

「それで?貴方はわざわざ暗殺者の始末に来たの?―――まぁ、いつ命を狙われるのか解らないんだし、あの少年・・・ロイドって言ったっけ?あの子みたいに呑気に構えてるのも問題よね」

甘さはいつか、命取りになる。

護りたいモノがあるのならば、時として冷酷になることも必要だという事を、ロイドはきっと理解できないだろう。

それは性格故か、それとも若さ故か・・・。

少なくともとクラトスはそれを理解している。―――かつてその甘さが原因で、大切な仲間を失った事があるのだから。

例えそれを自身が覚えてなくとも、教訓は心にしっかりと刻み込まれる。

そして2人は、それを実行に移すことができるだろう。

例えどんな罵りを受けようとも、自らの護りたいモノの為に。

クラトスは笑みを浮かべるを、無言で見上げた。

そこにいる女性は、かつての仲間ではない。

記憶を失ったは、同じ人物であっても別人と同じようなものだ。

それでも・・・それでも大切だと思う気持ちに、変わりはない。

胸に宿る想いも、変わる事はない。

「生憎と危害を加えるつもりは無い。ただ・・・お前と少し話がしたいだけだ」

「・・・・・・私は別に、話したいことなんて無いけど?」

「お前に無くとも、私にはある。いいから大人しく降りて来い、

少し強い口調で言うと、小さく溜息が聞こえた後、は言われたまま大人しくクラトスの前に降り立った。

睨むようにクラトスを見上げて、無言のまま話を促す。

そんなの様子を目に映して、クラトスは躊躇いがちに口を開いた。

「お前は・・・思い出したくないと、そう言ったな?」

「ええ」

「何故、思い出すことを拒絶する?それも間違いなく、お前の一部なのだぞ?」

強い意志を感じさせる声に、は静かに目を伏せた。

最初は、別に強く思い出したくないと思っていたわけじゃない。

ただ思い出せなくても支障は無いと、そう思っていたくらいだ。

けれど何時の頃からか、大切なモノが出来て。

自分が大切だと思う人物に、同じように大切だと思ってもらえることが嬉しくて。

自分が必要だと思われていることが、どうしようもなく嬉しくて。

だけど胸の奥に潜む、暗い感情に自身が気づかないわけもなく。

それは少しづつ、幸せを感じるの心を暗闇に引きずりこもうとする。

その暗闇が、失った記憶なのだとは気付いた。

思い出したくない。―――・・・もうあの暗闇に、身を置きたくは無い。

温かいモノを知ってしまった今では、それに耐えられる自信も無い。

だから思い出したくないのだと、は強く思った。

それを伝えてみようかと思う反面、伝える気が無い事もは気付いている。

伝えてどうなる事でもない。

目の前の青年は、が記憶を取り戻す事を望んでいる。

どんな言葉を並べても、きっとクラトスは納得しないだろうと思えた。

伏せていた目を開いて、は真剣な面持ちでクラトスを見詰める。

「貴方は私が記憶を取り戻すべきだと、そう思っているのね?」

「ああ」

「それは私の為?それとも・・・貴方の為?」

静かな声に問い掛けられ、クラトスは言葉を詰まらせた。

言葉に威圧的なものは何1つ在りはしないのに・・・けれど言葉が出てこない。

「私は・・・」

辛うじてそれだけを声にして、再び口を閉ざす。

が失った記憶を取り戻す事。

それが決して彼女の為を思っての事ではないと、気付いたから。

他でもない、自分の為に思い出して欲しいと・・・そう思っている己の心に気付いたから。

何時だって、自分を温かく迎えてくれた。

出会ってから今まで・・・どんな言い合いをしようとも、最後には必ず自分を受け止めてくれた。

15年ほど前、最愛の妻を失ってクルシスに戻った自分を、が必死にユグドラシルから護ってくれていたのも知っている。

冷たい言葉を口にしつつも、いつも大切に思ってくれていたことも。

それに気付くのは、いつも後になってから・・・―――そんな風に、は自分たちに負担をかけないようにと、いつも気を使って・・・。

3年前、突然逆切れしたを見たときは驚いたけれど・・・今から思えば、あんな風にが自分たちに不満を言ったのは初めてだと気付く。

きっと、知らない内に無理をさせていたのだろうと今更思う。

そんなに無理やり記憶を取り戻させ、再びあの無機質な空間に連れ戻す事が、果たしての為に成り得るのだろうか。

妻と同じくらい愛しくて、大切で、護ってやりたくて。

けれどそれが自分勝手な言い分だとも、理解していて。

黙り込んだクラトスに向かい、は深い溜息を零した。

そうして再び口を開く―――告げられた言葉は、再会した時と同じく残酷な言葉。

「何度も言うけれど、私は記憶を取り戻したいとは思わない。私の為を思うならば、どうかそっとしておいて」

キッパリとした口調。

心の底から、迷い無く発せられた言葉。

これが・・・かつて彼女を裏切った自分への罰なのだろうかと、クラトスは思う。

何時だって側にいてくれた女性を・・・―――理由が無かったとは言えないが、結果として裏切ってしまった自分への。

自分の事を忘れ、拒絶するの姿こそが、罰なのだと。

「話はこれで終わりよ。何を話し合ったって、結論は変わらない」

冷たい声色で言い捨て、は踵を返して歩き出した。

少しづつ遠ざかっていく姿に耐え切れず、クラトスは咄嗟に口を開く。

!」

呼びかけるとは一瞬動きを止め、一拍置いた後にゆっくりと振り返った。

振り返るか振り返らないかを考えて、それでも振り返ってくれた事に安堵しながら。

「いつか・・・聞いてみたいと思っていたのだ」

「・・・何?」

訝しげに返された言葉に、クラトスは苦笑する。

今のに聞いても、その答えが返って来るわけがないと理解していた。

それでも。

「お前は・・・何時からそんな顔しかしなくなった?」

「そんな顔?」

「何時から・・・そんな淋しげな笑みしか、向けてくれなくなったのだ?」

何時の頃からか、向けられる笑みは悲しみを帯びていて。

1人でいる様は、どこか憂いを帯びていて。

いつか・・・消えてしまいそうなほど、儚げで。

森の中に沈黙が落ちる。

暫しの静寂の後、はクラトスに向かい口を開いた。

「以前の私がどうであったかなんて解らないけど・・・。―――そうね、今の私の意見を言わせてもらうならば・・・」

あの・・・淋しげな笑顔を浮かべて、クラトスを見る。

「貴方が・・・淋しそうな顔をしてるからじゃないの?」

そう言ったの姿が、あまりにも以前と同じように見えて、クラトスは思わず息を呑んだ。―――しかし直後、は再びクラトスに背を向け歩き出す。

「さようなら、クラトス」

別れの言葉を残し去っていくの姿を、クラトスはただ無言で見送った。

 

 

はしいなの元に戻ると、パチパチと音を立てる焚き火の前に座り込んだ。

チラリとしいなの様子を窺うけれど、意識を取り戻した様子は未だにない。

粗方の傷は直してあるのだし、体力が戻れば自然と目を覚ますだろうと判断して、暖かな火の前で蹲りながら先ほどのクラトスとの会話を思い出していた。

よくもまぁ、あれだけ冷たい言葉が吐けたものだと自分でも感心する。

それでも自分を求めてくれたクラトスの姿に、心が揺れなかったわけでもない。

強く求められ・・・ほとんど見知らぬ相手でありながらも、嬉しく感じたのは事実だ。

けれど・・・―――は空に輝く月を見上げて、小さく微笑む。

帰りたいと思う場所がある。

もう既に手放してしまったそこには、自分の居場所など無いというのに。

それでもしいなの言うように、もしかすると待ってくれているかもしれないという希望を捨て去る事も出来ないから。

だからは、クラトスを受け入れる事など出来ない。

それならばいっそのこと、酷く傷つけて・・・。―――もう二度と、自分を求める事など無いように。

は淋しげな目をしたクラトスの姿を脳裏から追い出すと、着ていた上着を脱いでしいなの身体に掛けてやる。

そして焚き火の近くの木に背中を預けて、空を見上げる。

暗闇に染め上げられた空には、すべてを優しく照らすような淡い光を放つ月が確かな存在を主張していた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どうにもギャグに行けない。

そしてクラトスがクラトスじゃない(だから今更だって)

クラトス夢の筈なのに、全力でクラトスを拒絶してどうするって話(笑)

やっぱり相手が相手なだけに、アンナの存在がかなり蔑ろ状態ですが・・・クラアン主義の方は申し訳ありません(でもきっと最後までアンナの扱いはこんな感じです)

作成日 2004.10.24

更新日 2007.12.2

 

 

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