「なんだと!?」

「なんだよ!あたしは事実を言ったまでさ!!」

目の前でロイドと壮絶な言い争いを繰り広げるしいなを眺めて、は呆れたように溜息を吐き出した。

場所はパルマコスタ。

そこの港には、しいなとからしてみれば旧式と呼ぶそれ以上に古い型の蒸気船が1つ。―――それが言い争いの原因でもある。

やめておけば良いのに・・・と思うけれど、にそれを止める気はさらさら無い。

なぜならば・・・。

「・・・楽しそうね、しいな」

「どこがっ!?」

ポツリと呟けば、隣に立っていた銀髪の少年・・・―――ジーニアスが、驚いたように声を上げる。

それを聞き流して、は声を張り上げて怒鳴るしいなを目に映し、にっこりと穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

の醍醐味

 

神子一行への襲撃が失敗に終わり、今後の作戦の建て直しの必要が迫られた。

とはいえ、具体的にどうするなどの考えがあるわけでもなく、はしいなの回復を待ってとりあえず港町イズールドに向かう。

自分たちよりも先にイズールドに来たであろう神子一行の姿は勿論無く、寂れたという表現がぴったりと来るであろう小さな港町ですぐさま船を見つけ、2人はその小さな船に乗り込んで神子一行が向かったと思われるパルマコスタへと渡る。

「悪いね、わざわざ船を出してもらって・・・」

「い、いいえ。光栄です!!」

今しがた神子一行を船に乗せてパルマコスタへ向かったと教えてくれた船の船頭に頼み込み、としいなもパルマコスタを目指す。―――どういうわけか船を出す事を了承してくれた船頭に向かいしいなは礼を告げたけれど、その言葉は妙に上ずった男の言葉に遮られた。

船頭の様子がおかしい事から、何かがあったのだろうとは思うのだけれど・・・。

「あんた・・・一体何したんだい?」

船の手配を引き受け、そしてそれを見事にやってのけたに不審げな視線を送るけれど、当の本人は至って飄々とした面持ちで快適な船旅を楽しんでいる。

「別に何もしてないわよ。ただ、お願いしただけ」

「お願いって・・・まさか脅したんじゃあ・・・」

「失礼ね、しいな。私がそんな事するような人間に見える?」

ボソリと漏らした一言に、しかしは慌てた様子もなくにっこりと麗しい笑顔を浮かべて逆に問い返してきた。

がそんな事をするような人間に見えるかどうかという質問に答えるならば、『NO』とおそらく誰もが即答するだろうが、という人間を知っているしいなにとっては限りなく『YES』に近いだろう可能性があることを察する。

「い、いや・・・」

しかし向けられた傍目から見れば穏やかそのものの笑顔の、それでも目が笑っていない事に気付いたしいなには、言葉を濁して視線を逸らすしか取れる手段は無かった。

これも己の身の為。―――別に船を出して取って食われるという事もないのだし、パルマコスタに渡るためには船が必要なのだしと無理やり自分を納得させて、しいなは乾いた笑みを顔に貼り付け海に視線を移す。

視線の先に遠目で確認できる街の影を認めたしいなは、思わず身を乗り出した。

「あれがパルマコスタです。大きな街でしょう?」

船頭の自慢気な声に、しいなはパルマコスタの街を凝視する。

確かに大きな街だ。―――先ほどまでいたイズールドとは、比べ物にならない。

それもテセアラのメルトキオやアルタミラなどに比べると、やはりこじんまりとした印象を受けるが・・・。

「衰退世界にしては、割と繁栄しているみたいね」

船頭には聞こえないほど小さな声で呟いたの言葉に、しいなは疑問を抱いて船頭に問い掛ける。

「なぁ。他の街も、パルマコスタみたいに割と街の規模は大きいのかい?」

「いいえ。パルマコスタほど繁栄している街は他にありませんよ」

それに苦笑と共に答えが返ってきて、しいなはふ〜んと曖昧な返事を返しつつ再びパルマコスタに目を向けた。

小さな船はゆっくりと港に寄り、その動きを止める。

船を下り船頭に丁寧に礼を告げてから、しいなは何かを探すように辺りを見回すに声を掛けた。

「それで・・・これからどうするんだい?」

「そうねぇ・・・」

しいな自身も気付いていないが、旅の主導権は今やにしっかりと握られている。

それを疑問に思わずに問い掛けるしいなに苦笑しつつも、それだけ自分を信頼してくれているのかと思うと嬉しくもある。―――何処の、誰とも解らない自分のことを。

「とりあえず、宿を取ってゆっくり休みましょう。こちらに来てからまともに休んでないでしょう?休める時に休まないとね」

「それはあたしにも異論は無いけどさ。神子たちはどうするんだい?あたしたちがのんびりと休んでる間に、どっか遠くに行かれたら・・・」

しいなの不安も最もだ。―――先を急ぐ神子一行が、何時までものんびりとしているとは思えない。

「でも、これからの神子たちの目的地が解らないことにはねぇ・・・。こっちに来た時も言ったけど、後を追うだけじゃあ何時までたっても追いつけないし・・・」

それに・・・と思った言葉を心の中だけで呟く。

貴女にだって、躊躇いがあるんでしょう?

しいなの心の動きに、が気付かないはずが無かった。

元々思ったことが顔に出やすいタイプなのだ。―――人の心の機敏に敏感なが、しいなの心境を読み取るなど雑作も無いこと。

しいなは決して暗殺者に向いているとはいえない。

情が厚く非情になりきれないしいなが、暗殺者に抜擢される事自体がおかしいのだ。

それでもしいながそれに選ばれたのは、彼女の実力と隠密と呼ばれるミズホの民という理由からなのだろう。

断れれば良かったのにね。

それが出来ない事は重々承知の上ではあるけれど、もし断る事が可能であったならばしいな自身が引き受ける意思を持っていたとしても、が断固反対したであろう。

「ともかく、考えるのは後にして・・・先に宿屋を捜しましょ。いい加減柔らかいベットの上で眠りたいし」

「・・・そうだね」

のんびりとしたの言葉に、しいなも苦笑を浮かべて同意した。

 

 

旅の醍醐味と言えば?

それはその土地の特産品と、観光だろうか?

当たり前だが初めて来るシルヴァラント。―――そして初めて来るパルマコスタ。

としいなは旅の装備を買出しに行く為に街に出たついでに、パルマコスタを観光する事にした。

滅多に見れるものでもないし・・・というの言葉に、しいなは渋々ながら同意し宿を出たけれど、そのしいなが自分よりも楽しげに街を見て回っている事には苦笑する。

まぁ・・・しいなの気分を紛らわせるために、観光に出たのだけれど。

ともかく食料やらグミやらを買い足し当面の用事を済ませた頃、遅い昼ご飯を取るべくレストランに入った2人は、この街の現状をウェイトレスから聞き出す。

他の街とは違い、この街はまだ恵まれているようだとは思う。―――やはり上に立つ者が違うと、市民たちの生活も違うのだろうと。

そんな折、雑談の合い間に聞いたパルマコスタが誇る船の話を聞き、それが一体どんなものであるのか興味を抱いた2人は、ウェイトレスに教えてもらった港へと足を向けることにした。

そこで再び再会したのだ。―――自分たちが追っている神子一行に。

どれほど街を歩き回っても姿を見かける事など無かったというのに、予期せぬ時に予期せぬ事が起こるものなのだと、思わずしみじみとする。

最新型だと自慢げに話す船員に、しいなが思わずポロリと「これが?」と声を上げたのが騒動の始まりだった。

勿論しいなに悪気があったわけでは、これっぽっちもない。

テセアラの技術を知っているしいなとしては、目の前にある旧式もいいところの船を見せられて、これが最新型だと説明されても感動も何もあったものではないだろう。

この船よりも技術的に上を行く乗り物が、テセアラには当たり前にあるのだから。

そして偶然にもそれを聞きつけた神子一行・・・ロイドが、しいなに食ってかかったのだ。

ぎゃあぎゃあと怒鳴りあうしいなとロイドを見て、途端に懐かしさに襲われる。

相手は違えど、目の前の光景はかつてのの日常にあったものだ。

「止めなくて良いわけ!?」

「別に平気でしょう。いくらなんでもこんな街中で戦闘開始するほど、2人共馬鹿じゃないだろうし・・・」

は大して気にした様子もなくあっさりとそう言い切るが、お世辞にもそれを鵜呑みに出来るほど目の前の光景は穏便とは言えない。

ロイドなど、今にも剣を抜きそうな勢いだ。

おろおろとどうしようかと悩むジーニアスを尻目に、はそっと楽しげに場を眺めるコレットに近づいた。

「こんにちは、コレット」

「あ、こんにちは〜!さん・・・でしたよね?」

「ええ。覚えてくれていて光栄だわ」

ニコニコと笑顔を浮かべるコレットに釣られて、もにっこりと微笑む。

背中にクラトスの視線をバシバシ感じつつ、はコレットが大事そうに抱きしめている紙袋に目をやった。

「それは、何かしら?」

「え?ああ、これはパルマコスタワインなんです。とっても美味しいらしいんですよ」

袋の中身を見せながら、コレットはお店の人が言ってました〜と笑う。

「ワインを飲むの?」

「いいえ、私は飲みません。実はこの街に来た時に、私人にぶつかっちゃいまして・・・。それでその人が持ってたワインを割ってしまったんです。それで・・・」

申し訳なさそうに顔を伏せるコレットに、は思わずその頭に手を伸ばし柔らかい金色の髪を撫でてやる。

人の戦意を殺ぐというか・・・どことなく庇護してやりたくなるような雰囲気を、コレットは自覚無しに放っていた。―――例外なくそれに当てられてしまったは、それを自覚しつつも慰めるように頭を撫で続ける。

そんなを見上げて、コレットは嬉しそうに笑った。

そうして、にとっては爆弾発言をあっさりとかます。

さんって・・・お母さんみたい」

「お、お母さん・・・」

言われた言葉に少なからずショックを受けるも、表情には出さずに微笑み続ける。

いや、いくらなんでもこんな大きな子の母親はちょっと・・・と心の中でぼやきながら、コレットに気付かれないようひっそりと溜息をつく。

「それにしても・・・大変ね。世界再生の旅があるって言うのに、ワインの弁償までしなくちゃいけないなんて・・・」

内心、街に入った直後に人にぶつかり割ったワインの弁償を迫られるなんて、シルヴァラントの神子のドジっ子ぶりは健在なのだとしみじみ思う。

その恩恵が自分たちにまで回ってこない事を願いつつ、それでもは優しくコレットに声を掛けた。

「いいえ。それが神子としての使命ですから・・・」

平気だと言わんばかりに微笑むコレットの笑顔の奥に、はテセアラの神子の笑顔の奥に潜むものと同じモノを見た気がした。

誰だって、神子になんてなりたくないだろう。

それが衰退世界の神子ならば、尚の事。―――辛い旅を経て、そうして自分自身が得られるものは『死』のみなのだから。

それに自分が関わっているのかと思うと、心は痛むけれど・・・。

そこまで考えて、はハッと我に返った。

自分が関わっている?

先ほど自身が思った言葉に、冷たい汗が背筋を通る。

何故、自分に関わっていると・・・そう思ったのだろう?―――神子が存在する事も、再生の旅が行われる事も、自分には関係が無いというのに。

「・・・どうかしました?顔色が悪いですけど・・・」

心配げに顔を覗き込んでくるコレットに、なんでもないと軽く返事を返して。

フルフルと頭を振って、浮かんだ考えを払い落とす。―――暗殺者として関わっているから、そんな事を思うのだと無理やり自分を納得させて。

「それよりも・・・強いわね。そんな風に考えられるなんて」

「いいえ。そんな事ありません。私がまだまだ至らないばっかりに、みんなには迷惑を掛けてしまって・・・」

「・・・気にすることはないと思うけど?」

「でも・・・私が神子らしくないから、再生の書を偽物の人たちに持っていかれちゃったし・・・」

なんだか人生相談を受けてる気になってきたとが思い始めた頃、ある意味興味深い話がコレットの口から出た。

「再生の書?」

「はい。何でも再生の旅の目的地が書いてあるらしいんですけど・・・」

「それを貴方たちの偽物に持ってかれちゃったと・・・?」

「そうなんです」

しゅんと項垂れるコレットに、2人の会話を盗み聞きしていたリフィルが慌てて制止の声を発した。

「コレット!貴女そんなにペラペラと・・・」

「え、どうしてですか?」

心底意外だと言わんばかりの表情を浮かべるコレットに、リフィルは隠す事無く溜息を吐き出す。

「貴女ねぇ・・・、その子は私たちの敵なのよ?」

「えぇ!?違います、先生。友だちですよ!!」

「・・・・・・コレット」

本気なのか冗談なのか判断が難しいコレットの発言に、リフィルはとうとう頭を抱えた。

彼女も苦労してそうだなと、他人事とは思えない印象を抱きつつも、は頭を抱えているリフィルにやんわりと声を掛ける。

「そんなに警戒しなくても・・・偽者に持って行かれたのなら、私たちがそれを見る事なんて出来るわけ無いんだから・・・」

「それはそうだけれど・・・」

不審げな視線を向けてくるリフィルに、はにっこりと微笑んで。

まぁ、方法が無いわけでもないけれど・・・と内心こっそりと呟きながら。

なんだかんだ言って馴染んできてしまっているなと苦笑しつつ、は未だにロイドと言い争うしいなに声を掛けた。

「しいな!喧嘩はそれくらいにしておいて、そろそろ戻りましょう!」

「ええ!?だって・・・・・・、仕方ないねぇ」

まだまだ文句は言い足りなそうなしいなだったけれど、既にが宿に向かって歩き出している事に気付いて、諦め混じりに溜息をついてからその後を追う。

すれ違いざまクラトスから意味深な視線を投げかけられたけれど、とクラトスの遣り取りなど一切知らないしいなは、訳も解らず首を傾げる。

!ちょっと待っとくれよ!!」

全力で駆け、漸くに追いついたしいなは荒く呼吸を繰り返しつつ。

「・・・しいな」

何か含みを帯びたその声色に、不思議そうに顔を上げる。

目に映ったのは、声色と同じように何かを企むようなの笑み。

「・・・なんだい?」

「良い事、思いついちゃった」

ニヤリと口角を上げるに、おそらくロクでもないことなのだろうとしいなは察するが、敢えて口を出すつもりも無かった。

「・・・そうかい」

ただ疲れたようにそれだけを口にして、2人は宿へと戻って行った。

 

 

宿に戻り早々に床についたしいなを置いて、はこっそりと宿を抜け出す。

神子一行を名乗り再生の書を持ち出せるほどなのだから、それなりに街での目撃証言もあるだろうと踏んで集めた情報を頼りに、該当しそうな風貌のグループを探す。

街の入り口付近で、その神子一行が先ほど街を出たという情報を得て、急ぎその後を追った。―――しばらく街道を進むと、集めた情報と一致する特徴をもつ集団が目の前にいた。

声をかけると同時に攻撃を仕掛け、あからさまに弱い男たちを叩きのめしてから、持っている再生の書を奪い取る。

「な、何すんだ・・・テメェ」

「ちょっと見せてもらうだけよ。静かにしてて頂戴」

パラリと巻物を開いて、中に書かれてある文字を目で追う。

一般に使われている言語とは異なる文字で書かれてあったそれを、しかしはいともあっさりと解読して・・・―――どうしてこの文字が読めるのかが不思議だったけれど、もう今更そんな事に悩んでも仕方がないと、ある意味開き直っていた。

「水と風と光・・・か」

所々損傷個所があり正確には読み取れなかったけれど、大体のことは理解できた。

読み終えた巻物を元通りに戻して、それを今もまだ地に伏している偽物一行に返して。

「・・・返してくれるのか?」

「私が持ってても、厄介なだけだし」

本当ならコレットたちに返してやっても良いが、それだと自分が再生の書を読んだということがばれてしまうかもしれない。

襲われる事を予期されたのなら、もうそれは奇襲ではなく。

あちらには気付かれないよう後を追いたいにとっては、自分がこれを渡してやるわけにはいかない。

それに・・・。

「ま、紛失にさえ気をつけてくれればそれで良いわよ」

これくらい自分たちで何とかしなければ、例え自分たちが邪魔をしてなかったとしても世界再生など無謀も良い所だろう。

自分たちの事は自分たちで片を付けて頂戴。

そう結論付けて、は踵を返してパルマコスタへと戻って行った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか最後の方、ヒロイン極悪っぽいですが・・・(汗)

色々内容を思い出しているうちに、そう言えばパルマコスタにしいながいたなと思い出しました。

しいなって結構脈絡なく出現するので、足跡を追うのが難しいです。

まぁそのお陰で、色々と捏造できるのですが・・・(笑)

やっぱり萌えが無いシンフォニア夢。

作成日 2004.10.24

更新日 2007.12.22

 

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