パルマコスタに着いてから、一週間が経った。

長く滞在している部屋から窓の外を眺めつつ、はぼんやりと何事かを考えているようだ。―――そんな彼女にしいなが焦れたのは、当然の事だろう。

寧ろ、よく一週間ももったと賞賛を送っても良いほどだ。

。あたしたちは何時までここでこうしてるつもりだい?」

再生の書を騙し取った偽神子たちが、それをハコネシア峠の誰かに売りつけるつもりだったらしいと言う情報を得て、ロイド達は6日ほど前にパルマコスタを出ている。

そのまま峠を越えてしまうとも限らないという不安を抱くしいなに対し、けれどには慌てた様子は少しも見られない。

どころか至極のんびりとした動作で立ち上がり、テーブルの上に無造作に置かれてあった紙切れを手に取り、そうね・・・と短く呟く。

「もうそろそろかしら?」

「何が!?」

即座に返って来たしいなの言葉には勿論答えず、は手早く荷物を整えると呆気に取られているしいなに向かいにっこりと微笑んだ。

「さ、出発するわよ」

 

恐怖との

 

「ソダ間欠泉?」

突然出発を促され、引きずられるようにしてパルマコスタを出たしいなは、目的の場所へ向かう道すがら、にこれからのことについての簡単な説明を受けた。

ソダ間欠泉はこの大陸から少しだけ南下した所にあるごく小さな島で、そこに行くためにはパルマコスタに程近い港に行く以外方法は無い。

近くに人間牧場がある為、面倒に巻き込まれたくないには出来る限り近づきたくない場所ではあったが、そうも言ってられない事情があった。

「何でその・・・ソダ間欠泉?そこに行くんだい?」

「そこに神子の祈りの舞台があるからよ」

「・・・は!?」

あっさりと告げ、歩調を緩める事無く歩き続ける

咄嗟に立ち止まってしまったしいなは、慌ててその後を追い隣に並ぶと訝しげにの顔を覗き込む。

「何でそんな事知ってるんだい。神子たちだって知らない風だったってのに・・・」

「ああ、だって私は再生の書を読んだからね」

またもやあっさりと返された言葉に、しいなは声も出せずに呆気に取られての顔を凝視した。

色々聞きたいことはあるのだけれど、それが言葉となって出てこない。

しいなは口をパクパクと開け閉めしつつ、辛うじてその質問を声に出した。

「・・・いつ?」

「パルマコスタに着いた日。再生の書が偽神子たちに持って行かれたって聞いた直後よ」

「・・・・・・どうやって?」

「丁寧にお願いしたら見せてくれたのよ」

にっこりと曰くつきの笑みを浮かべてのたまうに、しいなは半目で睨みつけながらキッパリと言った。

「嘘だろ」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

ニコニコと・・・有無を言わせない笑顔を浮かべるに、呆れたように大きく溜息を吐き出したしいなは、もういいよと軽く手を振って強引に話を終了させた。

言っても無駄だという事は、とっくの昔に学んでいる。

それ以前に、のお陰で神子たちのこれからの行動の大体の予測がつくのだから、感謝をするべきだろうかとしいなは悩むけれど、生憎と素直に感謝できるような状況でもなかった。

「まぁ、それは置いておくとして・・・」

ガクリと肩を落としているしいなを放置して、は仕切りなおしとばかりにそう前置きをしてから前方に視線を送る。

「神子一行がハコネシア峠に行ってそこで再生の書を見たとして。封印は全部であと3つ。1つは今向かってるソダ間欠泉。他の封印はハコネシア峠の向こう側にあるから、多分先にこちらの方に来るとみて間違いないでしょうね。―――はい、到着」

言葉と共に足を止めれば、比較的小規模の桟橋が少し遠くに見えた。

そして海の先に、見覚えのある人影が5つ。

「ああ!あいつら、もう海渡ってるじゃないか!!」

「本当。意外に早かったのね」

「そんな呑気に構えてる場合かい!ほら、さっさと行くよ!!」

先ほどとは反対に強引に腕を引かれて、2人は船乗り場へと急いだ。

ロイド達が再生の書を見てソダ間欠泉に向かったのではないという事は、2人には知りようもなかった。

 

 

「趣があるというか、情緒があるというか・・・。まぁ、いろんな意味で楽しませてもらったけど・・・」

「シルヴァラントはこんなのばっかりかい!!」

やっとのことでソダ間欠泉に辿り着いた頃、しいなは精神的に疲れ果てていた。

船乗り場に向かったは良いけれど、そこに用意されていたお世辞にも立派とは言えない乗り物に、しいなは絶句した。

乗り物というか・・・それは誰が見ても見間違う筈も無く。

「・・・たらいね」

ポツリと呟いたの声に、しいなはがっくりと肩を落とした。

そう、それはたらいだった。

あからさまに乗るのを拒否したくなるようなそれに、しかしソダ間欠泉に向かう為にはそれ以外の方法は無く、仕方なくたらいに乗る事にしたのだが・・・。

「し、沈むかと思った・・・!!」

「そりゃ、あれだけ暴れればね」

ここに来るまでの出来事を思い出して、は遠くを見るような目で呟いた。

たらいに乗ったのは良かったものの、その進むスピードの遅さに焦れ、しいなが暴れんばかりの勢いでオールを漕ぎ出したのだ。

バランスが大切なたらいの上でそれだけ激しい動きをすればどうなるか・・・―――危うくたらいごと沈みかけたしいなは、何の戸惑いも無く見事にたらいを乗りこなしているにやっとのことで助けられた。

「だって!急いでたんだよ!!」

「だからって・・・たらいなんだから」

呆れたように言うに、しいなは強く拳を握り締めて誓う。

「もうあたしは、金輪際たらいなんかには乗らないよ!!」

「・・・帰りも乗る事になるんだけど」

のささやかな突っ込みに顔を赤くして、煩いよと怒鳴りその場から駆け出したしいなの後ろ姿を見送って、は思わず苦笑する。

たらいで海を渡ってきたせいで濡れてしまった上着の裾をパタパタと風になびかせながら後を追おうと歩き出したの耳に、先に行ったしいなの叫び声が届く。

その理由がなんなのかを察しているは、大して慌てずに叫び声のした方へと足を向けた。

「どうしたの?」

がっくりと力なく膝を付くしいなに、は静かに声をかける。

「・・・今回も間に合わなかった!」

悔しそうに呟くしいなから、透明な水の階段が浮かんだ洞窟へと視線を移す。

そこにはもう、ロイド達の姿はなかった。

「後を追おう!!」

すぐに思考を切り替え立ち上がったしいなを、しかしは服を引っ張る事で無言で制して。

「止めておきなさい。中にはどんな罠が仕掛けられているか解らないのよ?それをクリアしつつ神子を狙うなんて、効率が悪すぎるわ」

「だったら、出てくるのを待つかい?」

「いいえ」

出された提案を、はキッパリと却下する。

チラリとソダ間欠泉を観光に来た人々に視線を向けて、しいながそちらを確認したと同時に言葉を続けた。

「ここでは人が多すぎる。加えて小さい島で、逃走経路はあのたらいだけ。どちらにしてもここでは分が悪すぎる」

の口から告げられた正論に、しいなは漸く諦めたのかその場に座り込んで溜息を吐き出す。

ならばどうしてここに来たのかという疑問は、今の彼女には浮かばないらしい。―――それどころではないのだということは解っているが、そう問われなかったことには少しだけホッとする。

「じゃあ・・・一度パルマコスタに戻るのかい?」

疲れ果てて弱々しくなった声でそう問うしいなに、は少しだけ考える素振りを見せてから、辺りを見回して人気のない場所を捜しにっこりと笑う。

「とりあえず、神子たちがここから去るのだけは見届けましょう。それからでも遅くは無いわ」

のその提案に、しいなは疑う事無く頷いた。

 

 

数時間経ち、ロイド達が洞窟の中から姿を現した。

具合が悪そうなコレットを連れて、どこか野宿が出来そうな場所を捜しながら立ち去った一行を見送った後、しいなは茂みの中から姿を現す。

「どうしたんだ、あの子?どっか具合悪そうだったけど・・・」

心配げにコレットを見送るしいなを苦笑交じりに見詰めて、も同じようにコレットの後ろ姿を見る。

あの症状を、は知っていた。―――それに伴う身体の変化も、そしておそらくはそれを実感した時のコレットの気持ちも、簡単に想像が付く。

何故知っているのかは、もうこの際考えない事にしていた。

考えても出口など見えないのだから・・・と。

「さてと・・・じゃあ、行きましょうか」

気を取り直して、出来る限り明るい口調でそう呟く。

チラリと振り返りこちらを窺うクラトスに気付いたけれど、やはりそれは軽く流して。

そうだね・・・と、今だ心配そうな表情を浮かべるしいなはたらい乗り場に向かおうとしたけれど、すぐにが付いて来ていないことに気付き足を止める。

「どうしたんだい?」

不思議そうに首を傾げたしいなに、は不敵な笑みを浮かべた。

「そっちじゃないわ。私たちが行くのは、こっち」

そう言い指されたのは、つい先ほどロイド達が出てきた洞窟。

「・・・は?」

「実はこの洞窟に、ウンディーネって言う水の精霊がいるみたいなのよね。折角だし、契約してみるのはどうかしら?」

「・・・・・・はぁ!?」

今回ソダ間欠泉に来たのは、神子暗殺が目的ではなく・・・―――本当の目的は、ウンディーネとの契約を結ぶ事だった。

精霊の中では比較的大人しく、また良識あると認識している相手でもあり、最初の契約相手としては申し分ない相手だ。

にっこりと笑顔を浮かべたは、しいなの腕を掴むと強い力で洞窟の方へと引っ張り歩き出す。

突然のことに思考が止まってしまったしいなだが、その意味するところを察すると全身の力を総動員させてその場に踏み止まった。

「嫌だ、駄目だって!あたしには無理さ!!」

「そんなことないわ。しいななら出来る」

「――――――っ!!お願いだから・・・止めとくれよ」

懇願するように、掴まれていない方の手で顔を覆い俯くしいなに、は困ったような表情を向ける。

そうして溜息を1つ零すと、宥めるように優しくしいなの頭を撫でてやる。

それに顔を上げたしいなに、優しく微笑んで。

「しいなが精霊との契約に恐怖を感じている事は知ってる。その時に負った心の傷が、まだ癒えていないことも。だけど・・・」

「・・・・・・」

「いつか必ず、契約を結ばなくちゃいけない時がきっと来る。また・・・ヴォルトと向かい合わなくちゃいけない時がきっと」

「そんな・・・」

口を閉ざして小さく身体を振るわせるしいなを、はやんわりと抱きしめた。

一度契約に失敗しているしいなが自信を取り戻すには、契約を成功させるのが一番だ。

いきなりヴォルトと向き合って、それで成功するとは思えない。

それ以前に、向き合う事さえ不可能だろう。

「ここの精霊はヴォルトほど気性が荒くないから、きちんと話を聞いてくれるわ」

「何でそんなこと・・・」

「私が何の下調べも無く、あなたに契約を強いると思う?」

おどけた口調で言えば、しいなは泣き出しそうな顔で・・・けれど小さく笑った。

本当の所を言えば、は何の下調べもしていない。

下調べをしたからと言って、高位の精霊の何が解るわけが無い事も承知している。

けれど、はウンディーネを知っていた。

どうして知っているのかは、勿論解らない。―――記憶には、勿論会った事などないとはっきりと言い切れる。

ユアンやクラトスのような人間相手ではなく、滅多に人の前に姿を現さない精霊のことを何故知っているのかという疑問は、酷く自身を不安にさせた。

自分が何者なのか・・・そう考えると恐怖すら覚える。

知らないということに恐怖を抱いたのは、記憶を失ってから初めての事だった。

それでもはそれをしいなに伝える気は無い。

しいなに恐怖の克服を強いる以上、自分もまた恐怖に立ち向かわなくてはならない。

「さ、行きましょう」

しいなの腕から手を離して、それを彼女の前に差し出す。

無理やり連れて行くのではなく、しいなの意思でとそう望むからだ。

「・・・

「大丈夫よ。私が付いてるんだから」

今だ不安げな様子のしいなに向かい、自信を含めた声色でそう言い切る。

何の根拠もないはずのその言葉は、けれど強い何かを与えられたようで・・・。

見えない何かに背中を押されるように、しいなは差し出された手を取った。

 

 

洞窟内に入った2人は、を先頭に一本道をただひたすら進む。

「なんだか・・・薄気味悪いところだねぇ」

「ま、ほとんど人が来ないようなところだろうからね」

洞窟特有のヒヤリとした空気に身を震わせて落ち着き無く辺りを見回すしいなに、は微かに眉を顰めて呟く。

水の精霊が住んでいるからなのだろうか。―――じめじめとした空気は、居心地が良いとは言えない。

はっきり言って、長居はしたくない場所である。

反響する自分の声にすら怯えた様子を見せるしいなに苦笑を浮かべつつも、は既にロイド達の手によって解かれた仕掛けを見て、にっこりと微笑んだ。

「やっぱりあれよね。後から行く方が得よね。トラップとか全部解除されてるし・・・」

「・・・あんたねぇ」

呆れ混じりに溜息を吐くしいなに、これって良いとこ取りっていうのかしら?などと茶化すように笑う。

大掛かりな仕掛けを横目に、何の苦労も無く洞窟最深部に辿り着いた2人は、ワープゾーンらしき仕掛けを見つけ、そこから別の空間へと移動する。

移動した先には立派な祭壇があり、その祭壇からは何か強い力が感じ取れた。

「ここか。意外と楽に来れたわね。ちょっと拍子抜けしちゃった」

「何言ってんだい。これからが大変なんだろ?」

「それはそうなんだけど・・・」

無駄口を叩きながらも祭壇に近づき、その前で立ち止まる。―――すると祭壇から感じられた力は徐々に強さを増し、それは一瞬で人の目に確認できる物体へと変化した。

全身が水で形成された、女性の形をした精霊。

「貴女が、ウンディーネ・・・ですか?」

「そうです。貴女たちは・・・何か私に御用なのですか?」

透き通るような声で返って来た返事に、はにっこりと笑顔を浮かべて。

未だに祭壇から少し離れたところで立ち竦むしいなに、チラリと視線を送った。

「ほら、しいな」

「ちょ、ちょっと待っとくれよ。心の準備が・・・」

小声で促すけれど、しいなは腰が引けているようで祭壇に近づこうともしない。

ウンディーネから注がれる視線を感じながら、は踵を返すと立ち竦むしいなの元に歩み寄り、その首根っこを掴んで強引に祭壇の前に突き出した。

「ここまで来てグダグダ言ってないで。いいから、とっとと契約しておいで」

「あ、あんた!鬼かい!?」

「私の教育がスパルタだって事ぐらい、しいなだって知ってるでしょ?」

言われて思い出す。―――以前に剣の稽古をつけられて、ボロボロになっていたゼロスの姿を。

ああ、さっきまではあんなに優しかったってのに・・・と思わず悔しい思いが込み上げてくるが、の言う通り今更グダグダ言ってても仕方がないと思い直す。

「契約の資格を持つ者よ。私はミトスとの契約に縛られる者。貴女は何者ですか?」

祭壇の前に立ち、静かな声で語りかけるようなウンディーネの言葉を受けて、しいなは深呼吸を数回繰り返すと意を決して口を開いた。

「我の名は、しいな。水の精霊・ウンディーネと契約を結びたい」

かつて教えられた通りの言葉を口にして、少しも表情を変えずにただ自分を見詰めるウンディーネを見返す。

しばらくの静寂の後、言葉を発したのはウンディーネだった。

「貴女が・・・ですか?」

返って来た言葉は予想外のもので、しいなは思わず首を傾げる。

そんなしいなの様子など軽く流して、ウンディーネはその視線をの方へと向けた。

「今回も・・・貴女が契約を望んでいるのではないのですね、

洞窟内に響いた静かな声に、は何の反応も出来ずにただ目を見開いてウンディーネを凝視した。

「・・・・・・今回も?」

「違うのでしょう?」

淡々と問い掛けられて、はただ頷く。―――今回もというのは、一体どういうことなのだろう。

前にも自分はここに来た事があるのだろうか?

それに、どうしてウンディーネが自分の名前を知っているのか。

・・・あんた、召喚士だったのかい?」

同じく驚いた様子で話し掛けるしいなに、は弱々しく首を横に振る。

自分は召喚士ではない筈だ。―――そんな能力、自分は知らない。

もしいなも訳が解らず、ただお互いの顔を見合わせる。

「貴女は、私を知っているの?ならば・・・一体どうして?」

混乱の中で恐怖を殺し問い掛けるに、しかしただ1人動じた様子のないウンディーネが、場を仕切りなおすように涼しい声色で言葉を発した。

「契約を求める者よ。このままでは・・・契約は出来ません」

「ちょっと・・・。私の質問そのまま放置して、話進めないでよ」

「私は既にミトスと契約を交わしています。二つの契約を同時に交わすことは出来ないのです」

「無視か・・・。良い根性してるじゃない、ウンディーネ」

まるでの声など聞こえていない素振りを見せるウンディーネに、はこっそり拳を握り締めた。―――緊張して問い掛けた反動は、怒りへと変わる。

そんなに構っていられないのは、しいなも同様だった。

予想外の出来事に、頭の中は真っ白になり困惑は隠せない。

「ちょっと!それどころじゃないだろ!?どうするんだい!!こんな事、研究機関じゃ習わなかったよ!!」

がくがくとの身体を揺すり、今にも泣き出しそうな表情で必死に訴えてくるしいなに、は仕方ないとばかりに自分の怒りを押さえ込んで、今だ無表情でこちらを見詰めるウンディーネに向き直った。

「ええっと・・・、貴女はミトスという人と、既に契約を交わしていると?」

「・・・・・・そうです」

微妙に空いた間が気にならないわけではなかったが、今はそこまで突っ込む気にはなれない。―――突っ込んだところで、先ほどのようにあっさり流されるかもしれないという思いがあったのは否定しないが・・・。

「しいな以外にも、召喚士っていたのね・・・」

「あたしも初耳さ。他には誰もいないって言ってたのに・・・」

「ま、テセアラじゃいなくても、シルヴァラントにならいるのかもしれないし・・・」

「そんな呑気な事言ってる場合かい!?どうするのさ・・・このまま帰るって言って見逃してもらうってのは・・・」

「・・・・・・しいな」

既に逃げる準備万端なしいなの服の帯を掴んで、は呆れたように溜息を吐いた。

最初から乗り気ではなかったのだし、これを機に退散したいと言うしいなの気持ちも解らないではなかったが、この状況でそれをするのは往生際が悪いというものだ。

「う〜ん・・・前の契約をなかったことにしてもらうってのは?―――精霊との契約には誓いが必要で、契約者が誓いを守る限り、契約は行使され続ける」

「そうです」

「それは知ってるよ!精霊は契約者の誓いに賛同し、契約を交わす」

「そうよ。だけど前の契約者が誓いを守ってるか解らないじゃない。召喚術自体が過去のものなんだし、前の契約者が今も生きてるとは限らない。だから過去の契約の破棄と、自分との契約をお願いしてみたら?」

状況に対して、から発せられる声色はどこか軽い。

そんなお願いしてみたら?なんて言われても・・・としいなは小声で反論するけれど、それ以外に道が無い事も確かだ。―――このまま帰ると言ってもは納得しないだろうし、またウンディーネが素直に帰してくれるかも解らない。

しいなは渋々といった感じではあるけれど、再び意を決してウンディーネと向き直った。

「ウンディーネ。我が名はしいな。ウンディーネがミトスとの契約を破棄し、我と新たな契約を交わすことを望んでいる」

その言葉に、ウンディーネは無言でしいなを見詰める。

漂う雰囲気の居心地の悪さに、しいなは助けを求めるようにに視線を送る。

それに釣られるようにしてに視線を向けたウンディーネは、涼しげなその声色でただ質問だけを投げかけた。

「貴女も・・・それを望んでいるのですね?」

はジッとウンディーネを見詰める。―――向けられたその目の奥に宿る悲しみの意味さえ解らなかったけれど、それでもは深く頷いた。

無言の答えを受けて、ウンディーネは静かに手に持った槍を構える。

「新たな誓いを立てる為に、契約者としての資質を問いましょう。武器を取りなさい」

「・・・は!?」

「行きます」

「ちょ、ちょっと何いきなり!―――っていうか、ちょっと待ちなさいよ!!」

有無を言わさず、ウンディーネは槍の矛先をに向ける。

封印の間に2人の少女の悲鳴が響いたのは、巨大な水柱が立ったのとほぼ同時だった。

 

 

「し・・・死ぬかと思った!!」

荒く肩で息を繰り返しながら、しいなは搾り出すようにそれだけを口にした。

も普段モンスターを相手にする時とは比べ物にならない程の疲労を感じ、恨めしげな目でウンディーネを睨みつける。

「戦うなら戦うって、初めから言ってよ」

「言いましたが?」

「遅過ぎるわよ!!」

シレっと答えるウンディーネに向かい突っ込みをいれて、は疲れを吐き出すかのように大きく溜息を吐いた。

「それで?しいなのことは認めてくれたわけ?」

相手が高位の精霊なのに対し、の口調は既に丁寧語ですらない。

ぞんざいな言い方なのに、けれどウンディーネは柔らかい笑顔を浮かべて肯定した。

「はい、見事でした。貴女たちを認めましょう」

漸く得られた言葉に、しいなはホッとしたような表情を緩める。

「では、誓いを立てなさい。私との契約に、何を誓うのですか?」

そう促されて、しいなは改めて我に返った。

精霊との契約には誓いが必要。―――それは解っていたが、具体的にその誓いを考えていたわけではない。

「・・・どうしました?」

問い掛けられて、しいなは顔を上げてウンディーネと視線を合わす。

息を整えつつ立ち上がり、先ほどまで見せていた怯えなど感じさせない足取りでウンディーネに近づくと、深く深呼吸を1つ。

「大切な人がいる。何があっても、守りたい人がいる。その人たちが苦しまずにすむように、あたしは強くなりたい」

「・・・・・・」

「大切な人たちを・・・苦しんでいる人たちを守り、救うことを誓う」

強い意志を込めた言葉をキッパリと告げるしいなに、ウンディーネは優しく微笑んだ。

「解りました。私の力を、契約者しいなに」

ウンディーネはそう告げると、青く光を放つマナの塊となって、しいなの元へと降りて来る。―――しいなが手を伸ばすと、それはしいなの身体に吸い込まれるように姿を消した。

「・・・終わった?」

「終わった・・・みたいだねぇ」

やれやれとその場に座り込んだしいなと視線を合わせるようにして、も同じようにしゃがみこむ。

そうしてにっこりと笑顔を浮かべて、優しくしいなの頭を撫でた。

「よく頑張ったわね、しいな」

「・・・・・・うん。ありがとう、

「どう致しまして」

軽い口調でそう返し、は立ち上がると座り込んだままのしいなの腕を引っ張り起こす。―――服についた埃を叩いて落とし、帰ろうかと促した。

それに異論があるはずもなく、しいなは促されるままにワープゾーンへと足を向ける。

一足早く封印の間を去ったしいなに続いてワープゾーンへ向かったは、ふと振り返り今は何の気配もない祭壇を見詰める。

「・・・私は一体、何者なんだろう?」

ポツリと漏れた疑問に答える者は勿論無く、耳に痛いほどの静寂にどこか懐かしさを感じながら、は自嘲の笑みを浮かべて踵を返した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ユニコーンイベントの時に書くのが面倒臭かったという理由で、先にウンディーネと契約を結んでしまいました(最悪)

なので誓いとかがちょっと違いますが、その辺はドリームと割り切ってください。

そうでもしないと話が持たないし・・・(汗)

作成日 2004.10.26

更新日 2008.1.4

 

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