水の精霊・ウンディーネとの契約を終えたとしいなは、再びパルマコスタへと戻ってきた。

広場に面した比較的大きな宿屋に部屋を取り、再生の書の内容をメモ書きした紙を挟んで、さてこれからどうしようかと思案していた2人だが、突如部屋の中にまで届いた人々の叫び声のようなものに、ふとお互い顔を見合わせる。

「・・・騒がしいわね」

「なんかあったのかねぇ?」

口々に疑問の言葉を呟きながら、揃って席を立ち窓から広場を覗く。

目に映った光景に、2人は思わず目を見開き固まった。

 

れる心

 

宿に入る時、眺めが良い部屋が良いと言ったお陰か・・・―――2人の滞在する部屋からは、見事なほど広場が一望できた。

普段は活気に溢れ賑わうそこは、しかし今は別の意味で人が溢れている。

何事かと集まる者、又は行われている事に反抗するために声を上げる者。

集った理由はそれぞれ違えど、その場に流れる雰囲気はお世辞にも良いとは言えなかった。

その原因は、人だかりの中央に設置された簡易台のようなものと、そしてそこに拘束された1人の少女によるものだ。

設置された簡易台は、所謂処刑台。

拘束された少女は、即ち死刑囚。

死刑囚とは言っても、拘束されている少女が何らかの罪を犯して捕まったのではない事は、民衆の態度を見れば言われなくとも解る。

手を後ろで拘束され、そして同じロープで吊るされている少女に、2人は見覚えがあった。

「あれって確か・・・道具屋の娘よね」

「ああ、確かショコラとか・・・」

パルマコスタに滞在している期間はそれほど長くないとは言え、何度か買出しに向かった道具屋で店番をしていた少女だ。

ショコラの周りには独特な鎧を纏った男たちが数人と、明らかにそれとは違うリーダーと思われる男が1人。―――たちをこちらに呼び寄せたレネゲードと格好がよく似ていて判別が付き難いけれど、様子から言って広場にいるのはおそらくディザイアンだろうと思われた。

「・・・なるほどね」

は窓枠に腰を下ろして、溜息混じりに呟く。

他の街人たちもディザイアンに対して反抗心を持ってはいるが、それを表立ってディザイアンたちに向けているのはそれほど多くは無い。

ショコラはその数少ない内の1人であり、つい先日も道具屋に物資を差し出せと要求に来たディザイアンに向かい、恐ろしいほどの剣幕で怒鳴り散らしていたのをは目撃している。

気持ちは解らないでもないが、その態度はちょっと危ないんじゃないかと危惧していたが、どうやらそれが現実となってしまったらしい。

身を守る術を持たないショコラは、攻め込んできたディザイアンにあっさりと捕らえられ、そして今公開処刑の場に立たされているのだろう。

何事かをのたまっているディザイアンの声は、民衆の声に掻き消されて何を言っているのかまでは聞き取れないが、敢えて聞きたいとも思わない。

「何で・・・なんであいつら、誰も助けてやらないんだっ!!」

隣で声を荒げるしいなを横目に、は再び広場に視線を落とす。

助けたいという気持ちが無いわけではないだろうが、それをするには目の前の出来事は厄介すぎる。

戦う術を持たない人々からすれば、もし割って入り自分が処刑されてしまっては・・・と言うのが本音だろう。―――実際ショコラの言動は自業自得と言えるほど無謀なものだ。

それでも、果敢にもディザイアンに向かっていった彼女の勇気は、口先だけで物を言う人からすれば好感の持てるものではあった。

「あたし、あの娘を助けてくるよ!!」

「こらこらこらこらこら!ちょっと待ちなさい、しいな」

さてどうするかと考えていたの耳に、しいなの怒りを含んだ声が届き、思わず彼女の服の帯を掴んでその行動を制する。

なんだい!?と怒りを露わに踏み止まるしいなを見て、は困ったように溜息を零した。

「いい、しいな?ディザイアンに関わって、余計な手間が掛かるのは目に見えてるわ。私たちには今、それをしているだけの余裕は無い筈よ?」

「だからって、このまま見過ごせってのかい!?」

「それはまぁ・・・」

言葉を濁しつつ、は広場に目を向ける。

だって、助けてあげられるものなら助けてあげたい。―――けれど、今ここでショコラを助けたからといって、これから先も手を貸してやることなど出来ないのだ。

中途半端な手助けは、時に更なる悲劇を生む。

ここでショコラが処刑を免れたとしても、また近い内に同じような事が起こるだろう。

いや、ここで手を出せば・・・次に起こることは今よりももっと酷い状況になることは目に見えている。

それを告げれば、しいなはしばらくこの街に残る事を望むか、もしくはパルマコスタ人間牧場の破壊を望むかもしれない。

そんなことをしている余裕など、ありはしないだろうに・・・。

どう言えばしいなは諦めてくれるだろうかと考えるは、ふとそんな自分がとても汚い存在のように思えて眉を顰めた。

目的の為には目の前の悲劇すらも見て見ぬフリをする。―――としいな、どちらが正しいのかは解らないけれど、それでも当然のようにそういう考えをしている自分に、酷く嫌悪感を感じた。

!」

自分を呼ぶしいなの声に、はハッと我に返る。

そうして苦笑交じりに広場を目に映したは、その場が変化を見せている事に漸く気付いた。

処刑台に向かう、5つの影。―――それは自分たちが追う、神子一行の姿。

「・・・私たちが行く必要はないみたいよ」

「え!?」

の安堵混じりに声に、しいなが窓から身を乗り出した。

ロイド達は何事かをディザイアンに向かい叫び、そうして剣を抜いた彼らを相手に戦闘を始めている。

戦いはしばらく後に終わりを見せ、ディザイアンたちを追っ払ったロイドは吊るされたままのショコラを救出した。

「・・・良かった」

ホッとした様子でそう漏らすしいなは、けれど次の瞬間戸惑いを浮かべた目でロイド達を見詰める。―――その視線の意味するところを察したは、同じようにロイド達に視線を向けて、そうして深く溜息を吐き出す。

良かったのか、それとも悪かったのか。

勝利を湛え、笑顔を浮かべる神子一行をはぼんやりと見詰めていた。

 

 

ハコネシア峠は紹介状がなければ莫大な通行料を払わなければ通れないという事を聞いたは、峠を越えた先にある3つ目の封印の場に行く為に、イズールドに戻りそこから北のルートを通り回り込むことに決めた。

たかが通行料にどうしてあれだけの金額が必要なのかの疑問はさておき、神子であるコレットたちは総督に話せば通してもらえるだろうという予測をして、だからこそ今度は神子たちが遺跡に入る前に追いつきたいと、2人は強行軍で北への道を進んだ。

冒険者が集う街・ハイマを経由して、希望の街・ルインに向かう。

自分たちのような余所者が滞在するのならば、ルインよりもハイマの方が都合が良いけれど、生憎とハイマはアスカードからもバラクラフ王廟からも離れている。―――拠点とするならばルインかアスカードが地理的にも動きやすく、そしてどちらを選ぶのかと問われれば、アスカードよりもルインの方が後々動きやすいだろうとあって、2人はしばらくルインに身を寄せる事に決めていた。

風の噂では、神子一行がパルマコスタ人間牧場に乗り込んだなどという話を聞いたが、それが本当のことなのかどうかはには確認のしようも無い。―――けれど神子一行のメンバーの印象から、おそらくその噂は本当なのだろうと察しはついた。

歩いている内に陽は暮れて、比較的モンスターの少ない場所を見つけた2人は、そこで野宿をするべく準備を始める。

旅を始めた当初からすれば、しいなはずいぶんと旅慣れをしたものだとは思わず感心した。

食事も済ませ、早々に休もうという段階になり、はしいなに先に休むように勧めた。―――は不思議と、それほど休まなくとも体力は回復するのだ。

パチパチと火のはぜる音を聞きながら、ぼんやりと夜空を見上げる。

「このまま順調に行けば、明日の夕方頃にはルインに着きそうね」

呟いた言葉に、勿論返事は返ってこない。―――眠っているかはさておき、元々返事は期待していなかった。

パルマコスタを出た辺りから、しいなは少し塞ぎがちになっている。

原因はおそらく、パルマコスタで見た公開処刑(未遂)だと思われた。

助けに行くのを躊躇った自分とは違い、それをいともあっさりと行動に移した神子一行を目にし、色々思うところもあるのだろう。

しいなが気に病む必要はないのに・・・と、は思う。

行動を制したのは自分なのだから、しいなには非はないというのに・・・―――それでもしいなはを責めようとはしないし、またの気持ちも理解していた。

その気持ちに同意してしまった自分が、しいなは嫌だったのだ。

気持ちに同意しつつも、心のどこかで抵抗する自分。

に行動を止められた時、しいなはの手を振り払おうとはせずに足を止めた。―――同意しつつものように思い切る事も出来ずに、けれど自分の意志を主張して飛び出していく事も出来ない。

酷く曖昧な自分が・・・そしてそんな自分の態度がに心配をかけているという事に、言いようも無く嫌悪感を感じて。

「・・・ごめん、

ボソリと呟かれたその声は酷く小さくて、に聞こえたかどうかさえも解らなかったが、それでも自分の頭を撫でるの手が優しくて、しいなは強く唇を噛んだ。

「しいなが謝る必要なんて、何処にも無いわ。寧ろ・・・謝らなければならないのは、私の方なのよ」

「・・・そんな」

「だから、私もごめんね。この話はこれで終わりにしましょう」

頭上から降る優しい声に、しいなも無言で小さく頷いた。

地面に横たわり身動きしないしいなを見詰めて、は僅かに微笑む。

しかしすぐにその笑みを消して、視線を燃える火へと向けた。

「最後にするから・・・聞いてもいいかしら?」

の静かな声が森の中に響く。―――遠くで梟の鳴き声が聞こえて、それがどこか心細く感じられた。

「・・・なんだい?」

掠れた声で問い返すと、うん・・・と短い返事の後、躊躇いがちに言葉が紡がれる。

「しいな。本当に・・・神子たちを暗殺するつもりなの?」

「・・・・・・」

「本当は・・・そんな事、したくないんでしょう?彼女たちのこと、口には出さないけど気に入ってるんじゃない?」

向けられる問い掛けに、はっきりと違うと言い切れない自分が、しいなはとても歯痒かった。

確かにその通りだ。

それほど多く接したわけではないけれど、しいなは神子一行のことが嫌いではない。

寧ろ好感が持てると言っても良いだろう。―――こんな関係でなければ、良い友だちになれただろうとさえ思える。

けれど。

「あたしは神子暗殺の為に、こっちに来たんだ。あたしがやらなかったら、ミズホのみんなが・・・それ以上の人たちが苦しむ。それが解ってて・・・そんな我が侭言ってられないよ」

「・・・しいな」

「あたしは神子を殺す。みんなの為に。みんなを・・・苦しませない為に」

しいなの言葉に、は気付かれないようそっと溜息を零した。

それは、彼女がウンディーネとの契約の際に口にした言葉と同じ物だったからだ。

精霊との契約の為の誓い。―――それはそのまま、自らへの誓いでもある。

「・・・解った。もう、これ以上は何も言わないわ」

そう会話を打ち切って、傍に置いてあった棒切れで焚き火を突付く。

パチパチと火花を散らして燃え盛る炎を見詰めながら、もまた誓った。

何があろうと、しいなは守って見せると。

自分のすべてをもって。―――それが、今彼女の側にいる自分の役目なのだと。

「しいな。貴女が決めた事に、私は口を出すつもりは無い。だけど・・・これだけは約束して頂戴」

「・・・・・・?」

「けして後悔しないという事。後悔しないよう、精一杯頑張るって事。それから・・・無理に自分の心を偽り、我慢をしない事。貴女がどの道を選ぼうと、私は最後まで貴女の味方でいるから」

「・・・

顔を上げて何かを言おうとしたしいなの頭を抑えて、そのまま地面に戻す。

はい、おやすみと強引に地面に押し付けて、その上から自分の上着をかけてやった。

ユラユラと揺れる炎に照らされて、同じように揺れる自らの黒い影。

聞こえる木々が風に揺れる音や、先ほどは心細く感じた梟の鳴き声も、今ではどれもが心地良く感じる。

「お休み、

小さくそう返事を返して、しいなは静かに目を閉じた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ルイン話へと続ける為の繋ぎの話。

なのにどうしてこう暗い話になってしまうのか・・・。

繋ぎの話なので、内容らしい内容がありません―――ぶっちゃけ、それらしく書いた感が拭えませんが(今に始まった事じゃない)

ちょっとこの辺はややこしくて、どうして良いやら・・・。

作成日 2004.10.26

更新日 2008.1.26

 

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