子供たちの、はしゃぐ声が聞こえる。

空を仰げば高く澄み切った青が広がっており、目を閉じれば心地良い風がフワリと髪を揺らし吹き抜けていく。

平和だと・・・はっきりと言い切ってしまえるほど穏やかな空間が、そこにはあった。

 

るという事の意味

 

としいながルインに来てから、既に数週間の時が過ぎている。

身元も解らないただの旅人である2人を、けれどルインの人々は温かく迎え、そして受け入れた。

当たり前のように声を掛け、そこにいるのが当たり前だと言わんばかりに接してくれる村人たちの態度に、居心地が悪いわけなど勿論無く。

長く居ればそれだけ情が移ってしまう事も、のんびりとしている暇などないということも重々承知していた2人ではあったけれど、あまりの居心地の良さについつい長居してしまっているのだ。

その日もは何時も通り広場に設置された噴水の縁に腰を掛け、広場で子供たちを相手に全開の笑顔を浮かべて遊ぶしいなを眺めていた。

時折通り過ぎる村人たちと談笑しながら、ここ最近では感じなかった安息を実感する。

神子たちは、今ごろどうしているのだろうか?

気にならないわけではなかったし、気にしないわけにもいかなかった。

風の噂では、何者かがパルマコスタ人間牧場を爆破したという。―――勿論誰がそれをしたのかまでは届いていないが、間違いなくそれをしたのは神子たちだろうとは思う。

パルマコスタの広場でショコラを助けたのを目撃していたし、彼らの気性を考えると見過ごせないだろうと予測するのは雑作も無いことだ。

ずいぶんと寄り道好きな神子たちだなと他人事のように思いながら、昨日偶然にも再会した旅人たちを脳裏に浮かべる。

神子一行を名乗り、再生の書を騙し取って、それを誰かに売り飛ばした男たち。

まるで逃げるようにこの街に来た彼らは、を見てさらに顔色を悪くした。

自分を見て怯える男たちに良い気分はしなかったけれど、こちらの質問に従順に答えてくれるのには大いに助かったと言える。―――そんな彼らから得た情報の中には、勿論本物の神子一行の話もあった。

不運にもアスカードで遭遇し、慌ててそこから逃げ出して来たらしい。

話を聞くに、偽神子たちがコレットたちをアスカードで目撃したのは数日前。

これから彼女らがどういう道を辿るのかは想像するしかないけれど、再生の書を正しく解読し封印を解くならば、まずバラクラフ王廟へ向かう筈だ。

そう容易く解読できるとは思っていないけれど、それでも数日前にアスカードにいたのなら既にバラクラフ王廟へ向かっていてもおかしくは無い。

「・・・再生の書か」

どうして自分がいとも容易くそれを解読できたのか・・・―――更に言うならば、どうして天使言語で書かれた文字を読む事が出来たのか・・・それを不思議に思わないわけではない。

しかし考えても答えなど出るはずも無く、またその答えを望んでもいない事は確かで、はとうとう考える事を放棄した。

ウンディーネの不可解な言葉も、自分をよく知るだろうクラトスとユアンの事も。

はぁ、と大きく溜息を吐いて空を仰ぐ。―――それと同時に、ズキリと頭が痛んだ。

最近は頻繁に、原因不明の頭痛に襲われるようになった。

それもこれもクラトスたちが現れてからだ。―――自分が望まないものをもたらすばかりか、更に頭痛のおまけまで加えてくるとは・・・とは再び溜息を吐く。

ー!!」

自分を呼ぶ声が響いて、は視線を地上に戻す。

視線の先には、子供たちと共に笑顔でこちらに手を振るしいながいた。

「そんなとこに座ってないで、こっちに来なよ!!」

「そうだよ!お姉ちゃんも一緒に遊ぼ!!」

揃って掛けられる声に、は苦笑する。

どうせ断っても、無理やり引っ張られていくのは目に見えている。―――それもまた、ルインに来てからの日常でもあった。

「すぐ行くわ」

そう返事を返して、再び空を仰ぐ。

このまま、時が過ぎてしまえば良いと思う。

このままこの場所で時を過ごしているその間に、神子が世界再生の旅を終えてしまえば。

そうすれば悩む必要もないのだ。

そう願っている反面、そうならないよう祈る自分がいる事には気付いていた。

何の為にシルヴァラントへ来たのか・・・それを問う声が、心の底から聞こえてくる。

世界再生が成れば世界は逆転し、テセアラは衰退の道を辿ることになるだろう。

それはの・・・そしてしいなの望むところではない。

それを阻止する為に、異世界に来たというのに・・・。

いっそのこと、自分が手を下してしまえばという考えが湧いた。

しいなとの約束は違えることになるけれど、しいな1人を丸め込む自信もにはある。―――そうすれば、万事が上手く収まるのではないか?

そうすれば・・・脳裏を占める疑問も、そしてこの頭を刺すような頭痛も収まってくれるだろうか?

!!」

しいなの催促の声に、は苦笑を浮かべた。

不穏な考えは、しいなの一声で掻き消された。―――まだその時では無いと・・・それさえもまた、問題を先送りにしているだけなのかもしれないけれど。

「今行くってば・・・」

「ああ〜〜〜〜〜っ!!」

笑みを含んだの返答は、突如響いた声に掻き消された。

噴水の縁から腰を上げかけたは、声のした方へと視線を向ける。

「あ、あんたっ!!」

「何でお前がこんなとこにいるんだよっ!!」

聞き覚えのある少年の声が、子供たちに囲まれて立ち尽くすしいなに問い掛けた。

ああ・・・とは声にならない声で嘆息する。

どうやら神子たちとの縁は、どうあっても切れないらしい。―――知らない内に世界再生の旅を・・・などと考えてはいたけれど、その直後にこうして再会するのだから。

「べ、別にあたしが何処で何してたって、あんたには関係ないだろ!?」

言葉の威勢は良いが、明らかに動揺している様が手に取るように解るしいなの態度に、は困ったように溜息をつく。

こんな風に子供たちと戯れている姿を、きっと見られたくは無かったのだろう。

そんなしいなに気付いているのかいないのか、ロイドは更に問いただそうと口を開いた。

その声に被せるようにして、はタイミング良く声を発する。

「は〜い、そこまで」

!?」

「なんだよっ!!」

同時に振り向いたしいなとロイドに目配せをして、はその目をチラリと子供たちに移してから茶化すように言う。

「どうでも良いけど、子供たちが怯えてるわよ?喧嘩なら村の外でしなさい」

の言葉に2人の視線は子供たちに向き、そうして揃ってバツが悪そうに口を噤んだ。―――その見事に揃った動作に、意外に気が合うのかもしれないとは思う。

「こんな所で何をしているの?」

今だ無言で睨み合うしいなとロイドを放置して、リフィルがに問い掛けた。

探るような視線を受けて、はにっこりと微笑む。

「何って言われても・・・、ただ休息を取っていただけですから」

「私たちを狙う暗殺者が、私たちの先回りをしてのんびりと休息を?」

「いけませんか?」

あっさりと返すと、リフィルは口を噤む。

リフィルにしてみれば何かを企んでいるのだろうと考えるのは当たり前のことだが、生憎とは何も企んでいない。―――本当に休息していただけなのだから。

しいなの周りにいた子供たちが、その場の不穏な空気を察しての方へと避難して来る。

子供たちに囲まれて苦笑するを見て、今まで無言だったクラトスが口を開いた。

「ずいぶんと・・・懐かれているのだな」

「お陰様で」

小さく肩を竦めて笑ってみせる。

さんは、子供が好きなんですか〜?」

「まぁ・・・嫌いじゃないわ」

「それって、好きでもないって事?」

「・・・・・・どうなのかしらね」

全く警戒心無く話し掛けてくるコレットとは対照的に、ジーニアスは少しの警戒を放ちながら問い掛けてくる。

それには曖昧に答えて、近くにいる子供の頭を撫でた。

実際に子供が好きかと問われれば、答えようが無い。―――今まで子供と接する機会などほとんど無かったのだから。

けれどの子供の頭を撫でる手は、酷く優しい。

手と同じように優しく微笑んで・・・そうしてジッと自分たちの様子を窺うリフィルたちに真剣な表情を向けた。

「心配しなくとも、こんな所で喧嘩を吹っ掛けたりはしない。この街の人たちにはとてもお世話になっているもの・・・迷惑はかけたくないわ」

「貴女の話が本当だという、保証は?」

慎重に返事を返すリフィルに、はただ苦笑を浮かべる。

「保証なんて何処にも無いわ。この世に、絶対の保証なんて在りはしないのだから。信じるか、それとも信じないか・・・まぁ、私が貴女にとって信じるに値する人物だとは思っていないけどね」

茶化すように肩を竦めて、は今だロイドと睨み合うしいなに声を掛けた。

「しいな、何時までそうしているつもり?そろそろ宿に戻りましょう」

「あ、ああ・・・」

躊躇いがちにではあるがの後を追うしいなを見送り、ロイドは漸く肩の力を抜いて詰めていた息を吐き出した。

「なんなんだよ、あいつ・・・」

行き場の無い思いを言葉に乗せて吐き出したロイドに、たちと共に広場を去った子供が1人、彼らの元に戻ってくる。

どうしたのだろうかと首を傾げ、駆け寄って来た子供と視線を合わせるようにしゃがみこんだロイドに、子供は息を切らしながら言った。

「お姉ちゃんたちを苛めないで」と。

呆気に取られる一同を前に、子供は尚も言葉を続ける。

「お姉ちゃんたち、凄く優しいの。いつも遊んでくれて、頭を撫でてくれるの。だからお姉ちゃんたちを苛めちゃ駄目」

キッパリとそれだけを言い放ち、子供は再び来た道を戻っていく。

ロイド達に苛めているつもりは勿論無い。―――寧ろ危害を加えられているのは自分たちの方だと思うけれど、人数差から見て逆に捉えられるのは仕方のない事なのかもしれない。

ロイドの中に、初めてしいなたちに対する戸惑いが生まれた。

「あいつ・・・良い奴なのか悪い奴なのか解んねぇ・・・」

「良い人だよ、きっと!」

「何言ってんだよ、コレット!君は命を狙われてるんだよ!?」

ギャアギャアと言い合いをするロイドとコレットとジーニアスを目に映して、リフィルは溜息を零すとクラトスに視線を移した。

今まで敵だとしか認識していなかった相手の、思わぬ一面を目にして。

次に会った時、今までのように戦えるのかどうか・・・―――特にロイドなど、情に流されやすい性格をしているのだから。

「厄介な展開になってきたわね・・・」

呟くリフィルから視線を逸らして、クラトスは2人が去った方角へと目を向ける。

「・・・そうだな」

そんな事、今に始まったことではないけれど。

 

 

「・・・

「なに?」

宿屋の一室で、2人はテーブルを挟んで顔を合わせる。

「これはチャンスだ。あいつらが街を出たら、後を付ける。それから・・・」

そこで言葉を切ったしいなを見詰め、は軽く肩を竦めた。

「・・・了解」

短く返事を返して、そのまま窓の外へと視線を向ける。

既に暮れかけた空は赤く染まり、村中を優しい色で包み込む。

解っている。―――それしか道がない事ぐらい。

は思いつめたようにテーブルを睨みつけるしいなを見て、困ったように微笑んだ。

来た道を戻る事など、出来る筈も無い。

もう既に、進む以外に道は残されていないのだから。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ルインでばったり編。

無理やり絡めようとすると、どうにも矛盾が生じます。

コレットたちを狙ってるのに、先回りして子供たちと戯れるってどういう事よ!とか自分でも思います(でもゲームではそうだし・・・)

やっぱりしいなサイドを追うのは、先にしっかりと考えてからでないと難しいという事に今更気付きました(遅)

作成日 2004.10.27

更新日 2008.2.12

 

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