例えば、どうしても譲れないモノがあって。

それを阻む者がいたならば、退けるのは当たり前のことなのだろう。

いかにそれを望んでなどいなくとも。

取るべき道は、時として多くない事も事実。

だからこれは仕方のない事なのだと、そう・・・己に言い聞かせた。

 

滲む

 

ルインを出たコレットたちを追って、しいなとも街を出る。

当初の予定では、どこか人気の無い手ごろな森の中で襲撃しようと決めていたのだけれど、故意にかそれとも偶然なのか、道中でコレットたちの姿を見失ってしまった。

命を狙われている当人であるコレットやロイド達は、しいなたちの尾行に全く気付いてはいない様子だったけれど、彼女らを守る傭兵のクラトスは2人の気配に気付いていたようなので、故意に撒かれたと思った方が正しいのだろう。

幸いにも、一行が向かう場所は解っている。

ともかく早々に退散されない内にと道中を急ぎ、目的であるバラクラフ王廟に辿り着いた頃には、既に入り口の封印は解かれていた。

「・・・遅かったか?」

悔しそうに唇を噛むしいなに、は短く「いいえ」と答える。

姿を見失ったのは、ちょうどルインとバラクラフ王廟とを繋ぐ道の中間ほど。

それまでピタリと後をつけていたのだから、その時点で撒かれたとはいえどそれほど距離は開いてはいなかった筈だ。

いくら急いだからといって、人の足ではスピードにも限界がある。―――加えて相手は自分たちの倍もの人数なのだ。

人が多ければ多いほど、進むスピードも遅くなる。

自分たちが辿り着く前に遺跡を攻略し、気付かれないよう立ち去るなど不可能だ。

おそらくはまだ、コレットたちは遺跡の内部にいるのだろう。

は素早く辺りを見回す。

滅んだ場所だと言うだけあって、人の姿はほとんどない。―――観光に来ているのか、時折人の姿を見かけるくらいだ。

騒ぎになる心配も、無いだろう。

これぞ絶好のチャンスかと、は深く溜息を吐き出した。

そうして笑う。―――知らず知らずの内に、襲撃を避ける材料を探している自分に気付いて。

「あいつらが中にいるなら、あたしたちも後を追うかい?」

「いいえ。入り口から覗いた限りじゃ遺跡の中はそれなりに複雑そうだし、中に入ってウロウロした挙句入れ違いましたじゃ笑い話にもならないしね」

「・・・じゃあ」

自分を見詰めるしいなの目が、強い輝きを放っている事には気付く。

既に心を決めているのだということを悟って、それが安心でもあり同時に不安でもある。

本当に良いの?と問い掛けそうになる口を閉ざして、は遺跡の入り口へと視線を向けた。―――もう問わないと、そう約束したのだから。

「ここで待ちましょう」

言葉少なに告げた言葉に、同じく短い返事が返って来る。

襲撃が成功に終わろうと失敗に終わろうと、どちらに転んでも傷付くのだろうしいなの心中を想像して、遣り切れない想いには強く拳を握り締めた。

 

 

遺跡から出て来た5つの影を認めて。

行く手を遮る形で姿を現したしいなとに、一行はピタリと足を止めた。

「また、お前たちか!」

唸るように声を搾り出したロイドは、立ち塞がるしいなとを厳しく睨みつける。

それに挑むような目で同じく睨み返したしいなは、迷いの無いはっきりとした声色でそれを告げた。

「今度こそ、神子の命を貰う」

今までとは違うその迫力に、ロイドが息を呑んだのが気配から伝わってくる。

はしいなの背中から、ロイドに匿われるようにして立っているコレットに視線を移した。

顔色が酷く悪い。―――ロイドの影になっているからだという理由だけでは、決して無いだろう。

神子は祈りの儀式を経て、天使へと進化する。

それをロイド達がどう思っているのかはには解らないが、彼らのコレットへの想いから察するに、その行き着く先を彼らは知らないのだろう。

ゼロスの護衛をするにあたり、はテセアラに残る神子に関する文献に一通り目を通している。

そこに書かれてある内容はとても曖昧なものばかりだけれど、記された文字の中に隠された内容を、は察する事が出来た。

それは、人としての終着地点。

天使となることは、人にとって必ずしも幸せな事とは限らない。

それを深く実感できる自分を不思議に思ったことを、は覚えている。

どうして今になって、それを思い出すというのか。

「どうしてもやるってのか!?」

ロイドの声に現実に引き戻されたは、注がれる視線に視界を巡らせた。

気付けばクラトスが強い眼差しで自分を見詰めていることに気付く。―――その視線を感じた瞬間、ズキリと最近は治まっていた頭痛が再びを襲う。

こんな時にと小さく舌打ちをして、ロイドの問いに無言で札を構えたしいなに習い、も腰の剣を抜く。

どれほど言葉を並べようとも、固めた決意は揺らがない。

そんなしいなの様子にロイドも心を決め、腰に差した双剣を構えた。

 

 

戦闘が始まるのと同時に、はクラトスに向けて駆け出した。

握る剣の柄に力を込めて、それを振り下ろす。―――それはいとも容易くクラトスに受け止められ、合わせた剣を挟み視線を交わらせては不敵に笑む。

また会ったわねと声を掛ければ、そうだなと簡単な返事が返ってきた。

体重を掛けてお互いを押しやるように力を込めると、小さく間を取って対峙する。

神子暗殺の一番の障害は、この傭兵だ。

以前の戦闘を思い出して、はそう確信した。

リフィルが扱う魔術は主に癒術系で、これといった害は無い。

ジーニアスは攻撃系の魔術を扱うけれど、それほど詠唱は早くなくしいなの式神を相手にするので精一杯だ。

問題はロイドだが、クラトスに比べれば技術も経験もまだ浅い。―――多少苦戦は強いられるだろうが、しいなとは互角の勝負ができるだろう。

そしてコレットは、現在は戦う事すら出来そうに無い。

しいなと交わした『神子暗殺には手を出さない』という約束は、今だ有効だ。

に出来る事は、最大の障害を押さえ込む事以外にない。

一向に向かってこないクラトスに、は自分から攻撃を仕掛けた。

それは当然読まれているのだろう・・・あっさりと受け止められる。

「何時までも防戦一方じゃ、いつか死ぬわよ」

低い声色でそう告げると、クラトスは微かに眉を顰めての言葉に導かれるように己の剣をに向けて振り下ろした。

その大して難しくも無い剣筋を、は当然受け止める。

何度か刃を交えている内に、はふと思った。

この剣を、自分は知っていると。

クラトスの繰り出す攻撃が、には手に取るように解る。―――それは相手も同じなのか、どれほどフェイントを掛けようとクラトスも難なくの剣を受け止めた。

これは記憶ではなく、最早体に染み付いた感覚のようなもの。

クラトスの剣を、は知っている。

それを強く実感して、はクラトスと間を取り探るような視線を送った。

「・・・どうした?」

訝しげに問い掛けてくるクラトスを無視して、ジッと彼の目を見詰める。

思い出したくないと強く願う心とは裏腹に、頭の中は素早く過去の記憶を掘り起こそうと回転していた。

淋しげな目が、酷く心に痛い。

ズキリと一際大きな頭痛に襲われ、思わず手で頭を抑えた。

心拍と同じように一定間隔で襲う頭痛に眉を顰めて、心配そうに自分を見るクラトスを見返し苦笑する。

どうしてそんな目を、自分に向けるのだろう。

クラトスが自分を知っているという事は理解している。―――どういう関係なのかというのも、想像の域は出ないが思うところもある。

けれど決してそうではないだろうと思うのも、事実で。

「・・・聞いても良いかしら?」

「・・・なんだ?」

構えていた剣を下ろして返事を返すクラトスを見て、もホッと息をつき剣を下ろす。―――その行動を、ありがたいと思った。

この頭痛を抱えて、戦いを再開する気にはなれない。

「貴方・・・精霊に知り合いは?」

「・・・は?」

唐突過ぎる質問に、クラトスが目を丸くする。

今まであからさまな表情の変化を見たことが無かったは、その珍しいだろう光景に小さく笑みを零した。

「・・・何を言っている?」

「言葉のまま、その通りの意味だけど?」

あっさりと返されて、クラトスは押し黙った。

精霊に知り合いはいるかと問われて、どう答えれば良いのだろうか。

普通に考えて、精霊の知り合いなど出来るわけがない。

彼らは人前に滅多な事では姿を現さない。

どうなの?と目で訴えかけられ、クラトスは頭をフル回転させて言葉を選んだ。

「それを問うということは、お前にはいるというのか?」

結果口から出たのは答えにもならない質問の返しだった。―――それに気付いていないではなかったけれど、敢えて口を挟まず不敵に微笑んで見せる。

「そうみたいね」

簡単に返された言葉は、クラトスに驚きを与えるのに十分なもので。

無言で続きを促すクラトスに、は深く息をついて頭を乱暴に掻いた。

「精霊に、会った。その精霊の口ぶりが・・・とても気になって。どうも相手は私の事を知っているようだったから・・・」

まとまらない思考をそのまま口にして、大きく溜息を吐く。

「お前は・・・記憶を取り戻したくなどないと言っていたのではないのか?」

「その気持ちは、勿論今も変わらないけどね。ただ・・・」

「ただ?」

促される言葉に、しかしは口を噤んだ。

この状態が、長く続かないのだということも解って。

どれほど思い出したくないと願っても、失った記憶はどんどんと迫ってくる。

心の奥底で誰かが叫ぶ。―――『早く、思い出して』と。

泣きたくなるほど切ない、その声で。

だから・・・と口を開く前に、の耳に悲鳴が聞こえた。

咄嗟に視界を巡らせると、ロイドの攻撃で吹き飛ばされたしいなが、力なく膝を付いている。―――見上げる視線の先には、強い意志を宿した目。

それと同時に、放っていた式神もジーニアスの魔術で掻き消された。

ヒラヒラと宙を舞う紙切れが、戦闘の終わりを告げるようにしいなの前に降り注ぐ。

「・・・とどめを刺しな」

敗北を素直に受け入れて、しいなは変わらない強い決意を抱いたままロイドに告げた。

その言葉に、ビクリとロイドの身体が跳ねる。

ギュっと強く握り締められたロイドの剣は、けれどしいなに振り下ろされる事はなかった。

「早くとどめを刺しな。そうしないと、あたしはまたあんたたちを狙うよ」

「俺は・・・」

急かすしいなに、それでもロイドは剣を振り上げず言葉を濁す。

静まり返ったその空間は、先ほどまであれほど煩かったのが嘘のようだった。

はその場を見据え、無言のまま睨み合うしいなとロイドの元へ歩み寄ると、2人がこちらに視線を向ける前に構えた手を振り下ろした。

鈍い音を立てて、の手刀がしいなの首元を打つ。

「・・・なっ!」

短い声を上げてクタリと身体の力が抜けたしいなを抱き抱えて、驚きの表情を浮かべるロイドに向き直り困ったように微笑んだ。

「ごめんなさいね。私はしいなが死を望もうとも、それをさせるわけにはいかない。貴方にも、しいなには手を出させない」

「・・・・・・俺は」

「しいなの望みを拒否してくれて、ありがとう。貴方はとても、優しいのね」

その優しさが、仇になる時もあるのだろうけれど。

そう心の中だけで呟いて、はロイドに微笑み続けた。

「安心して。多分もう、貴方たちの前には姿を現すこともないだろうから」

「・・・え?」

「暗殺は失敗。しいなには、貴方も神子も殺せない。技術的なことじゃなくて、それは心の問題。どれほど己の心を殺しても、自分を偽れるほどしいなは器用じゃないからね」

苦笑を浮かべて、腕の中のしいなを見下ろす。

そんな事は、最初から解っていた事だ。

どんな理由を並べ立てても、しいなは非情には成り切れない。―――それほどまでに純粋で、優しい心を持っているのだから。

それでも向かって行こうとするしいなを止める事など、には出来なかった。

それはしいなに対する厳しさでもあり、また甘さでもある。

この結末も、まんざら捨てたものではないと・・・そうは思った。

「さようなら、ロイド。最後に、1つだけ言わせて頂戴」

しいなを背中に背負いなおし、他の人間には聞こえないようロイドの耳元に口を寄せて、極小さな声で言葉を紡いだ。

は怪訝そうな表情を浮かべたロイドに微笑みかけると、踵を返して街の外へと歩き出す。

「ちょ!待てよ!!」

背後から追いかけてくる声を無視して、街道に沿ってただ歩き続ける。

無言でただひたすら歩き続けるの耳元で、しいなが小さな呻き声を上げた。

「・・・?」

「おはよう、しいな。大丈夫?」

「あ、ああ・・・・・・って!あいつらは!?」

「さあ?まだバラクラフ王廟にいるんじゃない?」

事も無げにサラリと告げられた言葉に、しいなは身じろぎ背後を振り返った。

そこには森が広がるばかりで、既に街の姿はない。

現状を把握したしいなは暴れるのを止め、に背負われたまま掴んだ肩の手に力を込めた。

「何で・・・あのまま放っておいてくれなかったんだい?どうして止めたりなんか・・・」

震える声が、耳元で響く。

は視線だけで背後を振り返って、静かな口調でキッパリと言った。

「そんな事、聞かなきゃ解らないの?」

「・・・・・・」

「しいなの最後を見届けて・・・それで私が満足するとでも?」

何時もよりも必要以上に淡々とした口調に、しいなはの中の恐怖を見た気がした。

大切なモノを必要以上に持とうとしない

それは失う事の辛さを知っているからなのではないかと、しいなは思う。

「しいながどう思おうと、私には関係ない。私は私の望みのままに行動しただけだもの」

何処が悪いの?とでも言いたげなに、しいなは小さく笑みを零した。

「・・・勝手だね」

「そう、勝手なの」

「ほんとに勝手だ。――――――あたしも、あんたも」

詰まった息を吐き出して、そうしていつものの行動を真似て空を仰ぐ。

空は憎たらしいほどに、青く澄み切っている。

広がる青の中を、真っ白な鳥が一羽優雅に飛び去っていく。

じわじわと滲む空から目を背けて、しいなはの背中に顔を押し付けた。

「・・・ごめん。ありがと」

短く伝えられた言葉に、は微かに微笑む。

服を通して染み込んでくるしいなの涙が、とても暖かでとても切なかった。

 

 

としいなが去っていった方角へと視線を向けながら、ロイドはぼんやりと空を見上げた。

グルグルと、不可解な何かが胸の内を巡る。

言われた言葉を理解する事は難しくなかったけれど、それを実行する事は容易ではなかった。

「ねぇ、ロイド。さっきって人に何て言われてたの?」

不思議そうに問い掛けるジーニアスに視線を移して、なんでもないよと笑みを浮かべて誤魔化した。

『コレットを守りたいなら、世界再生の旅は止めなさい。これは同じ大切な人を持つ貴方に対する、私の最初で最後の忠告よ』

それが自分たちの旅を妨げる為の言葉ではないことも、ロイドには理解できた。

具合が悪そうなコレットを心配げに見詰めて、大きく溜息を吐き出す。

「・・・忠告、か」

呟いた言葉は、広い広い空へと吸い込まれて消えた。

答えはまだ、出ない。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

戦闘中だってのに、何呑気に会話してるんだよとかいうツッコミは無しの方向で・・・。

自分で突っ込みました(笑)

そして戦闘終了の展開が、前回と同じだったり・・・。

なんかどんどんと違う方向へ違う方向へと進んでいるシンフォニア夢。

本格的にしいな友情夢になりつつあるような・・・(ダメダメ)

作成日 2004.10.28

更新日 2008.2.24

 

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