目に映るのは、空虚。

中身のない、空っぽの器。

命を感じさせないその空間は、無機質で酷く居心地が悪い。

それらから目を背けるように、は静かに目を閉じた。

 

救いを求める

〜前編〜

 

フワリと、は地に足を付けた。

繁栄世界・テセアラ。

彼女は時折、他人の目を盗んでここに遊びに来ていた。

勿論ユグドラシルにも秘密だ―――自分の側から人がいなくなるのを酷く嫌うユグドラシルに知れれば、厄介な事になることは想像に難くない。

一応、上手く隠しているつもりではあるが、どこからか漏れないという保証もない。

それでも彼女がここに来る理由は、ウィルガイアが好きではないからだ。

長い時を過ごしてきた場所なのだから、もう慣れてしまっていることも確かだが、それでも命を感じさせない空間に長くいると、言い知れない焦燥感に追い立てられる時があった。

かつての仲間たちは、自分の進むべき道を既に手にしている。

クラトスは地上で、愛する者と過ごす事に。

ユアンは、歪んだ思想を打ち破る為に。

それなのに自分は未だ、ウィルガイアにいる。

それは自身が望んだ事でもあるのだけれど、時折無性に不安に駆られる。

まるで自分だけが置き去りにされたかのような。

自分だけが昔と少しも変わっていないかのような、そんな不安。

地上に降りてもそれが消える事はなかったけれど、ウィルガイアにいるよりは幾分マシになることに気付いてから、彼女はテセアラに来るようになった。

何故シルヴァラントではなくテセアラなのかというと、テセアラにはディザイアンがいないからである。

「あ〜・・・やっぱりシャバは良いなぁ〜」

吹き抜ける風に身を晒して、は気持ちよさそうに空を仰ぎ見るとぼんやりとそう呟いた。

ウィルガイアと違い、地上は命に満ち溢れている。

あそこで感じる息苦しさも、ない。

いっそのことここで暮らしたいなどと思いつつも、それが叶わない事を承知しているは、大きく伸びをしてから辺りを見回した。

すぐ側にはテセアラ一の繁栄を誇るメルトキオがある。

それほど地上に長居出来る訳ではない―――さっそくメルトキオに向かおうと足を踏み出しかけたその時、の性能の良い耳に微かな声が届いた。

それほど遠くで聞こえた訳ではない。

ゆっくりと辺りを見回し、そして微かに眉間に皺を寄せた。

「・・・子供?」

それは子供の声だった―――いや、声というよりも寧ろ・・・。

「・・・・・・」

しばらくその場で立ち止まっていたは、踵を返して歩き出した。

風に乗って微かに聞こえてくる、子供の声の方へと。

 

 

途切れがちな声に、耳だけを頼りに歩いていく。

しばらく歩いた末、メルトキオからさほど遠くない場所に、綺麗な小川があった。

その小川の側に、蹲るようにして座り込む少年がいる。

真っ赤な燃えるような赤い髪をした少年は、には気付く様子もなく、ただ膝を抱えて穏やかに流れる川の水を見ていた。

否―――見ていたというよりは、睨みつけていたという方が正しいが。

どうしてこんな所に子供がいるのだろうと、は小さく首を傾げる。

シルヴァラントと違い、テセアラにはモンスターの姿はないが、それでも幼い子供が1人で街から出るというのはあまり考えられない。

迷子だろうかとも思ったけれど、どうにもそうではないように見える。

そんな少年の後ろ姿を眺めながら、は今更ながらにどうしようかと考え始めた。

彼女には、声の主を見つけてどうしようという気は全くなかった。

ただ気になっただけだ―――押し殺したように、何事かを呟くその声が。

しばらく考えた末、は小さく溜息を吐き出すと少年の方へと歩み出した。

今からメルトキオを散歩する気にもなれない。

そして興味を抱いた―――目の前の、この少年に。

近づくと、草を踏む音に気付いたのか・・・少年が弾かれたように振り返る。

「こんにちは」

にっこりと微笑み挨拶をしてから、は驚きに目を見開く少年など無視してその隣に腰を下ろした。

「あんた・・・誰?」

「ああ、気にしないで。ただの通りすがりだから」

ジッと自分を凝視する少年とは目を合わさず、ただ川をぼんやりと眺める。

しばらくすると、少年も同じように川の方へと視線を戻した。

「こんな所で何してるの?」

「そんなの、あんたには関係ないだろ」

「ごもっとも」

返って来た素っ気無い返事に、も素っ気無く返す。

未だ視線を川から逸らさないに、少年の方が焦れてを見詰めた。

「あんた、何が目的?俺に何を期待してる訳?」

唐突に掛けられた質問に、は不思議そうに少年を見る。

「何がって・・・。あなたに何かを期待して、私はそれが得られるの?」

「得られるんじゃないの?だからみんな俺に寄って来るんだろ」

子供らしからぬ捻くれた言葉に、は軽く眉根を上げる。

「凄い自信ね。その自信の根拠はなんなのかしら?」

「だって、俺が望んで叶わないことなんか・・・ほとんどないんだから」

そう言って顔を歪ませた少年を眺めて、は小さく首を傾げる。

「貴方王族か何かなの?」

言ってからそれは違うだろうと思い出した―――確かにテセアラ王には子供が1人いるが、それは女児だった筈だ。

大方何処かの貴族の息子なのだろうと思い直しただったが、少年が発した言葉に目を丸くした。

「違う。俺、神子だよ」

「・・・神子?」

「まさか知らなかったの?」

今度は少年が目を丸くした。

お互い顔を見合わせて・・・最初に目を逸らしたのは少年の方だった。

なるほど。

心の中で呟いてから、も再び川に視線を戻す。

彼女の元には、多種多様な情報が飛び込んでくる―――その出所は・・・まぁ、置いておくとして。

情報は時として最大の武器と成り得ると考えているだから、聞こえてくる話に制限はつけない。

だから彼女は知っていた。

テセアラの神子の身に、何が起こったのかを。

そしてどうして少年が1人でこんな所にいるのかも、察しがつく。

お互い、居場所がないのね。

心の中で呟いて、自嘲気味に笑う。

そうしておもむろに手を伸ばすと、少年の頬を思いっきり引っ張った。

「なっ!!」

「おお、よく伸びるわね」

子供の柔らかい肌は、とても触り心地が良い。

その手触りを楽しむように、は少年の頬を引っ張る。

「ら、らにすんらよ!!」

「何言ってんのか、解らないわよ」

そう言うと、少年は勢い良くの手を払い退けて、鋭い視線で睨みつけた。

「何するんだよ!!」

「何って・・・頬を引っ張ったのよ。痛かった?」

「痛いに決まってんだろ!?遠慮なく引っ張りやがって!!」

初めて感情を露わにする少年に、は微かに頬を緩める。

そして再び少年の頬に手を伸ばすと、先ほどと同じように頬を引っ張った。

「らから!!」

「痛いでしょう?」

再び反論しようと手を上げた少年に、は静かな声で話し掛けた。

その声の変化に気付いてか、少年は一瞬動きを止める。

「痛いでしょう?だったら、泣きなさい」

強い口調でそう言い放ち、少年の頬を引っ張った

戸惑いを含んだ目に、にっこりと微笑みかける。

「痛いのなら泣きなさい。ここには私しかいない。黙っててあげるから」

「・・・・・・」

「我慢なんて、今の貴方には必要ないのよ」

「・・・らんらよ、ほれ」

あまりにも一方的な言い分に―――そして筋が通っているのかいないのかも解らないその言葉に反論しようとするけれど、それ以上言葉は続かなかった。

ジワリと、目に涙が溜まる。

苦しかった。

自分の身に降りかかる全てが。

それでも何とかそれに答えようと頑張っていた―――それなのに。

母親の最後の言葉が脳裏に甦る。

その言葉が悲しかったのか、それとも母親の死が悲しかったのか解らない。

それでも悲しみという感情だけは、否応なしに襲い掛かった。

本当は誰かに認めて欲しかっただけなのに。

「ほら、泣きなさい」

降ってくる声に、グシャリと顔を歪めた。

「・・・っく」

声を殺して嗚咽を堪える―――すると温かい何かに包み込まれた。

それが腕だと知ったのは、一拍を置いた後。

「よく、頑張ったわね」

それは母親から聞きたかった言葉。

見知らぬ人間から与えられるそれは、けれどとても温かで。

だから堪えきれずに、少年は声を上げて泣いた。

どれほどの長い時をそうやって泣いていたのだろう。

泣き疲れて意識も朦朧としてきた頃、再び頭上から声が降ってきた。

「ごめんね」

その謝罪の意味が解らず聞き返したかったけれど、それをする前に少年の意識は少しづつ遠のいて行った。

 

 

少年が意識を取り戻したのは、しばらく経った後。

自室のベットの上で、見慣れた天井をぼんやりと眺める。

どうやって戻ってきたのかも、少年には覚えがない―――の姿も、勿論そこにはなかった。

『ごめんね』

見知らぬ女が言った謝罪の言葉が気になったが、けれどそれに答えてくれるべき相手はそこには存在しない。

「名前も、聞いてないのに・・・」

ポツリと呟いて、寝返りを打つ。

何処の誰だか、名前すらも知らない女。

けれど温かな腕の感触や、ホッとするような女の匂いは鮮明に思い出せる。

それらに包まれて、少年は再び目を閉じた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ええ、ゼロスです(笑)

ゼロスのゼの字も出てきませんがね。

折角天使ヒロインで長生きしているだろうから、幼い頃のゼロスと会ってても良いんじゃないかと思ったんですけど、見事墓穴を掘った感じがそこはかとなく・・・。

まぁ、それも今更なんで、それも良いかなと思ったり(開き直り)

あんまり長くなるといけないと思って(今更)、一応分けてみました。

後編は主にユグドラシルと、そしてちょこっとクラトスが出せたらなぁと(希望かよ)

作成日 2004.10.10

更新日 2007.9.13

 

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