バラクラフ王廟での襲撃に失敗し、行く当ても目的もなく再びルインへと身を寄せたとしいなは、変わらず迎えてくれた街人たちに心から感謝しながら、かつての穏やかな日々を過ごしていた。

先日ルインの街近くの人間牧場から逃げ出して来たというピエトロという男を保護し、ハイマへと無事送り届けた後、何度かディザイアンが街に姿を現したりと少々騒がしかったけれど、今ではもうすっかり落ち着きを取り戻している。

緩やかな時間が流れる午後の昼下がり。

ぼんやりと空を見上げ、最近では癖になりつつある溜息を1つ吐き出した。

 

崩壊の街

 

「問題は、これからどうするのかって事よね」

「そうだねぇ・・・」

2人揃って噴水の縁に腰掛け、同じように空を仰ぎながらやる気の無い口調で呟く。

傍では数人の子供たちが元気良く駆け回っており、何度か相手をして欲しそうにしいなやに声を掛けたけれど、2人は後でねと軽く返事を返してここしばらくの間答えの出ない問答を繰り返していた。

神子一行が、今何処で何をしているのかはの知るところではない。

あの一件以来、彼らに関する情報収集をやめたからだ。

今ごろは4つ目の封印を解く為、ルナの守護塔にでも行ってるのかもねと心の中で呟きながら、チラリと隣に座るしいなを見やる。

「そういえば・・・私勝手に思ってたんだけど、しいなはもう神子を狙うつもりは無いんだよね?」

ロイドに『もう二度と姿を現すことはない』と宣言したのは良いけれど、それは勿論しいなの意見を聞いてからのことではない。―――もしかしてまだ暗殺を諦めていないのだろうかと疑問を抱いたけれど、問い掛けられたしいなは何も答えずに黙り込んだまま空を見上げていた。

その沈黙が何よりの答えだとは受け取って、同じように空を仰ぐ。

明るい空には月の姿は見えないけれど、おそらくはそこに確かに存在するだろう世界を思い出して、は微かに微笑んだ。

「・・・帰ろうか、テセアラに」

ポツリと漏らした言葉に、しいなが視線をに向ける。

「帰るって・・・どうやって帰るのさ?」

「レネゲードの本部に行けば帰してくれるんじゃない?ここに来る時に言ってたけど、今のところ安全に世界を渡る方法はレアバードしかないって話だし・・・」

テセアラには異界の門という存在の噂もあったけれど、それが本当の話なのかもシルヴァラントにはどこにあるのかさえも解らず、一番手っ取り早い方法を取るならばやはりレネゲードの本部に戻る他ないだろう。

「でも・・・あたしらは、まだ神子を暗殺してない。なのにそう簡単に帰してくれるかい?」

「・・・やっぱり、無理かしら?」

「無理なんじゃないかい、やっぱり・・・」

揃って溜息を吐いて、疲れたようにがっくりと肩を落とす。

「なんなら、強行突破って言う手もあるけど・・・?」

涼しい顔でサラリと言い放つに、冷や汗を流しながらしいなは弱々しく首を横に振った。―――が言うのだから出来ないことは無いだろうが、それをすればテセアラに戻った後が厄介だ。

レネゲードとマーテル協会は繋がりがあるようだし、マーテル協会と繋がりがあるのなら王家とも勿論繋がっているのだろう。

強行突破し苦労してテセアラに戻った後、罪を問われて捕まるのは避けたい。

それに・・・としいなは少し表情を曇らせる。

帰りたいと思わないわけではない。―――ルインがどれほど居心地良くとも、自分の世界であり居場所はここには無いのだから。

けれど、まだ何も成してはいないのだ。

このままどの面下げて、テセアラに・・・そして里に戻れるというのか。

「あたしは・・・やっぱりまだ帰れない」

「でも、もう神子を狙うつもりは無いんでしょう?」

あっさりと返ってきた言葉に、しいなは苦笑した。

どうしてこんなにも的確に、己の心中を察してしまうのだろうか・・・この女性は。

の言う通り、神子の暗殺をしようという考えは、もうしいなの中にはなかった。

正面から戦いを挑み、そして敗北した。

暗殺者としての戦い方とは違っていたが、敗北した悔しさは勿論あったけれど神子たちに対する恨みや憎しみは無い。

自分は何度やっても、彼らには勝てないだろう。―――それは実力の差云々ではなく、しいなに神子たちを殺す事はきっと不可能だ。

「あたしの事より・・・あんたはどうするんだい?確かあのアホ神子の為に、あんたはあたしに付いてきたんだろう?」

話をすりかえるように、しいなはに声を掛けた。

神子には手を出すなと約束させた手前言い出し難くはあったけれど、の本当の目的はそれなのだ。

ゼロスに今以上の負担を掛けさせない為に、神子暗殺を望んだ。

「ま、確かにそうなんだけどね。なんかこっちに来てから色々あって、それどころじゃ無かったっていうか・・・」

ゼロスが聞いたらきっと怒るだろうねと苦笑しながら、は言う。

きっと俺様の存在を忘れるな〜とか、子供のように駄々を捏ねるのだろうと想像すると、勝手に笑みが込み上げてくる。

目的はあれど、ロイドにああ言った手前再び奇襲を掛けるわけにもいかない。

それに、それをする気もには無かった。

テセアラに帰ることを望みつつ、けれどその道を取る事も出来ずに。

だからと言って、神子一行を襲撃する気もさらさらなく。

まさに八方塞とはこの事だ。

お互い顔を見合わせて苦笑する。

「問題は、これからどうするのかって事よね」

「そうだねぇ・・・」

同じ言葉を口にしながら、それでもその声色は先ほどよりも明るくなっていて。

それに気付いた2人は、クスクスと小さく笑みを零す。

街を揺るがすほどの大爆発が街の入り口付近で起きたのは、ちょうどその時だった。

 

 

街に火が放たれる。

崩落する建物の音と、そこかしこから聞こえる男の怒鳴り声。

場所の特定が不可能な程多い靴音が街中に響き、人々の悲鳴が木霊する。

まるで地獄絵図のような光景に、としいなは強く唇を噛み締めた。

「一体!何だってんだい!!」

襲い掛かる男たちを退けながら、息も切れ切れの状態でしいなが悪態を付く。

同じく剣を振るっていたは、目の前の男を倒して傍にいた子供を自分の背後へと匿ってから辺りを見回した。

既にルインの街は、かつての面影も無い。

つい一時間前までは、あの穏やかな時が失われるなど思いもしなかったというのに。

地面に伏して動かなくなった男を、忌々しげに睨み付ける。―――その特徴的な装備に、見覚えがあった。

レネゲードとディザイアンが纏う鎧。

今回この街に攻め込んできたのがどちらなのかなど、装備を見ただけではには判別のしようも無いが、アスカード人間牧場が近い事から見てディザイアンの可能性の方が高いだろうと判断する。

原因は牧場から逃げ出してきたピエトロを匿った事だろうか?

それ以前にも牧場から逃げ出してきた人々を匿った事があるという話だから、おそらく今回は腹に据えかねたという事なのだろう。

スプレッド!!

力ある声に巨大な水柱が立ち、数人の男たちを飲み込んで消える。

しいながウンディーネと契約して以来、水系の魔術の威力が以前よりも上がっている事には気付いた。

「・・・きゃあ!―――くそっ!!」

短い悲鳴が聞こえ振り返ると、表情を歪めながら男を吹き飛ばしたしいなが目に映る。

「しいな!?」

「大丈夫さ。ちょっと・・・かすり傷を負っただけだから」

なんでもないと笑うしいなの表情には、けれど隠し切れない痛みが滲み出ている。

見れば腕や足のそこかしこに、大小さまざまな傷が確認できた。

何時までもこのままでは、遅かれ早かれやられてしまうだろう。

同じく広場にいた子供たちは何とか守りきれてはいるが、それもいつまで持つかは解らない。―――他の街人たちの安否は勿論気になるけれど、そろそろ戦線を離脱する事も考えなければ。

さもなくば、自分たちを含めて子供たちまで命を落とす事になるだろう。

だがそれを、しいなが納得するとも思えなかった。

一宿一飯の恩義・・・としいなは言っていただろうか。―――お世話になった街の人たちを見捨てて自分だけが逃げる事を、しいなは了承しないだろう。

その気持ちはとて同じで理解はできるが、だからと言って納得できるというわけでもない。

たった2人でこの場にいるディザイアンをすべて追っ払えるとは思えないし、時間が経てば立つほど状況が不利になるのは目に見えている。

けれど嫌がるしいなを無理やり引っ張り、そして戦う術を持たない子供たちを抱えて、尚且つディザイアンたちを退けながらこの場を撤退するのは、いくらといえども出来る筈も無い。

「切り裂け!エアスラスト!!

2人に気付き向かってくる男たちに魔術を解き放ち、視界を巡らせて逃走経路を確認する。

しいなが何を言おうと、これ以上は限界だった。

「おやおや、まだこんな所に残っていましたか」

不意に近くで声が聞こえ、は声のした方へと視線を向ける。

街の中心街から広場に向かって歩いてくる男の姿がある。―――格好は主なディザイアンと同じものではないけれど、雰囲気はそれを何倍にもしたように性質が悪い。

「・・・あんた」

子供たちを広場の奥にある街の入り口付近に避難させて、行く手を遮るように男の前に立ち塞がる。

遥か後方では、しいなも場の雰囲気が変わった事を察して札を構え直していた。

「貴方たちはこの街の者ではありませんね?格好からして・・・旅人ですか?」

どういう意図があるのか、必要以上に丁寧な言葉遣いで問うてくる男を無言で睨みつけて、は握り締めた剣の柄に力を込める。

「結構な腕前をしていますね」

読めない問い掛けに、訝しげに眉を寄せた。―――人間を家畜同然として扱っているディザイアンにしては、質問の内容がおかしすぎる。

「・・・なんなの、一体?」

「それは私の方がお聞きしたいですね。魔術を扱うという事は、貴方はハーフエルフなのでしょう?何故、愚かな劣悪種などを庇うのか・・・理解に苦しみます」

男から発せられた『ハーフエルフ』という単語に、は漸く男の意図が読めた。

ディザイアンはハーフエルフによって構成された組織。―――どれほど残虐であろうとも、同族に対しての微かな同情は持ち合わせているのだろう。

けれど、生憎はハーフエルフではない。

自分が魔術を使えるのは、テセアラでの最新の技術である魔術注入というのを受けたからだ。―――は以前そう言っていたと、記憶を失った後ゼロスに説明された。

けれどわざわざ、それを説明してやる気にはなれない。

利用できるものは、利用するのがの方針だ。

「私が何処で何をしようと、貴方に咎められる筋合いは無いと思うけど?」

「はっ!ずいぶんと大きく出たな、小娘が」

一笑する男に、も同じく笑みを浮かべる。

それは普段、しいなに向けているのとは比べ物にならないほど冷たいもの。

鋭さを秘めた目で睨みつけ、そうして微かに口角を上げる。

「言っておくけれど、立派なのは態度だけじゃないわよ?」

言いながら剣を構えて、その切っ先を男に向けた。

「手加減はしない。死にたいのなら、掛かってきなさい」

静かな声色で告げると、その気迫に押されてか・・・ディザイアンたちが一歩後ろに退く。

それを認めて、はさてこれからどうするかと表情には出さずに思案した。

男にああは言ったけれど、この人数を相手にする気は毛頭ない。

できるなら隙を見つけて逃げたいのだけれど・・・とこっそりと思ったその時、目に映した男の顔が驚きに歪んでいる事に気付いて小さく首を傾げる。

何をそんなに驚いているのだろうかと考える前に、男は口を開いていた。

「お前、まさか・・・そんな事は・・・」

ぶつぶつと呟く男を訝しげに見やって、は一歩後ろに下がる。

何かは解らないが、男が別の物に意識を取られているのは確かだ。―――チャンスは今しかない。

そう思い再び一歩退いたの耳に、微かな男の呟きが届いた。

「確か・・・ウィルガイアで・・・」

その言葉に、単語に、妙な聞き覚えがあるような気がして足を止める。

ウィルガイア。

何の総称なのか・・・人の名前か、それとも何かの名称なのか。

とても聞き覚えがある・・・―――とても自分に近い感じがする。

なんだったかと思考を巡らせた瞬間、ズキリと頭が痛み出した。

「・・・くっ」

咄嗟に左手で頭を抑えて痛みをやり過ごそうとするが、最近は以前よりも頻繁になった頭痛はそう簡単に治まってはくれない。

心音にあわせてズキリズキリと痛む頭に、意識が朦朧とする。―――目の前が霞むほどの激痛に、立っているのもやっとの状態で。

そんな時に、再び背後から悲鳴が聞こえた。

反射的に振り返ると、しいながディザイアンに囲まれて立ち尽くしている。

その腕の中には、逃げ遅れた子供の姿があった。

「しいなっ!!」

声を荒げて駆け出す。―――頭の痛さなど、その瞬間は忘れていた。

「きゃあ!!」

悲鳴を上げるしいなと子供を庇うように覆い被さると、次の瞬間背中に声にならない程の痛みが走った。

手放してしまいそうになる意識を何とか保ち、口の中で呪文を詠唱する。

そして力の限り叫ぶと同時に、魔術が解放された。

スパークウェブ!!

バリバリと轟音を立てて、取り囲む男たちを吹き飛ばす。

電撃に身体機能を麻痺させた男たちを認めて、はしいなの上から身を起こすと鋭い視線を宿したまま、驚きに見開かれたしいなの目を見据える。

「早く、逃げなさい」

「何言ってんだい!あんたを置いて行けるわけ無いだろ!?」

自分の背中を押す・・・一向に立ち上がろうとしないを振り返って、しいなは声を荒げた。―――しかしそれに負けないほどの大きな声で、も叫ぶ。

「いいから、行きなさい!その子供まで巻き添えにするつもりなの!?」

鬼気迫るの声に、しいなの腕に収まっていた子供が泣き声を上げた。

一瞬の事態に呆気に取られていたディザイアンたちが、我に返って2人の方へと駆け寄ってくるのが音で解る。

「私は大丈夫だから。1人でなら、逃げ切ってみせるから・・・。―――だから、その子をお願い」

ニコリと笑みさえ浮かべるに、しいなは強く唇を噛み締めると、小さく頷き腕に子供を抱えたままその場から逃走する。

その後ろ姿を見送って・・・は漸く安堵の息を吐き出し、そうして限界に近い身体の力を抜いた。

力無く地面に伏して、近づいてきた男の顔を認めて。

ああ、もう駄目かも・・・。

そうぼんやりと思いながら・・・けれど恐怖を感じる事無く、はギリギリのラインで保っていた意識を手放した。

 

 

「・・・どうしますか、クヴァル様?」

意識はないものの、まだ生きているを囲んで、ディザイアンの1人がクヴァルと呼ばれた男に問い掛ける。

クヴァルは暫し考え込んだ後、身を屈めの顔を覗き込んだ。

その口元に、何かを企むような笑みが浮かぶ。

「牧場へ連行しろ。この方は良い餌になる」

「はっ!!」

言われるままにぐったりとしたを抱えて去っていくディザイアンを尻目に、クヴァルはくつくつと笑った。

「まさか、こんな所でお目に掛かれるとは・・・」

かつて僅か数回程しか見た事の無い姿を思い出す。―――それも遠目に・・・近づく事さえ出来なかったその存在が、今己の手の内にあるのだ。

これが笑わずにいられるか。

「死と破壊の女神も、蓋を開ければこんなものですか・・・」

それでもつい先ほど向けられた眼差しの冷たさが、そう呼ばれるに相応しいとも思わせる。

どちらにせよ・・・と心の中で前置きをして。

は、自分の野望を果たす為の良い餌になるだろう。

五聖刃の長となるのも、そう遠い未来ではない。

そしてそれ以上を望めるだろう事に、クヴァルは隠す事無く声を上げて笑った。

未だ炎が燻る崩壊の街で。

人々の呻き声に重なるように、男の高笑いが響き渡る。

かつての希望は、絶望へと姿を変えて。

男の笑い声は、崩れ去った建物の音に掻き消されて消えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

クヴァルってどんな奴だったっけ?(オイ)

五聖刃一残虐で、口調は丁寧っぽかったことぐらいしか思い出せません(最悪)

そしてヒロイン拉致拘束。

これは決して、アスカード人間牧場攻略を書くのが面倒だからではありません。

ええ、決して!(笑)

作成日 2004.10.28

更新日 2008.3.9

 

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