重い身体を引きずるように、しいなはルインへと戻ってきた。

いや、もうそこはルインではない。―――かつて、ルインと呼ばれていた街だ。

つい昨日までは疑いを抱く事もなかった平和な風景は、見る影も無い。

瓦礫と化した建物と、今だ燻り続ける炎。

そしてそこかしこに横たわる、もう動く事など無い人の抜け殻。

「・・・なんで」

噴水前の広場には、の姿はなかった。

それを残念に思う気持ちと、安堵する気持ちを抱く。

ここにいないという事は、おそらくディザイアンに連れ去られたのだろう。―――けれどそれは確実に生きているという事だ。

不意に力が抜けて、その場に膝を付く。

身体的にも精神的にも疲れ果てて、しいなは崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。

がディザイアンに囚われたのなら、助けに行かなくてはいけない。―――今度こそは、自分が彼女を助けなければ。

そうは思っても、酷使され続け疲労した身体は言う事を聞いてはくれない。

絶望の中、目を閉じたしいなの耳に、誰かの足音が聞こえた。

 

新たにまれたモノ

 

「なんだよ・・・これ」

街に一歩踏み込んだロイドは、広がる光景に絶句した。

ついこの間訪れた時はあれほど穏やかな空気を漂わせていたというのに、今のルインは死の匂いが濃く渦巻く・・・まるで地獄のようだった。

「何があったのかしら?」

訝しげに辺りを見回すリフィルに、怯えた様子のジーニアスとコレットがお互い顔を見合わせる。

「ともかく、生存者がいるかもしれないわ。街の中を見て回りましょう」

リフィルはそう促して、かつてのルインの地形を思い出し足を進めた。

無駄かもしれないけれど・・・と心の中だけで呟きながら、それでも何かを祈るように慎重に辺りを見回す。

「あ、あいつ!!」

不意にロイドが声を上げた。―――指差す方向へ視線を向けると、半壊した噴水の前に力無く横たわる少女の姿がある。

「・・・彼女は」

「お前!どうしたんだ!?傷だらけじゃねぇか!!」

ロイドがしいなの状態に思わず声を上げた。

その声に意識を取り戻したのか、しいなは緩慢な動作でゆっくりと身を起こすと、力無く地面に座り込んで呆然と立ち尽くすロイドを見上げ自嘲する。

「・・・あんた達か。今ならあたしに止めをさせるよ。今のあたしには戦う力なんて残ってないからね」

搾り出すように言って、痛みの為か表情を歪める。

傍目に見てもはっきりと解るほど、しいなの傷は酷いものだった。

「酷い怪我!先生、手当てしてあげて!!」

縋るようなコレットに、しかしリフィルは冷静にしいなを見据える。

「・・・そうね。でも、その前に何があったのか説明して欲しいわね。もう1人の仲間の姿も見当たらないし・・・これが私たちを油断させる罠じゃないとは、言い切れなくてよ」

「先生!!」

冷たく言い放つリフィルに、ロイドが声を荒げる。―――しかししいなは向けられる冷たい声色を前に小さく笑みを浮かべた。

「はっ!陰険な女だね」

「陰険で結構」

しいなの毒を含んだ言葉にも、リフィルは動じる事無くあっさりと流す。

それに再び笑みを浮かべたしいなは、その直後真剣な表情を浮かべて重い身体を引きずるように立ち上がった。

「この街を見てみなよ。何もかもメチャクチャだ。・・・・・・攻め込まれたんだよ、ディザイアンにね」

「何っ!?」

「ここから北東に、人間牧場がある。ルインの人たちは、そこから逃げ出した奴らを匿ってたんだよ。それがバレて生きてる奴は全員強制的に牧場送り。その上街は破壊されちまったって訳さ」

そう言い自嘲して、顔を背ける。

表情には悔しさが滲んでおり、強く握り締めた拳は微かに震えていた。

「じゃあ・・・貴女の怪我は?」

「なんでもないよ。ちょっとドジっただけさ」

ぶっきらぼうに言い捨てるしいなに、けれどその傷が『ちょっとドジっただけ』で負うような傷ではないことは一目瞭然だった。

「もしかして・・・貴女、この街を守る為に?」

「そんなんじゃないよ!あたしは・・・」

そう言い言葉を濁すけれど、続かない言葉がコレットの言葉が真実だと証明している。

「じゃあ、ディザイアンと戦ったのかよ!!」

畳み掛けるように続けられた言葉に、しいなは拒否の言葉が思い浮かばず、「ああ、そうだよ・・・」と小さな声で肯定した。

やっぱりとコレットが笑顔を浮かべたその時、既に自分たち以外の気配を感じない街の中から男の悲鳴が聞こえ、その直後広場に中年の男が逃げ込んでくる。

なんだと声を上げる前に、その男を追うように巨大な影が広場に飛び込んできた。

「あれはクララさんだわ!こんな所まで逃げてきてたのね」

パルマコスタで目撃した、エクスフィアによって化け物と呼ばれるような身体にされてしまい、閉じ込められていた牢屋から逃げ出したドア総督の妻・クララが、遠く離れたこの地にまで逃れてきていた事に、リフィルは驚きの声を上げる。

「やめろ、この化け物!!」

その光景を見たしいなは、もう既に動く事さえ辛かった筈の身体に鞭打って、札を構えてクララに襲い掛かった。

けれど何時もよりも動きが鈍いしいなは、向けられたクララの攻撃を避けきる事が出来ず、悲鳴と共に地面に叩きつけられる。

「お願い!やめて、クララさん!!」

コレットが声を荒げて叫ぶ。―――それに合わせてロイドが前に立ちはだかると、クララは奇声を発して何処かへと逃走していった。

去ったクララの姿が見えなくなりホッと息をついたのも束の間、今まで終始無言を守ってきたクラトスがポツリと呟きを漏らす。

「この娘・・・出血が酷いな」

その呟きに、ロイドは慌ててしいなに駆け寄った。

近くで見ると、その傷の深さがどれだけ酷いものなのかがより一層はっきりと解る。

「先生!こいつの手当てをしてやってくれよ!!」

「先生、お願いします!!」

ロイドとコレット2人から懇願され、リフィルはしいなに視線を向けた。

いくら自分たちを狙っていた敵とはいえ、命がけで街を守ろうとした人間を見捨てられるほど、リフィルは冷徹ではない。

「解りました。本当・・・ロイドもコレットもお人好しなんだから・・・」

諦めたように溜息をついて、リフィルはしいなの傍に屈み込んだ。

 

 

ぼそぼそと微かに届いた声に、しいなは微かに目を開けた。

ぼんやりとした視界は、数回瞬きを繰り返すと段々はっきりとしてくる。

一体何があったんだっけ・・・?と未だしっかりとは動かない頭で考えて・・・―――暫し後にすべてを思い出したしいなは、深く溜息を吐き出した。

そんなしいなに気付いたコレットが、嬉しそうな笑顔を浮かべてしいなの顔を覗き込む。

「あ、目が覚めたんだね!大丈夫?どこか痛いところない?」

矢継ぎ早に掛けられる問いに、しいなはゆっくりと身を起こすと自分の身体を見た。

あれほど酷かった怪我は、何処にも見当たらない。

体中を苛んでいた痛みも、今はもう感じなかった。

それがどういう意味なのかは考えるまでもなく、しいなはバツが悪そうに視線を逸らしてぶっきらぼうな口調で問い掛ける。

「何で、あたしを助けたんだい?」

「何でって言われても・・・、あのまま放っては置けないし・・・」

困惑したように言葉を濁すコレットを見て、しいなは視線を地面に移す。

「・・・・・・ありがとう。この借りは・・・必ず返すから」

照れくさそうに返って来た不器用な礼の言葉に、コレットは嬉しそうに笑顔を返した。

そんな一件和やかな雰囲気が漂うその場に、リフィルが冷静な声で口を挟む。

「ちょっと良いかしら?」

「・・・なんだい?」

コレットを相手にしていた時と比べて少しの警戒心を抱くしいなを見やり、リフィルは溜息混じりに言葉を続けた。

「貴女はこれからどうするつもりなのかしら?まだ私たちの命を狙っているのでしょう?ここで私たちと一戦を交えるつもり?」

「あたしは・・・」

リフィルの言葉に、しいなは言葉を濁して再び俯いた。

その歯切れの悪さに、リフィルは思わず眉を寄せる。

場に重苦しい沈黙が漂い、誰も何を言って良いのか解らず口を噤んだ頃・・・―――その沈黙を破ったのは、普段からあまり無駄口を叩く事のないクラトスだった。

「・・・聞いても良いだろうか?」

「・・・・・・なんだい?」

予想外の人物に声を掛けられ、しいなは怯んだように返事を返す。

そんなしいなの様子など気にした素振りを見せず、クラトスは単刀直入に話を切り出した。

は・・・お前と共にいたあの娘は、どうした?今何処にいる?」

その問いに、目に見えて動揺したしいなはハッと息を飲み込む。

は・・・」

戸惑ったように視線を巡らせ、落ち着かないのか両手を忙しなく組んで。

深く息を吐き出すと、意を決したようにクラトスを見据えて言った。

は・・・ディザイアンに連れて行かれた。多分・・・だけど」

「あれほどの強さを持つ者がか?」

「・・・はあたしを庇って・・・やつらに大怪我を負わされたんだ。だから・・・」

クラトスの間を置かない問い掛けに、しいなは辛そうに表情を歪める。

どうしてこんなに戸惑っているのか・・・と疑問を抱いていたクラトスは、漸くその原因を察する事が出来た。―――己に対して罪悪感を抱いているのだろう。

そしてクラトスもまた、しいなから告げられた言葉に衝撃を隠せなかった。

彼にとっても因縁のある、ここルインで。

憎んでも憎みきれないほどの感情を向ける相手の手の内に、今再び大切な人が落ちた。

ゾッと背筋に冷たいモノが走る。

もし・・・もしも、また失ってしまったら?

もう二度と失いたくないと思っているのに・・・―――そう思っているからこそ、敢えて距離を置いていたというのに。

強く拳を握り締めて、既に薄暗くなり始めた空を仰ぐ。

に限って、まさかクヴァルにやられるなどという事はないとは思うけれど。

それでも不安は消えることはない。

もし失ってしまったら・・・自分は今度こそ、立ち直れないだろう。

自らの思考に没頭していたクラトスは、突然しいなが立ち上がった音に我に返った。

「何処へ行くつもりだ?」

咄嗟にそう問い掛けると、しいなは強い眼差しをクラトスに向けてキッパリと言う。

「決まってるだろう?を助けに行くのさ」

迷いなく発せられた言葉に、言う言葉が見つからない。

目の前の少女は知っているのだ。―――大切なモノを守る為に、何をするべきか。

それなのに、自分は一体何をしているのだろう。

立ち止まり、ただ不安を抱くだけで・・・行動を起そうともしない。

今にも飛び出して行きそうなしいなを止めたのは、奇跡的といえるほど静かに話を聞いていたロイドだった。

しいなと同じく立ち上がり、その目に強い光を湛えてしいなの腕をきつく握る。

「待てよ。行くなら、俺たちと一緒に行こう」

「ロイド?貴方一体何を・・・」

咄嗟に反論を口にしたリフィルに、しかしロイドは逆に強い声色で問い返した。

「なら先生は、このままルインの人たちを見捨てるって言うのか!?俺はそんなの嫌だ。苦しんでる人たちが目の前にいるのに、見過ごすなんて出来ない!!」

「それは・・・。貴方の気持ちも解るけれど、私たちは今再生の旅の途中なのよ。寄り道ばかりしていては、何時まで経っても世界再生など実現しない」

リフィルの口から出た正論に、ロイドが一瞬怯んだ。

けれどそれにコレットが口を挟む。―――この旅で、最大の発言力を誇る神子が。

ロイドの意見に賛成を示すコレットに、勿論リフィルは良い顔をしなかったけれど。

それでも気持ちはロイドが抱くものと変わりなく、暫くの説得の末に漸く仕方ないわねと溜息混じりに承諾した。

歓声を上げる3人の子供たちをリフィルは眺めて、その目をクラトスに移す。

「クラトス、貴方はそれで構わないの?」

「ああ、異論はない」

いつもならば誰よりもしつこく説教をするクラトスの意外な答えに、リフィルは訝しげに眉を顰めたけれど、ただ納得したように1つ頷き再び視線をロイド達に戻した。

「な、俺たちと一緒に行こう。1人よりも大勢いた方が絶対良いって!!」

満面の笑顔でそう言うロイドに、しいなは驚きの表情を浮かべていたけれど、すぐにそれを苦笑に変えてしっかりと頷き返す。

「・・・・・・解った。じゃあ一時休戦だ」

お互い手を差し出して、堅く手を握り合う。

その様を見詰めながら、クラトスは北の方角へ視線を向けた。

ここからは見えないその先に、アスカード人間牧場はある。

そこに囚われているだろうが、今どんな状態にあるのかは解らないけれど。

「・・・今度こそ」

今度こそ、守って見せると。

同じ過ちは二度と繰り返さないと、クラトスは心に堅く誓った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか最後の方、無理やり終わらせた感が・・・。

最初はもっと色々考えてたんですけどね・・・なんか書けば書くほど話が繋がらなくて、結局全部削除しちゃいました。(削除したのは全部クラトス関係です←最悪)

今回、ヒロイン一回も出て来てないし(笑)

作成日 2004.10.29

更新日 2008.3.25

 

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