広く何処までも続く大地に、5人の人がいた。

青年が2人、少年が1人、そして同じ年頃だと思われる女性が2人。

その女性の内の1人であるは、少年に手を握られ穏やかな笑みを浮かべて続く街道を歩いている。

全員が、笑顔を浮かべていた。

本当に楽しそうに・・・、本当に幸せそうに・・・。

なにやら談笑しながら前を歩く2人の青年たちの後ろで、少年を挟むようにもう片方の手を握っている女性が、に向かい微笑んだ。

サラリとした緑色の綺麗な髪が、風に吹かれてフワリと舞う。

『                 』

にっこりと笑ったその笑顔が、酷く愛しかった。

 

囚われ人の見る

 

騒がしい物音に、は薄っすらと目を開けた。

ボンヤリとする視界をはっきりとさせる為に目を擦ろうとするけれど、何故か手が動かない。―――ガシャリと金属音が響いて何事かとそちらを見ると、己の手が鎖で繋がれている様が目に映った。

確認の為にもう片方の手も見てみるが、勿論そちらも鎖で繋がれている。

壁に直接取り付けられたその鎖は身体すべてを支える事など不可能で、は吊るされたような格好で床に膝を付いていた。

まぁ、そのまま吊るされているよりは、膝だけでも床に付いているほうが何倍も身体には負担が掛からないので、この際不幸中の幸いだと思うべきだろうか。

しかし無理な体勢だという事には変わりなく、何時から吊るされているのかは解らないが腕や肩が軋むように痛い。

よくもこんな体勢で呑気に気を失っていられたものだと、思わず自分の神経の図太さに感心した。

大きく溜息を吐き出すと、ズキリと頭が痛み出す。

最近では頻繁に襲われる頭痛だが、ある程度の時間が経てば自然と治まってくる筈なのだけれど、今回の頭痛は一向に治まりそうもない。

その上、背中が引き裂かれそうなほど痛かった。―――その原因を思い出し、今感じている頭痛は何時もの原因と必ずしも同じではないかもしれないと思う。

つまり、背中の傷が熱を生んだ末の頭痛なのではないかと。

「・・・ああ、最悪」

頭も背中も痛い上に、吊るされた腕や肩までも痛い。

おまけに自分が置かれているだろう状況もよく解らず、考えようとすればするほど更に頭痛は増していく。

そのせいか気持ちが悪くて、今にも夢の世界に旅立てそうだ。

そういえば・・・と、はその時漸く辺りを見回した。

自分の意識が現実に引き戻されたのは、何か騒がしさを感じたからだ。―――その原因はなんなのだろうと辺りを見回すけれど、その広い部屋には生憎誰の姿もない。

こんな事なら気を失ってた方がましだったとは毒づく。―――そうすればせめてこの痛みは実感せずに済んだのにと。

そう思った直後、軽快な音を立てて自動ドアが開いた。

重い頭を緩慢な動作で上げると、部屋の中に入ってきた人物の姿が目に映る。

その人物を、は知っていた。

いや、知っていたというよりは見たことがあるというべきか。

部屋の中に入ってきた男は、壁に貼り付けにされているの存在には気付いていないようで、そのまま部屋の奥に置かれてある巨大なコンピューターの前に足早に歩み寄った。―――つまりは、のすぐ傍に。

「こんにちは、ボータさん」

声を掛けるとボータはビクリと身体を跳ねさせ、勢い良くの方へ顔を向けた。

その驚きの表情に、は思わず苦笑する。

これほど近くにいながらも、の存在に気付いていなかったのだろう。―――気付いて無視していたなら、文句の1つでも言いたいところだが。

「あ、貴女は!何故こんな所に・・・!?」

「それは私の方が聞きたいけどね」

自分に向けられる丁寧な言葉遣いを訝しく思いながらも、は敢えてそれを無視して小さく首を傾げ問う。

「どうして貴方がここにいるの?―――っていうか、ここは何処なのかしら?貴方がいるって事はレネゲード本部?」

「あ、いや・・・」

「そんなわけないわよね。私はルインにいた筈なんだから。まぁアスカード人間牧場って言うのが一番妥当なところだけど、じゃあどうして人間牧場に貴方がいるのかしら?ディザイアンとレネゲードって服装がとても似ているけれど、もしかして同じ組織だったり?」

相手に口を挟ませないよう早口で言い放って、無邪気を装い首を傾げたままボータを見上げる。―――思わず同情してしまいそうなほど動揺しているボータを眺めて、は視線だけでコンピューターを指す。

「どうでも良いけど、何か用事があるんでしょう?手、動かしたら?」

「あ・・・ああ、そうだ。奴らが戻ってくる前に・・・」

「ふ〜ん・・・貴方ここに忍び込んできてるんだ。一体何の目的で?」

の的確な突っ込みに、ボータの動きがピタリと止まる。

恐る恐る様子を窺うボータに、はにっこりと笑って言い放った。

「手、止まってる」

「あ、ああ・・・」

言われるままに手を動かし、注がれる視線を気にしつつも目的の作業を終えて、漸くボータはが鎖に繋がれていることに気付いた。

「貴女は一体何をしておいでか?」

「見て解らない?鎖で繋がれて拘束されてるんだけど」

「いや、それは見れば・・・。どうして拘束されているのかをお聞きしているのですが」

「そんなの、私を拘束した人に直接聞いてよ」

投げやりに言葉を告げて、は身体の力を抜く。

さっきまでべらべらと喋ってはいたけれど、身体が辛くなかった訳ではない。―――無駄口を叩いていれば気が紛れるかと思ったのだけれど、生憎とその思惑は外れたようだ。

はぁ、と大きく溜息を吐いて、それと一緒に痛みもなくなってくれないかと思うけれど、勿論そんな事あるわけもなく、溜息をつくごとに身体の重さは増していく気がした。

けれど溜息は際限なく口から漏れ、その度に刺すような頭の痛みを感じて、もう何もかもが嫌になってくる。

半ば自暴自棄になっていたの頭上で不意に煩く鎖の鳴る音が聞こえ、何事かと閉じていた目を開くと目の前は暗く、何かが視界を覆っていた。

そのまま目を上に上げると、の頭上でボータが壁に埋め込まれた鎖を引き抜こうとしている姿が映る。

「・・・何してるの?」

「見て解りませぬか?鎖を抜こうとしているのです。生憎と鍵もなければ制御装置の解除法も解らないもので」

口を動かしつつも、手は休めない。―――先ほどはあれだけ手が止まっていると注意を促していたというのに。

「そんな事より、忍び込んできたなら早く逃げなさいよ。誰か戻ってきたらどうする気?」

「ですが、貴女を放ってなど行けません」

「・・・・・・どうして?」

「ユアン様に咎めを受けてしまいますから」

当然だと言わんばかりにサラリと告げられた言葉は、にとっては嬉しいのかどうかさえも解らなかった。

自分はあれほど拒絶したというのに、それでもそんな自分を放って行けば咎められてしまうとボータが即答するほどに、ユアンは自分を心配してくれているのかと。

思い出せば、すべてを失ってしまうとは思っていた。

だけどそれは違うのかもしれない。

もしかしたら、そこでまた何か得る物があるのかも。

「ねぇ、聞いても良いかしら?」

未だガチャガチャと鎖を引っ張るボータに、は床を見詰めたまま声を掛けた。

なんですか?と返って来た声に、は微かに笑みを浮かべる。

「貴方も、私を知っているの?」

自分でも不思議に思えるほど冷静に聞けた事に、は自分自身驚いた。―――以前ユアンやクラトスにそれを問うた時は、冷静を装っていても内心は顔ほど冷静ではなかったように思う。

返ってこない返事に、はゆっくりと顔を上げた。

見上げた先にあるボータの顔には、戸惑ったような色合いが浮かんでいる。

「・・・・・・存じております」

遠慮がちに返ってきた言葉には苦笑して、そうして力無く頭を垂れた。

「私の事は良いから、貴方はもう行って。それだけやって抜けないんだから、どう頑張ったって鎖は取れない。それ以上に、今は逃げる気力もないし・・・」

「貴女を抱えて行くぐらい、どうとでもなりますぞ?」

「あんまり人に借りは作りたくないのよ。その内、機を見て何とか脱出するわ」

だから行ってとが促すと、ボータは躊躇いがちに鎖から手を離した。

その時遠くからバタバタと騒がしい足音が響き、慌てたようにボータがそちらに顔を向ける。―――同じく自動ドアの方へ視線を向けたは、ボータを見て呟く。

「ユアンに伝えてくれる?もし、またどこかで会う事があったなら。今度は少しお話でもしましょうと」

の突然の申し出に、ボータは驚いたようにを見る。

「突然、どんな心境の変化ですか?」

「気が、変わっただけ。―――ほら、もう行った方が良い。無事に逃げて、ちゃんと伝言伝えてよ」

気力を振り絞って笑顔を浮かべると、ボータはしっかりと頷きドアへと勢い良く駆け出した。

入って来た時と同じようにドアは軽快な音を立てて閉まり、暫くするとボータの騒がしい足音も聞こえなくなる。

静まり返った室内で、は脳裏に焼きついたある光景を思い浮かべる。

5人の人と、一匹の動物が、広い広い大地を旅する光景。

とても幸せそうなその笑顔の中に、自分がいた。

ユアンも、クラトスも。―――どういう知り合いなのかは解らないけれど、その光景を知っているという事は、やはり知り合いという事なのだろうとは思う。

ふと、考える。

自分の手を握っていた金髪の少年は、一体誰だろう?

そして・・・あの緑の髪の綺麗な女性は?―――思い出すだけで、切ないほどの苦しさに襲われるこの感情の名前は?

『                 』

あの女性は、あの時一体なんと言ったのだろう。

絶え間なく襲い来る頭痛の中、けれど穏やかな幸せに包まれながら、は再び意識を手放した。

 

 

清々しいほどの開放感に包まれながら、は広い大地を歩く。

前を行く2人の青年の背中を見て、ふと込み上げてきた幸せに顔を綻ばせた。

「何笑ってるの?何か嬉しい事でもあった?」

それに気付いた金髪の少年の問い掛けにも、はやんわりと微笑む事で答える。

幸せだった。

自分たちを取り巻く環境は、決して良いとはいえないものばかりだったけれど。

それでもこうして心通わせあえる仲間に出会えた事が、奇跡のようだと思えるから。

この仲間たちさえいれば、どんなことにでも立ち向かっていけるような気がするから。

フワリと柔らかい風が通り抜け、の長い黒髪を弄び空へと帰っていく。

同じく緑の髪をなびかせた綺麗な女性が、の顔を覗き込んで笑った。

「この幸せが、ずっと続けばいいのにね」

掛けられた言葉に満面の笑みで応えて、は抜けるような青空を仰ぎ見た。

この幸せが失われることなんて、きっと在りはしない。

みんながいれば・・・―――ただそれだけで、十分なのだから。

この幸せが無残にも消え去ってしまう事など、この時のは知らなかった。

未来に何が待っているのか、そんな事など知りようもないのだけれど。

 

 

「・・・マーテル」

意識のないの目から、涙が一滴静かに零れ落ちた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんかちょっと切ない感じを目指したのですが・・・。

一応ロイド達が第一回目の潜入をした辺り。

無駄にボータが出張ってますが、彼の口調がよく解りません。

そして自分のことをなんて呼んでいるのかも解らないので、それとなく避けてみたり。

切ない系を目指しても、出てるのがボータとマーテルな辺りが・・・(汗)

作成日 2004.10.29

更新日 2008.4.8

 

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