怒鳴り声が部屋の中に響き、突然の騒音には堅く閉じていた目を薄く開いた。

やはりぼやけた視界に数回瞬きを繰り返し、ゆっくりと垂れていた頭を上げて声がした方へと顔を向ける。

視線の先には、苛立ちを隠せない様子のクヴァルが、落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。

未だに治まらない頭痛に眉を顰め微かに身を動かすと、繋がれたままの鎖が小さな音を立てる。―――それを聞きつけたクヴァルはの意識が戻っている事に気付き、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべての傍へと歩み寄ってきた。

「おや、漸くお目覚めですか?」

口調こそは丁寧なものの、その声色は酷く冷たい響きを持っている。

は一瞬不快そうに表情を歪めて、そうしてにっこりと微笑んだ。

「ええ、貴方の怒鳴り声のお陰で」

寝起き一番に見た顔は、の気分を最低にまで落とすのには十分だった。

 

懐かしきが聴こえた、その日

 

管制室についたロイド達は、宙に浮かんだホログラフを見上げてこれからの事を話し合っていた。

アスカード人間牧場の主であるクヴァルの元へ辿り着くには、ガードシステムを破らなければいけない。

しかしシステム解除のスイッチがあるのはクヴァルがいると思われる部屋とは正反対に位置しており、また牧場に囚われたルインの人々の救出も急ぐ必要がある。

それぞれ回っていたのではどれだけ時間が掛かるかも解らず、そんな事をしている内にディザイアンに見つかり大混乱になるのは目に見えていた。

既に一度目は失敗しており、今回は二度目の侵入。―――もし今回失敗すれば、三度目はおそらくないだろう。

それ以前に、人間牧場がエクスフィア開発の場である事を知った今、囚われている人々の身が心配だ。

しいなはホログラフを見上げて、強く唇を噛む。

自分の不甲斐なさの為に、囚われてしまった。―――彼女が今どんな状況に陥っているのか想像するだけで、居ても立ってもいられないほど。

「どうでもいいから、さっさと決めちまってくれよ。こうしてる間にもは・・・」

拳を握り締めて苦しげな声で訴えるしいなを見て、リフィルは微かに溜息を吐いた。

「そうね。何時までもここで考えていても仕方ないわ。何時ディザイアンがここに来るとも限らないのだし・・・」

「そうは言っても・・・どうするのさ、姉さん」

「解除班と侵入班に分けましょう。解除班はシステム解除と、囚われている人の救出。侵入班は先に進み、クヴァルを討つ」

二組に分けるのに戸惑いを見せたロイドだが、時間がない今それしかないとクラトスに説得され、それがあまりにも正論だった為に素直に納得した。

問題はどう分けるのかだけれど・・・と、リフィルは面々を見回す。

その視線をピタリとコレットに定めて、にっこりと笑顔を浮かべた。

「コレット、貴女が決めて頂戴」

「え!?私が?」

「ええ、お願いするわ」

戸惑うコレットに、リフィルはしっかりと念押しをする。

この旅で一番の決定権を持つのはコレットだ。―――彼女が決めたのならば、誰も文句は言わないだろうという思惑を秘めての発言だったのだけれど、直後悩むコレットから飛び出た言葉に、リフィルは己の判断を後悔した。

「え〜っと・・・それじゃあ、ジャンケンで決めましょう!」

「「「「「・・・・・・は!?」」」」」

「やっぱり公平にジャンケンが一番だよね!」

ニコニコと無邪気に笑うコレットに、一同は揃って頭を抱えた。―――と思われたのだけれど、その中の1人が同じく無邪気な笑顔で賛成を示す。

「そうだよな!やっぱりジャンケンが一番平等だよな!!」

「ロイドもそう思うよね、やっぱり!!」

こいつらを何とかしてくれ。

笑顔を浮かべながら同意する2人を遠い目で眺めつつ、そんな事を思う。

勝手に盛り上がるロイドとコレットを横目に、リフィル・クラトス・しいな・ジーニアスはお互い顔を見合わせて1つ頷いた。

「やっぱりロイドは侵入班に加わってもらった方が良いわね」

「私もロイドに同行させてくれ」

「あたしは解除班の方に行かせてくれないかい?多分もそっちの方にいると思うからさ」

「じゃあ、僕はロイドと一緒に行くよ」

「そうね。戦闘になることを想定すると、攻撃魔術が使える貴方が行った方が良いわ」

「神子を危険な場所に引きずり込むのは、本位ではないからな」

てきぱきと割り振りを決めて、クラトスはロイドの首根っこを掴むと強引に引っ張る。

突然の扱いに抗議の声を上げるロイドを無視して、クラトスはリフィルと二言三言言葉を交わしてから急ぎ踵を返した。

「ええ!?ジャンケンは〜?」と叫ぶコレットの声を背中に、侵入班の面々は管制室を後にする。

「さて、では私たちも行きましょうか」

「なんか緊迫感が台無しになっちまった気が・・・」

疲れ果てたというように溜息を零すしいなを連れて、リフィルは未だ現状を把握できていないコレットと共に管制室を出た。

侵入した時と比べて幾分肩の力が抜け、冷静さを取り戻したしいなを横目に見ながら、この出来事もしいなにとっては良かったのではないかとリフィルは思う。

それを無意識でやってしまったコレットに、案外大物なのかもしれないという感想を抱いた。

これ以降もう二度と、リフィルがコレットに重要な決断を任せる事はなかったが。

 

 

ゆっくりとした足取りで、クヴァルはの元へと歩み寄る。

その目に嘲りと打算を浮かべて・・・―――見下ろされたは、不快感を露わにクヴァルを下から睨み上げた。

「背中の傷の具合はいかがですか?あまりに酷い状態でしたので、こちらで治療を施させていただきましたが・・・」

クヴァルの言葉に、は意識を背中へと向ける。

一度意識を取り戻した際に感じた痛みは、そこにはなかった。

相変わらずの頭痛と、拘束されている故の身体の痛みは健在だったが、それでも幾分か身体は楽になったように思える。

「お陰様で痛みは感じないわ。ずいぶんと親切なのね・・・。親切ついでにこれも外してくれると有り難いのだけど」

『これ』と言って視線を鎖に向ける。―――するとクヴァルはさも可笑しそうに笑った。

「それは無理な相談だ。外せば貴女は逃げ出してしまうでしょう?」

大げさな動作で嘆いてみせるクヴァルに、は冗談交じりに肩を竦める。

そのの動作にクヴァルはくつくつと喉の奥で笑い、の傍に置いた椅子に座ると悠然と足を組んだ。

先ほどと比べて大分機嫌も回復したようで、その顔に浮かぶ表情に怒りの色はない。

自ら機嫌を治してあげたようでにとっては不本意極まりなかったけれど、これから話を聞くのならば相手の機嫌が良いに越した事はない。―――この様子ならば、大抵の事ならばべらべら喋ってくれるだろうと予想して、は頭痛で歪みそうになる表情を何とか笑顔で固定し、クヴァルに視線を向けた。

「色々と聞きたい事があるのだけれど・・・、質問しても構わないかしら?」

「ええ、どうぞ。答えられるものならば、答えて差し上げましょう」

恩着せがましい言い方と、は内心毒づく。

「他の収容者たちが見当たらないけれど、ここにはいないの?」

部屋の中を見回しながら、わざとらしく小さく首を傾げて問う。

動けない身である以上、無駄に相手の神経を逆なでしたくはない。―――ここで果ててしまう気は、には毛頭なかった。

「ここは収容所ではなく、私の私室ですからね。私と貴女以外、この部屋には誰もいませんよ」

その言葉と口調と送られる視線に、は背筋に悪寒が走ったのを感じた。

何かを企むような目。―――何を企んでいるのかまでは解らないが、どちらにしろ自分にとっては良い事ではないだろう事だけは解る。

「じゃあ、どうして私は貴方の私室で拘束されているの?私だけがここにいる理由は、一体なんなのかしら?」

「貴女が私の私室で拘束されているのは、私の貴女に対する配慮ですよ。他の劣悪種と共に狭い部屋に閉じ込められるなど、我慢ならないでしょうからね」

あんたと一緒にいる方が我慢ならないわよ、とは勿論口には出さない。

冷えていく心の中とは裏腹に、表情には綺麗な笑みが浮かんだ。

よくここまで平気を装えるものだと、は自分自身で感心する。

「では、質問を変えるわ。どうして貴方は私を特別視するの?私に配慮を示す、その意図は何?」

静かな口調で問い掛けると、クヴァルは僅かに口角を上げて、椅子から立ち上がりの顔を覗き込むように屈み込む。

顎を掴まれ視線を合わせると、囁くような微かな声で言った。

「貴女は、餌なのですよ。それも最上のね」

「・・・・・・餌?」

何に対しての?・・・と目だけで問い掛けると、クヴァルは意地悪く笑む。

「私が五聖刃の長に君臨する為の、貴女は餌だ。かつて逃したあの子供のエクスフィアと共に貴女を差し出せば、私の将来は約束されたも同然」

さも楽しそうに笑うクヴァルを、は眉根を寄せて睨み付けた。

この男もまた、自分の事を知っている。

そしてどうやら、自分には何かの価値があるようだ。―――勿論それは、好ましいものとは思えなかったが。

そんなの様子をどういう風に捉えたのか・・・クヴァルは勝ち誇ったような表情で、更に言葉を続けた。

「貴女がどういう思惑でウィルガイアから姿を消したのかは解りませんが・・・ユグドラシル様は今も貴女を探しておられますよ」

その言葉に、の心臓が大きく跳ねる。

その意味も、その名前も勿論には覚えがないけれど・・・―――それでも訳も解らず鼓動は早鐘を打ち続けた。

「・・・ユグドラ・・・シル?」

が朦朧とする意識でその名を呟いたのと同時に、部屋の中に耳障りな音が響く。

それを聞きつけクヴァルが音の発信源へ視線を向けると、透けた女の姿がある機械の上に浮かび上がっていた。

女性の肉体を強調した際どい衣装に身を包んだその女は、クヴァルと・・・そして拘束されているを目に映すと、驚きの表情を浮かべる。

「・・・何故、様が?」

「おや、プロネーマ。私に何か御用ですか?」

浮かべた笑みを更に深くして、クヴァルはプロネーマと呼ばれた女に声を掛けた。

「何故様がここにいる?この方は現在行方不明に・・・」

「ですから、それを私が見つけたのですよ。エクスフィアと共にこの方をユグドラシル様に献上しようと思いましてね。きっと、お喜びになることでしょう」

ニヤリと笑みを浮かべたクヴァルを、プロネーマは忌々しげに睨み付ける。

そして同じようにを睨みつけて・・・―――向けられるその目に深い憎悪が宿っている事に気付いて、は目を逸らして溜息を零した。

あの女も自分を知っているようだとぼんやり思いながら、未だに注がれる友好的とは決していえない視線を感じつつ身体の力を抜く。

頭が、痛い。

意識を取り戻してから、頭痛は酷くなるばかりだ。

その原因もには解っていた。―――失った記憶が、再び戻ろうと足掻いているのだろう。

思い出したくないという気持ちと、思い出させようとする周りの環境。

それがせめぎ合い、頭の中で小さな闘争が行われているのだと。

クヴァルとプロネーマが何事かを言い争っているが、その内容まではの頭の中には届かない。―――聞く気も、なかった。

まるで何かで頭を強く殴られたかのような痛みが、容赦なく襲ってくる。

不快な耳鳴りまでし始め、冷や汗が米神を流れ落ちた。

割れるような痛みに頭を抱えたかったけれど、生憎と両手が拘束されている為それは叶わない。

気を失ってしまいたかった。

もう二度と目覚める事はないと言われたとしても、この痛みから逃れられるのならばそれでも良いと思える。

誰か、助けて・・・―――と、の精神が正常ならば絶対に浮かばないだろう言葉を、は声には出さずに願う。

それと同時に、部屋の中に騒がしい何かが突入してきた。

!!」

誰かの自分を呼ぶ声が、遠のいたの意識に届く。

酷く懐かしさを感じさせるその声を最後に、の意識は再び暗い闇に落ちた。

 

 

!!」

!しっかりしとくれよ、!!」

自分を呼ぶ複数の声と、乱暴に身体を揺らされる衝撃に、は苦しげに呻いて閉じていた目を微かに開いた。

ぼんやりとした視界の中、何時もの無表情ではなく心配そうな表情を浮かべたクラトスと、今にも泣き出しそうなほど表情を歪めたしいなの顔が映る。

一瞬現状が把握できずに、はしっかりと目を閉じ再び開くと目だけで辺りの様子を窺った。

壁に貼り付けにされていた身体は、今は床に横たえられている。

コンピューターの前にはリフィルが立ち、何事かを操作している様子が窺えた。

少し離れたところでは、今のと同じような状態のコレットを支えるロイドの姿があった。―――怪我をしているようだけれど、コレットの表情に痛みは感じられない。

そうして床に転がる、クヴァルの身体。

完全に事切れているようで、付けられた傷は多くとても酷い状態だった。

「・・・なん・・・」

「収容所にの姿がないから、あたしゃびっくりしたよ!もう何処に連れて行かれたかと思ったんだからね!!」

何があったのか聞こうと口を開きかけたを遮って、しいなが覆い被さるように抱きついてくる。

もう何がなんだか解らなかったけれど、反射的にしいなの背中を安心させるように叩いている自分に気付いて、は僅かに苦笑を浮かべた。

「身体の具合はどうだ?」

不意に問い掛けられて、視線をクラトスに向ける。

やはり心配げな表情を浮かべるクラトスに、は片眉を上げて笑って見せた。

「大丈夫よ。大した事ないわ」

「大した事ないわけがなかろう。ろくに動けないというのに・・・」

あまりの正論に、はただ苦笑を浮かべるだけ。

そんなの様子に焦れて、クラトスが更に口を開こうとしたその時、コンピューターに向かい何かの作業をしていたリフィルが、良しという小さな呟きの後真剣な表情で一同を振り返った。

「自爆装置をセットしたわ。話は後にして、ともかくここから脱出しましょう」

あっさりとそう言い放つリフィルに、は僅かに眉間に皺を寄せる。

「・・・自爆?」

「ああ、ここを爆破しちまうんだってさ。やる事が派手だと思わないかい?」

しいなは苦笑交じりにそう説明をする。―――それでも表情はとても楽しそうで、もつられるようにして微笑んだ。

「さて、それじゃあ行くとするか。、しっかりあたしに捕まって・・・」

「待て」

未だに自力では動く事が出来ないを支えて立ち上がろうとしたしいなの手を、クラトスが制した。

訝しげな表情を浮かべるしいなを横目に、クラトスは軽々とを抱き上げる。

「私が運ぼう」

あっさりとそう言い放ち、まるで人1人抱えているとは思えないほど軽やかな足取りで歩き始めたクラトスに、しいなは慌てて声を掛けた。

「待ちなよ!はあたしが・・・」

「お前ではを抱えて行くのは無理だ。私に任せて置け」

「でもっ!!」

尚も食い下がるしいなに、リフィルが宥めるように肩に手を置く。

「爆破まで時間がないわ。ここはクラトスに任せて、私たちも脱出しましょう」

「・・・・・・解ったよ」

状況が状況だけに、しいなは渋々納得してクラトスの後を追った。

チラリとを見れば、驚いたような表情でクラトスを見上げているけれど、暴れる様子は見せない。―――普段人に不必要に触れられる事を厭うが、大人しく抱かれている事にしいなは驚きを隠せなかった。

嫌ではないのか、それとも暴れるだけの力がないのか。

そんなしいなの心中をよそに、は言葉もなくクラトスを見上げる。

普段通りの無表情に戻ったクラトスは、の方を一度も見ることなく、金属で覆われた冷たい印象を放つ廊下を黙々と歩き続けた。

自分の身体を支えるのは、先ほどまで繋がれていた冷たく硬い鎖ではなく、がっしりとした腕と温かい人の体温。

突然の出来事に強張った体から力を抜く事が出来ないに、クラトスは前を見たままポツリと呟く。

「・・・相変わらずだな」

主語のないその言葉に、は訝しげにクラトスを見上げる。

「・・・何が?」

「人に触れられる事を、お前は昔から嫌っていたな。その癖は記憶を失った今も抜けていないようだ」

苦笑を含んだ声色に、は僅かにムッとして顔を背ける。

確かにその通りなのだけれど・・・―――それでもゼロスやしいなに触れられる事には抵抗はなくなったし、誰だって知らない人間に触れられれば良い気分はしないだろうと、は心の中で反論した。

言葉には出していないのにそれはクラトスにも伝わったようで、以外には気付かれない程小さく喉を鳴らして笑う。

あまりに唐突なその出来事にが目を丸くした直後、口角を微かに上げて柔らかい表情で微笑んだクラトスが、優しい眼差しでを見下ろした。

「心配しなくとも、安全に外に連れ出してやる。少し休め。―――それとも、私に触れられるのは嫌か?」

何でもないかのように告げられたその言葉の奥に、微かな怯えのようなものを見つけて、は微笑すると溜息と共に身体の力を抜いた。

腕に掛かるの重みに、クラトスはやんわりと微笑む。

なるべくの身体に負担が掛からないようにと、歩く振動を伝えないよう気をつけつつ足を速める。

微かな揺れを感じながら・・・―――まるでゆりかごの中にいるような錯覚を覚え、はゆっくりと目を閉じた。

「・・・あまり、無茶をするな」

頭上から降って来た聞こえるか聞こえないかの小さな声に答えるように、クラトスの胸に頭を寄せて。

温かいその腕を、は知っているような気がしたし、初めて知ったような気もする。

不思議と安心できる腕の中で、は小さく微笑んだ。

再び睡魔に襲われて、けれどそれに抵抗する事無くはゆっくりと意識を手放す。

あれほど自身を苛んでいた頭痛は、不思議といつの間にか消えていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

見事なほどに戦いすっ飛ばし(笑)

いや、もうホント・・・素で書けません。私の文才では。

戦うヒロインっぽく物凄く強いという設定があったりするのに、全く戦っている気配がない話の内容って、一体どうなのさって話(笑)

作成日 2004.10.31

更新日 2008.4.22

 

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