何かを得れば、何かを失う。

そんな簡単な・・・当たり前のことさえ、受け入れられない時もある。

しかしそれを認めてくれるほど、世界は人に優しくなどない事も事実。

未来の平穏を願うのか。

それとも、大切な少女の幸せを願うのか。

手に入れられるのは、たった一つ。

 

寄り添い合う世界

 

火の爆ぜる音だけが、辺りに響いていた。

皆一様に口を噤み、悲哀に満ちた眼差しで遠い何かを見ている。

はそんな一同の様子を視線だけで眺めて、気付かれないほどの微かな溜息を零した。

この場の重い空気の原因であるコレットは、何も言わずにジッと何かに耐えるように焚き火を見詰めている。―――否・・・何も言わないのではなく、言えないのだけれど。

マナの守護塔の封印は、無事に解かれた。

この状況を『無事』と言えるのかどうかはさておき、封印を解く事が目的だったのだからそれが成ったという点だけを見れば『無事』と言えるだろう。

それに伴いコレットは更に天使化を遂げ、そうしてその代償に一切の感覚を失った。

睡眠欲・食欲・痛覚を経て、声を発することまでも。

は封印の間での出来事を思い出す。

戦いの後現れた光の精霊もの中の何かを刺激したが、それ以上にコレットに祝福を授けるべく舞い降りた天使が、言い様もないほど不安を煽った。

それは、何故かその天使から自分を隠すように立ちはだかったクラトスの行動も関係している。―――不自然にの前に立ちはだかったクラトスの行動に、その場にいた者はそれどころではなく誰も気づいていないようだったけれど、自分を背後に押しやる際に肩に掛けられたクラトスの手の力が異様に強くて、ただ事ではないと確信を抱かせた。

ああ、もう一体なんなのよ・・・と心の中で1人ごちて。

ディザイアンやレネゲードだけでも厄介だというのに、その上天使までもが関係しているというのか。

自分が一体何者なのかと疑問は既に抱き飽きたと、は思い夜空を見上げる。

何処に行っても空だけは変わらないなと、そう思った。―――テセアラもシルヴァラントも、世界は切り離されているというのに、どこかで繋がっているようだと。

不意に上着が引っ張られる感覚に、は視線を空から移す。

隣に座っていたしいなが、真剣な眼差しでを射るように見詰めていた。

暫し無言のまま見詰めあい、先に視線を外したしいなが呆然とどこかを見詰めたままの一同に声を掛ける。

「・・・みんな、聞いてくれないかな」

唐突に響いたその声に、一同が驚いたように顔を上げた。

集まる視線に、しいなは何かを決意した眼差しで答える。

綺麗だなと、場違いにもそう思う。―――は、しいなの決意に満ちた目がとても好きだった。

「どうしたんだ、急に?」

ロイドの声に、しいなは一瞬身体を強張らせる。

瞬間張り詰めた空気に、は何も言わずにしいなの背中を軽く叩いた。

彼女が何を言おうとしているのか、不思議と解る。―――それはコレット一行に加わってから今まで、しいなが何度も口にしようとしていたことだったから。

「話しておきたいんだ。どうしてあたしたちが神子の命を狙っていたのか」

強張った声のままそう告げるしいなに、リフィルが口を開く。

「聞きましょう。この世界には存在しない、貴女たちの国の事を」

「知ってたのかい!?」

動じない穏やかな声で返された言葉に、しいなは驚きの声を上げた。

それに対しては驚いた様子も見せず、ただ驚愕の表情を浮かべて口を開いているロイドを見詰めている。―――知っていたのかどうかはともかくとして、今までのしいなや自分の言動から、気付かれているだろう事は承知済みだった。

「いいえ。でも貴女が言ったのよ。『世界再生が成ればシルヴァラントは救われる』って。それなら貴女たちはシルヴァラントの人間じゃないという事でしょう?」

「あんたは本当に、シルヴァラントにはもったいない頭脳を持ってるんだね」

感心したような声色で溜息混じりに呟き、しいなは微かに苦笑を浮かべる。

そうして一度深呼吸をした後、落ち着いた様子で口を開いた。

「その通りさ。あたしたちの国はここには無い。このシルヴァラントには・・・」

「・・・どういうことなの?」

ジーニアスが眉根を寄せて質問を投げかける。

それも当然のことだ。―――シルヴァラントには無いと言われて、へ〜そうなんだと納得できる人間の方が可笑しい。

「あたしの国はテセアラ。そう呼ばれてる」

「テセアラ?テセアラって、あの月の?」

「まさか!あたしたちの国は、ちゃんと地上にある」

即座に言い返して、しいなは大きく溜息をつく。

訳が解らないと言う表情を浮かべるロイド達を見て、しいなも戸惑ったように視線を泳がせた。

「あたしだって詳しい事は解らないんだよ。でもこのシルヴァラントには、光と影のように寄り添い合うもう1つの世界がある。それがテセアラ・・・あたしたちの国さ」

そう説明して、助けを求めるようにに視線を送る。

それを受けて、は困ったように肩を竦めた。

「寄り添い合う、二つの世界?」

誰かの疑問の声が聞こえ、は更にしいなの視線を受けて小さく息をつき、再び口を開いたしいなを見やる。

「二つの世界は、ただ見えないだけで常に隣り合って存在している。学者どもに言わせると、空間がずれてるんだと。二つの世界は見る事も触れる事も出来ないけど、それでも確かにすぐ傍に存在して、お互い干渉し合ってる」

「干渉し合ってるって、どうやってだ?」

「マナを搾取し合ってるの」

しいなの言葉を引き継ぎキッパリと言い切って、驚きの表情を浮かべる者と、まだ訳が解らないと言う表情を浮かべる人物を交互に眺めた。

「片方の世界が衰退する時、その世界に存在するマナはもう片方の世界に流れ込む。その結果、常に片方の世界は繁栄し、片方の世界は衰退する」

「砂時計みたいにね」

の説明に解りやすく例えを加えたしいなの言葉に、ロイドは曖昧に頷く。

そんなロイドとは正反対に、今まで黙って話を聞いていたジーニアスが声を荒げた。

「待ってよ!それじゃあ、今のシルヴァラントは・・・」

「そうよ。シルヴァラントのマナは、テセアラに注がれている。だからシルヴァラントは衰退していく。マナが無ければ作物は育たないし、魔法も使えなくなっていく」

冷静に言い切られ、言葉もなく呆然とを見詰める。

ついさっき、に言われた言葉をジーニアスは思い出した。

何かを成すには、犠牲が付き物。

その時はコレットのことだけを言われているのだと思っていたけれど、本当はそれだけではなかったのかもしれない。

繁栄の裏には、衰退がある。

そのテセアラが繁栄する為の犠牲が、シルヴァラントなのだ。

「結果、世界はますます絶望への坂道を転がり落ちる。女神マーテルと共に世界を守護する精霊も、マナが無いからシルヴァラントでは暮らせない」

黙り込んだの代わりに口を開いたしいなの言葉に、クラトスが微かに眉を顰めたのをは見逃さなかった。

女神マーテル。

その名前が、胸の奥にざわめきをもたらす。―――ズキンと頭に走った微かな痛みに、も小さく眉を顰めた。

「じゃあ神子による世界再生の儀式は、マナの流れを逆転させる作業なの?」

「そういうことだね。神子が封印を解放すると世界は逆転して、封印を司る精霊が目を覚ます」

しいなとジーニアスの遣り取りが続く中、はクラトスを見詰めていた。

その視線に気付いたクラトスと目が合う。―――何かを探るようなの視線に、気まずさを感じて目を逸らした。

そんな自分の行動に、表情には出さず心の中で自嘲する。

自分は記憶を取り戻して欲しいのではなかったのかと、自問した。

クラトスと約束した通り、は記憶を取り戻そうとしている。―――時折頭痛に悩まされながらも、必死に記憶を辿っている様がよく解った。

レミエルが降臨した際、その姿を遮った自分の行動にが不信感を抱いている事にも、クラトスは気付いている。

それでも何かを問いたげなの視線を、クラトスは避けてきた。

思い出せば、は自分から再び離れていくだろう。

当たり前のように側にいることも、穏やかな笑顔を向けられる事も無い。

初めはそれでも良いと思っていた。―――自分を忘れられているよりは、良いと。

けれど失ったと思っていたの存在を間近で感じ、二度と得られないと思っていた感情を向けられる度、違う想いが湧き出してくるのを自覚する。

この時を、手放したくないと。

そう長くは続かない事もクラトスは知っている。

もうすぐ世界再生の旅は終わる。―――旅が終われば、記憶があろうがなかろうがこの時も同時に終わりを告げるのだ。

それでも・・・それまでの僅かな時間の間でも、このままの関係でいたいと。

「それはシルヴァラントを見殺しにするってことか!?」

張り詰めた空気を引き裂くようなロイドの怒鳴り声に、クラトスとは同時に我に返った。―――そのままロイドへと視線を向ける。

しいなが、自分はシルヴァラントの世界再生を阻止する為に送り込まれてきたと告げた後の出来事だった。

鋭く睨み付けるロイドに対し、しいなも負けじとロイドを睨み付ける。

「そう言うけど、あんたたちだって世界再生を行う事によって、確かに存在しているテセアラを滅亡させようとしてるんだ!やってる事は同じだよ!!」

「それはっ・・・!!」

咄嗟に言い返そうとしたロイドは、しかし気まずそうに口を噤んだ。

それを見ては庇うようにしいなを腕で制すると、白熱した言い争いを覚ますような静かな声色で口を開く。

「貴方たちは、何も知らなかった。勿論、それを知る術もなかった。だから知らない事は罪ではないわ」

「・・・

「けれど貴方たちは知ってしまった。この世界の成り立ちについて。知ってしまった以上、貴方たちにしいなを責める権利なんて無いわ」

静かだけれど鋭い声色に、ロイドは怯えの色を目に宿す。―――それほどまでに、の雰囲気は触れれば切れそうなほどの鋭さを放っていた。

「自分の国を大切だと・・・守りたいと想う気持ちは当然でしょう?貴方はテセアラが衰退する事を知った今、シルヴァラントの再生を諦められるの?しいなを責めるのはお門違いだわ。彼女はただ、それを命じられただけなんだから」

「・・・・・・」

「私は自分のしている事を正当化するつもりは無いわ。シルヴァラントが滅びるのが解っていても、テセアラを救いたい。誰が犠牲になろうとも、大切な人を守る為ならば躊躇いはしない。その為の咎めも恨みも、すべて受けましょう。―――だけど、しいなを責めるのだけは・・・傷つけるのだけは許さない」

空気が止まった。

驚愕の表情を浮かべているのは、ロイド達だけではなかった。―――しいなもまた、驚いたようにを見詰めている。

大切に思われていることは、しいなも自覚していた。

優しい空気に包まれて、何時だって自分を見守ってくれているような・・・それはまるで母親のような温かさ。

けれどこんな激しい感情を見せたを、しいなは初めて見た。

どうしてこんなにも自分を想ってくれるのだろうか。―――血の繋がりも無い、出会って数年足らずの自分のことを。

「・・・信じられないわ」

止まった時を再び動かしたのは、リフィルの小さな呟きだった。

普段から自信に溢れている彼女からは考えられないほど弱々しい声で・・・それでもそれを指摘できる心の余裕を持つ人間は誰もいなかった。

そんなリフィルを見据えて、しいながキッパリと言い切る。

「あたしが証人だ。あたしはこの世界で失われた筈の、召喚の技術を持ってる」

言葉の後、不意にジャリと砂を踏む音が聞こえた。

そちらに視線を向けると、コレットが何か言いたげに口を開いたが、それは声にはならずに切なげな目で訴えかける。

「そんな目で見ないどくれよ。あんたがそんなつもりじゃないのは解ってるさ、コレット」

自分の想いが伝わった事にコレットは安堵の息をついたが、しかししいなは更に辛そうに表情を歪めた。

「あたしだって、どうしたら良いのか解らないんだ!テセアラを守る為に来たけど、この世界は貧しくてみんな苦しんでてさ。でもあたしが世界再生を許しちまったら、テセアラがここと同じようになっちまう」

「でも、今は僕たちに協力してくれてるよね?」

搾り出すようなしいなの苦悩の声に、ジーニアスが縋るように声を掛ける。

それがしいなを追い詰めるだけだと聡いジーニアスは気付いていたけれど、それ以外の言葉は思いつかなかった。

「だからってテセアラを見捨てることは出来ないよ!あたしには解らないんだ!なぁ、他に道は無いのか!?テセアラもシルヴァラントも、コレットも幸せになれる方法がさ!!」

「俺だって知りたいよ!!」

懇願するようなしいなの叫びに、ロイドもまた声を上げた。

そんな事は無茶な事だとは解っている。

テセアラもシルヴァラントも救われる道があるのなら、初めから世界はこんな形にはなってなかった筈だと。

それでも願わずにはいられない。

どちらかを選んでどちらかを切り捨てるなど、あまりに残酷すぎる。

「そんなものは・・・現実には無いのではなくて?」

リフィルの諦めたような声が、静まり返ったその場に響いた。

『二兎を追う者は一兎をも得ず、よ。選択肢は2つしかないわ。何かを成すには犠牲は付きものだもの』

『すべての人を救ってくれるほど、神様は優しくなんてないわ。そうじゃなきゃ、こんな残酷な世界を作ったりなんてしない』

マナの守護塔で聞いた、の言葉。

あれはこの事を含んでいたのだろうか?

すべてを知り理解した上でシルヴァラントへ来た2人は、それがどうにもならない事なのだと知っているにも関わらず、こうして自分たちに関わっている。

それがどういう意味なのかを承知の上で・・・そうして悩み、苦しんでいるのだろうか。

「今我々に出来る最善の事は、危機に瀕しているシルヴァラントを救う事だ」

クラトスの淡々とした声に、ロイドは俯いていた顔をゆっくりと上げた。

「例えば・・・世界を再生しないで、ディザイアンだけを倒したらどうかな?」

ロイドの言葉に、は困ったように微笑む。

衰退し滅ぶと聞かされながらも、テセアラのことを想えるロイドが凄いと思えた。

けれど現実は、そんなに甘くはない事をロイドは知らない。

それだけで済むような簡単な問題ではない事に、気付いていない。

「確かに牧場は破壊してきた。しかしディザイアン全員を滅ぼせるわけではない。マナもやがて枯渇する」

クラトスの冷静な言葉に、誰もが口を噤んだ。

マナは命の源。

それが無ければ、人も大地も生きていく事など出来ない。

御伽噺のようにマナを生み出す大樹は存在しない。―――2つの世界は限られたマナを奪い合うように、切り崩して生きている。

唐突にコレットがロイドの手を取った。

ロイドの手の平に指を這わせ、何かを描いている。

「コレット?・・・・・・ああ、文字を書いてくれてるんだな!?」

漸くその行動の意味を察したロイドが声を掛けると、コレットは1つ頷いてまた同じように指を這わせた。

「レミエル様に・・・お願いしてみる・・・2つの世界を・・・救う方法がないか」

コレットから伝えられる言葉を、ロイドが声にして全員に伝える。

それを聞きながら、は静かに空を見上げた。

そんな方法が、存在するとは思えない。

そんな方法が存在するならば、わざわざ神子に再生の旅など強いたりはしないだろう。

それ以上に、はレミエルという天使が信用できなかった。

クラトスの背後から見た白い羽を生やした男。―――その男が浮かべる笑みも伝えられる言葉も作り物めいて、言葉とは裏腹にコレットに対する慈悲や愛情など欠片も感じられない。

冷たい雰囲気。

あれが天使だというならば、書物に書かれてある天使の話などすべて偽物だと思えた。

「・・・もし、上手くいかなかったら」

しいなが低い声色で呟いた。

迷っても苦しんでも、しいなは結局テセアラを見捨てられない。

何があっても救いたいと思う。―――例えシルヴァラントが滅びたとしても。

何度も何度も、に念を押された。

共に行けば、きっと辛い思いをすると。

テセアラを捨てる事など出来ないしいなを見通して、それでも共に行くのかと。

そしてしいなは、それを承知の上で頷いた。

だから、最悪の事態を覚悟しなければならない。―――それが自分を心配してくれたに対する答えでもある。

「もし上手くいかなかったら・・・あたしはやっぱり、あんたを殺すかもしれない」

「しいな!」

しいなの言葉にロイドが声を荒げる。

それを止めるように、コレットは再び意思を伝えるべく指を動かした。

「その時は・・・私も・・・戦うかもしれない・・・私も・・・シルヴァラントが好きだから」

ロイドから伝えられるコレットの言葉に、しいなは泣きそうな表情で微笑んだ。

「解ったよ。どうあっても・・・あんたは天使になるんだね」

シルヴァラントの再生の影に、滅びる国があったのだとしても。

例え自分の身体が、人間らしさを失ったとしても。

その先にあるだろう悲劇を知っていても、それでもその結論を出したコレットに、も何も言えなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回は本当に本編通りに進んだと思います。

なんかこういう堅い話は、肩が凝ってしまいますね(笑)

やっぱりこの辺りのシルヴァラント編は、どうにも暗くて・・・。

早くテセアラに行きたい〜!!

ゼロスとかプレセアとかリーガルとかと戯れたい!!(笑)

作成日 2004.11.4

更新日 2008.6.4

 

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