答えの出ない不毛な話し合いは、ひとまず置いておく事にして。

コレットの容態が安定した事を機に、一行はポルトマンの術書に書かれてあった治療術を使いこなすべく、力を増幅させる効力を持つユニコーンの角を求めて、ユニコーンが住むと噂されるユウマシ湖へと向かった。

マナの守護塔で手に入れたポルトマンの術書を歩きながら読むに、リフィルが呆れたような視線を投げかけて声を掛ける。

「歩きながら読んでいると、転んでしまうわよ」

「ん〜・・・」

返って来た生返事に、リフィルだけでなくクラトスもまた溜息を零した。

 

乙女大論争

 

「・・・その治療術を、すぐに使いこなせればよかったのだけれど」

悔しげな感情を滲ませて呟いたリフィルに、今まで大した反応を見せなかったが本から顔を上げる。―――パタリと音を立てて本を閉じて、それを微かに表情を歪ませているリフィルに返した。

「いいじゃない。どうにかすれば使える可能性があるんだから。貴女がいなければ、そもそもどんな手段を使っても、治療術を使う事なんてできっこないのよ?」

軽い口調でサラリと言うに、リフィルは驚きに目を見開く。

まさかから慰めの言葉を聞くとは、夢にも思わなかった。

「・・・そうね。そう考える事にするわ」

「うん、そうして」

あっさりと返って来た言葉に、リフィルは苦笑を浮かべた。

「先生!クラトス!!何やってんだよ!!」

不意にロイドの呼ぶ声が聞こえ、3人は前方へと視線を向ける。

そこには既にユウマシ湖に続く森の入り口の前に立ち、3人の到着を今か今かと待つロイド達の姿があった。

「子供は元気ねぇ・・・」

呆れたように笑って、はそんなロイドの姿を微笑ましげに見詰める。

その隣にはジーニアスと楽しげに会話するしいなの姿。―――その楽しそうな顔を見ていると、状況は芳しくないとはいえやはり一行の旅に同行して良かったとそう思える。

「何をしている。行くぞ、

「はいはい」

ロイドの元へ急ぐリフィルとは反対に、未だ遅い歩みで森の入り口へと向かっていたを、少し先を歩いていたクラトスが促す。

それに軽い口調で返事を返したは、少しだけ歩くスピードを速めつつ、口には出さずに心の中だけで呟いた。

ユニコーンなんて、まだ生息してるのかしら?

 

 

清浄な空気と深い森に包まれたそこに、湖はあった。

薄っすらと霧が掛かり視界はあまり良好とは言えないが、その場の澄んだ空気と人の侵入を拒むような神聖な雰囲気は、ユニコーンの住処と言われるだけはあるとは思う。

「うわ!あれを見ろ!!」

「・・・・・・っ!!」

意気揚々と湖に駆け寄ったロイドが突然声を上げた。―――コレットも声こそ出ていないが、その表情から驚きが手に取るように解る。

何事かと続いて湖に駆け寄ったジーニアスが、興奮した様子で振り返った。

「ユニコーンだ!ユニコーンだよね、あれ!!」

「本当。それにしても・・・どうしてあんなところに」

同じくリフィルも湖の中を覗きこみ、驚きを秘めた声色で呟く。

歓声を上げる面々に対して、乗り遅れたとしいなとクラトスの3人は、揃って顔を見合わせた。

「ユニコーンなんて、まだこっちじゃ生き残ってたんだねぇ」

「そうね。テセアラじゃあ、見たこと無かったし・・・」

「いいから、さっさと行くぞ」

呑気に会話をする2人を促して、クラトスもまた湖に近づいて行った。

湖を前に、7人の男女が一列に並び湖の中を覗きこむ。

ユニコーンは何かの膜に包まれるようにして、湖の底にいた。―――その上からは折れた木やらが重なり、一見しただけでは生きているのか死んでいるのかも解らない。

「何とか接触できないかしら?」

リフィルがユニコーンを見詰めたまま、ポツリと呟いた。

ポルトマンの術書に記されてある治療術を使うには、ユニコーンの角が必要だ。

何とか接触を試みそれを手に入れたいが、肝心のユニコーンは湖の底。―――全く動く気配すらない。

「でも、どうやってあそこに近づいたら良いの?」

「潜れないかな?」

「無茶な!息が続かないよ、きっと!!」

ジーニアスの疑問にロイドが提案を出すけれど、それはいともあっさりと却下された。

確かに潜って湖の底まで行きユニコーンと接触し角を貰うなど、人の出来る範囲の行動を越えている。

「呼んだら来ないかしら?」

「そんな・・・犬じゃないんだから」

のやる気の無い提案に、またもやジーニアスの突っ込みが飛ぶ。

本気で言ってるの?と言いたげな視線を向けられ、それを肯定するわけでも否定するわけでもなくはただ肩を竦めて見せた。

「くそ!どうにかならないのかよ!!」

ロイドがユニコーンを見詰めて、そう悔しげに言葉を吐き出した。

しかしそう簡単に名案など浮かぶ筈も無く、一同はそれぞれ口を噤む。―――その沈黙を破ったのは、今まで無言でユニコーンを見詰めていたしいなだった。

「方法は・・・なくはないよ」

ポツリと呟くように申し出たしいなを、リフィルは驚きの表情を浮かべて振り返る。

「どういう事?」

「・・・・・・こっちにいるウンディーネを召喚して、水のマナを操れば良いのさ」

「ウンディーネって・・・精霊の?」

リフィルの問い掛けに、しいなは1つ頷く。

は声には出さずに、なるほどと相槌を打った。

しかしそんなしいなの提案は、落胆したようなジーニアスの言葉で打ち切られる。

「精霊を召喚するって言ったって、召喚士がいないじゃないか」

「召喚士ならいるじゃない。目の前に」

即座に言い返されて、ジーニアスはの顔を凝視する。―――そうしてその視線の先を辿り、居心地悪そうに身を竦めるしいなを認めて思い出したように大きく頷いた。

そう言えば・・・しいなは召喚の技術を持っていると言っていたと思い出す。―――その話をした時は話の内容が内容だけに、すっかり忘れてしまっていた。

何よりもテセアラというもう1つの世界があることと、しいなとがそこから来たという事実、それにコレットのこれからのことを心配するあまり、それを気にしている心の余裕などなかったのだから。

「しいなって、召喚士だったんだ」

「符術士だよ!・・・召喚も出来るけどさ」

既に失われてしまったと言われている技術を持っていながら、まるでおまけのような扱いをするしいなに、ジーニアスは唖然としてしいなを見上げる。

どっちでも良いじゃないとあっさりとに言い含められ、そうして気を取り直したしいなはゆっくりと一同を見回す。

「・・・どうするんだい?」

「どうするって・・・それしか方法がないなら、お願いするよ」

「そうね。後はウンディーネと契約を結べれば、何とかなるかもしれないわ」

その言葉にしいなは口を開きかけるが、じゃあウンディーネと契約しないと等と勝手に進められて行く段取りに、タイミングを逃して口をパクパクと開け閉めしながら成すすべなく会話を見守る。

そんなしいなを見ては小さく笑みを浮かべると、じゃあさっそくソダ間欠泉へと踵を返したリフィルたちに向かい声を掛けた。

「その必要はないわよ。ね、しいな」

「あ、ああ・・・。実はもう、ウンディーネとの契約は済ませてあるんだよ」

「「「・・・は!?」」」

呆気に取られて間の抜けた声を上げるロイド達を尻目に、は満足そうににっこりと微笑んで頷く。

「備えあれば憂いなしっていうのは、こういうことを言うのね」

「あんた・・・まさかこのこと知ってて、契約させたんじゃないだろうね?」

「馬鹿なこと言わないでよ、しいな。いくら私でもこんな事予想できるわけ無いじゃない。ユニコーンが生きてるどころか、それに用が出来るなんて思いもしなかったんだから」

確かに正論なのだが、の笑顔はどうにも胡散臭くて素直に納得できない。

そんなしいなを放置して、はロイドに向き直り口を開く。

「さあ、どうする?ユニコーンに会いに行こうか?」

あっさりと出された提案に、ロイドは一もニもなく頷いた。

 

 

「よし。じゃあ頼むぞ、しいな。ユニコーンの所に俺たちを運んでくれ」

「いや、それは無理だろう」

気を取り直してしいなにそう申し出たロイドを、即座にクラトスが止めた。

出鼻をくじかれたロイドは、恨めしげにクラトスに目を向ける。―――しかし当の本人は涼しい顔をして、淡々と言葉を続けた。

「ユニコーンは、清らかな乙女しか近づく事が出来ないと言われている。少なくとも私やロイド・ジーニアスには無理だ」

「へ〜・・・」

クラトスの知識に感心したような声を発し、それなら・・・とロイドはリフィルたちに矛先を向けた。

「なら、女たちで行くしかないのか」

視線と共に言葉を投げかけられたリフィルは、小さく咳払いをしてから口を開く。

「私は・・・いいわ」

「え?どうして!?」

控えめなリフィルの拒否の言葉に、ジーニアスが驚きの声を上げた。―――未知の生物に接触できる好機を、自分の姉が逃すとは思えなかった。

「ああ、きっとリフィルは清らかな乙女じゃないからよ」

!」

サラリと呟いたは、厳しい眼差しでリフィルに睨みつけられ、茶化したように肩を竦めて小さく笑う。

訳が解らないと言う表情を浮かべている子供たちをそのままに、リフィルは集まった面子を見回しながら口を開いた。

「それにしても困ったわね。コレットがこの状態では、1人で行かせるわけにも・・・」

小さな呟きに、しいなが顔を赤らめながら慌てて口を挟んだ。

「あ、あたしは資格なしだって言うのかい!?」

「資格?」

咄嗟の反論に、純粋な疑問が返って来た。

それに更に顔を赤らめたしいなは、困ったようにそっぽを向く。

「まぁ、しいなは心も身体も純粋で清らかな乙女よね。―――時々純粋すぎて将来が心配になるけど・・・」

「放っといてくれよ!」

母親のような心配を抱くに、ますます顔を赤くしたしいなが声を荒げる。

その意味をすべて察し会話をしている面々を前に、意味を理解できないロイドとジーニアスとコレットが、疑問符を飛ばしながら顔を見合わせていた。

「では、コレットとしいなで行けばよかろう」

場の収集をつけるように、クラトスが呆れ混じりに口を挟んだ。―――それに更に口を挟んだのは、今まで散々しいなをからかっていただった。

「あら?私は当たり前に除外なの?」

「・・・お前は無理だ」

「うわあ、凄く意味深な発言」

「・・・・・・」

口調こそ茶化すような雰囲気だが、その目は探るようにクラトスの目を覗き込んでいる。

それに気まずさを感じ、射るような視線から目を逸らした。

「何で先生はダメなんだよ」

「大人だからよ」

そんな2人の様子に気がついた様子もなく、ロイドは更に質問を続けた。

それにリフィルは冷静に返事を返す。

「なら、どうしてはダメなの?」

リフィルの返事に納得したように頷くロイドを見て、今度はジーニアスがに質問を投げかけた。

確かには態度こそリフィルに負けず劣らず大人っぽくはあるが、見た目はしいなと同じか少し上くらい。―――しいなが大丈夫ならば、も大丈夫なのではないかと疑問を抱くのも当然と言えた。

しかしは一切動じた様子なく、ジーニアスの頭を優しく撫でてにっこりと微笑む。

「残念だけど、私はいつの間にか清らかじゃなくなってたみたいなのよね」

「???」

!!」

「はいはい。私が悪かったってば」

疑問符を飛ばすジーニアスと、諌めるように自分を呼ぶリフィルの声に、は苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「とにかくしいなとコレットが大丈夫なんだから、それで問題は無いでしょう?さっさと行ってユニコーンに角を貰ってきたら?」

畳み掛けるような言葉に更に疑問は募るけれど、確かにそれで問題がない事も事実なので渋々納得する事にした。

しいながウンディーネを召喚し、その場に姿を現したウンディーネの力を借りて、しいなとコレットは薄い水の膜に覆われて湖の中にゆっくりと沈んでいく。

その際チラリと送られたウンディーネからの視線に気付いて、はにっこりと微笑みかける。―――精霊の視線が自分だけではなくクラトスにも注がれている事に、は気付いていた。

クラトスが自分を知っているという事が疑い様も無い今、勿論ウンディーネがクラトスの事を知っていても可笑しくはないのだけれど・・・。

ディザイアンと精霊から認知されているクラトスが何者なのか、今更ながらに興味を抱く。

「貴方は一体、何者なのかしらね?」

の呟きに、クラトスが軽く目を見開いて視線を向ける。

「自分が、何者なのかではなく?」

「そう。貴方が、何者なのか」

クラトスの視線を受け止めて、はにっこりと微笑んだ。

「私が清らかではないと、どうして貴方が知っているのかも興味があるし」

「・・・・・・」

ニコニコと向けられる無邪気な笑顔の向こうに、何かを企むような色を見て、クラトスは再び無言で視線を逸らす。

「ああ、楽しみ楽しみ」

棒読みで呟くに、クラトスは冷や汗が浮かぶのを自覚した。

別に責められることは何一つないというのに・・・―――それでもの制裁の凶悪さを身に染みて理解しているクラトスは、背筋に寒気が走るのを止められなかった。

「あの・・・だな」

「何をそんなに怯えてるわけ?そう言う態度を取られると、おのずと導き出される予想も決まってくるものなんだけど・・・」

「・・・・・・」

「ま、それは置いておくとして・・・」

黙り込むクラトスから視線を逸らして、は湖に目を向けた。

そこにはユニコーンとの接触を終え、戻ってきたしいなとコレットの姿がある。

コレットの手の中には、ユニコーンの角。

そして肝心のユニコーンの姿は既に無く、2人の目には涙が浮かんでいた。

「しいな」

ゆっくりとした歩みでしいなに近づき柔らかな声色で名前を呼ぶと、しいなはの姿を認めて辛そうに表情を歪める。

「・・・

「ごくろうさま、しいな」

何か言いたげなしいなの言葉を遮り、そう声を掛けてしいなの背中を軽く叩いてやる。

角を受け取ればユニコーンがどうなるか、は知っていた。―――だけではなく、リフィルもクラトスも知っていただろう。

知らなかったロイドとジーニアスは、しいなとコレットから伝えられた事実に驚愕の表情を浮かべていた。

「ユニコーンは再び生まれ変わり、永遠に生き続ける。きっと今もどこかで生まれ変わり、そうしてこれからも生き続けていくわ」

「・・・うん」

苦しそうに俯くしいなを、は包み込むように抱きしめる。

その光景はまるで、傷付いた子供を癒す母親のようでもあった。

今までならば決して見る事の無かったの姿。

普通に生きていれば見れただろうその姿に、クラトスは胸が痛む。

そうして裏切ってしまった自分を再確認し、気付かれないよう拳を強く握り締めた。

「さぁ、これでピエトロさんを治すことが出来るわ。ハイマに向かいましょう」

気を取り直したリフィルの言葉に、未だ悲しみを抱えたまま一行はユウマシ湖を後にした。

ハイマへと向かう道を行く中、クラトスはチラリとの様子を横目で窺う。

世界再生の旅は、もうすぐ終わる。

ピエトロを治療し終えれば、救いの塔へは目前だ。

「もうすぐ・・・全てが終わる」

口の中で呟かれた声は、誰に拾われる事もない。

全てが終わりを告げる事をずっと望んでいたというのに・・・―――それが嬉しいのか悲しいのか、今のクラトスには判断できなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ちょっと下品になっちゃいましたか?(恐る恐る)

やっぱりギャグは難しいと、今更ながらに痛感。

というか、クラトスは辛気臭くていけませんね。(書いてるのはお前だ)

ゼロスだと茶化してくれそうなんですけど・・・クラトスはキャラ的にそう言うタイプじゃないし・・・。

シルヴァラント編、そろそろ終わりが見えてきました。

もうそろそろテセアラ編ですか・・・楽しみです。

作成日 2004.11.4

更新日 2008.6.18

 

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