何かが動き出していた。

それはゆっくりと密やかに・・・―――けれど確実に。

それが良い事なのか悪い事なのかは、解らなかったけれど。

 

救いをめる者

〜後編〜

 

泣き疲れて意識を失ったテセアラの神子を屋敷に送り届けたは、その足でウィルガイアへと帰還した。

ここを出る時に想像した爽快さは、今の彼女にはない。

言葉には出来ない重い感情が、の心の中に渦巻いていた。

自分たちがしている事に、言い訳をする気は毛頭ない―――どんな理由を並べ立てたとしても、事実は事実として変えようなどないのだから。

クルシスによって・・・そしてディザイアンによって、どれほどの人間が苦しめられているのかを、知らないわけでもない。

根本を言えば、ハーフエルフを迫害した人間側にも問題はあるのだ。

自分が人間から受けた屈辱や苦しみを、は忘れた事など一度もない。

そして大切な仲間を奪われた憎しみも・・・。

それでも。

それでも、今日会ったあの幼い少年を見て、心が痛まないわけでもなかった。

犠牲になっているのは人間だけではない―――神子こそ、一番の被害者なのかもしれない。

「神子・・・・・・、スピリチュアか」

ポツリと呟いて、苦笑を浮かべる。

王家に伝えられている神子を加護する神。

クルシスでその名を与えられているのは、他でもないだった。

クルシス結成時、四大天使としてユグドラシル・クラトス・ユアン・マーテルがその地位についた。

その1人であるマーテルは、勿論今はおらず空位となっている。

何故その中にの名前がないのかといえば、クルシス率いるユグドラシル直々にある使命を負わされたからだ。

マーテルの器候補である神子が不当な扱いを受けない為に作られた、神子を守護するスピリチュアの伝説。

マーテルがまだ生きていた時に、よく彼女の身を守護していたがそのモデルとなっているのだと、その伝説が作られた時にユグドラシルが言った。

だからこそその名を得るのは、が一番相応しいのだと。

事実何度かその伝説どおりに、スピリチュアの名で制裁を加えた事がある。

一番記憶に新しいのは(と言っても遥か昔のことだが)神子を蔑ろにしたテセアラ王家の人間を、血を絶やさない程度に抹殺した事だろうか。

死と破壊を司る女神。

それがに与えられた称号だ。

ふと赤毛の神子の少年を思い出す。

今回のことも、スピリチュアとしての行動の範疇内だろうかと苦笑した―――その方法は以前取った行動よりも、かなり可愛らしいものであったが。

そしてそれと同時に解ってもいた。

あれだけで、少年の心の闇が晴れるわけがないということも。

自分がしたことは、ただの自己満足に過ぎないということを。

小さく溜息を吐き出して、顔に触れる髪を払った―――それと同時に、頭上から感情のない声で名前を呼ばれて視線を上げる。

そこには声と同様に無表情の天使が1人、を見下ろすように宙を飛んでいた。

「何かしら?私に何か御用でも?」

「ユグドラシル様がお呼びです。すぐに部屋へ参るようにと」

淡々と告げられる伝言に、は訝しげに眉を寄せる。

「ユグドラシルが?」

「はい。すぐにと」

返って来る素っ気無い言葉に「解った」と返事を返すと、天使はそのまま何事もなかったかのように自分の持ち場に帰っていった。

それを見送ってから、は早足でユグドラシルの部屋に向かいつつ考える。

ユグドラシルからの呼び出しとは、一体どんな用なのだろう。

それもすぐにと、時間の制限をつけて。

ふと嫌な予感がした。

伝言を命じられたあの天使が、ウィルガイアの入り口付近で自分を待っていたこと。

「もしかして・・・地上に降りてた事がバレたとか?」

それならそれで、厄介な事になる。

けれど自分はバレないよう、上手くやっていた筈だ―――事実、今まで一度たりともバレたことなどない。

考えられる可能性は・・・。

ピタリと足を止めて、天井を仰ぎ見る。

心当たりがないわけでもなかった。

「・・・ったく、余計な事ばかりしてくれる」

自分も嫌われたものだ。

大きく溜息を吐き出して、は再び歩き出した。

軽くノックをして、返事が返って来る前に部屋の中に入る。

「遅かったね」

返事の代わりに返って来たのは、不機嫌そうなユグドラシルの声。

「ごめんなさいね。何か急用だった?」

「何処に行ってたんだい?」

の言葉を遮って投げかけられた問い掛けに、困ったように笑う。

やっぱりバレていたのだと、改めて思う。

「ちょっと出掛けていたのよ」

長い時間の中で培った平常心で、何事もないよう振る舞いながら返事を返すを、ユグドラシルは不機嫌そうに見た。

「地上にどんな用事で?」

「・・・知ってたの?」

「まぁね。最近よく出歩いてるみたいじゃないか。」

わざと惚けて見せて、それからにっこりと微笑む。

私の行動をユグドラシルに伝えたのは、おそらくプロネーマ辺りだろう。

すぐにそれが思い当たる辺り、としては笑うしかない。

ユグドラシルに心酔している彼女は、彼に誰よりも信頼され側に置かれているが気に入らないのだろう。

出来るなら代わってあげたいけどね。

心の中でそう呟くが、としても今の現状で得るモノもある―――最終的な望みを果たす為には、この状況を甘んじる事も必要なのだと解っているからこそ、プロネーマに譲る気は毛頭ないのだが。

「少し下界が気になってね。最近では動きは全くないけれど、以前言っていたネズミが何時また現れるか解らないし・・・」

すらすらと言葉を口にする様は、とても言い訳をしているようには見えない。

この際だからレネゲードの事も利用させてもらおうと、は心の中で呟く。

勿論レネゲードが活動を停止しているなんて事は、真っ赤な嘘だ。

今も着々と計画遂行の為に動き回っている―――それを誤魔化す為にも、今回の事は最適だろう。

クラトスがクルシスを飛び出た際に、自分が反乱組織について調べると言っておいたのだから、何ら不自然はない筈だ。

「・・・ふ〜ん」

気のない返事を返すユグドラシルを見据えて、はにこやかに微笑む。

次はどんな追及が来るのだろうかと身構えていた彼女は、しかしユグドラシルが発した言葉に拍子抜けした。

「そう。それなら良いんだ」

意外にあっさりと納得したものだと不思議に思ったは、少しだけ近づいてユグドラシルの顔を覗き込んだ。

「・・・ずいぶんと機嫌が良いのね」

「解る?」

「解るわよ。どれだけ一緒にいると思ってるの?」

それを差し引いたとしても、ユグドラシルは誰の目から見てもご機嫌だった。

「何かあった?」

「うん。実はね・・・」

声を潜めたユグドラシルに釣られて、も口元に耳を寄せる。

「クラトスが帰って来るんだ」

耳元で囁かれた言葉に、の身体は一気に強張った。

「・・・どうして?」

「クラトスが執着してた人間が、死んだんだって。エクスフィアで怪物になって、それをクラトスが始末したんだってさ」

にっこりと微笑みながら、ユグドラシルは言った。

まさに名の通り天使のような微笑みで。

けれどその姿が、には悪魔のように見える。

「・・・そう」

無難な返事を返し、は気付かれないよう平静を保つ。

クラトスの身に起きた出来事については知っていた。

長くは続かないだろうと思っていた平和な時が、とうとう終わりを告げた事は。

しかしその事件が起きてから今日まで、それなりの時間が経っている。

あの事件後も、クラトスはウィルガイアに戻る事無く行方を眩ませていた―――それなのに、どうして今更。

「もう帰って来る頃だよ。出迎えに行ってあげたら?」

ぼんやりと考え込んでいたは、ユグドラシルの声に我に返る。

向けられる笑顔に、影が含まれているのには気付いた。

元よりとクラトスの関係をユグドラシルは知っているのだ―――クラトスがクルシスを飛び出した時もそうだが、おそらく今回も。

ユグドラシルは試しているのだろう。

が、どういう反応を示すのかを。

「そうね。彼もここを飛び出して行った手前、帰り難いでしょうし・・・出迎えくらいはしてあげましょうか」

その意図を汲み取って、はごく自然に笑顔を浮かべた。

心を読ませやしない。

今まで、長い間押し殺して来たのだから―――ユグドラシルにも、クラトスにも、ユアンにも、誰にも悟らせたりはしない。

それがにとってのプライドであり、また意地でもある。

「それじゃあ、またね」

簡潔に別れの言葉を告げて、はユグドラシルに背中を向けた。

そう、誰にも悟らせやしない。

私が抱く想いなんて、今まで誰も気づきやしなかったのだから。

鋭い目で正面を見据えて、は心の中で堅くそう誓った。

 

 

「・・・クラトス」

ユグドラシルの部屋を出たは、二階のテラスからその姿を見つけた。

足取りが重いクラトスは、の声に反応してのろのろと顔を上げる。

虚ろな目。

絶望に支配された心。

こんなクラトスを、今まで見たことなどほとんどなかった。

「・・・・・・

クラトスの目がの姿を捉えると、彼は自嘲気味に小さく笑う。

「すまないな。お前に色々と迷惑を掛けておきながら、この様とは・・・」

「何で帰って来たの?」

強い口調で問い掛ける。

するとクラトスはから視線を逸らして、黙り込んだ。

「帰ってきて欲しくなんて、なかったわ」

「・・・すまない」

「お帰りなんて、言う気もなかった」

頭上から降ってくる声が震えている事に気付いて、クラトスは顔を上げる。

目に映ったのは、眉根を寄せて顔を歪めるの顔。

それはまるで、泣き出しそうなのを堪えているようにも見えた。

「・・・?」

「一生会えなくても良かったのに・・・」

「・・・・・・」

そう、一生会えなくても良かった。

お帰りなんて言いたくもない。

ただ地上で、幸せに暮らしてくれていればそれで良かったのに。

様々なものに囚われてしまっている自分たちの中で、それでも幸せを見つける事の出来たクラトスには、誰よりも幸せになって欲しかった。

たった数年しか、経っていないのに・・・。

無性に泣きたくなって、はクラトスに背中を向けた。

彼の前で泣くわけにはいかない―――誰よりも苦しいのは、クラトス自身なのだから。

少しづつ遠くなっていくクラトスの気配を背中に感じながら、は悲しみを堪えて小さく笑った。

自分は何もかもに背中を向けてしまっているのだと、そう思って。

出来る事なら、彼の心の傷を少しでも癒してやりたいのに。

「・・・すぐにそんな事が出来るほど、私も感情を捨てた訳じゃないってことね」

小さくそう呟いたは、服の袖で乱暴に目元を拭った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか微妙な終わり方。

お相手クラトスの筈なのに、クラトスが3話目で初登場って・・・(っていうか、私の書く話は全部そんなのばっかり)

やっぱりこの辺りの話は暗くなっちゃうかなぁ。

もう少し進んだら、もっと面白おかしくしたいと思ってるんですけども(希望)

そしてヒロイン設定がスピリチュアって・・・(笑)

一応、古代戦争仲間(?)設定なので、対等にしたかったのです(それでこれか)

作成日 2004.10.11

更新日 2007.9.13

 

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